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Sさん

2008/02/19(火) 01:17:51
そもそも、わたしの事を『奴隷』と呼び始めたのは、Sさんだった。

とあるゲームを通じて知り合い、メッセで会話する様になった人たちの中に、Sさんが居た。
色んな会話をしている内に、離婚に関する事などで相談に乗って貰う様になっていた。
包容力を感じる人だった。
わたしの心を蝕んでいる闇を、理解してくれる人だった。

そんな会話の中、投げかけられる際どい言葉は、遊びなのか本気なのか判断はつかなかったが、わたしは平静を装いつつも動揺しており、それをSさんに見抜かれていた。
わたしの反応を面白がったSさんは、『お前は俺の奴隷な』などと言う様になった。
Sさんによって、己の中の被虐性を自覚してしまった私には…それが、とても嬉しく感じた。
本気でSさんに支配されたいと、願う様になった。
とても短絡的で愚かな思考だと、我ながら思う。
Sさんは、そんな私を拒まなかった。
実際に会っても、わたしを抱きはしなかったけれど…。

やがて、Sさんが、壊れた。
原因は、わたしにはどうする事も出来ないことだった。
壊れた彼は、わたしや、他の仲間との連絡を絶った。
心配して連絡してみても、拒否される日々が続いた。
そして…その頃にはSさんを完全に頼りにしていた私も…連鎖的に壊れてしまった。

もう、何もかも、どうでもいい、と思った。

わたしを支配してくれる人が欲しかった。
それがほんの一瞬の関係でも、構わなかった。
だから、出会い系サイトに登録してみたのだ。

そこで彼を見つけた。
SM系ではないサイトの中で、彼の『私に支配されたいメスを探している』というプロフィールは異色で、わたしの興味を強く惹いた。
思い切ってメッセージを送ってみた。
その結果は、ここにある通り…彼とは何度も逢瀬を重ねる間柄となっている。

Sさんが再び、メッセに登場する様になった。
久しぶりに会話をしたら、わたしの変化に気付かれ、…わたしは思わず、彼の存在を白状してしまった。

  まあお前がそれで安定して元気なら、
  それはそれでいいんじゃないか?


  軽蔑しない?

  する訳ないだろ。

わたしは、安心した。


その日の深夜。
携帯メールを受信した。
Sさんからだった。

  これからは、彼との事は逐一俺に報告しろ。
  いいな。


驚いた。
一体どうしたのだ?と返信した。

  どこで誰と何をしようが
  お前は俺の奴隷なんだよ。


呆然とした。
身体と心が、引き裂かれた瞬間だった。


言葉で…

2008/02/21(木) 20:15:37
  さて、聞かせてもらおうか。
  まずは出会いからだ。


久しぶりにメッセでSさんに会った時、そう言われた。

  本気だったの?

  当たり前だろう。
  さあ、話せ。


面識のある人とメッセで会話すると、その人の声、口調、表情が、鮮明に思い浮かべられる。
そうなると益々わたしは、Sさんに逆らう事が出来ない…。

彼と出逢った経緯を、簡単に説明する。

  なるほど。
  それで、イッたか?


  え…

  答えろ。イッたのか?

  …イきました。

何故わたしは、馬鹿正直に答えているのだろう…。
そんな疑問が胸を過ぎる。

  何回イッたんだ?

  そんなの…数えてないよ。

  つまり数え切れないほどイッたんだな?w

  …そういう事かも…。

  どういう風にされて、イッたんだ?

  そ…そんな事まで言うの?

  言いたくないなら別にいいが。

突き放されると、縋り付きたくなってしまう。

  そんな程度でお前はイクのか。チョロイなw

頭の中が、ぐちゃぐちゃになる。
Sさんが相手なら、もっと凄い事になるのだろうか…。
淫らな妄想が、とまらなくなる。
キーボードを打つ手が、震えている。

  Sさんに、会いたいよ…。

  そうか。残念だな。俺にはまだその気はない。
  もう暫くは彼とやっておけ。


身体は、彼の与えてくれた快楽を覚えている。
けれども言葉を交わすと、Sさんに惹かれている自分が、抑制できなくなっていく。
心が、軋む。
会う気が無いのなら、何故、わたしの妄想を助長させる様なことを言うのだろう…?
Sさんが、わからない。

  どうしてこんな事するの?

  俺にこうやって報告するのは、M心が疼くだろう?
  感じてるだろう?




全身が…ぞくぞくした。


尊厳

2008/03/03(月) 23:15:20
  俺以外の男に抱かれたお前にぶち込みながら、
  どういう風にされたのかを問い詰めたい。


ある時、彼が言った。
わたしは、彼がそれを求めた時、最終的には拒まないだろうと思った。


Sさんにメッセで会った。
会話の流れの中でわたしは、そのうち彼が、他の男にわたしを貸し出すかも知れないという話をした。
途端にSさんが豹変した。

  何だそれ。ふざけるな。

  え、なんで?
  SMの世界では、珍しい事じゃないみたいだよ。


  いくら何でも、友達を玩具にされては黙っておれんぞ。

  …わたしは…玩具だよ。

Sさんからの言葉が途切れた。

そう、わたしは玩具。
だからSさんも、わたしを道具にしたいなら、してくれて構わない…。

やっと反応があった。

  お前がそれでいいのなら、文句は無い。

その日は、それで終わった。
後日、再びメッセでSさんと会った。

わたしは結局、自分が嫉妬している事を白状した。

  彼氏の玩具だとか言い放つヤツが、
  嫉妬なんかしてちゃ駄目だろw


  彼の玩具なんじゃない。
  わたし自身が、玩具なの。


  あほか。変な事言うな。
  自分で自分を落としてどうする?


わたしは、落ちてしまいたいのだ。
一種の自己破壊願望。
物心ついた頃から、わたしの背後にぴったり寄り添っている、暗い衝動。

  こないだの話もそうだ。
  彼が本当に貸し出ししそうになったら、逃げろ。
  自分から落ちていくな。


  なぜ?
  彼が面白いと思ってくれるなら、私は何でもする。


  尊厳を踏み躙られてもいいのか?

  彼にとって、わたしの存在価値がそこにあるなら、尊厳など要らない。

  そんな事でしか、自分を確認できないのか?

  そうだよ。
  他のどこにわたしの居場所がある?
  こんな、生産性の無い肉のわたしに。


会話をしながら、気付く。
結局わたしは、夫という精神的支配者を失い、その穴の大きさに為す術を見失っているのだと。

  そうか…何だかんだ言っても、
  旦那の存在はデカかったか。


  そりゃデカいよ…
  離婚を言い出されるまで、
  浮気ひとつせず、旦那の為にって事だけ
  考えて生きてきたんだもん。


けれど、わたしが思う「夫の為」は、夫にとっては「自分の為」ではなかった…。

Sさんとの会話は、わたしの混乱した思考を整理分析する際の、きっかけも与えてくれる。

けれどこの時の会話は、同時に大きな失望をもわたしにもたらした。
『奴隷』と呼んで面白がっているわたしの「尊厳」を気にするSさんは、真のサディストではない…
それならば、サディストとしての精神の安寧を得る為に、わたしを求めることはないだろう…

そう考えたからだった。


大事な人

2008/03/29(土) 01:18:02
久しぶりに、Sさんとメッセで話した。
わたしは、ブログを書いている事、それによってSさんの事が彼に知られ、お仕置きを受けた事などを報告した。

  お仕置きって…何をされたんだ?

  いろいろ…。ブログに書いた。

SさんにもブログのURLを教える。

  …マジか。

内容を知って、Sさんは絶句する。

  大丈夫か。
  彼氏、絶対どこかおかしいぞ。


  SさんだってSっ気あるんだもん、
  理解できるんじゃないの?


  理解できん。
  俺の本質は、ノーマルなんだろう。


やっぱり…。
『尊厳』などと言い出した時から、そうだろうと思っていた…。
わたしは、落胆する。

Sさんは、わたしに無い視点を持っている人で、諸々の相談相手としては頼もしかったし、わたしが先天的に持つ誰からも理解されない障害についても、深く理解してくれた人だ。
そんな人に、自らが封印していた性癖を自覚させられ…わたしは愚かにも、そのまま開花させて欲しいと、望んでしまった。
本人の意思とは全く無関係に…。

  彼が、Sさんと一緒に
  わたしを使いたいって言ってた。


  はあ?
  何だそれ。


  つまり…二人で同時に
  わたしを抱きたいと…。


彼の言葉を思い出す。

  Sが真性なら、乗ってくる筈だ。

Sさんは真性のサディストではない。
けれども、サドっぽさは確かに内包していて、時々それを曝け出して行動し、後で後悔している事もある…。

  俺にそんな事出来ると思うか?

  Sさんは…しないと思う。

  判ってるんならいい。

サドならサドに徹する事が出来れば、Sさんはおそらく、わたしへの態度で苦しんだりしない。
随分前から据え膳状態となっていたわたしを、さっさと食っていただろうから。
私を、欲望を満たす道具として使うことを、躊躇しない筈だから…。



それから少しして、Sさんからメッセージを受け取った。

  お前がTに、首を絞められて殺される夢を見た。
  心配している。


Sさんは、わたしの強い自己破壊願望を、知っている。
未遂の一歩手前までいった事も、知っている。
自分に危害を加えるものを、他人事の様に見ているだけの、自己防衛本能の欠落したわたしを、よく知っている。
そんなわたしは、彼が責めの時に暴走してしまっても、必死で抵抗しないかも知れない。
それが、わたしの命を奪ってしまうのではないか。
Sさんは、それを危惧しているのだ。

  大丈夫。
  彼を犯罪者にする気はないから。


そう、彼を犯罪者にしてはいけない。
けれどわたしには、そうしてしまう可能性が充分にある…。

この時のSさんとのやり取りで、前のエントリーの様なことを考える事が出来た。
やはりSさんは、わたしにとって大事な人である事に、変わりは無い。
わたしの思考に、新しいアプローチ法を教えてくれる人として…。



限界

2009/10/19(月) 14:59:20
メッセンジャーで、久しぶりに会話する。

  お久しぶり。

  お久。お前、元気なのかよ?
  たまには出て来ねーと心配するだろうが!

  あ…ごめん。

  どうしてるんだよ?

  ん~…あの件ね、結局こうなったの。

  えーー!
  そんな事になってたのか!

…この人は、何故、今初めて聞いた様な反応をしているのだろう?
今まで、その件は、何度も相談していた事なのに。

  仕事してんのかよ?

  続けてるよ。
  まだ契約期間中じゃん。


  あー、そかそか、そーだったっけ。

…この人、わたしの仕事の事も、忘れているんだ…。

メールで、電話で、メッセンジャーで。
ひたすらわたしの事を、心配している心配している、と、連呼する割に、わたしの話した内容は、殆ど憶えていない…。

こんな事が重なり続けると、この人は、本気でわたしの事を心配しているのではなく、わたしの事を心配している善良な自分を再確認したくて、心配だ心配だと言っているだけなのだな…と、感じてしまう。

  そんな状態で、お前、
  彼とどこでセックスしてんだよ?

…そのくせ、人の立ち入った事情を聞き出す事には余念が無い。
打ち明け話をされる自分、他人に信頼されている自分を、感じたいのだろう。

  そっかそっか。
  彼とは続いてるんだな。
  これで彼が、お前を貸し出すなんて事言わなきゃ
  俺もすっかり安心出来るんだがなぁ。

…そんな事だけは、しっかりと憶えているらしい。
言った本人の彼も、言われた本人のわたしも、もうすっかり忘れていたのに。

会話は、続く。
苛立ちが、募る。

この人がわたしを気にかけるのは、己の善良さや人情の篤さを再確認し、己を好きになる為。
その為に、わたしを利用している…と、感じてしまうからだ。


この人が居なかったら、わたしは、自分の中の被虐嗜好を自覚する事は無かった。
被虐嗜好の自覚が無かったら、わたしは、彼とめぐり逢っていなかった。

だから、この人を嫌悪し、軽蔑してはいけない…。
そう自分に言い聞かせてきたけれど、それももう、限界に達しつつある。

そしてわたしは、そんな、恩知らずな自分を、嫌悪する…。





無題

2009/10/22(木) 14:10:37
前のエントリーを読んだ、Sからの反応。

  よほど腹に据えかねたのだろう。

謝罪の言葉もあったけれども、
この最初のひと言で、
私の中で闇が新たな燃料を投下され、
噴き上がり、暴れ始める。
とことん理解出来ていないのか、
それとも意図的なのか…。


奇しくもこの日、私の常用する薬に、
新たな副作用の可能性が、
発見されたと報道があった。
Sからは、事あるごとに、
薬を止める様に言われていた。
SNSで、早速Sが、その薬のニュースで
日記を書いていた。
まるで、私のこの憤りは、
薬の副作用に過ぎないと
言わんばかりに感じた。

更に…SNSでSは、SM診断の結果を公表していた。
最高のドS、との結果だった。
この手の診断では必ずサディスト最高得点を得るという事は、Sの自慢のひとつだった。

  俺はドSだよんww

  でも俺って性的にはノーマルだからwww

  お前の彼は、精神異常者だ。

今まで散々聞かされていた、言葉。
どう判断してどう消化すればよいのかと、翻弄され続けた言葉。
それを、何故、このタイミングでそんな診断結果を見せる?
SNSでは繋がったままの私が目にする可能性なんて考えていなかっただけなのか、それともこれもやはり意図的なのか。
SNSのフレンドリストから、Sを削除する。


Sは、確かに、サディストなのだろう。
それも、肉体ではなく、相手の精神を徹底的に破壊し、完膚なきまでに叩き潰し破滅させる事を最終目的としているサディスト。
そう考えれば今までの言動全てに得心がいくと思う。
その一方で、私の考えすぎ、性格が、精神が、思考が、捻じ曲がっているだけだとも思う。
こんな心理状態そのものが、私が自覚していない薬の副作用なのかと思う。
でも、薬がなければ私は、呼吸し瞬きする屍のままだったと思う。
Sの言葉に持ち上げられ、全てをすっかり晒してしまった己に対する自己嫌悪で目が眩む。呼吸が詰まる。
過去の自分を抹消してしまいたいと思う。
存在する事をやめたいと思う。
でも出来ない。
妹が居る。
それに、Sの行為の成果のひとりに名を連ねるのも嫌だ。
もっともこんな文章をここに書き殴る事、それ自体、ここの存在を知るSには、この上ない悦楽となるのかも知れない。
けれども私は、これしか出来ない。
こうする事でしか、私は、自分を、取り戻せない。








自信

2009/11/04(水) 15:38:56
結局のところ。

自分自身に嘘を吐く事は、出来ないのだ。


それから。

誰かと話したり接したりしていて、
意識の何処かで警鐘が鳴った時は、
例えそれがどんなに小さな音でも、
気付かぬ振りで無視すべきでは無い。

警鐘が鳴るのは、
私の性格が捻じ曲がっているからでは無い。
私の感性が被害妄想で凝り固まっているからでは無い。
ましてそれが、何度も何度も聞こえる音ならば、
私はそれに耳を傾け、適切に処理しなければならない。
相手が私に害意を持っていようがいまいが、
悪意があろうがあるまいが、
この人は、私に良い影響は及ぼさない。
その事を、私の経験値が警告しているのだと
素直に自覚しなければならない。

でなければ私は、今回の様に、鬱憤を極限まで抑圧した結果、
些細な出来事で瞬間的に沸騰し、爆発してしまう。
自身ですら持て余す程の怒涛の如き感情の奔流を、
どうする事も出来なくなってしまう。


  お前、自分を信じろ。

いつだったか、彼が、そう言った。

『自分を信じる』 即ち 『自信を持つ』 という事…。

今回の事にしても、私が、
直感や違和感を否定せず、
己を欺こうとせず、
自信を持って判断し、
行動していたならば、
こんな終わり方はしなかっただろう。


離婚の際、元夫との悶着で、
私はこの事を実感した筈なのに、
どうも同じ過ちを繰り返していた様だ。

今度こそ。
今度こそ、私は、自分の、感性を、経験を、信じようと、思う。

これが、Sさんが最後に私に教えてくれた事だ。





始まり

2009/11/29(日) 01:07:29
Sとは、とあるオンラインゲームで、同じパーティでプレイした事がきっかけで知り合った。

バトルが終わった後、今後はメッセンジャーで会話しようと誘われたが、わたしはそれを断った。
ゲームでの知り合いと、余り深く付き合いたくない、というのが、本音だった。
ゲーム内でのわたしは、完全に偽りの自分。
プレイ中でない時にまで、偽りの自分を演じるのは、とても疲れるだろうと思ったからだった。

ある日、何度か同じパーティでプレイした結果、わたしが好感を持っていた子から、メールが入った。

  Sさんから、しのぶさんをメッセンジャーに呼べ!
  と言われました。
  僕もしのぶさんとはメッセで話したいので、教えて欲しいです。

この子にそう頼まれると、無碍に断れない…。
わたしにとっては、そういう子だった。

  そうか…しょうがないなぁ…。
  君にそう頼まれると、断れないな。

わたしは、メッセンジャーでの会話を受け入れた。

Sから早速、わたしにメッセージが飛んできた。

  あいつを使って訊いたのは、
  正解だったなwww


  その様だね。
  断り切れなかったよ。


もう記憶が定かではないが、当時確か、このゲームのオフ会があるので、このパーティのメンバーも参加しようという話が出ていた。
わたしは当然、参加する気は無かったのだが、Sは、わたしにも参加して欲しいという事だった。

更に、このパーティで一度オフ会をした結果、メンバーの中の女の子に一目惚れした子がいるので、その子のキューピッド役をしているのだが…と、相談された。
その会話に違和感を覚え、Sに言った。

  その相談に乗る前に、
  ちょっと君の思い違いを
  訂正しなければならない。
  私は、実は女なんだ。


  えっ…マジすかwww

  マジ。
  女です。
  だから、その相談に乗るなら、
  女からの意見だという事を
  念頭に置いて欲しいと思う。


わたしは、偽りの自分を演じるに当たり、プレイヤーの性別を特定されぬ様にも振る舞っていた。
その結果わたしは、ゲーム仲間に、男性であると思われていた様だった。

  ほほうww
  ブラジャー何カップ?


  …いきなりそれかい。

  ま、俺はこういう軽い奴だwww

  …それにしても、メッセ繋ぐなり
  恋愛相談を受けるとは
  思ってなかったぞ。


  んー…ま、お前は
  そういう相談が出来ると
  思ったからだな。
  大人、というかさ。


  そりゃ…確かに他のメンバーと
  比べりゃ大人だろう。
  皆どうも、随分若い様だからね。
  学生さんが多いね。


  そうなんだよ。
  ちなみに歳いくつ?
  まーきっと俺が最年長だろうがwww


こうして、わたしとSとの付き合いは始まり、個人的な情報を晒し合う仲となった。
この時、このゲーム内では当時遭遇した事のない40歳代同士だったという事実が、わたしの中にSに対する親近感を芽生えさせていた。
更に、相談事をするに足る人物だと認められた…という自尊心を、擽られてもいたのだった。





瓦解

2009/12/19(土) 01:31:54
その時から、夜毎メッセンジャーで会話する日々が始まった。

同じパーティで知り合った人たちと会話する傍ら、Sが私に個人的なメッセージを飛ばして来る。
わたしが、自身の被虐嗜好を意識した、最初の会話も、そんな中で交わされた。

わたしにとって、このパーティメンバーとの会話は、正直なところ、そんなに楽しいものでは無かった。
共通の話題はゲームの話しか無く、それが尽きれば、大人数が好き勝手な事を発言する、単なるじゃれ合いになる。
現実世界においても、大勢でわいわいと過ごすのがあまり好きではないわたしにとって、そうなった時間は、その殆どが苦痛なものでしかなかった。
どうせ会話するのなら、脊髄反射の応酬の様な冗談の飛ばし合いではなく、もっとゆっくり何かについて話す事の方を、わたしは好んだ。
だから、只賑やかなだけの状態になると、わたしは遠慮なく会話から退席してしまう。

  あっちはもういい。疲れた。

そう言って、Sとの会話だけを続行する。

  何だお前、付き合い悪いな。

  うーん…
  ああいうノリには、着いていけない。


  相変わらず真面目な奴だな。
  こういう軽い会話を楽しめる様にならにゃw


Sは、近々催されるこのゲームのオフ会に、わたしを誘い出そうとしていた。

  この地区の連中も、みんなこいつらみたいな
  気楽に付き合える奴らだから、お前も来い。


夫からの離婚を言い出されて以降、病院に行く時以外で日のあるうちに外出する事など、絶えて久しいわたしには、到底応じられる話ではなかった。

  それは無理だな…。
  遠慮しておく。


  なんで?何が問題だ?
  楽しいぜ。


  仕事が、忙しいと思う。

  自営で、割と時間の自由が
  利くって言ってたじゃん。
  1日くらい、どうにか出来るだろ。


ゲーム内で申告していた偽りのプロフィールだった。
問い詰められて、オフ会参加を断る理由を出せなくなったわたしは、ついにSに打ち明けた。

  実は…働いてるってのは、嘘。
  ちょっと体調を崩して、今は無職なんだ。


  え。どこが悪いんだ?

  ちょっと、精神的に、ね。

ここで、馬鹿正直に答えたわたしは、きっと、誰かに自分の事を話してしまいたかったのだと思う。
誰かに、聞いて欲しかったのだと思う。

  ウツか。

  ん、まあそれもなんだけど、
  直接的には、注意欠陥障害ってヤツでね。
  知ってる?


  ああ。それ、俺も。

意外な返事が、あった。

  えっ?

  集中力がコントロール出来なくて、
  片付けられないってヤツだろ。
  俺もそうだよ。


  ええーっほんとに!?

  マジマジ。
  これ、中々周囲に理解されなくて、
  ツラいよなあwww
  ま、俺はウツにはかからずに
  上手く折り合ってるけどさw


わたしが、この言葉をあっさり信じたのは、彼のゲーム中や会話中の態度で、思い当たるふしが見受けられたからだった。
そうであるなら説明がつく…と思ったのだ。

初めて、わたしの辛さを理解してくれる人に会えた…。
そう思った途端、わたしは、パソコンの前で、溢れる涙を止める事が出来なくなった。

  そうなの…。
  なかなか理解して貰えない。
  だもんで夫に離婚言い渡されちゃってさ。
  ショックで引き篭もりになってるのw


  あらー、そうだったんか…
  まあ俺も別居中なんだけどなw


他人の前では、この人何だかおかしい…と思われたくない。
精一杯取り繕って、何ともない顔を、していたい。
でも、それではあまりにも辛い。
誰かに理解して欲しい。
でも、誰も理解出来る訳がない…。

そういうわたしの中の終着点の無い感情を、やっとの思いで堰き止めていたものが、一気に瓦解した瞬間だった。
この時わたしは、Sの前で完全に、自分を曝け出してしまったのだった…。




会う

2009/12/25(金) 16:32:31
やっとわたしの辛さを、理解してくれる人が現れた…。
そう思ってしまったわたしはその後、ひたすらSに甘える様に、なっていった。
メッセンジャーのみならず、携帯の番号やメールアドレスも教えあい、頻繁に連絡を取る様になっていた。

そんな中でも、ゲームのオフ会に参加する事だけは、わたしは頑なに拒み続けた。
外に、出たくない。
人の多い場所には、行きたくない。
人に会うのは、怖い。
そう言い続けていた。

そんなある日、Sから来た携帯メールに、わたしは愕然とした。

  起きてるか?
  これからお前んちの最寄の駅に行くよ。
  会いたくなければ来なくていいけど、
  外に出られる様なら、来いよ。


なんでそんな突飛な行動に!と訊いてみれば、仕事で、わたしの家の最寄り駅の路線に来たら、急に会いたくなった…との事だった。

  外に出られないってんなら、
  しょうがない。
  そのまま俺は帰るからさw


  突然そんな事言われても困る。
  会うなら会うで、別の日に
  ちゃんと約束して会おうよ。


  もうそっち向かう電車に乗ったw

呆然とした。

わたしの家は、田舎だ。
最寄の駅にしても、自宅からだと、車で峠を越えて1時間弱走らねばならない。
それに、昼間の時間帯だと、電車の本数も、30分に1本あるかどうか…というレベルなのだ。
そんな場所に来させて、放置しておく事など出来ない。
どこの駅から、何時に出た電車に乗っているのか確認し、最寄り駅に到着する時間を調べる。

  しょうがない…行くよ。
  駅の出入り口で待つ。
  (車種)に乗ってるから。


  どの出入り口出ればいいんだ?

  1箇所しかないから大丈夫。

  マジかwww田舎www

大慌てで身支度をし、家を飛び出す。

太陽が出ている時間に、病院に行く以外の用事で外に出るのは、随分と久しぶりだった。
ふと、庭がジャングルの様に荒れ果てているのに気付く。
まだ少し時間はある。
おもむろに、目立つ場所の雑草を抜き始める。
すると、近所の人が、声をかけてきた。

  あら~久しぶり。
  元気だった?
  ずっと姿見ないから心配してたのよ。

  あ…はぁ…元気です…すいません。

そこでちょっと雑談していたら、その家のご主人が今度、庭木の剪定をするから、うちも一緒にやってあげるという話になった。
いつもなら、庭師さんを呼んで、お願いする時期になっていた。
恐縮して遠慮したのだが、何でも最近ご主人のマイブームらしいので、剪定させてやってくれ、との事だった。
そういう話なら、お願いする事にする。
時間が来たので、挨拶をして別れ、駅に向かった。

駅舎前の駐車スペースで、Sの乗った電車が入ってくるのを見守る。
心臓が暴れ、呼吸が苦しい。
改札から、パラパラと乗客が出てくる。
Sは、すぐにわかった。
向こうもすぐに、わたしがわかった様だ。
車に歩み寄り、助手席のドアを開ける。

  こ…こんにちは…。

  や~、時間かかったw
  すげー田舎だなwww
  乗っていいの?


  あ…うん、乗って。

車を発進させ、駅前で信号待ちしながら、どちらにウィンカーを出そうか思案する。

  どっか喫茶店とか無いの?

  うん、どこにしようか考えてるの。

  そんな考え込む程店が無いのかw

  だって、田舎だもん。

  あー、駅前にも何にもない程だもんな。
  びっくりしたわw


店を決めて、車を動かした。
ハンドルを持つ手が、震えていた。





車中

2009/12/25(金) 19:07:25
喫茶店に到着し、飲み物を頼んで一息いれる。
改めて、挨拶をする。

  なんか照れ臭いなw
  メッセであんな会話してたと思うとw


あんな会話、とは、いわゆるエロ話の事だ。
ドSだのドMだの、最高何回イカせただのイッただの、そういう話題の事だ。
Sは、わたしのバストのサイズなどを思い出していただろうし、わたしはわたしで、Sのペニスの話を思い出していた。
彼は常々、普通にコンビニ等で売っているコンドームではサイズが合わない事、よく女性に「こんな腕みたいなの入らない」と言われて困る話などをしていた。
いつもこれを買っている、と、パッケージに馬の絵が描かれた特大サイズのコンドームを教えてくれたりしていた。

  でもなー、他の連中なんてガキだからさ、
  ああいう話で息抜きなんか、出来んだろ。
  やっぱお前みたいな、大人の女とじゃなきゃ。


  そう…?そういうもの…?

正直、他には何を話したのか、余り覚えていない。
多分、ゲームの話や、他のゲームプレイヤーの話をしていたと思う。
覚えているのは、終始手が震えてどうしようも無かった事だけだ。
コーヒーカップをソーサーに戻す度に、カチャカチャと音がするのが嫌で、何とか震えがとまってくれないものか、Sに変に思われたらどうしようか、そんな事ばかり考えていた。

そんな中、近いうちに、他の地域から1人ゲーム仲間が来て会う事になっているから、一緒に行かないかと誘われた。
わたしの家からも近い観光地に、朝から遊びに行く事になっているという。
そこなら、車で行って現地で落ち合えるだろうと言われ、それなら行ってみようかという気になった。
いきなり大人数に会うオフ会は尻込みしてしまうけれど、人数が少ないなら、わたしにもこなせそうに思ったのだ。

  朝にちゃんと起きてさ。
  太陽の下で動く事を思い出さなきゃだぜ。


  そうだね…。
  でないと、いつまで経っても
  社会復帰なんか出来ないもんね…。


  だろ?

喫茶店を出て、帰る事にする。
最寄り駅ではまだ電車の本数も少ないだろうと思ったので、もう少し本数の多い町中の駅まで、送っていく事にした。
Sは恐縮したけれど、この時は、わたしの方が、もう少し一緒に居たいと思っていた。
ようやく手の震えも止まり、極度の緊張もとけて、きちんと会話が成り立つ状態になれていたからだった。

車が街中に入り、少し渋滞し始めた。

  混んでるな。

  この時間、ここら辺はいつもこうだよ。

  なんか、悪いな。
  時間使わせて。


  ううん、どうせ暇なんだし。
  それに、まだ車も流れてるもん。
  もうちょっとしたら、ここ、
  全然動かなくなるんだから。


  そっか。

その時、Sの手が、伸びてきた。
Sの手は、わたしの乳房を鷲掴みにした。
わたしは、仰天した。

  ちょっ…!何するの!?

  わははははは!
  触ったった触ったった!
  運転中なら抵抗も阻止も出来るまいwww


  な…何考えてるのー!

  まーまー、このくらいでマジで怒る様な
  ガキじゃないだろー?


  そ…そりゃ…まぁ…。

そう言われると、何故だかわたしは言葉を失ってしまう。
ここで本気で怒って、それっきり相手にして貰えなくなったらどうしよう…と、考えてしまったからだと思う。
やっと、わたしの病気を理解してくれる人に会えたのに…。
その日の突然の来訪にしても、Sがわたしと同じ障害を持っているというのなら、話はわかる。
注意欠陥障害は、思いついた事をすぐに実行にうつしてしまう、衝動性も強いからだ。
ましてSの方は、他動性もある様子だったから、衝動的行動は、わたしよりも多いに違いない。
そうわたしは理解しようとしていたのだった。

  ほうほう、これがDカップの乳か。
  んで、左右で微妙に大きさが違うって?
  どれどれ?


Sは、わたしが怒らないと見るや、遠慮なしにわたしの乳房をまさぐってくる。
不愉快で、やめて欲しいけれど、どう言えば良いかわからない。
混乱するとわたしは、その時どんな感情を持ったのか、意識しない様にしてしまう。
傍から見ればその様子は、何をされても怒らない、寧ろ喜んですらいそうに見えた事だろう。

  こら、やめてってば。
  運転危ない、渋滞終わったし。
  事故ったらどうすんの。


  おお、そっかそっかw
  でも俺の触り方って、厭らしくないだろ?www


この時は、厭らしい意図がないなら、何故、乳房などをわざわざ触るのだ…という非難の気持ちが、少し湧いてきたと思う。
けれども、大人の女であるわたしだから、こういう行動が出来るのだろうと解釈すれば、本気で不快感を表明してはいけない様な気がした。

  …どうだろ…?
  ま、わたし乳は感じないから
  触っても無駄だよ。


  なーんだ、旦那に開発されてねえのかよwww

やがて車は、目的の駅に着いた。

  サンキュ、助かった。

そう言ってSは、1000円札をわたしに差し出した。

  何これ…?

  や、ガソリン代。

  要らないよ。

  だって俺の都合で車使わせたんだし。

  こうしてんのはわたしの意志でもあるよ。

  でもほら、悪いからさ。

Sは、ダッシュボードに1000円札を置くと、さっと車から降りてしまった。

  ちょ…要らないってば!

  まーまーいいから。
  仕事してねえんなら、金は大事だろ?
  じゃ、次は○日のミニオフでな!


  え…あ、待って、これ!

Sは、行ってしまった。
停車していた場所は、そのまま車を降りて追い掛けられる様な場所ではない。
わたしは、溜め息をついて、駅のロータリーから車を出した。


その日の深夜、メッセンジャーを立ち上げていたら、Sがサインインして来た。

  こんばんは。

  おー。今日はどうもなーw

  こちらこそ、かえって悪かったね。
  気を使わせてごめん。


  いやいやw

乳揉んだ挙句1000円…という不快感が、全く無かった訳ではない。
けれども、その気持ちを表明する気には、ならなかった。
向こうは、多少の猥談でも接触でも動じない女友達を期待している。
ならば、その期待には応えなければならない。
そう考えて、何でもない様に振舞っていた。

  で、会ってみてどうだった?
  普通に歳相応のおばちゃんで
  がっかりしたでしょ。


  お前こそどうよ?
  オッサンでがっかりしただろw


  そんな事なかったよ。

  俺もだよ。
  お前は、会ってみても、やっぱいい女だったよ。
  いつか抱きたいと思う。


心臓が、飛び跳ねた。
顔が、熱くなる。
この瞬間、わたしは、Sとのセックスに本気で興味を持っている事を、自覚した。






すれ違う

2009/12/26(土) 02:35:10
Sと、もう一人のゲーム仲間とのミニオフ会の日。

現地の駐車場で待ち合わせる事になっていたが、Sは、寝坊したという理由で遅刻してきた。
Sは、もう一人を宿泊先からピックアップした後、わたしと合流する事になっていた。
そこは、わたしの家からも車で2時間ちょっとかかる様な場所だったから、わたしは、現地で独り、3時間程の待ちぼうけを食らった事になる。
けれどもその日は、初対面のゲーム仲間が、とても気さくな女の子だったので、合流した後は楽しい時間を過ごす事が出来た。
後日、彼女のSNSの日記で、わたしの事を「ゆったり話す、もの静かで落ち着いた人だった」と評価しているのを見て、初対面の人に、奇異な感じを与えずに済んだ様子に、安堵した。

  だから言っただろ。
  お前は、第一印象でいきなり
  嫌われる様な奴じゃないってさw


  うん…安心した…。

  ゲームの中でも、
  お前と同じパーティに入ったことのある奴で、
  お前を悪く言う奴はいないぜ。
  それどころか、慕われてるじゃん。
  自信持てって。


  うん…いいのかな…自信持って…。


また、Sからの突撃を受けた際に約束した、近所の人が庭木の剪定をしに来てくれる日には、わたしが庭に出て作業の様子を見ていると、隣近所の人も出て来て、声を掛けてきた。
皆、家にひきこもって姿を見せないわたしの事を、とても心配していた事を、知った。
それだけではなく、結果的に、この時の近所の人との会話から、わたしの次の就職先までも決まったのだ。
わたしの周囲で淀んでいたものが、Sの突然の来訪を機に、一挙に動き始めた印象が、あった。

  これも、Sさんのお陰だよ。
  あの時、外に出なければ、こうならなかったもん。


  やー、大した事はしてないっすよw


その一方で、Sとのメッセでの会話に、わたしは、不満の様なものを感じ始めていた。

共通の話題は、ゲームか、ゲームプレイヤー同士の恋愛沙汰話。
わたしは読書好きで、Sも好きだというから、面白かった小説などの会話をしようと考える。

  ○○(作家名)のなんか好きで、
  片っ端から読んでる最中。


  あー、俺も好き。

  ○○(小説名)が特に好きかな。

  あー、あれは良かったよな。
  俺も好きだ。


  あ、やっぱそう思う?
  どのシーンが好き?


  もう忘れたw

  え…?

とか

  ○○(作家名)はお勧めだぞ。

  あー、○○(小説名)しか読んでないな。

  えー、○○(作家名)なら○○(小説名)
  読まなきゃ駄目だろー!


  そうなの?
  じゃ、今度探してみる。
  どんな話?
  触りを教えて。


  忘れたw

  え…?

とかいう状態になり、会話にならない。
もしかして、わたしと会話するのは嫌なのだろうか…とも思って、Sがサインインしても、こちらから話しかけるのを遠慮していると、どうしたんだ、と、声を掛けてくる。
離婚の話、あれから旦那と話し合ったか?などとも訊かれる。
どういう話になったかを説明していると、Sからのレスポンスが途絶えるか、「へー」とか「ほー」とか「www」とか言う相槌だけになったりする。
あれ…?と思っていると

  やー、何かあっちこっちから
  話し掛けられて、大変www
  今、会話ウィンドウ5個開いてるwww


などと言われる。
離婚の話は、腰を据えて聞いて欲しいと思うから、わたしは、じゃあそっちを優先して、落ち着いて話せる様になったら呼んで、と、Sとの会話を放置して、他の事を始める。

  まだ居るか?

  …あ、うん。
  話してもいいの?


  ああ。
  話せば楽になるだろ。
  俺には、聞いてやるしか出来んけど。


  …楽になるって言うか…
  話しているうちに、
  私の気持ちが整理されて、
  本心が見えて来る感じがする。


  ん、話しな。

そこで、話し始めると、またレスポンスが悪くなる。

  どうかしたの?
  大丈夫?


と訊くと、

  ごめw眠いwww

と返ってくる。
それじゃあまたの機会に…と、会話を終える…。

こんなすれ違いばかりが、続いていた。

それでもわたしが、Sとの接触を絶とうとしなかったのは、いつかセックスしたいとだけ考えていた訳では無い。

Sは、わたしの元夫と同い年だった。
しかも、会社を経営していた事がある、とも言っていた。
その会社は、将来性に影が差した時に、すぐに閉めたという話だった。
当時、元夫がわたしに申告していた離婚の理由は、会社の経営が上手くいかず、巨額の借金を背負う事になりそうだから、わたしに迷惑をかけない為に別れてほしい…というものだった。
わたしは、そんな理由では別れられない、借金は一緒に働いて返せばいい、と、突っぱねていた段階だった。
だから、わたしがSに相談する時は、ただ共感して欲しかった訳では無い。
話せば楽になる…という類の状態では無い。
似た経験をした男性の立場から、意見を聞きたいという気持ちが、大きかったのだ。

メッセンジャーでは、そんな機会には恵まれないに違いない。
そう判断した私は、Sに、直接会って話を聞いて欲しいと申し入れた。
結果、わたしとSの家の、中間地点にある街の駅で、Sの仕事が終わった後に落ち合い、一緒に夕食をとろうという事になった。

  いつか、お前を抱きたいと思う。

Sの言葉が、脳裏を過ぎる。
そのいつかは、もしかしたら、今夜かも知れない…。

夫の事を相談するというのに、こんな事を考えるわたしは、何とふしだらなのだろう。
そう思いながらも、何故か出掛ける直前に入浴する。
そんな自分を嘲笑しながら、身支度を整えて、待ち合わせの駅に向かって、車を走らせた。




車中再び

2009/12/26(土) 05:57:15
待ち合わせ場所の駅に着いた。
ここは、駅舎が大きなショッピングセンターに直結しており、併設されている映画館には、わたしも何度か来た事があった。
人の多い場所を忌避し続けていたわたしだったが、この時は、土地勘のある場所というのが、出掛けてくるのに躊躇しない理由となった。
無事にSと落ち合えた後、レストラン街で適当な店に入って、食事をする。
雑談に終始し、本題には入らなかった様な気がする。
食後にコーヒーでも…と思ったら、そのお店には、コーヒーが無かった。
コーヒーを飲める店に移動しよう、と、席を立つ。
会計伝票を、Sが素早く手にした。

  今日はわたしが誘ったんだから、
  わたしに払わせて…?


  いやー。駄目ーw

  そんな…それじゃせめて、割り勘にして…?

  駄目ー。
  いーじゃん、甘えとけってw


  んー…それじゃ、次のコーヒーは、
  わたしに払わせて。


  しょーがねえなぁw
  そんなに奢られんの嫌いかw


  そうじゃなくて…
  誘った方が出すのが当然と考えてるだけ。


  お前、ほんと、真面目だなw
  だから、色々煮詰まるんだぜ。
  もっと軽ぅーく考えろよ。


そんな問答をしながら、喫茶店に場所を移す。
けれど、そこもあまり落ち着ける雰囲気ではなく、本題を切り出す事は出来なかった。

結局、話し始めたのは、近くまで送っていくからと、Sを乗せた車の中でだった。
しかし、初めて走る道を運転しつつ、頭の中を整理しながら喋るのは、シングルタスクなわたしには難しく、話は途切れがちになる。
Sの案内で、車をひとけの無い路上に停める。

  ここなら、少しは落ち着けるだろ。
  話してみな。


  うん…ありがとう。それでね…

わたしは、本格的に話し始めた。
Sは、リクライニング・シートを倒して聞いている。
相槌が入るので、寝ているのではないと判る。
わたしも、シートを倒して少しリラックスし、話し続ける。

混濁していた頭の中が、整然としてくる。
元夫に対して蟠っていた感情が、輪郭を持ち始める。
わたしが、元夫に対して抱いていたのは、強烈な怒りの感情だった。

元夫の会社の経営が傾いた原因は、まだわたしが在籍していた頃に、このままではいけないと指摘していた箇所ばかりだった。
指摘する度に、「お前にはどうせ解らんのだから、黙って俺の言う事を聞いておけ」と言われ、悔しい思いをしていた。
そして、何よりも…。
元夫の経営していた会社は、そもそも、わたしが立ち上げた会社だった。
元夫も、ブレインとして参加してはいたけれども、それでも、わたしが創った、わたしの会社だと、わたしは考えていた。
わたしが創り、必死に育て、ようやく会社組織として軌道に乗り始めた時、代表取締役を元夫に明け渡したのは、わたしの意志ではあった。
代表者として人前に露出する事が増え、それはわたしにとって苦痛になっていたからだった。
元夫は、わたしの経営理念に、賛同してくれていると思っていた。
まさか「お前のやってたのは会社ごっこ。口を出すな。」と嘲笑され、全く違う経営方針の会社にされるとは、夢にも思わなかった。
その結果、どうだろう。
見事に会社が破綻しているではないか。
せめて、わたしが問題に気付いた時点で、なんらかの対策をしていてくれれば…と、悔しくて悔しくて、しょうがなかった。

その感情に気付いた時、わたしは、涙を流していた。

  悔しい…すっごい、悔しい…。

すすり泣くわたしに、Sが言う。

  そりゃ悔しいよなぁ、うん…。

この時、はっきり解った。
わたしの中には、借金を抱えながら元夫とやり直す気持ちなど、無かった。
夫婦なら、そうすべきだとは思う。
けれどもわたしは、夫として以前に、会社経営者として既に、元夫を軽蔑していた。
そんな気持ちを無視したまま、夫婦生活の維持など、最早到底不可能だ。

離婚を、受け入れよう。
そう、決意した。

その時、暗闇の中、Sの手が伸びて来た。
乳房を掴まれる。
わたしの呼吸が、嗚咽が、止まる。
Sの指が動いて、乳房を揉みしだく。
以前とは違い、その手には力が感じられた。
そうっと漏らしたわたしの溜め息は、Sの耳に官能的に響いたと思う。
Sは、わたしの着ていたカットソーを捲り上げ、その下に手を差し込んだ。
直後、「あ」と声を上げて、手を引っ込める。
おそらく、素肌が触れると思っていたのだろう。
しかしわたしは、下にキャミソールを着ていた。
予想に反した布の手触りに、意表を突かれたと同時に、理性も復活したのに違いない。
がたん、と音を立てて、助手席のシートが起き上がった。

  帰るわ。

  え…。

わたしも、シートを起こす。

  ここで、いいの?

  ああ、もう歩いてすぐだから。

  そう…あの…今日は、どうもありがと。

  いやいや。
  んじゃ、またな。
  気を付けて帰れよ。


Sは、素早く車を降りて、歩き出した。
わたしは、涙を拭いながら、後姿を眺める。
Sの背中から、その心情を、読み取ろうとする。
疲労している様にも、満足している様にも見えた。
Sの姿が完全に見えなくなるのを待たず、わたしは、車のエンジンを始動させた。





育ち始める

2009/12/26(土) 09:03:34
  この間は、仕事の後に、遅くまで
  どうもありがとうね。


メッセンジャーで、Sに話し掛ける。

  あー、いやいやw
  泣いたらすっきりしたんじゃね?


  んー…すっきりしたというか…
  自分の中に、こんな感情があったのかって
  気付く事が出来たし、今後の方針も決まった。


  そかそか、そんなら良かったw

あの時、去っていくSの背中に見えたのは…疲労と、満足感だったと思う。
それを確認してみようという気になる。

  Sさんてさ…据え膳状態のわたしを前に、
  誘惑に負けない俺って理性的!
  ストイック!…って、悦に入ってたり、しない?


  あー、そういう部分はあるねw

なるほど、それが、背中に滲んでいた満足感の正体か…と、わたしは納得する。

  …乳、また揉んだね…

  wwwww
  まー、あんま気にすんなw


  ひどいよなぁ。
  女にも性欲ある事、知らないの?


  ばーか。
  他の男の事で泣いてる女なんか抱けるか。


(そういう台詞は、指一本触れなかった時に吐けよ)という心の声を、無視する。
(わたしの話を聞きながら、あんたは、いつわたしの乳を揉むかって事しか考えてなかったのか?)という声も聞こえたが、これも、無視する。

この時のわたしは、おそらく吊り橋効果に嵌っていたのだと思う。
メッセでも、実際に会った時でも、わたしは極度の緊張状態にあった。
だから、その時目の前に居た異性に、恋愛感情を持ってしまった。
また、Sとの会話がきっかけでわたしは、自分の中で眠っていた、被虐嗜好を自覚する事にもなっている。
更に、Sは、わたしの障害の苦しさを、身を持って知っている。
わたしの最良の理解者になる筈だ…という妄信が、心の中で呟く声を、片っ端から掻き消していた。

Sのレスポンスが、悪くなる。

  ああ…また複数ウィンドウ?

  そうwww
  もー皆なんで俺と話したがるのwww


  それだけ頼りにされてるって事じゃない?

これは、おそらくSがそう言われたいんじゃないかと思って言った言葉だった。

  そんな出来た人間じゃないんだけどなwww

あ、正解だったかな…と、考える。

ゲーム仲間と賑やかにメッセで盛り上がっている最中、Sが、「しのぶは俺の奴隷だもんな」とか「ほほう、俺にそんな口利いていいのかな?(ニヤリ)」とか発言する事も、増えてきていた。
皆の前でのわたしは、女だというカミングアウトはしていたものの、折に触れてそれを疑問視される状態だった。
つまり、偽りのわたしを、演じ続けていた訳だ。
だから、こういう発言をされると、内心穏やかではない。
素早くSへの会話ウィンドウを立ち上げて、抗議する。

  ちょっと、やめてよ。
  思わせぶりな事言わないで。


  やーい、焦ってやんのwww
  本当のお前の姿を、皆にバラしてやりたいwww


  マジで、やめて。

  バラす訳ねーだろwww
  マジになるなってw
  こういう軽いやり取り、
  お前も身に着けんと、
  今後も辛いだけだぞw


わたしが不快感を表明すると、Sはそれを、わたしの真面目さの所為にする。
そして、自分の様に軽いノリにならないとウツは治らない、と諭す。
軽くいなせるのであれば、わたしは最初からウツになどならなかったのだ。
そう反論しても、「ま、俺との付き合いで、この軽ぅーいノリを覚えていきなw」と言われてお仕舞いだった。

そして、わたしが言いたかった事の本質は、そこでは無い。

皆の前で、俺だけが知っている事があるんだぞ、と仄めかさんばかりの言動を、やめて欲しかった。
他の人に、この人にはどうやら、あまり大っぴらに言えない事情があるらしいと、気付かれてしまうからだ。

白鳥が湖に浮かぶ姿は、とても優美に見えるが、水面下では必死で足を動かしているという。
わたしは、自分が白鳥だと認識されたら、水面下で足掻く足など絶対に見られたくはない、見られたら白鳥やめる…とまで考える人間なのだろう。

それを伝えたいと思っても、「まーた糞真面目に考え込んでやがるw」とあしらわれるのが落ちで、Sには結局理解して貰えなかった様である。

こういう事を繰り返す度に、Sにわたしの全てを曝け出したのは、大失敗だったのでは…という思いが、常に心の奥底で根を張る様になっていった。






憤る

2009/12/28(月) 14:44:14
心の奥深い部分では嫌悪感や軽蔑を覚えつつも、それに気付かぬフリをして、目の前に迫ってくる現実から逃避したい一心で、毎晩の様にメッセンジャーで会話する毎日が、続いていた。

そんなある日、わたしのPCの、周辺機器の話になった。
Sは、PCに詳しく、自作PCを組む程だと言うので、ちょうど購入を検討していた機器の事を、相談してみたのだ。

  あー、それなら、これのがいいかなー。

  え、さっき教えてくれたのと、どう違うの?

  それはだな…

  んと、わたしがやりたいのは、これね。
  それだと、どっちがいいのかな?
  一番簡単かつリーズナブルに
  実現できるのを教えて。


次から次に、これもある、こんなのもある、と教えてくれる。
一体何を購入すれば良いのか、聞いていて段々混乱してきた。

  まー○○(某電気店街)は、俺の庭だねw
  ○○(PC店)じゃ俺はカオだし、
  △△(PC店)も、割と俺の言う事聞いてくれるw
  かなり安く買い物してるぜwww


  あ…そんじゃさ、今度買い物に付き合ってくれない?
  今こうしてあれこれ悩んででもしょうがないし、
  安くなるんだったら、とても助かる。


  あー、そだな。
  あと接続してセットアップしなきゃいかんし、
  それもお前だと苦労しそうだしなww
  買いに行って、その後やってやるか。


ふと、そのセットアップは、どこでやるのか…という疑問が浮かんだ。
Sの家だろうか…?
そんな所に行けば、今度こそ、乳房を揉まれるだけでは済むまい。

それでもいい。
考える事を、やめる。


わたしは、何故あんなに、Sに抱かれたかったのだろう?


皆とメッセで会話している最中に、Sからわたしへの個人的なメッセージが飛んでくる。

  まんこに指を入れろ。

  ちょ…何なのいきなり。

  黙れ。命令だ。
  指を入れろ。


  …生理中だから無理…。
  勘弁してください…。


  また生理かよwww
  上手く逃げやがったなwww
  ま、今日はこのくらいで許してやるか。



そんな感じの会話が、繰り返されていた。
長い間、無意識下に封じ込めていた性欲と被虐嗜好を刺激されていたわたしには、それを不快に感じる余裕は無かった。
こんなわたしの本性を知るSなら、わたしを精神的にも性的にも満足させてくれるに違いないという妄信が、あった。
Sに対して感じ始めていた不信感は、それよりも数段強烈な、満たされたいという欲望によって、容易く駆逐されていた。
それだけでは無い。
度々聞かされていた、Sの巨根自慢やセックステクニック自慢を、体験してみたいという好奇心も、とても強かった。
だから、会って、そういう機会が訪れるのを、わたしは求めていた。


  それじゃ、○日に、よろしくね。

  ラジャw

待ち合わせ予定を決め、会話を終える。
マップサイトを開き、待ち合わせ場所の住所をメモする。
カーナビに登録し、所要時間を確認する。

Sとの付き合いで、外に出る事、人の多い場所に行く事は、出来る様になった。
だが今度は、全く土地勘の無い場所での待ち合わせである。
きちんと辿り着けるだろうか…と、既に緊張し始めていた。

約束の当日。
早起きをして、入浴する。
手が、微かに震えている。
大丈夫…独りで行くんじゃないから、Sさんも居るんだから、そんなに緊張しなくても、大丈夫…。
自分に言い聞かせながら、身支度を整える。
その時、携帯メールを受信した。Sからだった。

  ごめw今日キャンセル。
  用事が出来たw


  えー!用事って何、仕事?

  仕事じゃないけど、ちょっとな。

  具合でも悪いの?

  や、それはだいじょぶ。

仕事じゃないのなら、わたしと会う事より優先度の高い私用が入ったという事だ。
しかし、わたしとの約束は、数日前から決まっていた。
わたしなら、余程の事が無い限り、仕事以外の私用は、決定した順番が優先度となる。
当日の朝になってドタキャンするなんて、かなり体調が悪い時か、その予定そのものが、どうしても行く気が起きぬ程、嫌で嫌でしょうがない時くらいだろうか。
Sは、わたしとの約束が、そんなに嫌だったのだろうか…?
けれどもメッセで会話していた限り、そんな様子は見受けられなかった。
そして、わたしなら、ギリギリのタイミングでキャンセルする時は、仕事を理由にするだろう。
体調不良を理由にすれば、相手に心配までかけてしまうし、仕事以外を理由にすれば、ドタキャンされた真の理由をあれこれ思い煩わせてしまう。
だから、仕事と言っておくのが一番無難だと考えていた。嘘も方便である。

  ごめwwww
  必ず埋め合わせするからwww


  しょうがないな…。
  じゃ、またの機会にという事で。


  すまんwww

携帯電話を放り出し、虚ろな気持ちで部屋着に着替え、布団に潜り込む。

何故、ドタキャンされたのだろう…?
今日会えば、男女の関係に進展する可能性が非常に高いと思っていたのは、わたしだけではあるまい。
Sは、それを忌避したのだろうか…?
だが、Sは、奥さんと別居して以降、3人ほどと付き合ったと言っていた。
Sのペニスを見て、「こんな腕みたいなの入らな~い」と言ったという女性たちである。
関係の発展を拒む様な、奥手な部分があるとは思えない。
とすれば、口では抱きたいなどと言いつつ、実は、とてもじゃないけれどわたしはそんな対象ではない…と考えているという事だろうか…?

突然生気を失い、横臥して動かなくなってしまったわたしの顔を、犬が、心配そうに覗き込む。
視線を合わせてやると、安心した様子で尻尾を振り、遠慮がちに顔を舐めてきた。
その頭を撫でてやりながら、薄く笑う。
まぁ…こんなに精神の均衡を崩してる女なんて、後々どんな地雷になるやらわからないし、進んで関係しようとは普通は思わんわな…。
己を嘲笑しながら、横に寝そべった犬を抱き寄せ、眠った。


その夜も、懲りずにわたしはメッセンジャーを立ち上げる。

  おー、今日はごめんなw

  いや…用事って、何だったの?
  首尾よく終わった?


  あー、まぁなwww
  大丈夫だよん。
  今度埋め合わせするわな。


今度…今度って、本当に、あるの…?
本気で、今度って機会を、作る気ある…?
そう訊きたい気持ちを、抑える。

  でもま、さ。

Sが、続ける。

  こうしてドタキャン出来るのも、
  俺とお前の関係だからなんだぜ。


  え…何それ、どういう意味?

  こんな事くらいで壊れる関係じゃない。
  そんな軽いもんじゃないだろ、
  俺とお前の関係は、さ。
  だろ?



この時、心の中で膨れ上がった憤りは、いつもの様に気付かないフリをする事は、出来なかった。
何なんだろう、この言い草は。
そんな表面的なお綺麗な言葉で、わたしの自尊心が擽れるとでも思っているのか。
これでわたしの機嫌が良くなって、丸く納まるとでも思っているのだろうか、この男は。

怒っては、いけない。
この人のお陰で、わたしは、外に出る事が出来た。
外に出られたお陰で、もうすぐ就職も決まりそうだ。
近所の人とも、緊張せずに話が出来る様になった。
怒っちゃいけない。
この人の、お陰なんだ。

そう考えて、怒りを鎮めようと、努力する。

  ん…そだね。

やっとの思いで、そう返答する。

  ん。判ってるんなら、いい。
  そんでさ~…


Sは、これでこの問題は終わったとばかりに、他の話題に切り替えた。
わたしも、己の怒りを封じ込めて、その会話に付き合う…。いつもの夜となった。

しかしそれから数日後、決定的な出来事が起きる事になる…。





直視する

2009/12/28(月) 21:36:46
  これから、面接に行くよ。
  無事に決まる様、祈ってて。


Sに、そうメールを送り、わたしは携帯電話を畳む。

近所の人の伝で、決まった話だった。
期間短期の契約社員で、仕事内容も単なる事務との事だし、わたしのリハビリとしては、とても適当な仕事と思われたので、話を繋いで頂いたのだ。

緊張しながら面接を受け、無事に採用される事となった。
初出勤の日も、決まった。
安堵と喜びに満ち溢れ、Sにメールする。

  決まったよ!
  ○日から、働きに行く事になった。
  どうもありがとう!
  これも、Sさんのお陰だよ!


Sからの返事は、無い。
これは、少し珍しい事だった。
しかしあまり深くは考えず、いよいよ引き篭もりを卒業して、社会に踏み出す事になったという現状を、その喜びを、噛み締める。

Sと連絡がついたのは、数日後のメッセンジャー上でだった。

  就職決まった様だな。
  おめでとう。


  んー、ありがと。
  暫く出て来てなかったね。


  ああ。実は、知り合いが自殺してさ。

  …えっ?

  バタバタしてて、連絡出来なかった。
  すぐにおめでとうを言いたかったんだが、
  お前から決まったってメール来た時、
  俺は、遺体確認の為に警察に居たw


絶句した。
すぐに思い当たる事があり、それを口にする。

  もしかして…例の、あの子…?

  そ。



いつだったかの深夜、メッセでSと二人で会話していた時、Sからのレスポンスが暫く途絶えた。
寝てしまった…?と思った時、返答があった。

  すまん、ちょっと出掛ける。

  は?これから?
  夜中の3時だよ?


  ああ。急用が出来た。
  そんじゃ、またな。


Sは、あっさり会話を打ち切り、メッセをオフにした。
普通の社会人が、こんな時間に急用で出掛けるって、何なんだろう…?
不思議に思ったが、その疑問は、すぐに解消される事となる。

  お前、自殺未遂とか、
  してねえだろうな?


後日、メッセでわたしの話を聞いていたSが、突然言い出した。

  自殺未遂?
  リストカットとか?
  してないよ。


  そうか。それならいい。
  あれは実際、周囲の人間が大変なんだ。
  俺の知り合いに、やたらリスカする奴が居てさ。


  もしかして…こないだ3時に、
  急に出掛けるっての…その子の関係…?


  あー、そうそう。
  リスカしたって電話があってさ。
  行って、宥めてきた。
  もー大変www


それから暫く、Sは、その女の子の症状や障害内容について、色々と話していた。
その内容は、わたしが聞いていても、悲惨で気の毒で、同情する余地は充分あった。
けれどもわたしは、リストカットについては否定的な考えの持ち主だった。

わたし自身も、根強い自殺願望に、翻弄されている人間だ。
けれども、その手段として、リストカットは候補に挙がらない。
手首は、余程深く切り裂かないと、死には至らないと聞くからだ。
わたしにとって、わたしが行うリストカットとは、周囲に対する「わたしはこんなに辛いの。苦しんでるの」というデモンストレーションに他ならないものだった。
わたしは、自殺を企図するなら完遂させたい、未遂で終わらせるのだけは絶対に御免だ、と考えていた。

もっとも今、実際にリストカット癖で苦しんでいる方に対して、この考え方を用いて説教などをする気は、毛頭無い。
手首を切る事によって、本当に精神の安寧が訪れる方も、生きていく気力が湧く方も、確かに居るのだろうと考えている。
あくまでも、わたしにとっては、己の辛さのアピールに終わる様に感じるから、わたしはやらない、というだけの話である事を、ご理解いただければと思う。

その時も、その考え方を、Sに説明した。

  だからわたしは、リスカはしないよ。

  あー、まぁ確かにな。
  最近は、デモンストレーションになってて、
  俺に構って欲しいから切ってるだけって印象も
  受けてるんだよな。


  そう思うんだったら、相手しないってのも
  選択肢なんじゃないの?
  振り回されるのが、
  本当にしんどいんだったらさ。


  そだな。考えとくわ。
  つーかお前、リスカしない、じゃなくて
  自殺しないって言えよwww


  あーwww
  まー考えない様になれればいいけどねーw


そんな会話をした事を、思い出す。



  何で、死んだの…?

  薬。○○(薬品名)と、酒。

その薬品のオーバードーズで死ねるとは…と、不思議に思った。
アルコールと併用したのが、奏功したのだろうか。

  いいか、お前、絶対に死ぬなよ。
  死んでも、楽にはならないぞ。
  すげー苦しそうな顔してたよ。
  吐血してたしさ。


その薬品で、吐血…?
それは、聞いた事が、無い。
死後数日経っていたという話だから、口内の粘膜がすでに腐敗し始め、液状化して流れていただけではないだろうか…?

確実に死ねる方法を模索していた時期に培った無駄な知識が、わたしの中で、囁いている。

完遂してしまった彼女に対する羨望が、夕立直前の雲の様に湧き上がる。

その一方で、わたしが完遂してしまうと、Sの立場を務めるのは妹になるだろう。あの子に、こんな思いをさせる事だけは回避しなくてはならない…という思考が、その羨望を霧散させようともしている。


  ともかくさ。
  んな訳で、暫くお前の相談乗るとか、
  無理だと思うわ。
  まずは俺が立ち直んなきゃw


  ん…そだね。

  元気出てきたら、またゲームに参加したり、
  メッセに上がったりするから、
  それまで時間くれるか。


  ん、わかった。

  あ、そうだ。仕事、頑張れよ。

  うん、ありがと。

そうして、その日の会話は、終わった。

Sの居なくなったメッセンジャーのウインドウを見詰めたまま、暫し呆然とする。
わたしは、自分の中に「死んでしまいたい」という願望が、依然根深く居座っていた事実を、この出来事によって強く意識し、真っ向から直視している状態に陥っていた。
誰かの自殺を機に、絶対に自殺するな、と言われた、その言葉が呼び水になってしまうとは、何という皮肉だろう…と、考えずにはいられなかった。





復活する

2009/12/29(火) 00:56:53
その件から約1ヶ月半は、わたしも新しい職場に慣れるのに必死で、直面している数々の問題を、無視する事が出来ていた。

朝、早起きして仕事に行く。
夕方から夜にかけて帰宅し、少し自由な時間を過ごして、寝る。

Sの居ないメッセに上がって、居合わせた誰かと話をしても、日付が変わる前には会話を辞して床に就く。

週末の膨大な自由時間を持て余す他は、ただひたすらに、淡々と、社会人としてやり直す事だけに、注力していた。

ゲームへの参加も、控えていた。
参加すれば、規則正しく生活する事が難しくなるのは、目に見えていたからだった。


そんなある日、やっとSが、メッセンジャーに現れた。

  お前、尊敬されてるなwww

  あ…!お久しぶり!
  で、藪から棒に何の話よ?w


  ここ、見てみな。

教えられたURLを見に行くと、バトルが終了したパーティの、フリータイム中の会話を閲覧する事が出来た。

  あ、ゲームに復帰してたんだ?

  うんw

そう言いながら、会話にざっと目を通す。
その中では話題が、尊敬するプレイヤーの話になっており、一人のプレイヤーがわたしの名を出してくれていたのだった。
そのプレイヤーのIDを見て、わたしは微笑んだ。

  あー…この子、続けてるんだねー。
  良かった…。


以前、同じパーティでプレイした時、初参加で勝手が判らずテンパっていた様子だったので、ちょっと手助けしたプレイヤーだった。
かつてわたしが初心者で、どうして良いか判らずにオロオロしていた時も、さりげなく助けてくれたベテランが居た。
そのベテランのお陰で、わたしは、途中で挫けずに最後までバトルを楽しむ事が出来たばかりか、それ以降もこのゲームを続けようと考えられる様になった。
わたしよりキャリアの短いプレイヤーを手助けする事は、あの時にわたしを助けてくれた、ベテランに対する恩返しの様なものだった。
それを、尊敬している人…なんて言われて名を出されると、何ともくすぐったい気持ちになってしまう。
照れ笑いしながら会話を読み進めていたわたしは、それに続くSの言葉に、眉根を寄せた。

  あー、しのぶなー。
  俺、よく知ってるwww
  あいつ、俺には逆らえないんだぜい♪


まただ…。
また、こういう事を言っている…。
Sが参加したバトルの後、わたしの名が出されると、わたしと親しくしている…と言い出すのは、それまでにも何度か目にしていた。
その度に、わたしの中で、不快感が一瞬身じろぎするのを感じていた。

それは…わたしがどういう風に言われているか、という問題ではなく…。

例えるならば、芸能人や有名人と親しいのだとアピールして、「えー、すっごーい!」と言われると、自分が凄い様に錯覚して悦に入る人物に対する不快感だ。
わたしなどは、こういうタイプの人に会うと、(別にあんたが凄い訳じゃないじゃん)とか(だから何だよ?)とか考えてしまう。

  またこんな事言ってる…。
  みっともないから、やめた方がいいよ。


  えーw別にいーじゃんwww
  それとも、真の姿がバレそうで怖いか?www


ああ…駄目だ。
わたしの言いたい事は、伝わっていない…。
けれども、久しぶりに会えたSに、いきなり文句を言い続けるのも憚られたので、それ以上は何も言わなかった。

  わー!
  なんか皆が一斉に話しかけてくるwww
  大変wwwww


これは、予想がついた事態だった。

  皆、Sさんが来るのを待ってたんだよ。

  そうなんかなw
  ただの軽いオッサンなのにwww


そう…。
何故、Sとの会話を、こんなに心待ちにしてしまうのだろう…?

わたしの場合は…やはり、わたしの全てを理解してくれるのは、この人をおいて他には居ない、と思っているから。

だとすれば、他の子たちは…?

Sと会話する子の多くは、同じゲームをしている、わたしよりはるかに歳の若い、女の子プレイヤーだった。
そしてわたしは、彼女らの話を、Sから、

  お前だから話すんだけどさ…

という前置きと共に、よく聞いていた。
誰の事を好きか。
誰と付き合っているか。
どんなデートをしたか。
今の悩みは、何か…。

Sは、他の女の子に対しても、自分を理解してくれるのはこの人だけ、と思わせている。
だから彼女たちは、Sに込み入った話を聞かせているし、Sがメッセに上がれば、喜んで話し掛けて来ている…。

ところで、このわたしの、不快感は、何だろう…?

嫉妬だろうか…?

いや、そんな単純なものでは、無い様な気がする…。



…ふと時計に目をやり、慌てた。

  あ、わたし、そろそろ寝なくちゃ。
  明日も仕事だし。


  おー、頑張ってる様だな。

  うん、何とか上手くやってるよ。

  そかそかw
  ま、俺も何とか元気だからさ。
  またゆっくり話そうぜwww


  ん、了解。そんじゃ、またね。

わたしは、もやもやとした気持ちを抱えたままサインアウトし、PCの電源を落とした。
暫く思案するが、もやもやの原因が、どうもよく解らない。

  …ま、いいか。
  Sさんが復活した事を、喜ばなくちゃね…。


そう口に出して思考を打ち切り、歯磨きをする為に、立ち上がった。





豹変する

2009/12/29(火) 03:17:24
Sが復活してから暫くして、仕事にもすっかり慣れてきた頃、元夫との間で、何か、揉め事があった。

今となっては、それが何だったか…と言うよりも、どの件だったのかが思い出せないのだけれど…ともかく、わたしは、再び非常に不安定な状態に陥っていた。

  ね、会って欲しい。
  話を聞いて欲しいの。


わたしは、Sに、懇願する。

  今は、会えない。

Sの返答は、素っ気無い。

  どうして?
  助けてよ。お願い。


  今会ったら、俺は、お前を抱いちまう。

  それでもいい!
  Sさんがそうしたいなら、
  それでもいいよ!


  俺は、お前を、そんな形で
  抱きたくないんだ。


PCの前で、落涙する日々が続いた。
メッセンジャーで会う度に、こんな会話になってしまう。

  話して、楽になって、
  思考を整理したいんなら、
  メッセで充分だろ?


そうは言うけれど、Sの返答の変化で、別の誰かとまるっきり違う話題で盛り上がっているのは、すぐに解ってしまう。
わたしがしたいのは、そんな片手間で聞かれても構わない様な話ではない…!

そう訴え続けても、Sの返事は、変わらなかった。

この時の自分の心理状態を、どう表現すれば良いのだろう…?
長い間、考えていたのだが、最近どこかのサイトで、とても的確な表現を、見付けた。


──自殺者に必要なのは、
   言葉を捻ったカッコイイ言い回しの説得ではなく、
   目の前にあってすぐにすがりつける
   即席の希望だってばっちゃが言ってた。──


最後の「ばっちゃが言ってた」の「ばっちゃ」が誰かは判らないけれども、あの時のわたしの精神状態は、まさにこれだったのだ…と、納得する事は出来た。

Sの知り合いの一件からこちら、常に直視していた、わたしの自殺願望。
これから目を逸らす為に、わたしは、Sに抱かれる事を、切実に欲していた。
それが、わたしの目の前にあって、すぐに縋り付けそうな、即席の希望に見えていた。
Sの言葉から、わたしを抱けば、Sもきっとわたしを必要とする様になる…という可能性を感じてもいたから、尚更だった。

ある時、完全に取り乱したわたしが、自殺願望を口にしてしまった時、Sが豹変した。

  お前、その話題は、
  俺のトラウマを抉るって事、
  解ってて言ってるんだろうな?


  それは…解るけど…
  それなら、教えてよ。
  Sさんは、死にたいと思った事無いの?
  あるなら、どうやってそれを克服したの?


  俺には、養うべき妻と子どもが居る。
  お前には、何も無い。
  この事実だけでも、俺のケースに当て嵌めて
  考える事などナンセンスだと解らんか?


  そんな…!
  それじゃ、俺の様に生きる事を覚えろっていう、
  あの言葉は、何だったの?


  とにかく、生きるの死ぬのいう話に付き合うのは、
  もうウンザリなんだよ。
  俺をこれ以上傷付けて、面白いか?
  勘弁してくれ。


  そうじゃない…
  そんな訳ないじゃない…
  話して楽になるなら、聞いてやるって…
  Sさん、言ってたじゃない…


  でも、生きる死ぬの話になるなら、
  俺は聞かない。聞きたくない。


  どうして!
  ここまでわたしをボロボロにしておいて、
  どうしてそんな事を言えるの!?


  はあ?
  何の話だ?
  俺が一体、お前に何をした?


  わたしの本当の姿を引き摺り出して!
  いつか抱きたいとか言って気を持たせて!
  お前は俺の奴隷だとか言って楽しんでたじゃない!


本当はこの時、「乳まで揉んでおいて」と付け加えたかったけれど、それはさすがに、あまりにも自分が惨めな様で、口に出来なかった。

  はああ?www
  そんなの、俺がそうしろと頼んだ事か?
  お前が勝手に曝け出したんだろ。
  抱きたいとか奴隷だとかも、
  あんなのは只の遊びだ。


わたしは、完全に、言葉を失った。

  大人同士だから出来る、
  ちょっとしたエロトークだろ。
  もしかして、それを真に受けてたとか言うのか?
  まさかだよなwwwww


最早反論の言葉は、出て来なかった。

  お前が勝手に勘違いしてるだけだ。
  そんなのお前の自己責任だろw
  俺の所為にされても困るwww


沈黙してしまったわたしに、Sは更に言う。

  ま、お前なんか最近ちょっとおかしいぜ。
  昔のしのぶに戻るまで、
  話すのはやめとこ。
  んじゃな。


Sは、わたしとの会話ウインドウを、閉じてしまった。

わたしは、PC前で硬直したまま、今Sに言われた言葉を反芻し、どう消化するべきか、必死で思案していた。






彷徨う

2009/12/29(火) 04:28:04
Sの豹変に打ちのめされて以降、わたしは、自分が自分で無い様な、足が地面に接地していないかの様な、不思議な感覚の中で、生きていた。

唯一の理解者が現れたと思ったのに、それはわたしの勘違いで。

わたしの嗜好を満たしてくれると思ったのに、それは単なるエロトークで。

わたしって一体、何なの?

あんな恥を晒しておいて、何をのうのうと生きているの?


それでも死ぬ訳にはいかない…という事だけを、ひたすら自分に言い聞かせ続けていた。

妹の事を、考えよう。
あの子の笑顔を、思い出そう…。

その一方で…。
自殺してしまった、あの子…。
あの子ももしかして、土壇場でこんな風に放り出されたんじゃないだろうか…。
そんな気が、してくる。
だから、発作的にお酒で薬を山ほど飲んだんじゃないだろうか…。

けれどもしもそうなら、あの子の死は、わたしにも責任があるかも知れない。
Sに、格好の逃げる材料を、提供してしまったから。
ただの構ってちゃんなら放っとけば?と、言ってしまったから…。

職場では、何事も無かった様に振る舞い、冗談を言われればケラケラと笑い、仕事を捌いていく。
それでも、事務所に一人きりになり、喫煙所でぼんやり煙草を吸っている時などに、涙が止まらなくなって、慌てたりする。

夜を、どう消費するのかが、問題だ。
最早、PCの前で過ごす事は、出来そうにも無い。
メッセンジャーを見ると、心臓が苦しくなる。
だから、車に乗って、フラフラとその辺を彷徨う。

スピードを上げる。
凍結した路面にタイヤが滑り、一瞬ヒヤリとする。
事故死したらどうしよう。
遺体確認は、Sにして貰おうか。
どんな顔をするかな。
想像して、大笑いしてみたり、その直後に泣き出したりしながら、冬の田舎道を走り回る…。


そんなある夜の事、いつもの様に、車でフラフラと無目的にドライブしていたら、対向車線の路上に何かが横たわっているのを見つけた。
スピードを緩めながら目をやる。
狐だった。
撥ねられてしまったのだろう。
狐は、車を避けるのが上手い。
それを撥ねるとは、加害者は余程スピードを出していたに違いない。

通り過ぎた後、何気なくUターンして、元来た道を走る。
死体を避けながら見ると、さっき見た時と比べて、狐は少し潰れていた。
避け切れなかった車に、踏まれたのだろう。

暫く走って、再びUターンし、狐のところに戻る。
今度は、狐の頭が破裂して原型を失い、路上は紅い花が咲いた様になっていた。

ふとバックミラーを見ると、はるか後方を大型トラックが走っているのが見えた。
適当な場所で、Uターンする。
案の定、狐は、更に形を変えていた。

対向車とすれ違ったら、Uターンして、狐を見に行く。

Uターン。
Uターン。
Uターン…。

結局この夜わたしは、わたし以外の車によって、狐が完全な肉片となってしまうまで、もとが何の動物だったか判別出来なくなってしまうまで、何度も何度もUターンしては、狐の死体を見に行っていた。


そして、この夜以降、目的地の無いドライブにはあまり出掛けなくなった。
その代わり、所謂グロ画像やグロ動画を求めて、ネットの中を彷徨う様になった。






見付ける

2009/12/29(火) 05:49:49
どういう心理状態の為せる技なのか、それは解らない。
けれども何故か、人の無残な死に様を見ると、わたしの心は落ち着き、安らぎの様な感情を覚える様になっていった。

もともと、グロテスクなものに対する親和性は、高かったと思う。
ホラー映画やホラー小説は、大好きだった。
実際の人間の死を、動画などで見る趣味は無かったのだが、皮肉な事に、その機会をわたしに提供したのは、Sだった。
Sは、会話の合い間に、グロ動画やエロ画像を突然見せて、わたしの反応を楽しむ…という様な事をよくやっていた。


交通事故の話をしていた時だっただろうか。
Sが、とある動画のURLを送ってきた。

  ちーとキツいけど、見られるなら見てみ。

動画は、美しい少女のポートレート写真から始まる。
英語で、「私は○○。とても幸せだった」という様なテロップが流れる。
「ある日、ドライブしていたら…」と、無残にクラッシュした車の画像が流れ、その後に、先の写真と同一人物とは思えぬ程に損傷した遺体の顔が映る。
「私、死んじゃった…」というテロップ。
その後はおそらく、死体置き場で解剖でもされたのだろう。
ハードロックのBGMに乗って、そこの職員と思しき連中に、遺体が蹂躙される様子が映される。
「いや、やめて…!」「ああ、彼の指が…!」というテロップと共に、少女のヴァギナに職員の中指が挿入されている。
そうかと思えば、眼球を摘出し、口に咥えさせたり、クリトリスの上に置いたりしており、この職員たちの正気が疑われるばかりの状態となっていた。

  うひゃあ…

と思わず入力すると、Sからすかさず返答があった。

  な、ひどいだろう?

  うん、ひどいね…。

  こんなに綺麗だった子が、
  死んだらこんなになっちまうんだぜ。
  むごいよなぁ…。
  お前も、気を付けて運転しろよな。
  こんなになりたくないだろう?


わたしは、驚いた。

  え、そこ?そこなの?

  え、何が?

  これ…遺族に見せたら、憤死ものだよ。
  わたしがひどいなって言ったのは、そこ。


  あー…そうなんかwww
  言われてみれば確かにwww


  はあ?
  今までそこは、何とも思ってなかったの!?
  …ま…ひどいなーって言いながら観る
  わたしらの様な不謹慎な人間がいるから、
  こういう画像をわざわざ撮るんでしょうけどね。


  まーなwww

この一件は、わたしとSの感性が、余りにも違う事に驚いた出来事として、忘れる事が出来ない。


Sは、人が殺される動画をわたしに見せては、しきりに「可哀想になぁ」を連発していた。
そして、特に感情を動かされた様子を見せないわたしの事を、「お前、変だわwww」と笑っていた。

確かに、可哀想…とか、怖い…とかいう感想を持てないわたしは、常軌を逸しているのだろう。
けれども、突然わたしにエグい動画や画像を見せて、「これ、可哀想だろう?」と聞いてくるSも、わたしからすれば充分に不気味だった。
可哀想、と感じる為に、敢えてそういうものを好んで見ている様な印象を、受けていたからだと思う。



可哀想…どころか、安らぎまで感じてしまうわたしは、一体どうなってしまったのだろう…?
そう思いながらも、グロサイト巡りをやめられない日々が、続く。

グロサイトは、やはり海外サイトばかりである。
そして、グロサイトに必ず見られるのが、エロサイトへのリンクである。
サイト巡りをしている内に、エロサイトのリンクを踏んでしまい、舌打ちをしながら元のサイトに戻る…と言う事を繰り返していたわたしだったが、ある日気紛れに、飛ばされた先のエロ動画が無料配信なのをいい事に、そのままあれこれと観覧していた。
眺めている内に、Sの言葉で霧散していた性欲が、復活する兆しを感じていた。
そこでも、何度も踏んでしまうURLがあった。
出会い系サイトの様だった。
すぐにブラウザを閉じて無視していたわたしだったが、何度目かの時に、またこのサイトかよ…と、これも気紛れに、内容に目を通してみた。
運営者は海外の様だったが、メンバーには日本人も居る様だった。
こんな出会い系に登録している人って、どんな人なんだろう…という興味を覚え、自分もメンバーになってみた。

そこで見付けたのが、Tさん…現在の、彼だった。






失望する

2009/12/30(水) 04:25:55
  あの時のお前のメールからは、
  もの凄い「ヤリたい!」って思いが
  ビンビン伝わって来た。
  凄い女が引っ掛かったな、と思ったぞ。


出逢い、抱かれ、一緒に食事をする様になった頃、Tさんからそう聞かされた。

実際、彼とメールをやり取りする度に、わたしの中の肉欲は次々に燃料を投下され、燃え盛り、わたしはすっかり盛りのついた牝猫の様な状態に陥っていた。
それがメールの文面に滲み出したのは、当然の結果だろう。


人は、生命の危機に曝されると、突然の様に性欲が昂じるそうである。

今にして思えばあの状態は、死ばかりを取り憑かれた様に見据え続けていたわたしの中で、生存本能が、必死で最後の抵抗をしていたと解釈出来るのかも知れない、と、思う。


彼と逢った事で、急速に落ち着きを取り戻し、淡々とした日常を送れる様になった頃、Sとの会話が復活した。

その頃のわたしは、まだSに対して抱いていた不快感を、はっきりと自覚出来る状態では無かった。

Sさんのお陰で、わたしは外に出られた。
仕事にだって、ありつけた。
この人は、恩人なのだ。

会話の最中、わたしの心の底で、何かが首をもたげそうになる度に、すかさず己にそう言い聞かせて、その首根っこを踏みにじる。


  なあ、俺さ、落ち込んでいる時に、
  お前にひどい事言った様な気がするんだが。
  あの時は、ホント申し訳なかった。


ある日、Sが突然、そう言い出した事があった。
一瞬怯むが、何でもない事の様に、返答する。

  ああ…
  気にしないで。


  いや、気にするさ。
  あの時、お前の事助けてやれなかったじゃん。


  んー…

わたしは、思案する。

  あの状態は、ね…。
  わたしは、自力で脱出しなくちゃ
  いけなかったんだと思う。


  そなの?

  うん…上手く言えないけど…
  そして、自力で立ち直れたからこそ、
  今、安定しているんだと思う。


嘘だった。
本当は、自力で立ち直ってなどいなかった。
わたしは、Tさんという人をもう見付けていたのだから。

  そっか…
  そんじゃ、あの時の俺は、
  間違ってなかった?


  …うん。

  俺は、逃げたんじゃない?

おや…逃げを打ったという自覚はあるらしい…と、苦笑する。

  うん、違うよ。

この会話の流れで、「逃げたんだよw」とは言えない。

  そっか。
  んーまあなー、俺もちょっと、お前に対して、
  おふざけが過ぎたかなーなんて反省も、したんだぜw


  ああ…あれは、ね。
  Sさんの冗談を真に受けたわたしが悪いんだよ。
  それでわたしがぐちゃぐちゃになったのは、
  わたしの自己責任だから、気にしないで。


  そか、自己責任か。
  自己責任。
  自己責任、いい言葉だなw
  ま、俺も殆ど復活したし、
  今後ともよろしくなwww



「自己責任」の連呼が、わたしの神経を逆撫でする。
逃げたという自覚があるのなら…せめて「あの時は、逃げてごめん」と、ストレートに言ってくれれば良いのに…。
それを、こんな問答で、自分の言動を正当化までしてしまうなんて…。
ざわざわと蠢く感情を、それ以上増幅させぬ様に踏みつけながらも、わたしは、Sに対して失望した事だけは、はっきりと自覚していた。




罵倒される

2010/01/20(水) 17:49:38
Sとの会話が減った理由には、その内容が結局、彼に対する罵倒になる…というのも、あった。

彼の性癖をどうこう言うのは、まだ我慢出来た。
彼が普通でないのは、彼自身も自覚している事実だったからだ。

一番我慢しかねたのは、金銭的な問題だった。


わたしがゲームに参加しなくなった以上、Sとの共通の話題は乏しくなる。
わたしの方から読書を話題にしてみても、会話にならない有様だったし、Sから芸能人の話題を振られても、わたしにはテレビを観る習慣がないので、話が全然解らない。
近況を語ると、わたしの方はどうしても彼の話になってしまう。
そんな中、ある時Sから言われた言葉は、わたしの度肝を抜いた。

  そんだけ頻繁に会ってると、
  彼氏もホテル代大変だなwww
  どんだけ金持ってんだ?


  え…割り勘だよ?

  はあ!?
  割り勘って、ホテル代?


  うん。

  何だそりゃ!?
  ホテル代を女に出させるなんて、
  どんだけ情けない男なんだよ!
  やめとけよ、そんな男!!


これにはわたしは、とても面食らった。


彼と初めて逢った時、わたしたちは、完全に時間を忘れて互いを貪り合った。
その結果、ホテルの料金は、言葉を失う様な金額になっていた。
彼は、何気ない様子で精算を済ませていたが、その後、彼から流れてくる空気の様なものに、わたしは、動揺や落胆の匂いを感じ取った。
だから、車に乗ってから、彼に半額を差し出した。

  これ…もし良ければ、受け取ってくれる?

  え。いいのか?

  …うん。

彼は、ほうっと息を吐き出して、言った。

  ありがとう。
  正直、凄く、助かる。


この時、わたしは、彼に対してとても好感を持った。
自らの性癖を含め、わたしに対して、何ら取り繕う事なく、妙な見栄をはる事なく、自分の何もかもを曝け出している事が、解ったからだった。
それからは、二人で逢う時の会計は、割り勘が当然となっていたのだ。


バカ正直に、こんな事言うんじゃなかった…と後悔しながら、わたしはSに反論する。

  だって…彼だって、そんなに
  経済的に裕福な訳じゃないのに、
  ホテル代は全部向こう持ちだなんて、
  無理させる事は出来ないよ。


  男ならな、そこは無理をしてこそ、
  真の男なんだよっ!
  その調子じゃお前、交通費も貰ってないだろ。


  えええ?
  そりゃ、わたしの車使ってるんだし、
  それにわたしが逢いたくて行ってるんだから、
  わたしが払って当然じゃないの。
  交通費って、何それ。
  何でそんなもの貰わないといけないの?


  はああ!?
  やめとけやめとけそんな男。
  そんな状態に甘んじてるなんて、男じゃねえ。
  俺がお前と一緒の時、金使わせた事があるか?
  交通費も出してやってるだろうが!!


わたしは、絶句した。
Sは、それをわたしが不愉快に思っているだなんて、夢にも思っていないのだ。
もともとわたしが、相手の性別に関係なく、割り勘の方が気楽なタイプである事を、理解しようともしていないのだ。

  …そんなの…わたしちっとも嬉しくない。
  わたしは、割り勘が好きなんだよ。
  奢られると、気が重いの。
  気楽に誘えなくなるから。


それに…
言い続けそうになった言葉を、わたしは飲み込む。

金銭的な負担を被る事だけで、俺は真の男だなどと嘯けるなんて、とても軽薄だ。
もっとも、そんな事でしか優越感を味わえないのなら、しょうがないけれど。
でも、それを、そうではない人間にまで押し付けて、他人を批判する材料にするな。

と。

この時の会話は、どういう風に終わったのか、記憶にない。
けれどもこの時から、Sとの会話が苦痛になり始めた事は、間違いないと思う。





嫌悪する

2010/01/20(水) 21:31:52
元夫との離婚が成立間近のわたしは、平日なら、とにかくひたすら規則正しく生活し、ダイエットと自炊を心がけ、健康的に暮らす事に、邁進していた。
休日には、彼と逢う。
逢えない時は、静かに読書をしたり、ネットで、ダイエットや料理に関する情報を収集したり、連帯保証人になった場合の身の処し方の情報を収集したりして、過ごした。

Sからは、たまに携帯にメールが入る。

  最近、メッセに出て来ないから、
  心配している。
  元気なのか?


  元気だよー。

ひと言だけ返答し、携帯を放り出す。


ある日、たまたま気が向いたので、メッセにサインインしてみた。
すぐにSからメッセージが飛んで来た。

  何だよお前、どうしてるんだよ!
  心配するだろうが!
  たまには出て来いよ!


  あー、ごめんごめん。
  あれこれ忙しくしててさ。


  彼氏には会ってるんだろ?

  ま、予定が合えばね。

  お前なぁ…。
  そんな事っちゃ友達なくすぞ。


わたしは、呆気に取られた。

  え…何それ…?

  彼氏が出来た途端に、そっちばっかで
  友達の事を放ったらかしだろうが。
  そんなんじゃ、友達に愛想尽かされるぞ。


  や…別に、彼との事ばっかじゃなくて、
  今の状況を克服する為の情報収集とか、
  いろいろと忙しいんだよ。


  でも、空いた時間は彼氏に使ってるんだろうが。

Sが、何を言いたいのか、解らなかった。
日々を忙しく過ごしていて、誰かに話を聞いて欲しい様な精神状態にはならずに暮らしていけているわたしに、何を求めているのだろう…?

  あのパーティの仲間は、
  お前の友達だろうが。
  かけがえのない友達だろうが。
  そういう仲間を、大事にしないでどうする。
  男が出来たら、もう付き合わないみたいな、
  そんな軽い存在じゃないだろう?


わたしは、首を傾げた。
何を、言っているのだろう…?

わたしは、彼らゲーム仲間の事を、そこまでかけがえのない友達だとは、認識していなかった。
ゲームで知り合ったから、ではない。
時間が空いたら、交流するゲーム仲間は他にも居たが、それは、メッセンジャーやスカイプは好きではないというわたしを尊重してくれて、たまにチャットやメールでやり取りをすれば、喜んでくれるしわたしも楽しめる…そういう子ばかりだった。

  時間が出来たら、メッセに上がって、
  皆で楽しい時間を過ごして元気になれる。
  そういう友達が居る事に、感謝しろよ。
  彼氏ばっかじゃなくてさ。



ふと、中学高校時代の事を、思い出した。
休み時間、用足しに行くのに、誘い合い、連れ立って教室を出る。
そういう友達は、わたしには居なかった。
声を掛けられても、自分は用がなければ、行かないと返事をする。
トイレに行くにも必ず一緒じゃなければ友達じゃない、などと言う子は、わたしの友達には居なかったし、そういうタイプの子はわたしに近付いて来なかった。

Sの言う事は、用がなくても友達なら一緒にトイレに行ってくれるべき、と言っているのと、変わらない気がした。

わたしの生活リズムが変化した事を理解せず、毎晩メッセで一緒に騒いでくれないならお友達じゃない…なんて言う奴が居るなら、そんなのこっちからお断りだよ…と、思った。

そう言えば、学生時代、「友達じゃないの」と口に出しながら寄って来る子達に限って、影ではわたしの悪口を言ったり、わたしを困らせる様な事ばかりしていたっけ。
あれ以来、わざわざ「友達」と言って来る人間を、わたしは信用しなくなっていたのだった…。


  とにかく、今夜はパーティの連中も居るから、
  ちゃんと挨拶してきな。


  …ん、判った。


この時からわたしは、Sに対する嫌悪を、感じ始めたのではないかと思う。





怒る...(1)

2010/01/21(木) 00:56:06
元夫との離婚が成立してから暫くして、ついに、Sとの関係において決定的とも言える出来事があった。

当時乗っていた車のローンが支払えなくなったので、乗り換えて欲しいと、元夫から連絡があった。
査定価格から、ローン残を差し引いた金額で買える車を、探さなくてはならない。
わたしがローンを組む事は、出来ない。
元夫の自己破産が成立すれば、わたしも連鎖破産せざるを得ないからだ。
諸々の事情もあり、次の車を入手するまでの猶予は、3週間弱……。

わたしの住む地域は、冬になれば、当たり前に積雪や凍結に見舞われる。
車でなら片道20分の職場は、公共の乗り物を使うと片道3時間にもなる上に、バイク通勤は禁止されている。
限られた予算内で、それなりの性能の車を、大至急探して手に入れなくてはならない。

連日、ネットで中古車情報を当たっては、電話等で在庫確認をして…という作業に、追われ始めた。
良さそうな車を見つけ、連絡を入れると、もう売れたと言われて落胆する。
そんな毎日を、過ごしていた。

  次の車は、何にする予定だ?
  予算は?
  俺も、別ルートで当たってやる。


  え…いいんですか?

  ああ。
  お前の車、即ち俺の車だ。
  だから手伝ってやる。


  ……ジャイアンですか…。

という様なやり取りがあり、彼も、車探しに協力してくれていた。


そんな時、Sから連絡があった。
仲間内でパーティを立てる企画があるから、それに参加しろ、との事だった。
そのゲームを嗜む者にとっては、記念的イベントになる為、状況さえ許せばわたしも、多少夜更かしになろうとも、大いに参加したいバトルではあった。
けれども、そんな事を言っている場合では無い。
メッセを立ち上げ、Sに繋ぐ。

  ごめん、すごい参加したいけど、
  今、そんな状態じゃないんだ。


  ん、どうした?

  実は、これこれこうで……。

  あらー、それは大変だなぁ…。
  じゃあさ、やっぱ参加するっきゃねえって。


  は…?

  そういう大変な時こそ、息抜きが必要だろ。
  楽しい事して、ぱーっと元気出さんと。
  な、だから、参加しろ!
  いいな!


わたしの奥歯が、ギリッと音を立てた。

  あのさー…。
  本当に、ゲームしてる場合じゃないの。
  次の車を見つけるので、精一杯なの。
  車無いと、仕事もどうなるか判らない程の状況なの。
  だから、無理。
  悪いけど。


  んだよー。
  へタレ。
  根性なし。


この時、S本人が目の前に居たら、わたしは、微塵の躊躇も無く、その顔面を拳で殴っていただろう。
けれども、目の前にあるのは、残念ながらPCのモニターだ。
やっとの思いで、怒りに震える手で、返事を打つ。

  生活の基盤をブチ壊されそうな時に、
  ゲームで、どう根性を見せろと?


  やーいやーい、根性なしーw
  弱っちいのぉwww


メッセンジャーでの会話では、無理も無い事ではあるが、Sには、私が本気で切れた事が、全く伝わっていない様だった。

  根性なしで結構。
  それじゃ、忙しいからこれで。


会話を打ち切り、メッセを落とす。
気持ちを切り替えて、中古車情報検索に戻ろうとするが、手の震えが、止まらない。
この時、Sの言う「息抜き」とは、わたしの息抜きではなく、自分の息抜きの事を言っているのだ、と認識した。
自分がやりたい事を、わたしの為を思っての事だとすり替えて、その上に押し付けて来ているのだ、と。

怒りがおさまるまで、拳を握り締めて、家の中をウロウロする。
暫くそうしていて、ふと気が付くと、犬と猫が、ウロウロするわたしにパタパタと着いて回っていた。
それを見て、思わずぷっと噴き出し、ひとしきり笑った後、わたしはPCの前に戻り、作業を続けた。


  おい、この車、どうだ?

数日後、彼から、写メールが送られて来た。
その車の情報を見て、驚いた。
丁度、ネットで検索していたわたしが目を留め、ショップに当たろうとしていたのと、同じ車だったのだ。

  そうだったか。
  外から見た状態は、割といいぞ。
  車検切れだが、受けても予算内に納まるだろう。
  タイヤの溝の状態も、いい。
  当分買い換えずに済むと思う。


タイヤの溝…。
わたしは、そこまで考えていなかった。
そんなところまでチェックしていてくれた彼に感謝しながら、すぐにショップに連絡を入れる。

最終的に、この時の車が、現在のわたしの愛車となった。
彼は、出先で中古車屋を見かける度に、わたしの希望する車種がないか、あればどんな様子かを、チェックしてくれていたらしい。
そして、これはと思う車を見付けた。
ほぼ同時期に、ネットでわたしがその車を見付け、そして押さえる事が出来たのは、本当にタイミングがいいとしか言いようが無かった。


離婚後の最初の危機を何とか乗り越え、ひとまずほっとした私は、メッセを立ち上げた。
Sから、メッセージが飛んでくる。

  お前さ。A(他のゲーム仲間)に、
  イベントバトルに参加出来ないって
  ちゃんと言ったか?


  ん?
  Aさんなら、前にお誘いのメール来てたから、
  参加出来ないって返事しておいたけど?


  それだけかよ。
  ちゃんとメッセでも謝っておけよ。


  え?
  メール、届いてなかったの?
  Aさん、わたしの不参加、知らないの?


  いや、それはわからんけどさー。
  誘ってくれた人には、直接謝るのが礼儀だろうが。


  直接って…。
  メールもメッセも、同じ様なもんでしょ。
  メールだと失礼って事では、ないと思うけど…。


  はあ?
  メールでもメッセでも、謝罪するべきだろう。
  友達と言えども、礼儀は守らにゃ。


わたしは、眉を顰める。
こうしてわたしにお説教してくるという事は、先日わたしが本気で怒ったのに、全く気付いていない…という事だろう。
丁度そこに、話題のAさんがサインインして来たので、わたしは彼女にメッセを飛ばした。

  Aさん、お久しぶりー。

  あ、しのぶさん、こんばんはー。

  こないだはさ、せっかく誘ってくれたのに、ごめんね。
  何か今、すごい忙しくてさ。
  イベントだったし、残念だったんだけど。


  いやいや、忙しいならしょうがないよー。

Aさんは、礼儀知らずだとわたしに怒っている様子は、無かった。

  今、Aさんと話してる。
  改めて謝っておいた。


  ん、よしよし。

  Aさん別に怒ってなさそうだけど。

  怒ってるからとかじゃなく、
  こういう事は、メールでもメッセでも、
  ちゃんと謝るのが礼儀だろ。
  俺の言ってる事、おかしいかなぁ?


いや、おかしくないよ、ごめんね、とわたしが言うのを待っている…と感じたので、期待通りの返答をするのは、止めておいた。

  さあ?
  少なくとも、わたしと考え方が違うのは、確かだね。
  わたしは、お誘いメールに丁寧に返事した段階で、
  礼儀は尽くしたと考えてるから。
  わざわざメッセでも謝らなきゃいけない、とは思わない。
  今日みたく、たまたま会って会話すれば、もう一度謝るけれど。


  ともかくさ。
  お前が参加すると思って、
  楽しみにしていた奴らが居るんだから、
  皆にちゃんと謝ってやれよ。


この時何となく、Sは、参加メンバーに「俺が呼べば、しのぶは必ず来るからさ」と大見得を切ったのではないか…という気がした。
でなければ、わたしがゲームに参加出来ない事を、どうしてこういう風に詰られるのか、理解が出来ない。
わたしは溜め息をつき、ゲーム専用SNSにアクセスした。
Sの言う事はともあれ、このイベントのバトル結果を知りたいと思ったのだ。

だが、そこでわたしは、更なる怒りに見舞われる……。







怒る...(2)

2010/01/21(木) 03:02:38
久しぶりにアクセスしたゲーム専用SNSで、Sのゲーム日記を読み、わたしは、言葉を失った。

───今度のイベントバトル、しのぶは参加できんらしい。
     俺は、あいつのリアル事情を殆ど知ってるが、
     それでも何とか参加して欲しいんだよなぁ…
     どうにかならんかなぁ…────

この日記に、コメントを付けているゲーム仲間も居たが、その内容は記憶にない。


以前わたしは、Sに、俺は色々知ってるぞ、と仄めかす様な真似はやめてくれ、と言った事がある。
この時にも、わたしの本当に言いたい事は伝わっていないと感じたが、この日記を見た時は、その行為に何故わたしが不快感を表明するのか、Sが理解出来るまで、とことん食い下がれば良かった…と、心底後悔した。

メッセに出て来たSを、捕まえる。

  ちょっと話がある。

  あ?どした?

  〇日のSさんの日記を読んだ。
  何で、あんな事書いたの?


  別に?
  何も考えずに書いた。
  なんかまずかった?


「何も考えてない」
この言葉を、Sはよく使った。
何も考えてない、と言われると、そこから先、どう話を続ければ良いのか、判らなくなってしまう。
けれど、「じゃあしょうがないねー」で許す訳にいかなかった時は、「ちったぁ考えて行動しなよ」と、それまで何度、言っただろうか。

  ああ…また、それか。

  なに、怒ってんの?

  あのさ。
  わたしが、誰かから相談を受けた時は、
  相談内容を誰にも言わないのは勿論、
  相談を受けた、という事も、
  誰にも言わないんだよ。


  うん。

  何でか解る?
  相談されたって誰かに言ったら、
  その子が、人に相談したくなる様な
  事情を抱えてるって事は、バレるから。
  だから、言わないの。


  なるほど。

  でもSさんは、それを、言うんだね。
  俺だけは知ってるんだけどって、
  言うんだね。
  わたしは、知ってるって事すらも、
  誰にも言って欲しくなかった訳よ。


  あー、そういう事か。
  ごめんなさい。
  あの日記は、すぐに消す。


  消して、どうなるの?
  もう皆読んでしまった後なのに、
  無意味じゃない。
  それに、消した事に気付いた誰かが、
  わたしとSさんの間で何かあったんではって
  心配するかも知れないでしょう。
  だから、それはいい。


  いや、俺が悪いんだから、消す。

  いや、だから消すなって言ってんの。
  心配する子が居るかも知れないでしょう。


  …はい。

  Sさんはさ、よくわたしに、
  お前だから話すんだけどって、
  色んな子の色んな事教えてくれたけど、
  わたしの話も、あんな感じで誰かに
  話してるの?
  わたしの事情、知ってる子居るの?


  言う訳ないだろ!
  俺を見くびるなよ。
  お前だけに決まってんじゃん。
  お前だから、話してたんだよ。


見くびるなと言われても、経験上、あなただから話すんだけど…という前置きを付ける人間は、この「あなただけ」があちこちに居るものだった。
もう、信用出来ない。
Sに、何もかも相談していた事を、激しく後悔する。
己の見る目が曇っていたのだ…という自己嫌悪が、押し寄せる。

  ごめん。
  考えなしで、ごめんなさい。


Sは、神妙な文面で、謝罪してくる。

本当に、考えなしの行動なのだろうか?
わたしには、そうは思えない。
この日記の裏に、皆のリアル事情を相談される俺、信頼されてる俺、という優越感が、見え隠れしてしまう。

  ごめんなさい。
  もうお前の事情は、聞かない。


え…?
それは、何か違う。
わたし以外の子から込み入った話をされて、他の子の前で「俺は知ってるぞ」という態度を取る事そのものを、改める気は無い…という事だろうか?
それとも、相談事をされれば、相談されたという事だけは、誰かに話さずにはいられない…という事だろうか?

  いや…それはまぁ、わたしも話すと思う。
  Sさんだって、事の顛末がどうなったか、
  結果を聞かされないと、気になるでしょう?


  うん…ごめんなさい。  
  俺、お前の信頼を裏切っちまったのかな…。


そんな事ないよ、と言って欲しいのでは、という気がした。
だから、それには答えなかった。

  まぁ、あの時のわたしには、
  何もかも話してしまえる人は、
  必要だったと思う。


  そっか…。

  彼に出逢う事も、出来たし。

  俺も…
  こんな風に俺を叱ってくれる奴、
  そうそう居ないよ。
  やっぱり俺にとってお前は、
  かけがえのない友達だよ。


失笑した後、脱力する。
やっぱりわたしが本当に言いたい事は、伝わっていないと感じた。
けれども、もう、どうでも良い。
この時わたしは、Sとは距離を置く事を、決意していたからだった。

  でもさ。
  普段は、言いたい事を言えずに、
  心の中に溜め込んで、挙句壊れるお前が、
  俺にはこうしてガンガン言ってくる。
  これって、すげーいい傾向なんじゃね?
  俺を相手に、言いたい事ちゃんと言う
  練習をすればいい。
  そして、薬なんか飲まなくてもよくなればいい。


わたしの顎が、ガクンと下がった。
背筋を、冷たいものが駆け上る。
これは…ポジティブ・シンキングと呼んでいいものじゃない。
物事を、自分の都合の良い様に解釈しようとしているだけではないのか。

Sとは距離を置こう、という決意を、再び強固なものにして、わたしはその日の会話を終えた。







疎んじる

2010/01/23(土) 02:36:27
平穏な日々が、戻って来た。
…とは言っても、いつかは必ず、元夫の連帯保証人としての責任を果たさなくてはならない日が来るのだから、それはさながら、台風の目の中の晴れ間程度のものではあったけれども。

だが、Sからの連絡が、絶える事は無かった。
携帯メールが、届く。

  またメッセに上がらなくなったなwww
  元気してんのかよ?
  心配してるぞ


そのタイミングたるや、ある意味、絶妙だった。
ふと、今後の生活の事を考えて憂鬱になり、気持ちを切り替えて立ち上がるのに苦労している……そんな時に限って、Sからのメールが来るのだ。

まるで、衰弱している動物から立ち上る死の臭いを嗅ぎ付けて、死肉を食む為に舞い降り、息絶えるのを待っているハゲワシの様だ…。

そんな事を考えては、打ち消す。

Sのお陰で、わたしは外に出られる様になったのに、こんな風に考えてしまうわたしは、何て恩知らずで、冷酷な人間なんだろう。
Sが信用出来なくなったのだって、結局はわたしの、見る目が無かっただけの事ではないか。
それを、Sに責任転嫁して疎んじるなんて…わたしは、なんて卑怯なんだろう……。

沈み込んでいた気持ちに、自己嫌悪が拍車をかける。

Sは、恩人なんだ。
恩人だと、思わなければならない。
そういう気持ちが、わたしに返信を打たせる。

  元気だよ。

送信し終わって、溜め息をつく。


ある日、床に就いていた深夜に、携帯がメールを着信した。
わたしの携帯メールアドレスは、数人しか知らない。
着信音で、彼からのメールでないのは判ったから、妹に何かあったのだろうか?と、寝惚けながらもメールを確認する。
Sからだった。

  誕生日、おめでとう。
  たまには、こっちの仲間の事も思い出せよw


「はぁ?」と、声が出る。
いつだったか、メッセで話した事を、思い出す。


  友達は、大事だからな。
  俺は、日付が変わったらすぐに、
  誕生日メールを出す様にしてる。
  だから俺の友達は、
  俺からのおめでとうメッセージを、
  誕生日の一番始めに受け取れるって訳だw



ああ…そんな事言ってたっけ…。
一瞬感じた苛立ちで目が冴えてしまったので、妹からのメール着信音も、普通のメールとは違うメロディを割り当てた。
彼と妹以外のメールは、着信音を出さない様にも設定する。
おめでとうメールへの返信はしないまま、もう一度横になる。

…もう、関わらないで欲しい。
関わればきっと、わたしは益々、Sに嫌悪を感じてしまう。
そしてそれは、すぐに転じて自己嫌悪となり、わたしに更なる追い討ちをかける。
このまま、わたしから一切連絡しなくなれば、その内にきっとフェイドアウトしていくだろう…。
そう考えながら、目を閉じた。



それから再び平穏な日々に戻り、季節も移り変わった頃、わたしは、加入しているSNSに、簡単な日記をアップした。
このSNSは、元々は仕事の為に使っていたもので、フレンドは、昔の仕事仲間や実生活での友人ばかり、日記はフレンドにしか読めない設定にしてある。
たまに更新して、フレンドたちに近況を知らせるのに、利用していた。
日記を登録してPCの電源を落とし、寝る前に洗濯物を干さなくちゃ…と立ち上がった時、携帯電話の着信音が、鳴り響いた。

わたしは、飛び上がった。
深夜にかかって来る電話には、悪い知らせを連想させられてしまう。
慌てて電話を取り上げ、発信者を見ると、Sだった。
まずは、相手が妹や友人ではなかった事に、安心する。
深夜に急に、電話しなくてはならない様な出来事が、起こった訳ではないという事だ。
けれども…なんでこんな時間に、突然Sから電話がかかって来るのだろう…?

はっと気付く。
SNSだ…。
フレンドの中には、Sも居た。
わたしの日記が更新されたのを見て、すぐにかけて来たのだ…。

わたしが、大の電話嫌いだという話は、していなかっただろうか…?
それなのに、メールに返信しなければ、今度は電話をかけて来るという訳か…。
出たくない…。
暫く、携帯を握り締めたまま、着信音が途絶えるのを待つ。
けれども、着信音は、一向に鳴り止まない。
仕方なく、通話ボタンを押した。

  ……もしもし。

  なんだよお前ー。
  えらい不機嫌な声だなー。


  ……寝てた。

そんなに嫌そうな声になってしまったか…と、咄嗟に言い繕ってしまう。

  あーそうだったか、ごめんごめん。
  日記が上がったの、さっきだったから、
  まだ起きてると思って電話したんだ。


  …ふうん。

  何だよお前ー。
  全然音沙汰なくなるしよー。
  俺、すげー心配してたんだぞー?
  たまには連絡して来いよー。


  …ごめん。

  誕生日メール送ったのに、
  返事もねーしさー。
  どんだけ心配してたと思うんだよー。


  ……ごめん。

  …あー、まあ寝てたとこ、
  起こしちまって悪かったわ。
  じゃあ、また連絡するから。


  ……。

  もう寝な。ゆっくり休めよな。
  そんじゃな。おやすみ。


  ……おやすみ。

終話ボタンを押す。
溜め息をつく。

いくら日記がアップされたからと言って…こんな深夜に電話してくるなんて、非常識だとは思わないんだろうか?
それにどうして…突然電話されたにも関わらず…わたしの方が、謝らなくてはならないのだろう…?
心配だ心配だと連呼するけれども…わたしが本当に壊れかけていた時に、さっさと逃げた事は、忘れられない。
その結果が、彼、Tさんとの出逢いに結びついたとしても。
今後、ずっとこの調子で、メールでレスがないなら電話で…なんて方法に変わられても、困る。
どうやら、ひっそりとフェイドアウトはさせてくれない様だから、はっきりもう関わって欲しくないという事を、言うべきだろう。

考えて、そう決意したわたしは、PCの電源を、ONにした。





壊れる

2010/01/23(土) 04:32:59
メッセンジャーを立ち上げると、案の定、Sが居た。

  こんばんは。

  おー、さっきはどもw
  すっげー無愛想だから、
  電話番号間違えたかと思ったwww


  わたし、電話は嫌いだって
  言ってなかったっけ?


  そだっけ?

  うん、だから、電話はしないで欲しい。
  ほんと苦手なの。


  そかそかwww
  起こしちまってごめんな。
  寝るんじゃなかったのか?


  いや、洗濯物干さないといけなかったし、
  もうちょっとなら大丈夫。


そこでわたしは、洗濯物を干しに行く。
手を動かしながら、どういう風に話を切り出せば良いだろうか…と、考えた。
数分後、PCの前に戻る。

  そういやさ、AとBが別れたぞwww

  あれ?いなくなった?www

  ああ、洗濯物か。

会話を再開した時、Sが、わたしとの会話の内容を殆ど覚えていない事が判り、この人にとって、他人の相談に乗るという行為の意味は何なんだろう…と、考えてしまう。

  あの二人、別れたの?
  Aさんから?
  Bくんから?


  Aから言い出したらしいw

  そっか、それは良かった。
  じゃ、Aさんは元気なんだね?


  おー、元気元気w
  Bの事、色々と言ってたぞwww


わたしが心配したのは、Aさんが落ち込んでいないか…という事で、Bには、ゲーム中やメッセでの会話であまりいい印象を持っていなかったので、 Bの話はどうでも良かった。

  Bの奴、別れ話が終わった直後に、
  最後にもう一発ヤらせてって
  言ったらしいwwwww


ああ…そうだ。
わたしは、Sとの会話で、頻繁に他者の陰口が出てくるのにもウンザリしていたんだった…と、思い出す。

  ふうん。
  わたしは、Aさんが元気なんだったらそれでいい。
  しかしSさんも、相変わらずの事情通ね。
  Aさんの相談に乗ってあげてたの?


  そうw
  Bの方は、もう俺の顔も見たくないって
  怒り狂ってるらしいwww


  …なんで?

  俺が散々説教してやったからだろw

わたしは、眉を顰めた。

  …Aさんに話を聞いて、その内容で、Bに説教した訳?
  そりゃBも怒るでしょ。
  何でお前が出て来るんだってなモンだよ。


  だってお前、友達がひどい目に
  遭わされてんのに、黙ってらんねーよ。


糸口が、見付かった様な気がした。

  それって、Aさんに、言ってやってくれって
  頼まれたの?


  いや?
  俺の個人的判断。


  …Sさんさ…。
  なんで、Sさんには関係ない所で
  揉めている人の間に、わざわざ入っていくの…?
  わたしは、それがいつも不思議でならなかった。
  その結果、揉め事が大きくなった事も、
  一度や二度で、済まないじゃないの。


  そりゃお前、友達なら当然だろ?
  黙って見てらんねーよ。
  それに、俺に頼って来る連中も居るしさ。


  頼られるのは、口出しをするからでしょ。
  味方して貰えると思えば、そりゃ頼るでしょうよ。
  わたしが思うのはね。
  Sさんは、人の相談に乗ってやってる自分、
  揉め事の仲介に尽力する自分が、
  好きなだけなんじゃないかと。
  だから、わたしの相談してた事は、
  全然覚えてないんだよ。
  その立場に酔ってるだけだから、
  内容なんてどうでもいいんだよね。


  …ふむ。
  そういう面は、あるかも知れんね。


  そういうの、もうやめた方がいいと思う。
  自分の再確認の為に、他人の事を利用するのは、
  その人にとても失礼だと思うんだけど。


  …ふむ。
  やっぱりお前と話すと、考えさせられるよ。


…本当に、考えてるの?
そう言いそうになる。
「叱ってくれるのはお前だけ」「考えさせられる」。
そう言っていた件で、その後、言動を改めてくれた事は、ひとつも無いではないか。
わたしにはそれが、親友ゴッコを楽しんでいるようにしか、感じられない。
わたしの抱く不快感を、軽減しようとは、してくれないのだ…。

もう駄目だ。
この人には、わたしの言葉が通じない…。

そう思いながら、他愛も無い会話を続ける。
そんな中で、Sから投げられた言葉に、わたしは愕然とした。

  お前さー。
  彼氏と付き合う様になって、
  どんどん自分の事を他人の事みたいに
  話す様になってってるぞ。
  大丈夫かよ?
  何か、おかしいぞ。


他人事の様に…。
これは、わたしの感情の振幅が限界を越えて、これ以上感情を動かすまいとしている時の、独特の状態だ。
わたしは、Sとの会話で、そこまでする様になってしまっていたのか…。
Sのこの言葉でわたしは、自分がSに対して完全に心を閉ざした事に、気付かされた。

  おかしくない。大丈夫。
  心配しないで。
  わたしの事はもう、心配しないで。
  なんとか上手くやっていくから。


  そんな訳いくかよ。
  友達の様子が何かおかしいのに、
  黙って放っとくなんて、出来ねえよ。


そんな格好いい事言っても、わたしが死にたいなどと言い出したら、とっととケツまくって逃げるくせに…。
苦笑しながら、会話を続ける。

  その「友達」ってのも、何かね…。
  Sさんって、二言目には、友達だからって言うじゃない。
  今までの、わたしの周囲では、「友達だから」とか
  言う奴ほど、信用ならない奴は居なかったから、
  やたら友達友達言われると、どうも胡散臭いのよね。


  だってお前…。

それに答えたSの言葉は、とても衝撃的だった。

  お前は友達なんだって言い聞かせないと、
  俺は、お前を、抱いちまってた…。


絶句した後、わたしは、爆笑した。

駄目だ、この人。
何を言っても、行き着く所は自己陶酔だ。
もう、付き合っていられない。
自分を愛し、自分に酔う為に、わたしを利用されるなんて、冗談じゃない。

嫌いになりたくなかったのに。
軽蔑したくなかったのに。

Sを嫌悪し、そしてそんな自分を、憎悪する…。

そうしてわたしは、またしても己のコントロールを失い、崩壊し始めた……。







落ち着く

2010/01/23(土) 19:40:56
感情のコントロールが、出来なくなる。

引き篭もり生活から、脱却させてくれた人。
わたしの中の、被虐嗜好を引き出した人。
それがあったから、わたしはTさんに逢う事が、出来た。
それを、こんな風に、嫌悪し軽蔑するなんて、わたしはどこまで性格が悪いのだろう。

自己嫌悪に呪縛された結果が、実生活にも影響を及ぼす。
こんなわたしを、誰の目にも触れさせたくない。
職場の契約更新を、断る。
家を失う日程もはっきりとしてきたが、それももうどうでもいい。
わたしなんて、どうでもいい……。

その一方で、わたしの慰めになっていたのは、やはり、彼の存在だった。
どこまでも自分に正直な彼が、まだわたしを見限らないのは、彼にとってのわたしは、そんなに嫌な人間ではない、という事だ。
その一点のみが、わたしを支えていた。


このままわたしが沈黙していたら、その内にSからまた連絡があるだろう。
Sには、もう何を言っても無駄だという事は、よく判った。
何を言っても、自分の都合の良い様に解釈して「俺が一番お前の事を思っている」という立場を、押し付け続ける事だろう。
それだけは、願い下げだ……。

そう考えて、Sに感じていた不快感を文章化した。
すぐに、Sからの反応が、あった。

  ふむ。
  よほど腹に据えかねたと見える。
  もう関わりません。
  ごめんなさい。


このコメントが、私の崩壊を助長した
とことんまで、自分の非を認めるつもりは、無いらしい。
友達思いの自分に、勝手にわたしが怒り狂っているとでも、思っているらしい。
わたしの怒りの原因は、服用している薬の所為だとくらい、思っているらしい。

確かに、わたしの怒りの理由は、Sには理解出来ないだろう。

彼の玩具となったわたしに、

  お前、自尊心は何処にいったんだ?

と怒るS。
Sは、気付いていない。
元々低かったわたしの自尊心を、完膚無きまでに叩き潰したのは、S自身だという事に。

大体、精神を病んでいる人間を相手に、誰かの為に親身になっている自分を再確認しようなどとは、考えが甘過ぎる。
いざとなれば、すたこらさっさと逃げる癖に。
そして、逃げた結果起こった事を、さらに、善良な自分に酔う材料にしようなど、あまりにも浅まし過ぎる。

Sの、自殺した知り合いの事は、その時期になると必ず、Sの日記に登場する。
助けてあげられなかった自分、そしてその事を、いつまでも心の傷として抱えている自分を、アピールする。
これは一体、どういう神経の為せる業なのだろう?

わたしなら…親しい人間が自殺などしたら、口が裂けてもその事を周囲に口外する事は、出来ないと思う。
自分の所為で死なせてしまったと思うのなら、尚更だ。
だから、Sのやっている事が、全く理解出来ない。

そして、ここでわたしが、壊れた精神に導かれるまま、自殺などしてしまえば、Sの、傷付いている俺日記のネタを提供してしまうだけだろう。
それは、それだけは、避けなければならない。


そう考える事で、わたしは、徐々に落ち着きを取り戻していった。

そのままSからの連絡が途絶えれば、こうしてブログにSとの事を長々と暴露する事も、無かったと思う。






書く

2010/01/23(土) 20:47:38
仕事を失う時期に、頼れるかも…と思っていた親戚から、とんでもない交換条件を出され、わたしは呆然とした。

この時に彼から言われた言葉を、何度も何度も咀嚼しながら、わたしは、わたしの「やりたい事」を考えた。
今、わたしが、一番優先したい事を、考えた。
書く事で、思考をまとめる。
思い付いたままを、書き殴る。
そうしてまとまったのが、犬の事だった。

この先、何があっても、誰に責められても、この犬と生きていくのを諦める訳にはいかない。
そう決心して、犬に関するエントリーを一気に書き上げた後、コメントが入っているのに気付いた。


  離職票を受け取ったら、すぐに職安に行け!
  保険証の手続きも、忘れるな!
  不動産屋に行って、次の家をすぐに探せ!
  犬はもう諦めろ!
  「やりたい事をやれ」なんて精神論は、
  何の役にも立たないんだよ。
  騙されてるんじゃねえ!



匿名だったが、Sからのコメントとしか思えなかった。


Sから「もう関わらない」というコメントが入った話を彼にしたら、彼が言った。

  ま、そうは言ってもSの事だ。
  多分、このブログはずっとチェックするだろうよ。


  えー…そうかなぁ。
  ま、見られてても、何も言って来なければ、
  わたしはもうそれでいいよ。
  それだけで充分。


そう返事していたのだったが…。

見ていただけではなく、まだわたしのご主人様気取りなのか…。
それどころか、いまだに彼の事を何とか貶めようと、必死らしい……。

即座にそのコメントを削除する。
「精神論」だと…?
わたしは以前、Sにはっきり言った筈だ。
メッセンジャーで話を聞くだけで、実際に会えば乳を揉む様な事しかしないSよりも、自分の欲望を剥き出しにし、わたしを徹底的に蹂躙する彼の方が、わたしにとっては誠実なのだと。

メッセンジャーで他の子と談笑する片手間に、わたしの話に適当に相槌を打ち、わたしの中に巣食う真の闇が顔を見せれば、「それは俺のトラウマ」と言って逃げていくSよりも、面と向かってわたしの話を聞き、はっきりと言いたい事をズバズバ言い、その結果わたしが崩壊しても、壊れぶりとそこから立ち上がるまでを、実に愉しそうに見ている彼の方が、よほどわたしの為になっている。

怒りが、沸々と煮え滾る。

良いだろう。
そちらがそこまでして、彼を貶め、わたしに影響力を発揮したいと考えるのならば、最早わたしも容赦しない。
自分が、わたしに、何をしたのか、それに、直面させてやろうではないか。

そして……はっきりと言ってやろう。
お前には、「サディスト」を名乗る資格など無い、という事を。
ましてご主人様面など、思い違いも甚だしい。

「サディスト」とは、自己の価値観を周囲に押し付けて自由気儘に振舞って良い事の、免罪符では無い。


こうしてわたしは、長い長い罵詈雑言を、書き始めたのだった。








終わる

2010/01/27(水) 22:05:42
今にして思えば、Sは、おそらく、現在の自分の事を、好きではないのだろうと感じる。

Sの話す内容は、昔の話ばかりだった。
学生時代の自分が、どれだけモテたか。
どういう風に、後輩をからかって遊んだか。
大学卒業後、すぐに就職した某大企業で、どんな事があったか。

その反面、現在の自分の事については、水を向けても話そうとしなかった。
よくよく思い出してみれば、わたしは、Sの本名さえも知らないのだ。
訊いた時に、「本名は俺のトラウマ」と言われ、それ以上訊けなかったからだ。

現在の自分を好きではないから、悩み事を持っていそうな人間に近付き、その相談を受け、「皆に相談される自分」「頼りにされている自分」を好きになろうとしていたのでは、ないだろうか。
そこには、相手の悩み事を解決する力になりたい、という意識は無い。
だから、相談の内容を詳しく記憶せず、聞き流してしまえる。
こういうタイプには、相談された事すら黙して語らずにいて欲しいなど、求める方が無茶だろう。
頼られている自分をアピールするな、と言っているに等しいのだから。

現在の自分の状態に満足していないから、自分より酷い境遇の存在を探し、「可哀想」と思う事で、自分の存在価値を高めていたのではないだろうか。
だから、悲惨なグロ動画を観ても「可哀想」という感想しかなく、その動画が撮られた背景などには無頓着でいられる。
周囲に何となく避けられ始めたゲーム仲間にも「俺しか相手する人間が居ないなんて、可哀想」と言いながら積極的に近付いたかと思うと、それで仕入れたその人物の言動を、面白おかしい笑い話にして吹聴できる。

そういう言動を咎めると、「俺って、ドSだからw」と返って来ていた。
ドSだから、自分の言葉で人を傷付け、人を振り回すのは当然…という事の様だった。

けれども…これは、「サディストだから」で済む問題だろうか…?


わたしは、比較対象が、Tさんしかいない。
そのTさんに関して言えば、こういうSの言動との類似性は、全く見られない。
わたしは、Tさんが、他者を貶すのを聞いた事がない。
これは、わたしにしてみれば、本当に驚くべき事なのだ。
と言うのは、彼が、作曲をする人だからだ。

わたしの周囲には、音楽活動をしている人も、何人かいる。
そして彼らはほぼ全員、他のジャンルの音楽や、最近流行っている音楽を、酷評する。
一般人に聞く耳がないから、こんな音楽が流行るのだ、と言い、売れる事だけを目的にすれば、こんな曲自分にでも簡単に作れる、と豪語する。
わたしの好む音楽を知ると、こんなくだらない音楽が好きなのか、と嘲笑する。

彼は、こういう事を、一切言わない。
不思議に思って訊いた事があるが、その返答は、こうだった。

  色んな音楽や色んなものに影響されながら、
  今流行の音楽も出来ている。
  だから、こういう音楽はしょうもない、などとは、
  俺には言えない。
  不要な音楽など、無いからだ。


彼にとって大事なのは、彼自身が満足出来る曲が、創れるかどうかという事の様だ。
そういう曲をライブなどで演奏して、感動した人が一人でもいれば、それは益々満足だしとても嬉しい…と言う。
そして、彼の音楽で感動する人は、一人や二人ではない。
彼の残虐性を知っているわたしなど、この人のどこからこんなメロディが生まれるのだろう…と不思議に思う程、そしてそんなわたしですら、聴いていて何故か思わず涙ぐんでしまう程、美しい旋律を創りだすのだ。

彼が、一番拘りをもっている分野ですら、こんな調子なのである。
他の事象に対しては、もっと寛大になる。

ほんとうに、彼は、何かを悪しざまに非難したり、貶めたりする事をしない。
たったひとつの例外は、わたし自身に対してである。
わたしに対してだけは、体型の事やものの考え方を、厳しく評価してくる。

彼は、わたしと初めて逢ったその日に、本名も職業も、全て教えてくれた。
彼と話していると、わたしは実によく笑うが、それは、何かを嘲った笑いではない。
彼の提供する話題は、本当に楽しくて笑ってしまう様な事ばかりなのだ。

彼は、自分を、愛している。
彼は、自分に、自信を持っている。
そして彼は、孤独になる事を、恐れていない。

Sとの一番の違いは、ここだと思う。
Sは、孤独を恐れているかの様に、誰かとの接触を常に求めていた様に思う。
そうやって、自分がいないと駄目だという人間を、捜し求めていたのだろう。
完全に自分に依存する人間が現れ、それが重荷になっても、最後まで背負い続ける覚悟は持てぬままに。

だからわたしが、Sと距離をとり始め、それでも普通に生活していける様になった事を、歓迎できなかったのだと思う。
心配している心配していると連絡を寄越し、わたしが、まだ誰かを頼らねばならない境遇である事を、思い出させていたのだろうと思う。
何とかして彼を貶め、自分こそがわたしにとって必要な人間である事を、アピールし続けていたのだと思う。

そして、そんな人間にわたしが散々振り回されてしまったのも、当然だ。
当時のわたし自身が、自分だけでは己の存在価値を見出せず、何の努力もしないままの自分をまるごと受け入れて貰える事だけを望む、甘えているだけの、だらしない存在だったのだから。


Sが、わたしにした事を、Sの面前に、突き付けてやる。

そんな意図で書き始めた一連のエントリーは、あの頃のわたしの醜さを、くっきりと浮き彫りにした。

そしてもうひとつ、大事な事をわたしに思い出させてくれた。
Sとの関わりは、わたし自身が望んで持ったのではないという事だ。
どうしてもそうせざるを得ない状態になり、渋々連絡先を教えた…と、言う事だ。


わたしは、わたしの意志を、もっと尊重してもいい。
わたしの直観力、行動力、判断能力を、もっと信頼してもいい。
そして、ろくでもない人間が周囲に現れ、それに振り回され、悩まされる様になったら、まずは己を省みる事。
そうなってしまった原因は、必ず、自分の方にある。

それをわたしに気付かせてくれた事のみを、Sには感謝しつつ、Sについての話を終わりたいと思う。



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