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2008/09/04(木) 11:54:05
彼から、メールが入る。
今、○○に着いた。
先っぽが入ったぞ♪
わたしの家から、1時間ほどの所だ。
家に来る事を、セックスに擬えている様子だ。
相当ウキウキしているらしい。
わたしは、沈痛な気持ちのまま、時折疼痛の走る下腹部を抱え、横になっていた。
あと1時間で…彼との関係が終わってしまうかも知れない。
それは、とても深い絶望だった。
彼を失ったら、わたしはこの先どう生きていけば良いのだろう。
せっかく、生きていく事に前向きになれたと言うのに…。
○○だ。
半刺し♪
ところで、迎えに来てくれるんだろうな?
そのメールを見て、身体を起こした。
あと30分程で到着する。
どこに迎えに行けば良いのだろう。
彼が今居る場所に向かえば、すれ違いになる可能性が高い。
以前から二人で時々利用していた、わたしの家の近所のドライブインで待つ旨メールをし、車に乗り込んだ。
駐輪所の見える場所に車を停め、車内で待つ。
彼のバイクが、入ってきた。
わたしは車を降りて、ゆっくりと彼に向かって歩いた。
彼もすぐにわたしを見付け、ヘルメットを脱いでニヤリと笑った。
…おはよ。
何て顔してんだ。
夕べは眠れたのか?
…あんまり。
だろうな。
彼は、実に嬉しそうにククッと笑った。
…さて。
行く?
いや、ちょっと待て。
横のコンビニに入り、アイスクリームを買って戻って来た。
バイクの横で、ゆっくりとアイスを味わい始める。
時々、わたしにも差し出してくれるので、口を開けて食べる。
冷たい…としか、感じない。
食べ終わると、ゴミをゴミ箱に捨てて、伸びをした。
…さぁて。
行く?
いや、昼飯食いに行こうぜ。
…まだそんな時間じゃないよ。
そうか。
じゃ、茶ぁ飲みに行こうぜ。
ええ?
彼の、ニヤニヤと嬉しそうな表情を見て、気付いた。
もう…わたしをもっと甚振ろうって腹でしょ?
刑の執行までわざと時間をかけようとしてるね?!
彼が大笑いする。
バレたか。
そりゃバレるよ!
ここまで来たら、もういいよ!
さっさと済ませようよ。
わかったわかった。
じゃ、行くか。
先導しろ。
…はい。
ドライブインを出発した。
いつもと変わらぬ、明るい表情の彼。
わたしの家を見た時、彼はどう変化するのだろう。
想像することが、怖い…。
家には、すぐに着いた。
まず彼が目にしたのは、全く手入れをされておらず、雑草が蔓延った庭だ。
ほほう…。
彼は、家の周囲を見渡し、庭をゆっくりと観察している。
一体何を考えているのか…。
その表情からは推察できない。
暫く庭を眺めた後、彼は、玄関を顎で差した。
開けろ。
…はい。
開錠し、ドアを開ける前に、彼を振り返る。
…本当に凄いからね。
病気になっても、知らないからね。
いいからさっさと開けろ。
…はい。
大きく深呼吸をし、わたしはゆっくりとドアを開け、彼を招じ入れた。
2008/09/05(金) 14:35:53
玄関に入った彼は、物珍しげに周囲を見渡した。
かなり動物臭いと思うよ。
すごく埃っぽいし…。
ぐだぐだ言い訳を続けるわたしには、全く反応しない。
本当は…注意欠陥障害で動物飼うなんて、
無謀なんだと思うけど…掃除出来ない癖に…
毛だらけで凄くて…でも…生き物大好きだから…
このまま上がっていいか。
わたしの言葉を遮った彼が、軽く片足を上げた。
土足のまま上がろうと言うのだ。
そして、普通の神経の人になら、そう言われても文句は言えない程の状態。
それが、わたしの暮らす家だった。
…うん。
彼は、靴箱の上に置いてあったマグライトを手に取り、眺める。
そ…それは夜に犬の散歩をするのに使うの。
この辺、街灯がなくて真っ暗になるから…
それ何だ?
バ…バリケン。
バリケンネルっていうの。
犬を隔離する時に使うの。
本当は玄関なんかに置きたくないけど、
重くて一人では動かせなくて…。
彼は、マグライトを点灯させると、洋画に出てくる闇夜の警察官の様に、肩の辺りに掲げて周囲を照らした。
…何してんの?
探検だからな。
………。
ゴッ…ゴッ…という靴音をゆっくり響かせながら、彼は家の中に歩を進める。
あっ、(犬の名)。
檻に入れられてる…。
留守にする時、短い時間なら檻に入れるの。
自由にさせとくと色々悪戯されるから。
出してやっていい?
ああ。
犬は、彼の事を憶えていたらしく、檻から飛び出すと彼に駆け寄り、全身で再会の歓びを表現する。
よしよし(犬の名)。
後で遊んでやるからな。
今はおとなしく待ってろ。
お…猫も出て来た。
その言葉に、わたしは驚いた。
かつて、この家にまだ訪問者が出入りしていた頃、この猫は、来客がある度に二階に隠れ、決して姿を見せなかったものだ。
それが、興味津々といった表情で彼を見つめている上、怯えも警戒もせず、機嫌もかなり良い様子だった。
…Tさん、凄い…。
このコが初対面の人に
こんなに友好的なの、初めてだよ…。
ほほう、そうか。
それ以降、彼が向かう所全てに、わたしと犬と猫が着いて回る事となった。
彼が目を留めるものに、わたしが様々の言い訳をする。
時折、彼が『あれは何だ』と訊く。
わたしが、説明と言い訳をする。
彼は、衣装箪笥の引き出しまでチェックする。
ちょっと!
そんなトコまで…
ドラクエじゃないんだから…
押さえようとするわたしの手を、彼が振り払う。
全部見せろと言っている。
でも…
うるせえ。
黙ってろ。
長い時間をかけ、彼はわたしの家を隅々まで見て回った。
その間、一言も感想めいた事は口にしなかった。
やがて彼は居間に移動し、かろうじて人一人座れるスペースを保持していたソファに、どっかりと腰をおろした。
2008/09/06(土) 11:29:01
わたしは、彼の前の床に座った。
ホテルでのいつもの状態だ。
彼は薄く微笑み、靴を履いたままの足をわたしの肩に乗せた。
なんとも言えん表情だな。
俺が何を考えているか…
不安で、怯えてて、悲しそうで…。
…いい顔だ。
黙って、彼を見上げる。
どういう判決を下されるのだろう?
彼の瞳の中の感情を読み取ろうとして、目をこらす。
少なくとも、こんな汚濁の中で生活しているわたしを蔑む光は、浮かんでいないと感じた。
それだけでもわたしは、少し安心する事が出来た。
けれども彼は、表面上は何事もなかった様に振舞いながら、心の中ではお仕置きする事を決定していたりする人だ。
そういう風に見えるからと言って、本当にそう感じているとは限らないのだ…。
彼は、視線を室内に走らせ、何事かを思案している。
判決は中々下らない。
わたしは、段々焦れてきた。
…それで…判決は…?
遠慮がちに、催促する。
判決か…?
彼は、足を下ろすと身体を起こし、ぐっとわたしの方に乗り出した。
緊張が、わたしの身体を走り抜ける。
………。
………。
……すっげぇ、楽しい。
…へ?
予想もしなかった返答だった。
彼は、ニヤーっと笑う。
この家、俺が好きにしていいんだろ?
別荘に改造してやる。
すっげぇ楽しみだ。
わたしは、唖然とする。
ガキの頃作った秘密基地を思い出すなぁ。
よし、さっそく始めるぞ。
まずは、俺が取り敢えず寛げる場所を作る。
彼が勢い良く立ち上がる。
状況がよく飲み込めないまま、わたしもつられて立ち上がる。
ここいらの本を入れるから、
箱か袋を用意しろ。
それから、デカいゴミ袋と雑巾だ。
あの…それは…。
わたしは…棄てられないって事…?
ああ。
…凄い汚してるって、思わなかった…?
んー…まぁ想定の範囲内だな。
…わたしの事、嫌いになってないの…?
いいや?
別荘にすると言うからには、今後もわたしと関わり続ける気だということだ。
つまり彼は、わたしのこの家を見ても、軽蔑したり嫌悪したりせず…それどころか、一緒に掃除をしようと言ってくれているのだ。
しかも、とても楽しそうに。
ようやく、状況が飲み込めた。
彼は、わたしを、拒絶しなかった。
非難すら、しなかった。
わたしは、彼にしっかりと抱き付いた。
おいおい。
行動開始だっつってるだろうが。
彼が、笑う。
何も言うことが、出来なかった。
ただ、抱き締めた腕に、力を込めた。
2008/09/16(火) 16:25:38
早速彼は、テキパキと動き始めた。
小さめのダンボール箱や紙袋をわたしに用意させ、
ここにある書類は、全部これに入れるぞ。
とか、
これには本を入れていく。
後でまとめて本の部屋に移す。
とか言いながら、その手を休める事は無い。
最初は、彼の周囲をウロウロしていたわたしだが、生理痛がぶり返して来て、呻きながら蹲ってしまった。
そんなわたしの傍らにしゃがみ込み、無造作に髪を掴んで顔を上げさせる。
わたしの苦痛の表情をざっと観察した後、徐に口を開く。
痛むのか。
…うん…。
どんな痛みなんだ?
…んー…。
とっても鈍い痛み…。
例えるなら…んー…。
…鈍りまくった刃物で…。
子宮をグリグリ抉られてる様な…。
そんな感じ…。
ほう…。
彼の表情に、じわじわと喜悦の色が広がってゆく。
それを見ながらわたしは、本当にこの人は、わたしが苦痛に苛まれるのを見るのが好きなんだなぁ…と、他人事の様に考える。
突然彼は、子どもが興味を失った玩具を放り出す様に、わたしの髪から手を放して立ち上がった。
もういい。
お前はそっちでくたばっとけ。
え…。
彼がわたしに、横になっていても良いと言っているのだと気付くまでに、少し時間がかかった。
苦しむわたしを見る事を愉しむ彼が、わたしに、楽にしていていいなどと言うとは思わなかったのだ。
とは言え、やせ我慢が出来る程の体調ではなかったので、お言葉に甘えて、床の上に横にならせて貰った。
彼が片付ける物音。
彼に着いて回る犬の、せわしい足音。
彼の鼻歌や、犬に話しかける声…。
下腹部を抱え込み、カブトムシの幼虫の様な姿勢で転がったまま、ぼんやりと耳を傾ける。
ふと、目の前に転がっていた本を手に取り、パラパラとめくる。
そのまま、読書に軽く没頭してしまう。
てめえ。
突然、彼の声が頭上から飛んで来て、頭を踏まれた。
俺を働かせておきながら、
てめえは読書たぁいい度胸だなぁ。
あ?
ご…ごめんなさいごめんなさい。
ついつい手持ち無沙汰で…。
満開の笑顔でわたしの頭を踏みにじり、表情を変えぬまま足をどけると、言う。
…いいなぁ。
土足で踏める女。
愉しい。
言われてみると、彼はまだ靴を履いたままだった。
以前のわたしなら、誰かにふざけて足で突かれただけでも、むっとしていた。
それが、彼になら何をされても、不思議なくらい怒りを感じない。
不快感を得ても我慢するのではなく、不快感すら無いのだ。
これが、彼の全てを受け入れるという事なのだろうか…?
まあいい。
お前はそうして好きな事して
くたばってろ。
俺も好きにやらせてもらう。
機嫌よく言うと、彼は再び片付けに向かった。
彼の後ろを、犬が、弾む様な足取りで着いて行った。
2008/09/24(水) 11:24:55
離婚によって…根底から崩壊した、わたしの生活の基盤。
自分にとって、何を一番優先させる生活がいいのか…。
熟考しなくてはならない。
独力で暮らしていける住処を手にしたければ…
犬や猫と共に暮らす田舎暮らしを
棄てねばならない。
犬や猫との田舎暮らしを守りたければ…
一人で静かに暮らす事が
出来なくなるかも知れない。
彼の傍で、生きていたい。
この渇望がなければ、
わたしはとっくに
生きる事を放棄していたに
違いない…。
2008/09/29(月) 13:53:25
どんな仕打ちをされても、それがわたしに相応しい罰…。
妻として正常に機能しなかったわたしが受ける、当然の報い…。
そう考えて、耐えてきた。
耐えねばならないと、己に言い聞かせていた。
だからこそ、自分だけを護る為に牙を剥き出して闘う事に、強い躊躇いが、あった。
けれども…。
それらは、ほとんどが、嘘だった。
わたしを意のままにコントロールし、自身の安楽と引き換えにわたしを犠牲にする為の、誠意を装った、嘘だった。
それがはっきりした今、もうわたしは、闘う事を躊躇しない。
そして、これらの嘘が発覚した事で、わたしは少しの自信を持つ。
わたしの、人を見る目や直感力は、そう棄てたものでもない事が判ったから。
これでわたしは、わたしを少しだけ信じる事が出来る。
お前は、俺の伴走者。
着いてこられなくなったら置いていく。
俺は、立ち止まりはしない。
そう言ってくれた彼と、どこまでも一緒に走りたい。
その為には、万難を排除する。
今…漸くわたしは、自分の望む進行方向を、真っ直ぐ見据えながら立ち上がる事が出来たと感じる…。