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時間の始まり

2008/04/02(水) 08:41:00
ホテルに向かう車中、何を話したか、あまり憶えていない。
逢えた喜びと、お仕置きの予感とで、緊張していたのだと思う。

部屋に入ると彼は、真っ先にわたしの首に革紐を括り付けた。
ぐいっと引っ張り、鼻が舐められそうな距離にまで顔を近付けると、囁く様に言った。

  これが付いてる間は、
  俺の名を呼ぶことを禁止する。


  …はい。

お仕置きの始まりだ。
全身が一気に緊張する。
突き放されるが、すかさず革紐を掴まれ、わたしの首が絞まる。
ぐっ、という様な声が、わたしの喉から漏れる。
頬をいきなり平手打ちが襲った。

  俺のルール、もうひとつ憶えたな?

  …はい。

再びぐいと近付けられる顔。
絞まる首。
囁く声。

  なんだ?
  言ってみろ。


  …時間に、遅れません。

  そうだ。

その声には、前に聞いた低く淡々とした声よりも、残忍な愉悦が滲み出している。
まるで、わたしを打つ機会がすぐに訪れたことを悦び、愉しんでいる様だった。
わたしも囁く様な声になっているのは、怯えの為に声に力を入れられないからだ。
彼はゆっくりとわたしの周囲を歩き、眺めている。

  スカート姿、なかなかいいじゃないか。


初めて逢う前から、わたしは、スカートは全く持っていない事を話してあった。

  スカート姿のお前に、後ろから思い切り
  ぶち込みたいんだがな。


  あ…1着だけある。礼服…喪服だけど…。

  この度はご主人ご愁傷様でした…って、
  それは洒落にならんだろ。
  喪服ってのもそそられるが。
  まあいい。
  そのうち用意して貰おう。


以前そんな会話を交わしたことを、思い出す。

自分が女である事から目を逸らそうとした結果、スカートを身に着けなくなったわたし。
それが、彼に逢って初めて、自分で可愛らしげなワンピースを買って、外に着て出る様になった。
自分で自分の変化に、驚いてしまう…。


背後から乳房を鷲掴みにされ、激しく揉みしだかれる。
堪らず喘ぎ声を漏らすと、彼は身体を離し、わたしの前に回った。

  今、どんな気持ちだ?

  …怖い…です…。

  怖いか。

彼が、ニヤリと笑う。
そんなにわたしを怯えさせるのは愉しいのだろうか、と思う様な、暗い悦びに満ちた、邪悪と言ってもいい笑顔だった。
髪を掴まれ、下に引っ張られる。

  舐めろ。

その言葉で、お仕置きは数発の平手打ちで終わっている事に気付いた。
ペニスを、わたしの餌、と表現する彼は、お仕置きの最中に、わたしへの褒美になることは決してさせないからだ。
ほっとしながら跪き、ベルトを外す手間ももどかしく、彼のズボンと下着を脱がせてペニスにむしゃぶりつく。
充分にいきり勃った処で、再び髪を掴まれて立たされると、ベッドに突き飛ばされる。
両手をベッドにつく。
スカートが捲り上げられ、下着が剥ぎ取られ、彼が一気に入って来た。

  あああーーーーっ!!

快楽の声なのか、苦痛の悲鳴なのか、自分でも判らない。
わたしの全感覚は、わたしの中で激しく抽送される彼自身の圧倒的な存在感に支配される。
髪を振り乱し。
身体を仰け反らせ。
獣の様な声をあげ。
今日も、始まった。
逝かされて、逝かされて、狂わされる時間が…。



スカート効果

2008/04/02(水) 20:43:13
服を着たまま、何度か彼に貫かれる。
逝かない彼とのセックスは、いつ終わるとも知れぬ、甘美な拷問だ。
どのタイミングで彼がわたしを突くのをやめるのか、判らない。
汗が流れ落ちても、彼の許しがなければ、服も脱げない。
どのくらいの時間、貫かれていただろうか…。
彼の命令通りに体位を変え、服を脱ぎ、いつの間にかわたしは、首の革紐を残して全裸になっていた。
達し続けて、もう声を上げる事も出来ない。
力の入らない身体に鞭打って、彼の抽送に必死で動きを合わせる…。

  少し休むか。

彼が、わたしから抜け去り、ミネラルウォーターのボトルを手に取る。
口移しで水をたっぷり飲まされた後、わたしはぐったりと彼の横に寝そべった。
彼も、ゆったりと身体を伸ばし、わたしを抱き寄せる。

  これが付いている間は…あなたを
  何と呼べばいいですか?


そっと首の革紐を指でなぞる。
彼が、はっと身体を起こした。

  外してやる。

首から枷が、外された。

  今日も仕置きしてやるつもりだったのに、
  お前のスカート姿を見たら、怒りが半減した。


そう言って、無邪気な笑みを浮かべる彼。

  …スカートなんか、何十年ぶりって勢いで、
  凄く恥ずかしかった…。


プライベートでスカートを穿いたのは、20年ぶりくらいか。
礼服ならその間数回着たが、くるぶしまであるスカート丈なので、あまりスカートだと意識しないで済んでいる。

  なかなか似合ってたぞ。
  そそられた。


  ほんと?

  うん。

わたしは起き上がって、彼にキスをする。
嬉しい時、幸せな時…獣の様に、身体を使って表現するのだ。
彼の、応えのキスを受けた後、再び横になって話題を戻した。

  わたし…Tさんを『ご主人様』とは
  呼びたくないな…。


  ああ、俺もそうは呼ばれたくねえ。

間髪入れずに、彼が答える。

  どうして?

  何か…軽く聞こえるんだ。

わたしは考え込む。

世のM女性たちの中には、自分の相手を『ご主人様』と呼んでいる人も、少なくない。
その人たちのブログなどを読んでいれば、その女性が本当に真剣な気持ちで、心から『ご主人様』と呼んでいる事は、よく解る。
けれどもわたしにとって、彼は『ご主人様』ではないのだ。
例え、同じソファに座る事が出来なくなっても。
無意識に敬語を使って話していても。
彼は、わたしにとって、もっと違う存在だ。
言語化が非常に難しいのだけれど…。
そんな彼から『ご主人様と呼べ』と言われたら、きっとわたしは落胆しただろうと思う。
しかし彼も、『ご主人様』という言葉には拒否反応を示した。
彼とは、非常に感覚的なものを共有している…。
そういう気がして、嬉しくなった。

  ま、何と呼ばれたいか、考えておく。
  それからな。


彼の、声の調子が変わった。
彼も、何事か考え込んでいた様子だ。
思考を打ち切って、別の話題に転じようとしている。

  厳密に言えば、時間が遅かった事に
  怒ったんじゃない。
  お前は、お前が目覚めた時間に起きて、
  こっちに来ればいいんだ。
  お前にも、体調や都合があるだろう?


  …うん。

  俺が、むかっとしたのは、
  『寝過ごした』だな。
  何故か解るか?


  …緊張感が、足りない?

  そうだ。

  …ごめんなさい。

  今回は許す。
  先週はお前、忙しそうだったしな。
  疲れてただろう。


もともと彼とは、待ち合わせの時間を決めていた訳ではない。
それなのに、時間が遅かったから怒る…というのは、多少理不尽ではないか、と感じる部分も、わたしの中にチクチクと残っていた。
その棘が、彼の言葉で氷解していく。

  じゃあこれからは、本当は寝過ごした時でも、
  それは言わずに『これから行くよ』だけでいいの?


  ああ。
  言わんでいい事は、わざわざ言うな。


  …じゃあ、今日のはわたしの自爆だったのね…。

  そういう事だ。
  お前がスカートじゃなかったら、
  間違いなく仕置きしていた。


  スカート効果、恐るべし…。

そんなに彼が悦んでくれるのなら…醜い40女のめかし込んだ姿など、周囲にとっては害悪だろうが、彼が『似合う』と言ってくれるのなら…。
もう少し、女らしい格好をしても良いかも知れない。
そんな事を、ぼんやりと考える。

  さて…と。

彼が起き上がった。

  縛るぞ。

わたしも頷いて、身体を起こした。




縛られて 責められて

2008/04/03(木) 21:56:06
彼が、鞄からロープを取り出す。
お気に入りの生成りの綿ロープだ。
わたしをベッドに腰掛けさせ、両手を前に出させる。
怖いくらい真剣な目つきで、口を開く。

  ひとつ言っておく。
  絶対に、我慢するな。
  変に痛かったり食い込んだりしたら、すぐに言え。
  いいな?


  はい。

わたしの手首を、縛り始めた。
手錠結びをしようとしている。
完全緊縛マニュアル 初級編で見た縛り方だ。
彼は、わたしの両手首に素早く縄をかけられる様、練習しているのだろう。

  もう少しこっちを長く、か…。

などと呟きながら、作業に没頭している。
縛っては、少し思案して解き、再び縛っては解きを繰り返す。
やがて、手の縛り方には満足した様だ。
今度はわたしを仰向けにし、足を高く上げさせ、両足首を縛り始めた。
縄を回す長さを調節しながら、足でも何度か縛ったり解いたりを繰り返す。
そしてわたしの足を曲げさせ、腕を上げさせ、足首を縛った縄と、手首を縛った縄を背後で結ぶ。
わたしは、弓のような形になった。
完全緊縛マニュアル初級編では見た事のない縛り方だった。
縛られながら、眠い様な、蕩ける様な、不思議な感覚が襲ってくる。
彼がアイマスクを取り出して、わたしに付けようとした。
首を振る。

  要らない…。

  写真撮るぞ。いいのか?

  …要らない…。

縛られている時の、自分の表情を全部見たかった。
アイマスクをしていては、顔の半分が隠れてしまう。
どこかで彼が、わたしの素顔の写った写真を悪用するんじゃないか、とか、そういう類の心配は、最早微塵もしていない。
だから、顔を隠す目的だけでアイマスクを付けるのは、嫌だった。

写真を撮り終わった彼が、わたしの乳房に食らい付く。

  あ…ああぁ…あ…

喘ぎ声が漏れる。
四肢に力が入り、縄がギリギリと食い込んでくる。
その痛みよりも、乳房への愛撫で得られる快感の方が、勝っている。
もっと続けて欲しい…もっと…。
しかし彼は、すぐに身体を離すと、縄を解き始めた。

  大丈夫か?

  少し、食い込んでる…。

  そうか…。
  こっちに来い。


自由になったわたしを、ベッドの別の場所に座らせる。
右足首の外側に、右手首が来る様な姿勢をとらせ、そこを縛り始めた。
左足首と左手首も、同じように縛られる。
わたしを仰向けに転がし、膝を掴んで左右に押し広げる。

  ちゃんとストレッチしてるか?

  …時々…。

無言でわたしを軽く睨む。
思わずそっと目を逸らした。
それぞれの縄尻を、ベッドの足に固定する。
膝を閉じる事ができなくなり、わたしのヴァギナはむき出しだ。
そんなわたしの足の間に、彼が座った。

  ああっ!

驚きの混じった声が漏れた。
彼が、ヴァギナに舌を這わせたからだ。

夫との性交渉が途絶えた理由に、夫が舌を使わなくなったというものがあった。
まるで、お前は汚いからと言われている様な気がして、とても悲しかった。
子を孕ませる為の義務感で抱かれている様な気もして、それも悲しかった。
どうして舌でしてくれないの、とは訊けず、セックスの度に、わたしは夫にとって汚いのだ、と思わされるのが嫌で、さり気なく交渉を避ける様になってしまった…。

サディストの男性がクンニをするのは、とても珍しい様な気がした。
意外に思いながらもそれは、大きな快楽をわたしに与えてくれる。
彼の指は、クリトリスを擦っている。
気が変になりそうだ。
身体が跳ね上がる。
縄が食い込む。
悲鳴が出る。

  何もかも丸見えだぞ…。

彼が、ニヤリと笑って囁いた様な気がする。
よく憶えていない。
気のせいかも知れない…。


  大丈夫か?

彼の冷静な声で、朦朧としていた意識に焦点が復活する。

  右手が、痛い…。

  右手か。

彼が手早く縄を解き始めた。

  あ。こっち左だ。

先に左手を解放してくれた。
落ち着いて見えたが、実は焦っていたのかも知れない。
わたしは思わず、くすっと笑ってしまった。

その後ふと、申し訳ない気持ちが襲って来る。
本当なら彼は、もっと色んな縛り方で遊びたい筈だ。
けれども、わたしの身体の硬さを見て、無理をさせまいとしてくれている。
毎晩、お風呂上りにストレッチをしようとして…何やかややっているうちに、すっかり忘れて寝入ってしまう。
これは、わたしの脳の構造上の問題もあるのだけれど、それにしても、彼の玩具としての自覚が足りな過ぎる…。

それに…。
彼が満足出来ない遊び方即ち、
わたしの願望の消化不良…。
もっと壊れたいのであれば…
玩具に徹する事の出来る身体にならなければ…。

彼の腕の中に抱かれながらわたしは、そんな事を、考えていた…。




窒息責め

2008/04/04(金) 22:15:38
その日は、新しい責め具が採用された。
蝋燭だ。
わたしが用意して持って行ったのだが、購入してみたら、蝋燭のパッケージに、使用時の注意が書いてあった。
最初は遠い処から蝋を落とす様に、という内容だ。
これは、彼にも読んで貰った方が良い様な気がして、蝋燭を包んであったセロファンだけ剥がして、ケースに入れ直して持って行った。

彼に、ケースごと渡す。
鮮紅色と、暗紅色の二種類…。

  まずはこっちを試すか。

彼は、浮き浮きとした口調で、鮮紅色の蝋燭を選んだ。

  後ろを向け。

両手を背後で縛られる。
その後、ベッドに深く座らされる。

  ライターは何処だ?

わたしは愛煙家だが、彼は煙草を吸わない。

  テーブルの上に…煙草と一緒に…

彼は、蝋燭をわたしの太股の間に挟み込み、ライターを取りに行った。
戻って来て、無造作に火を点ける。

  そのまま待て。

テーブルの方に引き返す彼。
わたしは、太股の間で炎を揺らす蝋燭から、目が放せない。
しっかり支えておかないと、倒してしまいそうな不安があった。
彼は何かごそごそしている。
何をしているのだろう。
ライターなんて、煙草入れに戻さずに、放っておいてくれていいのに。
手の自由を封じられた状態で、火を持たされるのは、不安だし緊張する。
やっと戻って来た彼が、太股の間から蝋燭を抜いた。
ほっとする。
肩を押されて、わたしは横になる。
その下腹部に、彼が馬乗りになる。
目が合った。
彼が、ニコっとした様に見えた。

次の瞬間、視界が奪われた。
ガサガサという聞き慣れた音。
目の前を覆う白っぽい膜。
買い物などで使うビニール袋を、頭にすっぽり被せられたのだ。
ビニール越しに、彼の手がわたしの顔を撫でる。
ビニールが、顔に張り付く。
呼吸をすると、鼻と口をぴたっと塞ぐ。
一瞬、パニックに陥りかけた。
けれども、叫んだりしたら、より多くの空気を必要とする。
その時にビニールが張り付いたら、益々パニくるだけだ。
そう思い至って、悲鳴を飲み込んだ。
ビニールが張り付かない様に、ゆっくり、そっと息をしようとした。
無駄な努力だった。
ビニールは、どんな小さな空気の動きも見逃さない。
イヤイヤをする様に、首を振ってみた。
小さな空間を見つけた。
そこにはまだ、酸素がある。
ほっとして数回呼吸をした処で、彼がその空間を潰してしまった。
再び顔に張り付くビニール。
苦しい。
もう一度首を振る。
また空間を見つけた。
今度は、そこで休憩しているのがバレない様に、そっと、そぉっと、息をする。
無駄な努力だった。
彼の手が、容赦なく空間を押し潰してしまう。
首を振っても、次の空間が見つからない。
苦しい。
苦しい。

ふっと、頭の中で声がした。
『もういいじゃん…』
そうか…もういいか…こんなにじわじわ呼吸が出来なくなるなんて、ちょっと苦し過ぎる気もするけど、でも、もう、いいよね…。
身体から、力が抜けた。
抵抗する気力も、抜け落ちた。
もういいや。
じっと待っていよう…。
その時、別の声が聞こえた。
『彼にやらせる気か!』
はっとした。
そうだ。
彼を犯罪者にしない。
そう決心したばかりじゃないか。
首を振る。
めちゃくちゃに振る。
足もばたばたさせたと思う。
声を出したかどうかは、憶えていない。

突然、ビニール袋が取り払われた。
冷たくて新鮮な空気が、美味しかった。
激しく呼吸しながら、彼を見上げる。
黒曜石の様な、感情の一切が消え去った瞳。
うっすら笑みを浮かべていた。
その表情を見て、彼が愉しんだことを知った。
わたしも、微笑んだと思う。
わたしを我に返らせた声は、Sさんの声に似ていたような気がした。

彼の手に、蝋燭が見えた。
瞳はまだ黒曜石のままだ。
わたしの乳房の上に、蝋燭を掲げる。

やっぱりいきなり乳を狙うか…。
おまけに注意書きも無視だな、この距離から落とそうだなんて…。
まあそれは、予測していたけどさ…。

心の中で呟く。
滴り落ちてくる蝋を見ながら、わたしは全身を緊張させた…。




蝋燭責め

2008/04/05(土) 19:40:28
最初の一滴が、ぽたりと乳房に落ちた。

  あ…っ!

それは、熱さというより痛みだった。
刃物が刺さったような、鋭い痛みだった。
熱さに備えていたわたしの身体は、予想外の刺激を受けて、混乱した。
ぽたっ、ぽたっと、彼が蝋を落とす。
痛い。
逃げようにも、腕は縛られて背中の下、腰の部分に彼が馬乗りになっているので、どこにも身体を逃がせない。
それでもわたしは、精一杯身悶えながら悲鳴を上げた。
悲鳴に呼応する様に、彼の蝋燭を持つ手がわたしに近付いている気がした。

蝋の滴下が止まった。
ぜいぜいと息を弾ませながら、彼を見上げる。
彼は、見た事のない表情をしていた。
相変わらず瞳には、何の感情も浮かんでいない。
と言うより…恍惚とした光だけがそこにあり、焦点は結んでいない。
完全に、陶酔している表情だった。

蝋の落ちたわたしの乳房を、彼が空いている方の手で撫でる。
蝋と肌の手触りの差を味わっているかのような手の動き。
とても優しい手つきだった。
その時、ふと思った。
今のわたしは、キャンバスだ。
彼は、蝋を絵筆に、わたしに色を刻んでいる。
自己の精神世界を、わたしという肉のキャンバスに、あらゆる形で顕在化させようとしている。
彼にとって加虐行為は、一種の創作活動なのだ…。

蝋燭を持った彼の手が近付く。
溜まった蝋が、つつーっと流された。
肌をナイフで切り裂かれるような痛み。
喉が張り裂けそうな悲鳴が出た。
冷静なわたしが、頭の中で『モスラの声みたい…』と、苦笑している。
痛い。
けれど、何故か幸せだった。
彼の素材になっている自分を、とても幸せだと感じた…。

ふっと勢いよく、彼が蝋燭を吹き消した。
満面の笑みが、じわじわと湧き上がってくる。
瞳に溢れ出す喜色。

  いいな…いいな、これ。
  すげー気に入った!


  蝋燭…?

  うん。愉しかった…。
  お前から、仕置きの時に聞いた周波数の音が出た…。


  周波数て…。

わたしは笑う。
彼は、わたしをラジオに準えるのが、とても気に入ったらしい。

  蝋燭があれば、仕置きの時にしか
  聞けない音楽が聞けるんだ。
  面白い。


  ビデオに撮ってくれなかったね…。

その日わたしは、ビデオカメラを持って行っていた。
これで、責められる自分を撮って欲しかったのだ。
何故、以前からそうして欲しかったのか、やっと判った。
どこかでわたしは、彼の責めを、創作活動だと認識していたのだろう。
だから、その作品である自分を見たくて、しょうがなかったのだ。

  ああ、夢中になって忘れてた。
  それに、三脚がないと片手が塞がる。
  存分に愉しめない。


  三脚、あるけど忘れちゃったの。
  次は持ってくるから、撮ってね。


  うん。

彼はわたしの腰から降りて、縄を解いてくれた。
わたしは、身体の上に残った蝋に、そっと指を這わせる。
赤というより、オレンジ色に見える気がした。
もう少し、どす黒い赤の方が、好きだと思った。
そう…静脈血の様な。

蝋を、剥がしてみる。
そんなわたしの胸元を見つめる彼の瞳に、また陶然とした色が戻っていた。

  俺が見た動画では…蝋を剥がしても、
  蝋を落とした痕が、真っ赤に残ってた…。


  それは、色が白くて肌の弱い人だと
  そうなるかも知れないね。
  わたしは、色黒だし肌も丈夫だから…
  このくらいなら、どうもならないみたい。


  俺が見たのは、白人女性だったよ。
  それで、男の方が、棘のついたグローブで
  蝋を落とした肌をガーッと擦るんだ。


彼は一体、どこでそんなマニアックな動画を見つけるのだろう。

  凄く、綺麗だった…。

わたしは、最早痕も残っていない己の頑丈な肌を、恨めしく思った。
彼の美意識を、精神世界を、もっとわたしで表現して欲しい。
そしてそれを記録して、わたしにも見せて欲しい…。

近い処から垂らされる蝋に、悲鳴を上げながら『低温蝋燭って、何処がだ!』と、心の中で罵声をあげたわたしだったが、彼がこんなに悦んでくれるのなら、痛い思いをする事など、なんでもない。
彼の悦びは、わたしの悦び…。

  ところでさ…いきなり乳に垂らすんじゃなくて、
  最初はお尻とか背中で、様子を見ようとは
  思わなかったの?


  そんなトコ…俺が全然面白くない。

きっぱり言い切った彼の、真面目な表情が何だか可笑しくて、わたしは声を立てて笑った。




注がれて

2008/04/06(日) 23:55:42
湯船にたっぷりお湯を張る。
いつの間にか、逢瀬の最後を、一緒に入浴することで締め括る習慣が出来ていた。
ホテルに用意されているスポンジは、肌触りが好きになれなかったので、自分でボディタオルを用意した。
ボディソープが今ひとつだったので、この日はお気に入りのボディソープを持参した。
そのうち、シャンプーやリンスも持って行く様になるだろう。
逢った日の彼は、わたしの愛用するソープやシャンプーの匂いと共に、帰宅して就寝するのだ。

お風呂での話題は、その日のプレイの感想や、次にやりたい事を言い合う。
彼もそうだが、わたしも元は体育会系。
まるで部活の後の反省会といったノリで、時々可笑しくなる。

ブログのことも、話題に上る。

  俺がまるで、爬虫類みたいに
  書かれてるな。


彼が、笑う。

  爬虫類っぽいよ。
  お仕置きの時は鰐みたいだったし、
  蝋燭責めの時は、餌を飲み込んだ
  蛇みたいだった。
  一生懸命消化して、味わおうと
  している感じでさ。


  詳しいなぁ。

  そういう動画が好きで、よく観てるの。

  爬虫類は好きか。

  うん。

  そうか。
  俺も、爬虫類っぽい女は好きだな。


  ああ、ミステリアスでいいかもね。

  苦手なのは哺乳類の、それも小動物系の女だな。
  あの手のは、どうも苦手だ。


  え…でもわたしって、爬虫類っぽくはないでしょ?
  どっちかと言えば、哺乳類じゃない?


  ああ、そうだな。お前は哺乳類だ。
  犬っぽくもあり、猫っぽくもある。


  そっかぁ。
  犬猫と暮らしてるから、似るのかなぁ?


  それも、あんま頭の良くない犬猫な。
  上手に隠れたつもりで、
  しっかりケツの見えてる猫とか。
  そういう感じだ。


  …えー…そうなの…?

  まあお前は、その方がいい。

彼は、ここ最近よく見せる様になった、邪悪で危険な雰囲気を孕んだ笑顔を見せ、わたしの頬に手を当てる。

  その方が支配しやすい。
  判りやすい方がな。


わたしは、機嫌を損ねるべきか喜ぶべきか、少し迷った。
けれど、彼のその笑顔で見つめられると、ぞくぞくしてしまって抗えない。
結局喜ぶことにして、彼の手に自分の手を重ねて、微笑んだ。


お風呂から上がると、彼の背中や腰のマッサージだ。
接骨院で貰う、メントール系のマッサージジェルを使って、彼の凝っているツボを解す。
自分の手の故障もあるから、あまり長い間マッサージしてあげられないのが悔しい。

この日は、マッサージの後、どういう成り行きか、仰向けで寛ぐ彼のペニスを口に含んでいた。
いつもなら、帰る支度を始めている処なのに。
お風呂で洗っている時は、おとなしくしているペニスが、わたしの口だとあっという間に猛り勃つ。
それが、とても嬉しい。

  Tさん…欲しくなっちゃった…

  欲しいか。
  じゃあ挿れてやる。


四つんばいになって、彼を待つ。
すぐに、棒状の灼熱が突き入れられ、わたしを深々と串刺しにする。
仰け反って嬌声を上げるわたしの耳元で、彼が

  つくづくお前は、後ろが好きだな。

と囁いた様な気がする。
後ろから突かれると、彼のペニスは、わたしの一番深い処にまで達する。
ゴリゴリと膣壁を削りながら、がつん、がつんと子宮を突き上げ、揺さぶる。
その鈍い痛みは、わたしの脳味噌をも掻き回し、極上の快感に変換される。
彼が、歯を食いしばって呻き声を漏らした。
彼が逝った。
わたしの子宮に、直接精液を注ぎ込んでくれた。
性処理玩具としての任務も、完遂できた…。
身体の奥深くで、彼がどくどくと脈打つのを感じながら、わたしも深い深い満足感を得る。
ペニスを抜いた彼が、身体を引っ繰り返したわたしの首に跨る。

  吸い尽くせ。

わたしはむしゃぶりつき、ちゅうちゅうと吸い出す。
喉を鳴らして飲み込む。
舌を使って、ペニスを綺麗に舐め回す。
精液を一滴残らず、わたしの体内に取り込む為に…。

次は是非、口の中で逝って欲しい。
その次は顔で、身体の至る処で、受け止めたい。
そしてやがては…アナルの中で…。

一日も早く、アナルを使える玩具になりたいと、そう思った。




惹かれる

2008/04/07(月) 22:01:39
ホテルを出て、いつも夕食を摂る店へ向かう。
ハンドルを切りながら、その日の出来事を回想する。


汗ばんだ時や入浴した時、蝋を落とされた場所に、ピリピリとした痛みがあった。
胸に手を当てて俯くわたしに、

  どうした?
  痛むのか?


と、訊いた彼の、残酷なまでに嬉しそうな表情…。
わたしに苦痛を与えることを、心の底から愉しんでいるのだと、文字通り痛感したのだった。


ふと、訊いてみる。

  血を見るのは嫌だって
  言ってなかったっけ?


  ああ、あれな…。

車窓の外を眺めていた彼が、わたしの方を向く。

  正確に言うとだな。
  血が出て、汚れるのが嫌なんだよな。
  血そのものが嫌なんじゃない。


  …それじゃさ…。
  もしかして、わたしに針を刺したい、
  なんて事も、考えてるんじゃない…?


  おお、よく判るな。
  乳首に針を貫通させたい。


彼の口調は、浮き浮きしていると言ってもいい程だ。
わたしは、映画や動画サイトで、残虐なシーンを平気で観ている方だが、針を刺すというシーンだけは、気持ちが悪くなってしまって正視できない。
そんな自分の身体に、針を貫通させられる…。
想像しただけで、軽い吐き気に襲われた。

  それは…ちょっと…怖いな。

  ま、針はいろいろ危ないからな。
  まだ当分はやらん。


心の中で、『「まだ」かよっ!』と、突っ込む。


アナルには生で挿れないと言われ、指を入れる時もコンドームを使う彼を見ていて、アナルについて勉強したのかな、と考えた。
わたしがどこかのサイトで調べた時も、直腸に常駐している菌の怖さについて、注意喚起されていたからだった。
アナルを責め終えると、即座にコンドームをゴミ箱に捨てる様子を見ていても、その手の注意を読んだ事があるのでは、という気にさせられる。
もしもわたしのこの解釈に間違いがなければ、針で責めるという行為も、彼が『出来る』と判断するだけの知識を持つ様になれば、実行される日が来るかも知れない。
その時わたしは、どうするだろうか…。


気を取り直して、話題を変える。

  そう言えばTさんは、
  露出には興味なさそうだね。


  ああ。無い。
  俺の感覚では、あれは、何と言うのか…
  外に向かって開いているような印象がある。


  …なんとなく解る。
  特異な性癖を持ってることを、
  第三者に知られるかも知れない
  危険を冒す、というのか…。


  俺の、普通でない性癖は、
  普通の性癖を持つ人の前で
  出すつもりは無い。


  Tさんは、そうだろうと思う。
  あと、わたしに、どこそこで自慰を
  して来い、みたいな命令も出さないね。


  最中の反応を、見られんだろ。
  それじゃつまらん。


  そうじゃないかと思った…。

何となく、彼の好みを自分が把握していきつつある気がして、嬉しくなった。
また、彼が興味を持てない事に、わたしも興味がない事も、感性が似ている様に感じて、嬉しかった。
何よりも、そういう感性が合う相手に、すぐにめぐり会えた事が、嬉しかった。

彼の、残酷な欲望を知れば知るほど。
彼の、狂気を垣間見れば見るほど。
わたしは、彼に、強く強く、惹かれていく。




逢えなくて

2008/04/08(火) 23:51:07
わたしは大丈夫だと、自分に言い聞かせる。

彼に逢えなくとも、朗らかに笑いながら
仕事をこなすくらいの事は、出来るはず。



眺めているもの

2008/04/09(水) 03:47:51
自分の家が、嫌いだ。

家中のあちこちに、絶望の痕跡が刻まれている。
消してしまえばいいのに、わたしにはそれが出来ない。
脳の機能に欠陥があるから。
努力しても、努力しても、消すことが出来ない。
見ていたくはないのに。

だからわたしは、毎日絶望を眺めながら、暮らしている。




恋人のように

2008/04/15(火) 23:04:05
その日の彼は、いつもと少し雰囲気が違っていた。
本当なら、ツーリングに行く予定だったのが、途中で天気が崩れるということで、急遽予定を変更し、わたしで遊ぶ事にしたからだった。
頭の中から、バイクを追い出すことが、中々出来なかったらしい。
わたしの方は、彼がいつ予定を変更してもいい様に準備だけは整えていたので、お呼びがかかった時は大喜びで家を飛び出した。

予定を変更したとは言え、この日の彼は、とても機嫌が良かった。
移動中のわたしにメールで、朝食をとり損ねたので何か調達して来て欲しいと言って来た。
それを読んだわたしが用意した朝食は、彼の好みを把握したものだった。

  これは、お前が、俺はどんなものが好きか、
  日頃からちゃんと見ているって事だからな。


ホテルに向かう車中で彼は、朝食をとりながらそう言った。
わたしは密かに、ほっとした。
一番やりたかったことが出来なかった彼を、更に不機嫌にしなくて済んだことに、安心した。
同時に、ほんの些細な頼みごとの中ででも、わたしという人間の性能を確認しようとする彼の傾向を知り、少しだけ緊張した。


ホテルに着いて一段落すると、彼はソファに座った。

  おいで。

自分の横をポンポンと叩きながら、そう声を掛けられる。
『来い』ではなく『おいで』なのに、ちょっと意表を突かれる。
わたしは、床に座って彼の足の間に滑り込んだ。

  やっぱりそこか。
  床なのか。


彼が、笑う。
膝立ちで彼に抱き付き、甘える。
キスを繰り返しながら、互いの近況を、報告し合う。
わたしの方は、職場を異動したばかりなので、報告する内容も多くなる。
彼は、それに耳を傾け、時に質問したりしながら、にこにこと聞いている。

そんなわたしたちは、きっと、どこからどう見ても、普通の恋人同士の様だったろう。
サディストとマゾヒスト、持ち主とその玩具には、見えなかったに違いない。


彼と出逢い、身体を重ねるようになって、ちょうど10回目。
甘美な拷問のひと時は、とても穏やかに、始まった。




突かれ続けて

2008/04/17(木) 01:20:22
  お前を1万回突きたい。

彼の、口癖だ。

突いて、突いて、突きまくることで、逝って、逝って、逝きまくって壊れたわたしがどんな姿を見せるのか、何を口走るのか、それを知りたいと言う。


そんな彼とのセックスは、わたしにとっては凄まじい拷問となる。
逝っても逝っても、彼の抽送は止まらない。
荒々しく激しく突き立てられる。
ゆっくりゆっくり削るように突き入れられる。
体位を変えられ、リズムを変えられ、一番敏感な部分を、隈なく刺激され続ける。
せめて彼が逝ってくれるようにと、わたしも必死で彼の動きに合わせるが、彼は逝かない。
歯をギリギリと食いしばりながら、押し寄せる波を乗り越えてしまう。

  俺が逝くと、『俺の役目は終わった…』という気分になる。
  それが何か、好きじゃない。


そう言う彼は、いつも逝かずに耐え続け、逢瀬の最後の交わりでようやくわたしの中に放出し、一滴残らず注ぎ込む…。


けれどもこの日、彼は、お昼頃にはわたしの中に、たっぷりと放っていた。
わたしは、意外に早く玩具としての役目を果たせたことにまずは安心し、その後に残った時間を思って、ぞっとした。
一度逝った後の男性が、再度臨戦態勢になった時、その持続時間は驚異的に延びる…それを、経験的に知っているからだ。


案の定…それからは、殆ど拷問と言っても良い状況となった。
彼のペニスを口に含むと、そこはたちまち漲り始める。
既に一度逝っていることなど、忘れているかの様だ。
わたしの身体も、付き合いが良い。
潤いは、止まらない。
彼の猛りに呼応するかの様に、溢れ続ける。

  俺が動くのをやめると、
  お前は、ほっとしたような顔をする。
  その後、俺がまた突き始めると、
  困った様な表情になって、
  そのうちそれが悦びの表情になる。
  あの、なんとも複雑な表情の変化が、いい。


彼は、そう言う。
わたしの方は、途中で記憶が飛んでいることも珍しくないほど、逝かされ続けて朦朧としている。
その状態で、そんな変化を見せていたとは、知らなかった。
わたしが覚えているのは、流れ落ちる彼の汗の塩辛さと、いつまでも続くじゅぶじゅぶという厭らしい音と、真っ直ぐにわたしを見据える彼の瞳の、強い光だけ。
気持ちいいのか苦しいのか、途中で判らなくなる。
喘ぎ声を上げる力も、失われる。
身体が弛緩する。
すると彼が、体位や突く角度を変える。
湿った音が、一段と湿り気を帯びる。
わたしの身体は、反応する。
びくびくと痙攣する。
感じる。
悦ぶ。

  俺はともかく、お前も大概タフだよな。
  ここまで俺に付き合える女は居なかったぞ。


彼が、笑った。




ボールギャグ

2008/04/18(金) 18:25:32
この日も、新しいアイテムが加わった。
ボールギャグだ。

ボールを銜えた時、長時間これを着けられたら、さぞかし顎が疲れるだろうな、などと考えた。

  どうだ?

後頭部のベルトを締め終わった彼が、目をキラキラさせて、わたしの顔を覗き込む。

  (顎が痛くなりそう)

  何言ってるか判らん。

  (だから、顎がね…)

一生懸命、喋ろうとしながら、身振り手振りも加えて、顎が痛くなりそうだ、と伝えようとする。
彼は、笑い転げながら、そんなわたしを見ている。
それでも何とか、言わんとしたことは通じた様だ。

  そうかぁ。
  じゃ、こうしたらどうだ?


彼は、ボールをわたしの口の中にぐいっと押し込んだ。
顎が更に押し広げられた。

  (痛い、痛いよ)

  どこが痛い?

  (顎とね…)

ベルト部分が、唇を挟み込むような感触があり、そこがチリチリと痛む。
それを伝えようとするが、勿論、まともな言葉にはならない。

  (唇が挟まったような感じでね…)

  だから何言ってるか判らん。
  面白いな、これ。


彼は、随分とボールギャグが気に入った様だ。
わたしは、舌でボールを押し出し、唇の痛みだけでも何とかしようとした。
それに気付いた彼が、ボールを押し戻す。
わたしは、顔を顰めて痛がっている事をアピールする。

  (痛いってば)

  ちゃんと喋れよ。

  (無理言わないでよぉ)

彼は益々、笑い転げる。
ひとしきり、そんな事を繰り返して遊んでいた。

  お前から言葉を奪えるという訳だな。
  面白い。次回たっぷり使ってやろう。
  さて…それじゃ風呂に入るか。


彼が、わたしの後ろに回り、ボールギャグを外した。
わたしの口元から、涎が糸を引いて流れ落ち、胸元に垂れた。

  あ…涎が…。

  え、どこ?

彼は、バッとわたしの前に回った。
胸元を濡らす涎の痕に気付く。

  しまった…。
  お前が涎垂らすとこ見逃した…。


  …なんでそんなとこ見たいの…。

  くそ、油断した…。

彼は、決定的瞬間が見られなかったことを、心底悔しがっている様子だった。
そんなに残念がらなくても…と思うと可笑しくなってきて、わたしは自然に笑顔になった。

  …まあいい。
  今度はこれ着けさせてから突いてやる。
  どれだけの涎が出るだろうなぁ?


笑顔が固まるのが判る。
怖いと思ったからではない。
わたしには、ボールギャグの何がそんなに彼を悦ばせるのか、理解できなかったからだ。
その戸惑いが、表情を固めてしまった。

わたしに痛みを与えて悦ぶ。
わたしの呼吸を奪い、苦しませて悦ぶ。
今までの彼の行為は、彼が何に面白さを感じているのか、わたしにも想像がしやすかった。
けれども、ボールギャグは解らない…。
言葉という、人間同士の意志伝達に使われる手段を奪うことで、より一層モノや動物として扱い、それを愉しむというのなら、理解できる。
けれども、涎というのは、何なのだろう…?
彼は、わたしから何を引き出そうとしているのだろう…?

  ほら、入るぞ。

浴室へと促され、わたしの思考は中断された。
以前のエントリー「注がれて」で予告した通り、シャンプーとリンスを持参していたわたしは、急いで鞄から入浴道具を取り出し、浴室へ向かった。




欠落

2008/04/18(金) 20:47:40
彼が、言う。

  お前には想像力が無い。


何故か、涙が止まらない。





無題

2008/04/18(金) 23:59:48
日常が、色を失う。

彼にのめり込めばのめり込む程、
日常生活の中に冷静なわたしが出現して、
明るく振る舞っているわたしや
家でただぼんやりと転がっているだけのわたしを
観察したがっている。
一体どんな顔をして、いけしゃあしゃあと
生きているのか、観たがっている。

彼の前以外では、
わたしはわたしに与えられた役割を
演じているだけ、という思いが強くなる。
だから、独りになると
能動的に動く必要を感じなくなる。

歯軋りをしてしまって、
自分が無意識に奥歯を食いしばっていることに
気付いたりする。
笑顔で仕事をしていた筈なのに。
何かの感情を、自分が遮断しているということだろう。

そうやって感情を動かさないようにしているから、
想像力が欠落してしまうのかも知れない。


彼は、彼一色に染まるわたしを望んでいない。
なのに、日常生活からは
色彩がどんどん失われていく。





無題

2008/04/19(土) 13:00:12
  お前、本当にいい顔で笑う様になったな。


  初めて逢った時のお前は、
  すごくヤバそうだった。


わたしのブログを読む前から、彼が言っていた言葉。
わたしの精神状態が非常に不安定なことを、見透かされていた。
普通なら、そんな危なそうな女と寝ようだなんて、考えないのではないだろうか。


  逢った瞬間から、別れが来ることを覚悟している。
  お前とだけじゃない。
  誰とでもだ。


この世に、永遠なんてものはない。
神の前で永遠に添い遂げることを誓ったわたしたち夫婦が、それを実証している。


  俺は、お前が死んでも、
  おそらく平気で生きていく。
  時々、『あいついい声で啼いたよなぁ』とか
  『あいつの乳、良かったなぁ』とか思い出しながら、
  それでも俺は、生きていける。
  お前は、どうだ…?


わたしは、目を閉じる。
今の目を見られたくない。
わたしは、無理。
彼を失ったら…もう生きてはいけない。
けれども、そんなわたしを彼は望んでいないから…だからわたしは、目を閉じる。


  俺がバイクで突然死んだりしたら…
  お前がどうなってしまうか。
  俺は、それが心配だよ。


彼には、お見通し…。
わたしの本心など、お見通し…。


わたしが居なくても、生きていける。
だから彼は、見るからに危なそうなわたしを抱いたのだろう。
わたしごときの存在如何で、折れるような男じゃないから。
そういう自分に、自信があるから。


  プレイの最中に、お前を殺してしまっても。
  …多分『ああ、死んだか』と思うだけだろう。
  通報して、事情を正直に説明するだろう。


そんな目にあなたを遭わせたくは、ない。
今まであなたが築いてきたものを、わたしが根底からぶち壊すなんて、そんな事したくはない。


けれども…


何があっても、あなた自身は壊れないというのであれば…




2008/04/21(月) 18:46:43
鏡を見た。

鏡の中には、見た事のないわたしが居た。

目が、生気を宿してきらきらと輝き、
頬には、自然な柔らかい微笑が浮かび、
穏やかで、満たされた表情の
わたしが居た。

彼と、二人きりだった訳ではない。
彼に、抱かれた後だったのでもない。

それでも、彼と一緒に居るだけで、
わたしはこんなにも幸せそうな顔をしていたのだ…。


  初めての仕置きを受けてから、
  お前の目つきが全然変わった。
  暖かい目をする様になった。



ここ最近、彼が、よくそう言っていた。

この顔を見て言っていたのだと、理解した。


破滅的な方法を使わずとも、
彼の横でならわたしは
こんな表情が出来る…。


彼が、わたしを、生かしてくれている。





不思議な責め

2008/04/22(火) 00:43:34
10回目の逢瀬。

持参したシャンプーとリンスで、彼の髪を丹念に洗う。
今夜、彼は、わたしと同じ匂いをさせながら眠りに就く…。
そう思うと、とても嬉しい。

全身を洗い終わった後は、わたしが彼に洗われる番だ。

  今日は髪も洗うのか?

  うん、その為に自分のを持って来たんだもん。
  ホテルのシャンプーは、髪がきしきしするから。


  そうか。

彼の身体から、ゆらりと黒い愉悦が立ち上ったように感じた。
そう言えば、以前「水責め」をされた時も、髪を洗った後だった…。

  …縛る、の…?

恐る恐る訊ねると、彼は、ニヤ~ッとゆっくり笑った。

  いいや。
  だが、別のものを準備している。


浴室のドアを開け、脱衣カゴの中から取り出したもの…。
ボールギャグだ。

  い…いつの間に…。

  ふふっ…。

彼は、残忍な笑顔を浮かべたまま、ボールギャグをわたしに装着する。
冷たさの中に、わたしを虐げる悦びが熾火のようにチロチロと見え隠れする、独特の笑顔…。
この顔をされると、わたしの身体からは力が抜け、怯えを感じながらも何処かが蕩け出すような、複雑な感覚に支配される。

突然、顔面にシャワーを浴びせかけられた。
全く予想外の行動だった。
手で顔を覆って遮れば良いものを、わたしの手は、まるで縛られてしまったように動かすことが出来ない。
鼻に水が入り、水泳の飛び込みに失敗した時のような鼻の痛みが襲ってきた。
閉じることの出来ない口にも、容赦なく湯が入ってくる。
噎せながら、彼の為すがままになっている。

シャワーの水流が顔から離された時、無意識に手で顔を擦った。

  (鼻、痛い…)

  鼻?
  水が入ったか?


彼の声の調子から、感情の動きがごっそり抜け落ちている。

  痛いか?

そう言いながら、ボールをわたしの口の中に捻じ込む。
わたしが『痛い』と言った事を、敢えてやっているのだと気付く。

  (い…痛い…)

  そうか。

無感動に言い、再びシャワー。
噎せるわたし。
シャワーが外され、髪を引っ張られて喉を反らされる。
そこに彼が唇を重ねてきた。
ボールを更に奥へ奥へと捻じ込むようなキス。
彼の唇と、ボールギャグが食い込む痛み。
柔らかい。
痛い。
気持ちいい。
痛い…。
突然、彼が息を大きく吸い込んだ。
驚いて、目を見開いた。
わたしの肺から、空気が吸い出される。

  (んうう…)

ボールギャグの穴から、空気が勢いよく通る音が響く。
口の全てを塞がれている訳ではないので、苦しいという事はない。
けれども、自分の意志と関係なく肺が萎んでいく感覚は、なんとも不思議なものだった。

そんな事を繰り返して遊んだ後、彼がボールギャグを外し始めた。
今度は、わたしの顔をしっかり見ながら外す。
水と涎の混じった液体が、わたしの唇から糸を引いて滴った。
無感動だった彼の表情に、悦びが湧き上がる。
解らない。
やっぱりよく解らない…。
それでも、彼が嬉しそうにしているから、きっとそれでいいのだと思った。
わたしが理解する必要は、ないのだ。
大事なことは、彼が愉しむということ…。
彼の悦びがわたしの悦びである以上、行為の意味が理解できなくとも、彼のやることを全身で受け止め、それに対して素直に反応すること。
それが一番、重要なのだ。

その後は、普通に全身を洗われて、入浴タイムは終わりを告げた。





次週の約束

2008/04/23(水) 00:06:40
お風呂から上がり、髪を拭いていると、彼が、全裸のままベッドにうつ伏せに寝転がり、「暑い…」と言いながらエアコンを操作していた。
はっと気付いて、マッサージジェルを手にベッドによじ登り、マッサージを始める。

  ふふっ…。
  判ってるじゃないか。


彼が満足げに言う。

彼に言われなくとも、彼の様子を見て、何を欲しているかを予想し行動する。
結果、彼が表明してくれる満足感。

こういう動きが、夫との間でもっと出来ていれば…と、ふと苦い悔恨が胸を過ぎる。
そうすれば、もっと違った結果があったかも知れない。
もっとも、夫との事を後悔する気は、無い。
でなければ、彼とは逢えなかったし、わたしのマゾヒスティックな欲望を満たされる充足感も得られなかったのだから。
ただ、夫婦生活において何が足りなかったのか、それを省みているに過ぎない。
その度に、己の至らなさを思い知らされ、苦い想いをするのだけれども…。
でも、それはきっとお互い様だ。
わたしが夫を見なくなったように、夫もわたしを見ていなかった。
わたしの求めているものが何なのか、彼のような真剣な眼差しで、見ていてくれなかった事は間違いがない。

  来週こそは…天気になるといいな。
  バイク乗りてえ。


  そうだね。
  …わたしはちょっと複雑だけど。


  なんでだ?
  行く予定にしているのは、○○だぞ。
  そこでなら、現地で逢えるだろう?


  うん…でも…抱いて貰えない…。

  ふふ。欲しいのか。
  エロい奴だなぁ。


散々逝かされ、悶え狂った直後だというのに、次週もそれを欲して残念がってしまう。
つくづく、わたしの欲望には限りがないと思う。
けれども、彼の楽しみを奪いたくはないし、邪魔もしたくない。

  ま、○○なら少しは土地勘もあるんだろう?
  車の中で…なんて場所も、知ってるんじゃないか?


  田舎だもん、いくらでもあるよ。

  だろう?
  楽しみだな。
  バイクに乗って、お前にも乗って、
  そんで犬とも遊ぶ、と。


  え?

わたしは手を止めた。

  …それは、うちの犬を連れて来いって、
  そう言ってるの?


  判ってるじゃないか。

犬は、ある意味、わたしの本心の代弁者だ。
わたしがあまり好意を持っていない人間には、愛想も振りまかないし寄り付きもしない。
逆に、わたしと親しい人に対しては、犬も最大限の親しみを表現してはしゃぎ、甘える。
わたしにとって彼は、今まで犬が会った事のない、特異な存在だ。
その彼に対して、犬はどんな反応をするのだろうか…。
非常に興味深いと思った。

  わかった。連れて行くよ。
  …言っておくけど、大型犬だよ?
  大丈夫?


  ああ、平気だ。

身支度を整え、外に出ると、雨が降っていた。

  あ、良かった。
  これで晴れてたら、Tさん、
  バイク乗っときゃ良かったって
  後悔するかもって思ってた…。


  別に後悔はしないが…。
  ま、悔しいとは思ったかもな。


わたしはバイクには乗らないが、車を運転するのが大好きだ。
何かというとドライブに行きたがる性分なので、気候が良くなってくると、バイク乗りがソワソワする気持ちは、とても理解出来る。

  来週は…ツーリング行けるといいね。

心から、そう言った。




わからない

2008/04/24(木) 01:23:50
わたしの心の中から消えたもの。

彼に対する認識…『年下の可愛いセフレ』という認識は、いまやすっかり消えてしまった。
年齢など関係なく、彼は、わたしの所有者で支配者だ。

彼はわたしを導かない、と、以前「関係」で書いたけれども、今は、自分が導かれていると感じる。
未知の快楽を得られる処へ。
慈しまれながら虐げられる幸福感を得られる処へ。
そして何より、まだ自分が存在していて良いのだと思える処へ…。

その心象風景を想像する時、わたしは何故か、幼い少女になっている。
少女のわたしは、彼の服の裾をそっと掴み、彼を一生懸命に見上げている。
彼が何処に向かおうとも、その手を決して離すまいとしている。

けれども…その姿は、彼の望んでいる姿ではない。

  自分に軸を持って、自転しろ。
  地球と月のような関係になるんだ。


離れ過ぎず、近付き過ぎず、引力と緊張感を持ち、どちらにとっても相手が必要かつ重要な、そんな関係を彼は欲している。
ならばわたしは、少女の姿のままではいけない…。
それは理解出来るのだけれど、どうすればそうなれるのか…それがわたしには判らない。
彼の支配が、日に日にその影響力を増していく中で、どうすれば彼以外をわたしの軸に出来るのか…。

それが、わたしには、判らない…。




2008/04/25(金) 00:50:45
11回目の逢瀬の朝は、目覚めると快晴だった。
彼からのメールは来ていなかった。
もしかしたら、わたしへの連絡などそっちのけでまずは目的地に向かっているかも知れないと考えた。
わたしもこれから向かうとメールしてから、犬と共に車に飛び乗る。

道中、沢山のバイクとすれ違う。
バイクを知らないわたしは、彼がなんというバイクに乗っていたか、以前聞いたのに思い出せなかった。
単独のライダーを見る度に、彼だろうか?などと考えながら、ハンドルを動かす。
携帯をちらちら見るが、彼からの連絡は、無い。
以前、『俺がバイクで死んだりしたら…』と言っていたのを思い出し、不吉なことを考えそうになってしまう…。

彼が行くと言っていた地域の、道の駅に車を入れた。

  わたしは今、○○に居ます。

メールを打つ。
そこで犬を遊ばせながら、彼からの連絡を待とうと考えた。
時刻はお昼…。
道の駅は、食べ物の匂いに溢れているが、わたしの胃袋は反応しない。
空が少し曇り始め、湿った空気が混ざり出したような気がした。

  あなたは今、どこに居るのでしょう…。

人気の少ない場所を見つけて、そこで犬を遊ばせながら、ぼんやりと煙草をふかす。
そこにやっと、彼からのメールが届いた。

  俺が今、何処に居るかって?
  家だよ。
  昨夜は、仕事で遅くなってな。
  今起きたところだ。


『ええぇ?』と、声が出た。
前回の逢瀬の時の様子から、次の休みに晴れたら、何を置いても飛び出しそうだと思っていたから、彼からの連絡も待たずにわたしも飛び出して来たのに…。
がっくりする反面、不吉な想像が実現してしまわなかったことに、大きく安堵する。

  これからそっちに向かうとなると、
  2~3時間というところか…。
  そっちの天気はどうだ?


  曇って来ました。
  降るかもしれません。


さて…これからどうしよう?
このまま帰っても、ドライブしたと思えばそれで済む。
けれども、彼には逢いたい。
待つ事は、苦にならない。
かと言って、珍しく寝過ごす程に疲れている彼に、これから出て来て欲しいとも言えない…。
そう言えば彼は、近いうちに、ちょっと大きなものを買いたいと言っていた。
その時には、わたしの車が必要になるから頼む、と。
そこで、これから自分がそっちに向かうので、その買い物に行かないかと提案してみた。

  そのプランに乗った。
  気を付けて来いよ。
  ○○の公園横で待て。
  まずは犬にちょっかい出したい。


彼に逢えることになり、わたしは俄然元気になる。
犬を急がせて車に乗り込み、いつもとは違うルートで、彼の住む街に向かう。
犬は…わたしの潜在意識の具現者は、彼に対して、どんな反応をするだろうか…。

更に…。

わたしを責める時の、彼の爬虫類の様な視線を思い出す。
人間であるわたしに対して、あんな目を出来る人が、犬をどんな視線で見て、どんな扱いをするのか。
淫乱牝犬ではない本物の犬と、どう接するのだろう…?

興味は尽きない。
逸る気持ちを、そのままアクセルに乗せてしまわぬ様に注意しながら、わたしは車を走らせた。




装う

2008/04/25(金) 13:29:32
数年ぶりに、手足の爪を手入れする。

ファイルで形を整え、ペディキュアを施す。
ベースコートから始まり、トップコートや速乾オイルまで念入りに。

手の爪は、どうしよう。
ラウンドカットとスクエアカット、彼はどっちが好みだろう?
取り敢えず今は、切り揃えた自然な状態にとどめ、キューティクルオイルを塗って、丹念に馴染ませる。


昔のわたしは、化粧もろくにしないくせに、ネイルケアにだけは余念がなかった。
食器を洗うにも支障を来たす程に長く伸ばし、爪の弱さを理由に、スカルプチュアまで施していた。

  顔は、自分からは鏡を見ない限り
  見えないからどうでもいい。
  でも手は、毎日常に見ているから、
  綺麗にしておきたい。

そう放言して、憚らなかった。

周囲の人も、綺麗なものを見たいと思っているという事を慮れば、自分の身なりについての考えも、多少は変わったであろうものを…。



数年ぶりに、装う事を考えているわたし。
のみならず、装いに対する意識も、変化しているわたし…。



彼と犬

2008/04/26(土) 19:45:40
待ち合わせ場所に到着した。
わたしは車外に出て、彼を待つ。
彼がやって来た。
わたしは、走りよって抱き付きたい衝動を抑えた。

  バカだな。
  俺の予定も確認せずに…。


開口一番、彼が言う。

  だって…逢いたかったんだもん…。

  こいつがお前の犬か。
  でかいな。
  はは、こっち見てる。


  車、どうしよう?
  ここに停めておくのはマズいよね?


  ああ、停められる場所がある。
  移動した方がいい。


そう言って彼は、助手席のドアを開けた。
そこには、犬が居座っている。

  ほらどけ。
  そこは俺の席だぞ。


彼の口調は、至って冷静だ。
犬は、ちょっと思案して、素直に助手席を彼に明け渡し、後ろに移動した。

よく、犬を見ると、声が1オクターブ高くなったり、真っ先に犬を構おうとしたりする人がいる。
飼い主から見ると、犬が好きなのだとよく解る態度ではあるが、犬にとってはあまりよろしくない。
自分に関心を持たれた事を察した犬が、必要以上にはしゃいで興奮し、手がつけられなくなる事があるからだ。
その点、彼の態度は、犬にとって非常に良かった。
犬が居る事に過剰に反応しないばかりか、犬の居場所を当たり前の様に奪う事で、犬に対する自分の優位性を示したのだ。
助手席に座った彼を、後ろから首を突き出して、遠慮がちに匂っている。

  ○○(犬の名)、この匂い、知ってるでしょ?
  ママからよく匂ってるでしょ?


  ○○って言うのか。
  おい、○○。


犬は、声を掛けた彼を見上げ、尻尾を元気に振って笑顔になる。
その友好的な様子を見て、わたしも安心する。

  あ、そこ。
  そこに停めろ。


  はい。

車を停めて、犬を降ろす。
散歩が出来ると悟った犬は、はしゃぎながら公園に入っていった。
彼が手を出したので、リードを手渡した。

  ん?
  これ、どういう仕組みだ?


伸縮性のリードの使い方を、彼に説明する。

このリードを着けられた犬は、ある程度自由に行動していい事を知っている。
どのくらいの距離、わたしから離れて良いかを把握しているし、いつも人気のない田舎道を散歩するわたしが、それほど厳しく犬を制御しない事も、知っている。
さっさと自分の行きたいところに向かおうとする。
そこで彼が、リードをロックした。
予想外の処で動きを封じられた犬は、後ろを振り返って彼がリードを持っている事に気付き、彼を窺う目つきになった。
行きたい場所に向かう前に、後ろをそっと振り返り、行っても良さそうかどうか、確認し始めた。
振り返る犬に、わたしが声を掛ける。

  ○ちゃん、真っ直ぐ。

  ○ちゃん、そっち違う、右に行って。
  そう、そっち。
  いいコね。


そうやってひとしきり公園の中を散歩した後、わたしたちはベンチに座った。
犬も、わたしたちの傍で地面に座る。

  ○ちゃん。

わたしの真似をした彼が、犬を愛称で呼ぶ。
犬は、彼を上目で見上げた。
その態度には、誰だかは判らないけれど、この人の言う事は聞かないといけないらしい、と言う、少し卑屈な様子が見受けられた。
今まで、わたしの友人たちと接してきた時とは、明らかに違う。
やたらはしゃいで、やんちゃしようとする様子は、全く見せない。
飼い主のわたしよりも優位に立つ人物である事を、犬は、短い時間ですっかり把握したのだ。
わたしと居る時よりも数段行儀のいい犬を見て、わたしは驚いていた。

彼は、本物の牝犬も、あっと言う間に手懐けてしまった。




彼の縄張り

2008/04/27(日) 06:49:14
公園での散歩の後、まずは彼の買い物を先に済ませる事にした。
ホームセンターに行き、目的のものを買って車に積む。
案外大きいものだったので、犬の居場所が制限され、窮屈そうだ。
彼の家に、一旦荷物を置きに戻ることにした。
それほど重くはないから一人で運べると言い、彼は車を降りて行った。
わたしと犬は、車内で彼を待つ。
暫くすると、戻って来た彼が、何だか楽しそうに笑っている。
おもむろにカメラを取り出し、わたしたちを撮った。

  車に戻ったら、そっくりのバカ面した牝犬が2匹、
  俺をこれまたそっくりの顔で見ていて、笑ったぞ。


犬と2人して、『彼が来た!』という喜びの表情をしていたのだろう。

  さて、これからどうする?

  そうだな。
  …茶でも飲みに行くか?


  あ、そうね。
  わたしご飯食べてない。
  おなかすいた。


  それなら、カレーの美味い店行くか?

  うん!カレー大好き。

  よし、それじゃ○○ドライブウェイに行け。

  はい。

そこは、わたしのブログの話をしたドライブウェイだった。
わたしと彼の関係が、大きく変化したあの日の道…。
タイトなコーナーの続く道を、山頂に向かって進む。
彼が、クスクス笑う。

  ○○(犬)が、カーブの度によたよたするのが笑える。

犬は、運転席と助手席の間に立っていた。
足を踏ん張っているが、カーブの度に身体を振られてよたよたしている。
その頭の上には、彼の手がある。

  ○ちゃん、お前、酔わないのか?

  車酔いする犬もいるけど、
  うちの犬は大丈夫だよ。
  小さい頃から、わたしのドライブに
  付き合ってるから慣れてる。


  こんな道ばっか走られてるのか。

  山の中に住んでるからね。

  確かにお前、こういう道慣れてるな。
  俺のツレの誰よりも、運転上手いぞ。


  ほんと?

車の運転は、わたしが人に褒められる数少ないもののひとつだ。
わたしをとことんバカ扱いしていた夫ですら、車の運転だけは褒めてくれていた。

山頂付近に着いた。
彼が指示する道を進み、1軒のレトロな雰囲気の店の傍に、車を停める。
日陰になっているし、犬も車の中で快適に待てるだろう。
窓を少しだけ開けておいて、わたしたちは車を降りた。

店に入ると、その奇抜なインテリアに驚かされた。
処狭しと並べられた、さまざまな置物や玩具…。
マスターと思しき人が、申し訳なさそうに、カレーは売り切れてしまったことを告げる。

  どうする?

  Tさんは、おなかすいてないの?

  小腹が減ったって程度かな。

  わたしだけ食べるのも、何か悪いな…。

  でもお前、何も食ってないんだろ?
  気にしなくてもいいぞ。


結局、ドライカレーを1つだけ頼み、彼と半分こすることにした。
普通、1つのメニューを半分にするというと、嫌がるお店が多いが、このお店は快く承諾し、食器も2人分用意してくれる。
1人前のドライカレーは、中々のボリュームだった。
何となく、2人で食べるということで、少し大目にしてくれたのでは、という気がする。
取り皿まで用意してくれた。

  美味しい…!

  結構辛いな。
  俺はこれくらいが限界だが、
  お前は平気なんじゃないか?


わたしが辛党な事を、彼はきちんと憶えていてくれている。
わたしの方は、いつそんな話をしたのか憶えていないというのに。
彼が、わたしをちゃんと見ていてくれてる…と感じる瞬間だ。

  うん、もう少し辛くても平気かな。

分け合ったドライカレーを美味しく平らげ、食後のコーヒーが出て来た。
店内に、わたしたち以外の客は居ない。
彼とマスターが、おしゃべりを始めた。
その内容を聞いていると、どうやらこのお店は、彼が仕事で関わった事のあるお店らしい。
マスターと彼とは、数年ぶりに再会したという様子で、懐かしげに話を弾ませている。

彼が、自分のテリトリーに連れて来てくれた…。
しかも、ひとつの料理を半分ずつだなんて…これは、2人の関係が親密な事を、お店に知らしめる行為。
わたしと違い、彼は独身だ。
その辺の制約が無いとは言え、仕事で関わった店にわたしを連れて来てくれたなんて…とても嬉しかった。

  お前のこと、ほったらかしだな。

彼がふとわたしを見て笑う。

  わたしは平気。

マスターが遠慮がちに言う。

  彼女には、詰まらない話でしょうね…。

  いいえ、仰りたい事、よく解りますよ。

  こんな話が理解出来たら、変わり者ですよ。

  大丈夫、この人も変わってるんですよ。
  変態ですから。


彼の言葉に、わたしはコーヒーカップを落としそうになる。
そりゃわたしは、鞭で打たれたり蝋を垂らされたりして濡らしている変態だけれど…彼のそういう物の言い方は、料理を半分こしたことより更に明白に、彼とわたしがただならぬ関係だと、マスターに説明しているに等しい。
照れ臭い様な、嬉しい様な、なんとも複雑な心境になった。
彼とマスターは、話を続ける。
どうやら、彼の新しい仕事に繋がる話である様だ。
以前の彼の仕事に、マスターが満足したことが察せられる。
そうでなければ、数年ぶりだというのに彼の事を憶えてはいないだろうし、こうして新しい計画を話したりもしないだろう。
普通の良識ある大人の仮面を被って暮らしている、と、彼は言う。
けれども、中身と余りにも乖離している仮面なら、その歪さは必ず表面に出て来て、他者に薄気味悪さを感じさせる筈だ。
彼は、そうではない。
良識ある大人の部分も、きちんと確立させている人なのだ…。
それを垣間見る事の出来る、静かで、穏やかで、幸せな時間だった。

他の客が入って来たのを潮に、わたしたちは店を出た。
犬は、車の中で大人しく待っていた。

  さて、どこに行こうか…。

彼が、ちょっと思案する。

  お前、○○空港行った事あるか?

  ない。

  んじゃ、行ってみようか。
  海に向かえ。


  はい。

お茶を飲んで、空港で飛行機の離発着を眺める…。
まるで普通のカップルのデートの様。
よく考えれば、陽光の下で彼の姿をこんなに長く見ているのも、初めての経験だ。
セックス抜きのデートでも、彼と一緒に居るのはこんなにも楽しい。
彼も、楽しんでくれているといいけれど…。
わたしは、浮き立つ様な喜びと、不安な気持ちを胸に、車を動かし始めた。




彼との距離

2008/04/28(月) 21:05:54
彼の案内で地元の空港に行き、展望台に上って、段々暮れていく風景を並んで眺めた。

  山があって、海があって、
  住環境は閑静だが、決して田舎ではない。
  何とも贅沢な街だろう?
  ここで生まれ育った訳じゃないが、
  俺は、そんなこの街が好きなんだ。


彼が言う。
風の冷たさを堪えられなくなるまで、彼の好きな風景を、一緒に眺めた。

  そろそろ、また犬を散歩させてやりたいな…。

  よし、じゃ、いい場所に案内してやろう。

海辺に作られた綺麗な公園は、わたしたちの他には誰も居ない。
芝生の上に作られた通路を、犬を連れて、ゆっくり歩く。
犬は、すっかり彼に懐き、彼が名を呼ぶと、真っ直ぐ視線を合わせる様になっていた。
キラキラと輝くその目は、きっとわたしが彼を見る時の目と、そっくりなのに違いない。
親愛の情と、信頼の込められた瞳…。

一巡りした後、ベンチに腰掛ける。
わたしは、彼に寄り掛かって甘え、キスをせがむ。
彼の唇が、舌が、わたしをすっかり蕩けさせる。
周囲は、近隣のスポーツ施設の照明と、所々に設置された街灯で、真っ暗という程にはなっていない。
それに、公園の構造も見通しが良く造られていて、隠れられる様な場所も無い。
ここでは、キス以上のことは出来ない…。

  くそ…お前にぶち込みてえなぁ…。

キスの合い間に漏らす彼の呟きが、彼もわたしと同じ気持ちである事を教えてくれる。

  ま、いい。
  後でもっと暗い処に行って、それから…な。


わたしは、頷いた。


車に戻り、彼の希望で、巨大なインテリアショップに向かう。
いろんなテイストの家具が、モデルルームの様にディスプレイされていて、それを見て歩くだけでも一苦労、といった様相のショップだった。
彼と腕を組んで歩き回りながら、これが素敵、あれが好みと言い合う。

  お前の部屋は、どういうテイストなんだ?

  決まってないなぁ…。
  雑然としてる。


  どうせ、すげー散らかしてるんだろ。

  …うん。

わたしの部屋に残る、絶望の痕跡…。
離婚話が持ち上がった時に、生きる意味を完全に見失い…その結果、荒れ果ててしまった、わたしの部屋。
そこにわたしの先天的な障害が加わって拍車をかけ、ようやく外に出て働く様になり、こうして彼を求めるようになっても尚、収拾をつけることが出来ずにいる部屋…。

彼の部屋は、彼からのメールに時々添付されている写真から、かなりシンプルで物が少なく、整理整頓されていて綺麗なのが推し量れる。
そんな彼に、わたしの部屋を見せたら、きっと愕然とするだろう。

ディスプレイされている家具に並んで座ってみたりしながら、ふと、どこかで彼とこうして暮らす事を夢想したりする。

  俺とお前の距離って、
  このくらいが丁度いいんだろうな。


  え…?

  近過ぎると、ちょっとした時間に無理にでも逢って
  セックスばっかりしてるだろうよ。
  仕事に差し障る程にな。


  ああ…それでも、遠距離って言う程、
  離れてもいないもんね。


  ああ。
  だからいいんだ。
  近過ぎると、きっと俺たちは駄目になる。


唐突に感じたこの話題は、もしかしたら彼も、わたしと暮らす事を想像していたから出たのかも知れない。

それでも、見目良くディスプレイされたお洒落な家具たちは、今までとは違う新しい生活を夢想させる。
いつだったか彼に言われた、『自分の生活を再構築しろ』という言葉も思い出し…一緒に暮らすのでなくても、わたしの手によって整えられた環境で、彼と時を過ごしたいと考えさせるには、充分だった。


やがて、店内に「蛍の光」が流れ出す。
かなりの時間、遊んでいた様だ。
楽しい時の過ぎるのは、あっという間だ…。

  さて…。
  ここを出て…お次は。


ニヤリとする彼。
その表情に、嬉しさと戸惑いと決まり悪さを感じながら、インテリアショップを後にした。





カーセックス

2008/04/29(火) 01:44:11
  その信号を左だ。

彼の言う通りに、車を走らせる。
周囲からはどんどん生活臭が消え、街灯の明かりも消えてゆく。
人気のない暗い場所で…彼は、わたしを使おうと考えている…。

  あれ?
  ここ会社の敷地内だな。


  マズいんじゃない?

  だな。
  …よし、じゃ、Uターンして
  さっきの十字路に戻れ。


  はい。

そんな事を数回繰り返し、やっと、周囲に建物も明かりも無い場所に、車を停める事が出来た。
エンジンを止める。
車内に、静寂が訪れた。

  さぁて…。
  来い…。


彼が、後ろの座席に移動する。
わたしも彼の後を追い、足元に座り込み、膝立ちして抱き付いた。
待ち侘びていた時間の始まりだ…。
しかし今夜は、オマケが居る。
犬だ。
わたしと彼が抱き合い始めると、自分も参加しようとして、鼻を突っ込んで来る。
その度に笑いながら、

  ○○(犬の名)はいい。
  大人しくしとけ。


と、彼がいなす。

彼に抱き締められ、乳房を揉まれ、口付けを繰り返しているうちに、わたしの呼吸が荒くなる。
そこに犬が、大丈夫かと言わんばかりに、わたしの顔を舐めにくる。
思わず、笑ってしまう。
けれども、心を占めていることは、ひとつだ。
暗闇の中手探りで彼のベルトを外し、ズボンと下着を脱がせ、ペニスを口に含んだ。
しゃぶっていると直ぐに、口の中に納まらなくなる。
口に入らない部分は手で扱きながら、頭を上下させる。
彼が、呻き声を上げる。
じゅぷじゅぷと音をさせながらしゃぶっていると、わたしが口にしているものを、犬が一生懸命に覗き込んで、相伴に預かろうとしていた。
わたしだけ、彼から美味しいものを貰っているとでも思ったのだろう。
ある意味、それは正解ではあるのだけれど。
彼が、両手でわたしの髪を掴んで、ぐいっと引っ張った。
ペニスから口が離れ、わたしは喉を仰け反らせる姿勢になる。

  上に乗れ。
  …自分で挿れろ。


犬は、その隙を逃さなかった。
すかさず彼の股間に鼻を突っ込む。

  ちょっ…こらっ!

二人とも笑ってしまう。
わたしがジーパンと下着を脱ぐ間、彼が犬からペニスを守っている。
犬に食べられてしまわぬ内にと、急いで彼の上に跨り、ゆっくり腰を沈めた。

  ふ…あ…っあ…

どれだけわたしが潤っていても、完全に猛り勃った彼のものを挿れる時には、痛みにも似た感覚がそこを襲う。
ルーフに手をついて突っ張り、身体を更に沈み込ませて、彼を根元まで飲み込む。
それだけで、身体に痙攣が走り始める。
頭の中が、真っ白になる。

  動け…。

軽く達してしまったわたしの耳元で、彼が囁く。
白濁した意識の中で、どう動けば彼が気持ち良いだろうか、と、ちらっと考えた。
考えただけだった。
実践するまでには及ばなかった。
わたしの身体が、わたしの意志とは無関係に動く。
考える前に、動いてしまう。
より深い快感を得られる場所に、彼のものが刺さる様に。

  気持ちいい…。

彼が呻く。
わたしも、と答えたが、声になっていたかどうか、判らない。
彼が、下から突き上げ始めた時、思わず大きく仰け反った。
頭がルーフに、ごつんと当たった。