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カーセックス...2

2008/05/01(木) 21:32:34
快楽を得る為に自分で動き…。
そこを彼に、下から突き上げられ…。
逝き続けたわたしは、ぐったりと彼にしなだれかかって、息を弾ませる。
彼の手が、わたしの背中から脇腹までを、ゆっくりと撫でている。
まだ彼に貫かれたままなのにも関わらず、そのまま微睡んでしまいそうな心地よさだった。
ゆっくりと動いていた彼の手が、突如わたしの髪を掴んで引っ張った。
ぼやけていた意識が、下されようとしている彼の命令に向けて、束の間、晴れ間を見せた。

  場所を代わって、後ろ向け…。

不自由な狭い空間で、ごそごそと体勢を変える。
シートに膝をつき、欲しがる牝猫のようにお尻を突き出し、ヘッドレストにしがみ付いた。
彼が、ゆっくりと入ってくる。
狭い車内だからか、彼の荒い息遣いもよく聞こえ、それがわたしの官能の火に、更なる油を注ぐ。
いつもの後背位とは違う刺激に、翻弄される。
湿り気を帯びた厭らしい音は、途絶えない。
薄く目を開けると、リアウィンドウが真っ白に曇っているのが見えた。
もしも誰かが通りかかったら、中で何をしているか、一目瞭然だろう。
それでも、わたしの脳には、理性が戻って来ない。
ただひたすら、彼自身の動きに神経を集中させ、浮遊しているような快楽に、そのまま身を浸し続けていた。

  こっち向け。

彼と、向かい合う形になる。
そして彼が、入ってくる…。
わたしは仰け反って、彼を受け入れる。

  動くな…。

彼が、低く囁いた。
返事をしようにも、喘ぐ様な声しか出ない。
小刻みに、こくこくと頷いた。
彼の抽送が始まる。
全身でそれに応えようとした時、

  動くな。

無意識に、腰を動かしていた様だ。
その後は…ジワジワと、炙られているかの様だった。
動いてしまわぬ様に、自分の身体を制御しようとすればする程、意識は彼の動きに占領される。
『動くな』と言われたから、動かない。
そのシチュエーションにも、脳が焼かれる。
官能が増す。
感じて、逝く。
逝き続ける…。

目が暗闇に慣れたのか、周囲の淡い光を受けて、彼の表情が見えた。
いつもの様に、真っ直ぐわたしを見据えている。
わたしの反応を、ひとつも見逃すまいとする瞳で…。

そう言えば、暗い中で交わるのは初めてだと気付く。
身体を重ねるのは、いつもホテルの部屋の中。
初めて逢った時から、照明を落として抱き合った事など無かった。
煌々と点った明かりの下で、愛撫され、縛られ、打たれ、貫かれ、逝かされていた…。

何度目なのか判らない痙攣に、全身を震わせた。
両腕を上げて、ヘッドレストを握り締めた。
上り詰めた高い場所から、ゆっくりと降下してくる。
車内に、二人の荒い呼吸音が満ちる。
彼が、身体を離して隣に座り、携帯電話を取り出した。

  …こんな時間だ。
  そろそろ帰ろう。


  え…。
  Tさん、逝ってない…。


  俺はいい。
  満足したから。


  …ごめんなさい。

  なにがだ?

  …逝って貰えなくて…。

  いいんだ。
  逝こうが逝くまいが、お前を抱くと、
  とても穏やかな気持ちになれる。
  それだけで、俺は満足なんだよ。

そう言う彼の顔は、本当に、穏やかな優しさに満ちた笑みを浮かべていた。
そんな顔で見られる事に、幸せを感じて…嬉しくなって、彼に抱き付く。

  ほら、服を着ろ。
  お前は明日、仕事早いんだろ?


  あ…そうだった。

暗い中、手探りで脱ぎ散らかした衣類を集め、身支度を整える。

そう言えば、途中から犬の事などほったらかしになっていた。
どうしていたのだろう?
見回すと、犬は、助手席に移動し、そこで丸くなって寝ていた。

  ○○(犬の名)…?

声をかけると、『やっと終わりましたか…』とでも言わんばかりの目つきでわたしを見上げ、ふて腐れた溜め息をついた。

  何その態度。

わたしが笑う。

  ○ちゃん、そんな処で拗ねてたのか。

彼も、笑った。




12回目の逢瀬

2008/05/02(金) 23:42:18
この日の朝は、快晴だった。
彼からはメールで、予定通りバイクに乗り、わたしの地元近くまで行く、とあった。
大まかな待ち合わせ場所だけを決め、そろそろ彼が着くかという頃合を見計らって、そこに行く。

  ○○ダムの○○に居ます。

その駐車場に屯しているバイクの中に、彼が居ない事を確認した後、メールを打った。

  俺はもう○○ダムに着いてる。
  何処に居るか…判るな?


彼からの返信があった。
驚いたわたしは、もう一度バイク乗りを確認するが、彼の姿は見えない。
わたしが来て以降、入ってくるバイクの中にも、彼は居なかった。
出入り口がひとつしかないから、この場所で待つ事にしたのだ。
見落としはない筈。
という事は、この駐車場には来ていないということだ。
彼が、好みそうな場所…。
ダムが見渡せる場所だ。
車を動かし、そこに移動した。
案の定そこには、彼の住む街のナンバープレートを着けたバイクが1台、停まっていた。
車を降りて、ダムに向かって歩く。
一人、ダムの上で、濁流を見下ろしている人物が居た。
遠過ぎて判別はつかないが…。
わたしは、歩きながらメールを打つ。

  多分、あなたを見付けました。

その人物は、ポケットを探る様子をして携帯らしきものを取り出し、こちらを見た。
わたしは、歩みを速くした。
間違いない。
彼だ。

  よく判ったな。

  何となく、ここかなっていう気がした。

  お前は何処にいたんだ?

  あそこ。

わたしは、見晴らしの良いダムの上から、そこを指差す。

  ここ、こんな風になってたんだね。
  毎日通ってる場所なのに、知らなかったよ。


  お前の職場は、ここからすぐか?

  うん、近い。

  行ってみてえな。
  誰か居るか?


  いや、今日は誰も居ない筈だよ。

わたしは、来た道を振り返って、ハザードランプを出して停まっている自分の車を見やる。

  あそこ、多分長い間停めてられない。

  そうだな。移動するか。
  お前の職場まで先導しろ。
  誰かの後ろを着いていくのは好みじゃないが、しょうがない。


わたしは頷いて、そっと彼の腕に自分の腕を絡めた。

  おいおい、地元だろう?
  誰かに見られたら、困るんじゃないのか?


  平気…。

わたしと彼との出逢いは、夫から離婚を言い出された後…。
夫婦の関係が、完全に壊れた後だ。
だからわたしは、今後双方に別の相手が出来ても、また、居た事が判明しても、それを離婚の理由に加えたり、それで離婚の条件を変えたりしないことを、夫に約束させている。
それはわたしにも言える事で、離婚を言い出した理由が例え夫の浮気でも、わたしはそれを追及できないということでもある…。

車に乗り込み、彼のバイクを先導する。
バイクを見た時から、スピードを出す事に重きをおいたマシンではない事には、気付いていた。
引き離し過ぎてしまわぬ様、注意しながら、彼を職場に案内した。
職場の通り向かいに、小さな公園がある。
そこに車を停めて、外に出る。

  あそこがお前の職場か…。

  うん。

公園を見渡し、東屋を見つけた彼が、そこに歩を進める。
ベンチに座り、ひと息ついた。
ふと彼が、わたしの手を取って、爪先に目を留める。

  …桜色だな。

わたしは、ピンク色のマニキュアを施していた。
以前のわたしなら、使うことのない色だった。
けれどもこの日、彼と逢う約束をし、わたしの職場を見たがっていた彼の事を想った時、職場から毎日、公園の桜を見ながら、この花を彼と見られたら…と考えていた事を思い出し、この色を選んだのだ。
それを、的確に『桜色』と彼が表現したことが、嬉しかった。
感性を、共有している様な気がした。

  Tさんとお花見できなかったから。
  だから、ね。


  そうか。

彼が、鞄から紙袋を取り出した。
中身を口に運び、わたしにも袋を差し出す。
小さな鯛焼きだった。

  鯛焼き…。

  俺の好物だ。

  すごい久しぶりに食べる気がする…。

わたしも鯛焼きを口に運び、鞄から緑茶のペットボトルを出す。
彼と一緒に、分け合って飲んだ。

わたしの職場は、閑静な農村にあり、周囲には広大な田圃が広がっている。
空高く、雲雀の囀りが聞こえてくる。
長閑で、静かだ。
この中で、ずっと彼と一緒に居たい…。
そう思ったが、叶う訳もない願いだった。
彼が鞄から地図を取り出す。

  今日は、このルートを走ろうと思ってる。
  お前がメット持ってるんだったら、
  後ろに乗っけてやろうと思ってたんだが…。


  持ってない…。
  それに…タンデムなんて、
  20年ぶりくらいだし、怖いよ…。


  お前、これからどうする?

  Tさんの後ろ走って、着いてっていい?

  ああ。
  だが言っておくが、俺は自分の好きな様に走るぞ。
  好きな道に行って、好きな処で停まる。
  それでも良ければ、着いて来い。


  うん!


こうして、12回目の逢瀬は、バイクと車に分かれて走る、ツーリングともドライブともつかぬ、ちょっと不思議なものとなったのだった。




陽光の下で

2008/05/03(土) 04:06:36
地図を見ながら、次に休憩する場所を決める。
もしも途中ではぐれたら、そこで落ち合うことになる。
そこは、前回の逢瀬の時に、早とちりしたわたしが彼を待ち侘びていた道の駅だった。
そこまでなら、わたしにとっても走り慣れた道だ。

彼のバイクの後ろを、着いて行く。
彼の走りは、見事だった。
場所柄、ツーリングのバイクにはよく会うし、時々『この下手くそ…』と言いたくなるライダーも居るのだが、彼はそうではなかった。
山道だから、カーブも多いが、彼の走りは終始安定している。
相当、あちこち走っているというキャリアを感じた。

途中、彼が給油すると言っていたガソリンスタンドに立ち寄ったところ、閉まっていた。
日曜日に休むとは…さすが、田舎だけの事はある。
路肩でハザードを出して停まっていたわたしの横に、彼がバイクをつけた。

  残量が厳しいんだが…。
  仕方がない。
  進んで、道の駅に行こう。


彼の言葉に、頷いた。

ところが、その道の駅の横に、ガソリンスタンドがあった。
開店している。
わたしはほっと胸を撫で下ろし、先に道の駅に入って待った。
暫くして、彼がやって来る。

  よかったね。
  開いてるスタンドがあって。


  ああ。

言いながら彼が、地図を取り出す。

  …筆記用具を忘れた…。
  お前、持ってるか?


  うん。

ボールペンを受け取ると、彼は地図にスタンドの位置を書き込む。

  日付は書かないの?

  え?

  さっき見た別のページには、
  走った日付が書いてあった。


  書くけどな。
  なんでお前に指示されなきゃいかんのだ。
  大体、調子狂うんだよな。
  バイクで出た先に、お前が居るってのが。
  だからこの俺が、筆記用具を忘れて来たりするんだ…。


変な難癖をつけながら書き込んでいた、彼の手が止まる。

  今日は、○日だよ。

  おお、そうか。
  …ったく、調子が狂う…。


そう言いながらも、彼は笑顔だった。

彼がポケットからデジカメを撮り出す。

  俺が、何を撮ろうとしてるか判るか?

  …そこの、緑とタンポポのコントラスト?

  そうだ。よく判ったな。

  だって、綺麗だもん。

彼が、何に心を動かされたか見抜けたことに、わたしも満足する。

天気の良い休日、道の駅は賑やかだ。
開いているベンチを見つけ、腰をかける。
彼が、小銭を取り出して言った。

  飲み物を買って来い。
  今の俺が何を欲してるか…。
  考えて、選んで来い。


  ええっ。

そこで気が付いた。
彼は、わたしの以前のエントリー『恋人のように』を読んだのだ。
彼がわたしを試すようなことをすると、わたしが緊張すると知り、それを面白がっている。
わたしを怯えさせたり、緊張させたりするのが、大好きなのだ…。

自販機の前で、思案する。
この地域の風は、バイクにはまだかなり寒いだろう。
だから、温かい方が欲しい筈。
以前、一緒に喫茶店に行った時、彼は、コーヒーにミルクも砂糖も使っていた。
だから、ブラックはあまり好きではないと見ていい。
既にここまで走って来ている分、疲れもあるだろうし、甘めの飲み物が欲しいのでは…。
わたしは、カフェオレを選択した。
彼が飲むのを、緊張の眼差しで見つめる。

  …うん、美味い。合格だ。

ほっとして微笑む。

道の駅の土産物を冷やかした後、次の目的地に進む。
そこで、昼食にする。
二人して、ざる蕎麦を頼んだ。
彼は、山葵を使わない。

  え、山葵も駄目なの?

  うん。

わたしは、彼の山葵も貰って使う。
彼は、どうやら辛い物が本格的に苦手らしい…。
インプットした。
彼の方もきっと、わたしがかなりの辛党だとインプットしたことだろう。

  …なにしてるんだ?

  ん?蕎麦湯を作ってるんだよ。

  蕎麦湯…?
  俺にも作れ。


一口飲んで、言う。

  美味いじゃないか。

  でしょ?
  わたしなんて、お蕎麦屋さんで蕎麦湯が出ないと、
  もうがっかりしちゃうんだよね。
  二度と行かないくらい。


これで、彼が食道楽ではないことも判った。

身体の付き合いだけなら、知らないでいたに違いないこと…。
それをどんどん知っていくのは、とても楽しい。

そこは、茅葺屋根の民家が残っているところで、食事の後は観光することにする。
腕を組んで、ゆっくりと散策する。

  あ、チューリップがあんなに。
  いろんな色があるねぇ。


  お前は、花ばっか見てるな。

彼が、笑う。

  あ、見て、スズランだ。
  あれはね、ああ見えて毒があるんだよ。
  人も殺せる。
  可愛い花なのにね。


  …おまけに変な事よく知ってるな…。

  そんな本ばっか読んでるからね。

  毒があるのは何処だ?

  えーっとね…。

こうして笑顔で寄り添い、仲睦まじげに歩いているわたしたちを見て…誰が、SとMのカップルだと気付くだろうか。
一旦スイッチが入ると、凄まじく冷酷な表情になる彼を、誰が想像できるだろうか…。

  不思議な感じだな…。

  何が?

  俺がバイクで出掛けた先に、お前が居るってのが。

  それ、さっきも言ってたね。
  ツーリングって、バイク仲間と一緒だったりしないの?


  そういう時もある。
  だが基本は、単独ツーリングだ。
  その方が気楽だし、好きな様に動けるからな。


不思議なのは、わたしも一緒だ。
ちょうど1年前の今頃…わたしは、荒れ果てた家の中で、今日が何月何日なのかも把握せぬまま、寝て、起きて、時々食べて、また寝て…という生活をしていた。
どうすれば、誰にも迷惑をかける事なく、この世から消えてしまえるだろうか…という事ばかり、考えていた。
それが今は。
こうして陽光の下で、満面の笑顔で、愛しい人の腕に触れている…。
時々、この世から消えたいという発作に襲われる事もあるけれど…その波の来る間隔は、どんどん開いていっている…。
彼の笑顔が、わたしはまだ、ここに居ていいと言ってくれている。
この笑顔を、失いたくない。
ずっと…。
切実に、そう思った。

  さて、次、行くぞ。
  ここからは、道がどんどん狭くなるからな。
  気を付けて着いて来いよ。


  うん!

わたしは、自分でも可笑しくなるくらい、元気な返事をした。




共有するもの

2008/05/05(月) 21:55:07
彼の後ろを、着いて走る。
バイクを駆りながら、彼が何かに気を取られて余所見をする。
何に興味を惹かれたのだろうかと、わたしも同じ処に視線を走らせる。
休憩や寄り道で停車した時に、『あの時あそこにあった、あれ…』とか、『あそこから見えた景色が…』などと会話をし、同じものを見ていた事を知る。
それについての感想などを語り合うのは、とても楽しかった。
その場で直ぐに話す事は出来なくても、その瞬間の感動は、きちんと共有している様に感じた。

所々で、彼がバイクを停車させる。
何かに興味を持ち、じっくりと眺める気になったのだ。
殆どの場合、その対象は、神社だった。

  俺は、自分の走りたい様に走る。

そう言っていた彼。
その言葉を証明するかの様に、だんだん道幅が狭くなり、車同士の離合が難しい程の道に入っていき、わたしと対向車が離合に手間取っていても、気にかける事なくさっさと行ってしまう。
それでも、停車する時は、ちゃんとわたしの車も後ろに停まれる場所に、停めてくれていた。

神社の境内に腕を組んで入り、看板を読んだり、聳え立つ巨木を並んで口を開けて見上げたりした。

  神様の前じゃ、不謹慎な事は出来んな。

そう言いながら笑って、神社にお参りする。

意外だったのは、彼がとても外交的だった事だ。
眺めているものが何か判らなくて、二人で『これ何だろう…』などと会話している時に、地元の方が通りかかると、躊躇うことなく『訊いてみようか』と、気軽に声をかけ、とても気さくに会話を始めるのだ。
これは、彼が独自の世界観…それも、加虐嗜好という世界を持つことを知るわたしからは、あまり想像の出来ていない姿だった。
お陰で、思いもよらない事を知ることが出来て、旅路はより楽しいものとなった。

そうして走る内、一度だけ彼が、かなり後ろを気にしていた事があった。
わたしは、ちゃんと彼の後ろに着いているし、特に変わったものも見当たらなかったし、一体何を見ているのだろう、と不思議だった。

  あそこにはな、廃工場があったんだ。
  去年ここを通った時、見つけた。
  今回、更地になってたんで、残念でな。
  あそこでお前をちょっと使おうと思ってたのに。


  そ…そんな処、入れないでしょう?

  いや、去年は入れた。入ってみたからな。
  あぁあ、どこでお前にぶち込もうかな…。


走りながら、そんな事も考えていたのか…と、ちょっと可笑しくなる。

  ま、いいや。
  ○号線あたりで出来るだろ。


ああ、カーセックス再びなのね…と、決まり悪い感情を抱きつつ、○号線で邪魔の入らなさそうな処があったか、わたしも思わず思案してしまう。

バイクを停めて、彼が見入るものは、わたしが見たがるものと一致していた。
趣味が似ていると言って良いと思う程に。
彼には土地勘がある場所で停まり、

  ここからの景色が、大好きでな。

と見せてくれる時、彼の精神世界に触れさせてくれているのだ、と感じて、それもとても嬉しかった。


そうこうしながら進むうち、日が暮れて来た。
この方面に来ると、必ず彼が立ち寄るというドライブインのレストランが、思ったより早く閉店してしまった為、夕食は、その傍の「すき家」で摂ることにした。

  わたし…キムチ食べたいな…。

  出たな、この辛党。

彼が、ぐっと身を乗り出して、低く囁く。

  この後の事を考えろよ?ん?

そして、ニヤリと笑った。
顔が熱くなる様な気がした。
結局、そういう意味では無難なものを注文し、腹拵えをした。

  さあ、後は帰るだけだ。
  これから通る道は、暗くなってから走るのは
  緊張する道でな。
  今日は、お前が居てくれるから心強い。


  わたし、足手まといになってないか、
  心配だったんだけど。


  いや、全然。

彼が、耳元で囁く。

  適当な処で停まるぞ…いいな?

  わたしの車、で…?

  そうだ。

前回のカーセックスの時に味わった快感を、思い出す。
わたしは、早くその場所に着いてくれないだろうか、と考え、一人赤面した。




アクシデント

2008/05/06(火) 01:16:17
帰路について、いくらもいかぬうちに、不意に彼がバイクを停めた。

  どうかしたの?

  パンクした…。

  え…?

タイヤのパンク…。
突発的な出来事に弱いわたしは、それだけで思考停止に陥った。

  バイクは…スペアタイヤ無いから大変だよね…。

挙句、我ながら間の抜けたことを言ってしまう。

このまま進める訳もなく、一旦引き返してともかくガソリンスタンドに行くことにした。
しかし、スタンドの整備工場はもう閉まってしまっていて、対応できない。
空気を入れてくれるが、入れた端から抜けていく。
完全に駄目になっている…。
わたしは、自分の車にバイクが積めるかどうか思案していた。
シートの配置を変えてみたが、どう考えても無理だ…。
彼の方は、バイク屋に連絡を入れ、相談し始めた。

結局、バイク屋が現地まで引き取りに来てくれることになった。
しかし、2時間はかかってしまうという。
それでは、彼もわたしも、翌日の仕事にかなり差し支えてしまう。
スタンドが遅くまで開店しているので、鍵とバイクだけスタンドに預かってもらい、わたしたちは帰らせていただくことになった。
快く預かって貰え、とりあえずは安心して、わたしの車に乗り込む。

  ああ…。
  この俺が、バイクを置いて帰るだなんて…。


落ち込む気持ちは…愛車に名前を付けて可愛がっているわたしにも、よく解る。

  どこでパンクしたんだろう…。

  あそこじゃねえかな。

  ああ、落石がゴロゴロしてたね。
  あれは確かに、ちょっと嫌な石だった。
  砕けると、細かく鋭くなっていて…。


  避けて走ったんだが、
  避けきれてなかったんだろうな。



わたしの脳裏で、過去の亡霊が喚き始める。

『お前の所為だ!』

わたしの母親は、何かと言うと、わたしの所為だと言ってわたしを罵った。
父親の機嫌が悪くなった時や、何か物事が上手くいかなかった時…。
わたしから見ると、明らかに母親自身の失敗である事ですら…わたしが居るから、自分がイラついて失敗してしまった…つまり、わたしの所為だというロジックらしかった。
そんな馬鹿な話があるか、と思っても、反論すればするだけ母親は激昂し、事態がより不愉快なものになる。
だからわたしは、反発を覚えていても、それを口には出さなくなった。

よくよく思い出すと、夫もよく物事をわたしの所為にしていた。
自分で運転していて、何かに車をぶつける。
これは、わたしが話しかけた所為。
どこかに出掛けて、大渋滞に巻き込まれる。
これは、わたしが出がけにモタモタした所為。
夫にまでそう責められると、わたしは本気でしゅんとなってしまって謝るのが常で、そのうち、何もかも自分の所為だと感じる様になってしまった。
冷静になって考えれば、完全な八つ当たりだと思いはするのだけれど…。

彼が、割れ口の鋭い落石を避けきる事が出来なかったのは、わたしが着いて行きたがった所為ではないだろうか…。
実際彼は、いつもと較べて調子が狂うと言っていた…。

  …わたしの所為の様な気がする…。

ぽつりと漏らした。

  何で?

答えた彼の驚いたような語調が、彼は、わたしの所為だとは微塵も考えていない事を教えてくれて、ほっとした。

何処かの駅で降ろしてくれれば、電車で帰る、と彼は言った。
その場所から彼の家まで行くには、一度わたしの家のすぐ横を通り過ぎてしまうからだった。
けれどもわたしは、本当なら、わたしの家の傍のドライブインで別れる筈だったのが、かなり長く一緒に居られる様になったことが嬉しくて、彼を家まで送ることにした。

  正直、助かるよ。
  この礼は、いずれたっぷりと…な。


運転するわたしの肩に、彼が手を置いて、髪をまさぐる。
肩や背中を撫でられ、わたしの背筋にぞくぞくと快感が走る…。

  ちょっと…運転中は、駄目…。

  あ。
  この間○○(私の犬の名)が居た時、
  ずっとこうやって撫でてたもんで、つい。


  ○○か。わたしは犬と同じかっ!

  同じだ。

当たり前のように答えられた。




惜しみなく

2008/05/07(水) 11:41:21
彼が、惜しみなくわたしに与えてくれるもの。


精液。
責めと、赦し。

わたしと共に過ごす為の、時間。




2008/05/08(木) 20:02:03
わたしの運転する車は、闇に沈む峠道を突き進む。
車中では彼が、相変わらずわたしの髪を弄んでいる。

  この辺、バイクだと真っ暗でな、
  俺一人で走ると、凄ぇ怖えんだ。


  確かに、街灯ひとつ無いねぇ…。
  わたしはこんな道を夜走るの、好きだけど。


  お前な、バイクは生身がむき出しだぞ。

この闇の中で、車のヘッドライトなしで、独りで外に佇むところを想像してみる。

  …それは…確かに、凄く怖いね…。

  だろう?

やがて、わたしも土地勘のある道に入る。
やはり街灯の無い、真っ暗闇の峠道だ。

  真っ暗だけど…今日は、もう…
  やめた方がいいよね…。


  ああ…すっかり遅くなったもんな…。

カーセックスをするならあの辺で…と密かに目星をつけていた場所を、横目で見ながら通過する。

わたしの住む町に入った際には、家の前をゆっくりと通り抜けながら、彼に教えた。

  なるほど…ここがお前の巣か。

  巣…って。

  ここに、バカ面した犬と猫、
  バカ三姉妹で暮らしてるんだな?


  バカ三姉妹…。

どんどん酷い言われ様になっていく。
そのまま、いつも彼に逢いに行く時のルートを使って、彼を送り届ける。

  お前…こんな道を毎回走ってるのか!

  そうだよ。

現地の人間しか通らない様な、車1台がやっとという道幅の峠道だ。
彼が『上手い訳だ…』と呟く。
なんでも、峠道で彼のバイクと同じペースで走れる車は、あまり居ないのだそうだ。
それがわたしの場合、きちんと着いていけるし、対向車との離合に手間取って離れた後も、すぐに彼に追い付ける。

  お陰で、俺の好きな様に走れて、楽しめたぞ。

今まで言われた『運転が上手い』という類の、どんな言葉よりも、嬉しい一言だった。
何においても自分のやる事に自信の持てないわたしが、運転だけは得意だ、と胸を張っても良いのだろうか、と思える言葉だった。



やがて、彼の住む街に入った。
いつもなら、彼もわたしも、仕事に備えてとっくに就寝している時間だ。
それでも、もうすぐ彼と別れるのだと思うと、睡魔よりも淋しさの方が勝ってしまう。

  駄目だ、やりてえ。
  そこを左だ。


突然、彼が言った。

  えっ?

  我慢出来ん。
  15分だけ、お前を使う。


わたしよりも、彼の方が朝は早い。
それが心配だったが、他ならぬ彼自身の命令なら、わたしに否はない。
寧ろ、睡魔をおしてでもわたしを欲して貰えた事が、とても嬉しかった。
人気の無い真っ暗な場所で車を停め、二人ともリアシートに移動する。

  脱げ。

そう言いながら、彼はズボンを脱ぎ捨てた。
わたしもジーパンを脱ぎながら、彼のペニスを口に含む。
今日こそ、口で逝って欲しい…。
そう思いながら、一心不乱にペニスを舐め上げ、舌を絡め、吸い、扱く。
もっと…もっと猛って…。
しかし、彼の両手はわたしの髪を掴み上げ、次の命令が下された。

  乗れ。挿れろ…。

時間をかけられぬ交わりは、わたしには快楽ばかりをもたらす。
それが欲しくもあり、自分だけが…と申し訳なくもある。
前と同じ様に、彼をわたしの深い部分に招き入れ、前と同じ様に、本能のままに動いて逝き狂う…。


彼が、わたしの中から抜いた感触で、我に返った。

  …15分のつもりだったのに、
  40分もやっちまったよ。
  さすがにこれ以上はマズいな。
  帰ろう。


  …はい。

また、彼に逝って貰えなかった…。
淋しさと、無念さと、申し訳なさに襲われた。


いつもの場所まで彼を送り届けると、彼が、自分の住むマンションを教えてくれた。
指を指して、どこの部屋かまで教えてくれる。
これでわたしたちは、双方互いにどこに住んでいるかを、確実に把握する間柄となった。

彼に別れを告げ、自宅に着いて携帯を見ると、別れた直後に送られたと思しきメールが入っていた。

  本当に楽しかった。
  いつか、お前とバイクで
  旅をしたいと思った。


彼だけの世界に、更に深く、誘ってくれている…。
嬉しさの余り、涙が出て来て、メールの文字が、じんわりと滲んだ。




逝くか逝かぬか…

2008/05/12(月) 16:34:01
12回目の逢瀬から2日後…。

彼からメールで、バイク修理が出来たのでこれから取りに行く、と知らせて来た。
バイク屋からの帰りに逢えないか…とメールしてみる。
その日、わたしは仕事だったが、残業もなく帰れそうだった上に、四六時中でも彼に逢いたいという衝動が抑えられなくなったのだ。
返事が来た。
職場の前の公園に寄ってくれると言う。
それからは、終業が待ち遠しくて待ち遠しくて…職場の人からはわたしは、何時になく少し浮かれて見えたかも知れない。

仕事の後、わたしだけ職場に残り、公園で彼を待つ。
今、どの辺を走っているかというメールが彼から送られてくる。
それから判断すると、一旦帰って、着替えて出直すくらいの時間はありそうだった。
しかし、わたしは敢えて、そのまま待つ。
いつだったか彼が、わたしの職場での格好…つまり、制服姿を見たいと言ってたのを思い出したからだった。

周囲が暗くなり出した頃、漸く彼が到着した。
制服姿のわたしを見て、満足げに微笑む。

  着替えに帰ろうかと思ったけど、
  制服姿を見たがってたでしょう?


  ああ。
  制服のまま、仕事の時のテンションが
  残っているお前に、逢いたかった。


場所が場所だけに、いくら人気の絶えた田舎道とは言え、抱きついたり甘えたりは、さすがに出来ない。

  飯でも食うか。
  どっかいい店あるか?


  …んー…。

わたしは、思案する。
田舎故、それからの時間で食事の出来る場所が、かなり限られてしまうのだ。
心当たりはあったが、そこはわたしの家のすぐ近所。
職場の宴会で利用した事もあるお店だった。
けれども、そこ以外で食事の出来る店は、もう無い。
だからと言って、このまま別れるのだけは嫌だった。

結局、その中華料理店に行った。
お店の人間は、わたしの顔を知っている。
けれども、多少噂になったって構うことは無い。
どうせ夫とは、離婚するのだ…。

彼が、注文した炒飯をわたしにも分けようとして、ふと思いとどまる。

  さすがにマズいか。

同じお皿、同じレンゲで、当たり前の様に分け合うのは、確かにちょっと躊躇われる。
それでも、餃子は半分こして食べた。

お店を出た後、少し離れた道の駅まで、彼に伴走した。
バイクを停めると、わたしの車に乗り込み、ぎゅっと手を握られる。

  この辺は、まだ寒いな。
  お前の手、温かい…。


  あ、それじゃこれ、着ていく?

彼に、わたしのジャンパーを貸す。

  俺に着られるか?

  大丈夫でしょう。
  男物だし、わたしには少し大きいし。


  …ふむ、じゃあ借りていく。
  ところで…なあ、しのぶ。


  …はい?

彼が、何だか改まった雰囲気で口を開いた。
わたしは、微かに緊張して、彼の次の言葉を待つ。

  お前のブログやメールを読んでると感じるんだが…。
  お前は、俺とする度に、俺に逝って欲しいと思ってるのか?


  ん…うん…。

  なんでだ?

  だって…それが、玩具の役割だって気がするから…。

  …そうか。

彼が、わたしの肩を抱き寄せて、髪の毛を弄んだり、頭を撫でたりし始めた。

  それはもう考えるな。

  えっ?

  逝くか逝かないかは、俺が決める事だ。
  お前が考える事じゃない。
  お前がそんな風だと、俺は、お前とする度に
  逝かなきゃならん様な気にさせられて、愉しめない。


そう言えば、以前にも彼は、逝くのはあまり好きじゃない、と言っていた事を思い出す。
今までの経験から、男の最終目的は逝く事であると認識していたので、逝くのが好きではない、とか、逝くか逝かないか決めるのは自分、とかいう意見は、わたしにはとても斬新に感じた。
とは言っても、最優先されるべきは、彼がいかに愉しむかという事であり…。
その彼が、逝かなくても愉しいと感じるのであれば、わたしにはそれに対しての意見は無い。
彼から注がれれば注がれるほど、自分が彼の性処理玩具だと実感出来るから…だから、彼に逝って欲しいというのが、わたしの欲求ではあるのだけれど…。

  逝く事は…Tさんにとって、重要じゃないの…?

  重要なのは、俺が好きな様にする事で、
  俺が好きなのは、逝く事じゃない。
  お前が、俺に突かれて乱れに乱れるのを
  見ているのが好きなんだ。


例え逝かなくても、彼が充分わたしで愉しんでいるのであれば、わたしも嬉しいし満足だ…。

  だから、もう俺が逝くかどうかなんか、考えるなよ。

  …はい。

その日は、時間がかなり遅かった事もあって、口づけ以上の事は何ひとつせず、彼と別れる事になった。
家に着いたらメールすると言い残し、彼は道の駅から駆け去った。
その背中を見送りながら、わたしは、身体を合わせなくとも、彼と共に時間を過ごしただけで、大きな安心感に満たされている自分を、感じていた。


噛みついて…

2008/05/13(火) 23:58:00
人目のある場所で、普通のカップルの様に過ごしていると、彼が加虐嗜好者だという事を失念してしまう時がある。
それほどまでに、彼が言う処の彼の『鎧』…自身の本性を隠す為に彼が身に纏っている鎧は、違和感が無いのだ。

けれども、ふとした弾みに、彼の本性を思い知らされる瞬間が、わたしにだけは、訪れる。
鎧の継ぎ目から、残虐で冷酷な本性が、滲み出す瞬間が、あるのだ。


夜、車の中で、彼に甘えていた時だった。
わたしは、彼の腕の中に抱かれ、その顔を見上げる体勢になっていた。
ふと、わたしの心に兆した悪戯心…。
と言うより、突然何の前触れもなく、湧き上がって来た情欲…。
これをわたしは、いつもの方法で、彼に示した。
身体と行動で示したのだ。
彼の首に腕を回し、その顎に噛み付くという方法で…。
力を入れたつもりはなかった。
けれど、不意を突かれたからなのか、彼の反応は敏感だった。

  痛ッ
  てめぇ!


次の瞬間、わたしの髪と乳房が、鷲掴みにされた。
暗い中でも、彼の瞳に一瞬怒りが燃え上がり、ぞっとする様な光を帯びたのが判った。
わたしは、すくみ上がった。
髪は下方に引っ張られ、乳房には彼の指がギリギリと食い込む。

  痛い…っ

  いきなり何しやがる…

  ご、ごめんなさい…
  ちょっと噛みたくなったの…


  はあ?

愛しいものを、噛みたくなる衝動…。
これを、どう説明すれば良いのだろうか。
わたしの猫や犬も、時々突然わたしに噛み付かれ、『何なの!?』という顔で、逃げていく事がある。
被虐者のわたしにも、加虐嗜好が僅かながらも存在しているのだろうか…?

彼が、ニヤリと笑う。

  お前は牝犬だからなぁ。
  噛みたくなるんだろう。
  それに…。


乳房を掴む手の力は緩まない。

  ここんとこ、お前を責めてねえからな…。
  自分からこうやって、次は責めて下さいと
  哀願してるんだな?


  え…ち、違う…。

低く囁く彼の声には、わたしを甚振るネタが出来たという愉悦が滲み出している。
その声に混じる独特の濁りは、わたしを恐怖で震わせると同時に、神経毒を注入されたかの如き、不思議な金縛りと陶酔感をももたらすのだ。
掴まれた髪が、乳房が、痛いのか気持ちいいのか、判らなくなる。

  違わない。
  お前の心は解ってる。
  次を楽しみにしておくんだな。
  たっぷりと責めてやる…。


残忍な笑みと共に彼がそう囁き、やっと髪と乳房から、彼の手が離れたのだった。


咄嗟の反応で、相手の髪や乳房を掴むだなんて…普通はしないのではないだろうか…?
短時間の出来事だったが、この時の彼の行動には、本当に驚いた。
それと同時に…いかに人前では明るくて気さくで優しげであろうと…咄嗟の行動で、隠し持っている残虐性と攻撃性が噴出する彼に対して…彼のこの二面性に対して…改めて、魅了されてしまった。

鎧も、本性も…知れば知る程、わたしは彼に、のめりこんでゆく…。




広がる世界

2008/05/19(月) 11:18:38
彼と一緒に、楽器店へ行った。
買いたい楽器の下調べの様だった。

  楽器店って、行った事あるか?

  ピアノを習ってた頃は、時々行ってた。
  もう大昔の話だけどね。


  楽器店は、面白いぞ。
  色んなヤツらが、自分の世界に入り込んで
  色んなパフォーマンスをしている。
  時々、彼女を連れて来てるヤツもいる。
  彼女の前で、自慢のプレイを披露してるが、
  音楽に興味のない彼女だと、
  すげぇ冷めた態度でつまらなそうにしてたりする。
  そういうのを見るのもまた面白い。
  俺は、楽器店を『動物園』と呼んでいる。


店に向かう車中で、彼が言った。
そのシニカルな表現に、わたしは思わず笑ってしまう。

楽器店に着くと、確かにそこには色んな人々が居た。
電子ピアノやドラムセット、エレキギターやサックス…。
色々な音が、溢れていた。

  ピアノを習ってたんだろう?
  何か弾いてみろ。


彼に言われたが、突然のリクエストに狼狽えたわたしは、『猫踏んじゃった』でお茶を濁した。
鍵盤に向かったのは、25年ぶりだろうか…。
指が、全然思い通りに動かない事に、驚いた。

ギターやドラムを、一心不乱に演奏している人々が居る。
物珍しくて、足を止めて思わずじっと眺めてしまう。

  な?
  面白いだろう?
  動物園だろう?


  うん。

  忘れるなよ?
  俺らもその動物のうちなんだぜ?


その言葉通り、彼も、ドラムを叩いたり電子ピアノを弄ったりしていた。
楽器は一通り出来るとの事だった。
そんな中、ピアノで彼が奏でた曲に、ふと惹かれるものを感じた。
演奏がとまった時、最後まで全部聴きたいと思わせる曲だった。

  それ、なんて曲?

  オリジナル。

  えっ?


今まで、自分で作曲するという人の作品を、聴いた事がない訳ではない。
中には、地元のアマチュアバンドでは、かなり有名だという人もいた。
けれども、そのどれを聴いても『器用ね…』という以上の感想を抱く事はなく、嬉しそうに聴かされ、感想を求められていると感じられても、コメントに窮する事ばかりだった。
しかし、彼が聴かせてくれた曲は、そうではなかった。
何かわたしを、ハっとさせるメロディーを持っていた。


以前、茅葺屋根の民家を見て歩きながら、こんな田舎のこんな家で暮らす事を夢想して語り合った時、彼は行った。

  グランドピアノを置いて、
  創作活動に打ち込みたいなぁ…。


その時わたしは、それまでのオリジナル曲を聴かせて貰った時の、微妙な気持ちを思い出し、曖昧な反応をしたと思う。


電子ピアノが、自動でリズムを刻んだまま放置されている。
彼が、そのリズムに合わせて鍵盤を叩く。

  今の曲は?

  即興。

  えっ!?

半ば呆然としているわたしの前で、彼が他の曲を奏でる。

  それも…オリジナル?

  うん。まだ譜面には起こしてねえけど。

ここまで来ると、わたしは絶句するしかなかった。
どの曲も、印象的なメロディーラインで独特の雰囲気を持ち、もっと聴いていたいと思わせられる曲ばかりだった。

  お前、俺が音楽やるっつっても、
  どうせ大した事ねえって思ってただろ?


彼が、笑いながら言う。
その時は適当に誤魔化したけれども、正直に言うと、その通りだった。
彼は今まで、嘘や見栄で自分を誤魔化した事はない。
それをわたしは、よく知っていた筈なのに…。
けれどもこうして、彼の音楽は、わたしの感性を揺さぶることが判った…。


田舎の山奥の、古びた日本家屋。
彼の奏でるグランドピアノの音を聴きながら、囲炉裏の前や彼の足元で、猫の様に丸くなってうとうとと微睡む…。
そんな、幸せで穏やかな時間を過ごす事を、夢想する。

彼を、知れば知るほど…。
わたしの夢想の世界は、広がってゆく…。




変わる身体

2008/05/20(火) 00:45:07
彼に、この身体を使われる様になってから、彼からまず要求されたのは、柔軟性を身につけることだった。

当時のわたしは、両足を前に投げ出して座った状態で前屈しても、足先に手が届かない程、身体が硬かった。

  色んな体位で使いたいのに、
  こんなに身体が硬いんじゃ、
  俺が好きにしたらお前は苦しいだけだろう。


そう言って彼は、わたしに基本的な柔軟運動を教えてくれた。
わたし自身も、ネットで調べたり雑誌を読んだりしながら、就寝前のストレッチを習慣化させた。

…とは言っても、完全に習慣となったのは、ここ1ヶ月程度の事。
それでもわたしの身体は、前に投げ出した両足の踵を、両手で掴める程度には柔らかくなった。
開脚も、前よりは広げられる様になった。


そして、15回目の逢瀬の時…。

彼は、わたしの中で果てた後、言った。

  まだ逝くつもりじゃなかったんだがな。
  お前が少し柔らかくなったからかな、
  当たったことのない処に当たって、
  今まで味わったことのない感覚で…
  凄ぇ気持ち良かった…。


わたしの方は、例によって例の如く、何度も何度も逝き続けていたから、そんな感覚があったかどうかすら、定かではなかった。

  そうなの…?
  それじゃ、逝くつもりじゃなかったけど、
  逝く事にしたの?
  それとも…?


彼は、ちょっと照れ臭そうな笑みを浮かべた。

  逝くつもりじゃなかったけど、
  逝っちまったんだよっ。



わたしは、彼の性処理玩具。
彼の欲望を満たし、
彼をひたすら気持ち良くさせる事が、
わたしの役目であり、
わたしの悦び…。

だから、少しの柔軟性を身につけた事で、彼の理性を凌駕する快楽を与えられたという事実は、とても嬉しいことだったし、続けてきたことの成果が出て、努力が報われたと感じた瞬間でもあった。

もっと、もっと、
彼を気持ち良くさせる身体になりたい。
もっと、もっと、
この身体で彼に愉しんで欲しい…。

それだけを胸に、わたしは今夜も、自分の身体を変える為の運動に、精を出す…。



椅子と拘束

2008/05/21(水) 00:20:22
15回目の逢瀬の時…。

彼が選んだホテルの部屋には、今まで見た事もないものがあった。
『ドリームラブチェア』という代物だ。

  何これ!?

と、驚くわたしを尻目に、

  これがあったから、この部屋を選んでみた。
  後で使ってみよう。


と、すまして言う彼。
とても好奇心の旺盛な人なのだ。

暫く、ベッドやソファで時を過ごした後、いよいよこの椅子を使う事にしたのだが…。

まずは、どういう動きをするのかチェックする。
あちこちが稼動するが、想像していた程の騒音は、無い。
男性椅子、女性椅子にそれぞれ座って、行為に臨む。
しかし…。
彼もわたしも、椅子の動きの方に気を取られてしまい、集中出来ないどころか、こみ上げる笑いを堪えられない。
その為に、双方とも、身体がセックスモードにならない。

驚いた事に、アダルトグッズのネットショップNLSさんではこのドリームラブチェアを販売していて、商品紹介の文章を読む限り、好評だったから扱っている様なのだけれど、少なくともわたしたちには、転げ回って爆笑するという以上のご利益は、無かった。

余談だけれど、NLSのサイトで『この商品を買った人は…』というのが出る、という事は…買った方が居るという事なのだ、と、更に驚いてしまったわたし…。
ホテル関係者だろうか…?

閑話休題。
この椅子の上でわたしは、どれだけフェラチオをしても、彼がまったく怒張しないという体験をする羽目になった。
如何に彼が、椅子の操作に気を取られていたかが判るというものである。
頭上から『へ~…』とか『なるほど…』とか降って来る彼の声と、その度に動きを変える椅子が可笑しくて、ペニスを銜えたまま、何度も吹き出してしまう有様…。

  まずは、この動きで笑ってしまわん様に
  ならんと使えんな…。


彼がそう結論を出し、わたしも同意する。

  それじゃ、別の使い方をするか…。

おもむろに、鞄から綿ロープを取り出した。
椅子にわたしを拘束しようというのだ。
そういう使い方を想定していないからだろう、確実に拘束できる箇所が無く、両手両足を縛り付けられた後も、わたしはある程度、身体を動かすことが出来る状態だった。

  使えねぇ。
  とことん使えねぇ椅子だなぁ。


笑いながらぼやく彼に、わたしも笑顔で、どれだけ手足に余裕があるか、動かして見せていた。

しかし、わたしが笑えていたのは、ここまでだった。

口に、ボールギャグがねじ込まれる。
髪の毛が掴まれ、椅子の背に頭を打ちつけられる。
背もたれを倒して寝ている状態のわたしの顔を、彼が逆さにのぞき込んだ。

  今日はちょっと仕置きをする。
  何故されるのか…理由は判っているな?


その声は、さっきまで笑っていたとは思えぬ程、低く濁り、凍てついていた。
表情も一変している。
それまでの笑顔の、欠片も見付けることの出来ぬ顔。
感情がごっそり脱落した、黒曜石の瞳。
微かに口元が歪んでいるのが笑みに見えなくもないが、それは、これからわたしを虐げることが出来るという、黒い愉悦のこもった残忍な笑み…。
彼のあまりの豹変ぶりに、わたしの呼吸が一瞬とまる。
お仕置きの理由…。
思い当たる事が、いくつかあった。

  …ふぁい…。

ボールギャグに阻まれて、ふざけている様な返事になるが、その声は震えているのが、自分でも判った。
こうして、3度目のお仕置きは、突然、何の前触れもなく、始まった…。





葛藤

2008/05/22(木) 09:41:12
『彼へののめり込み方が、
 傍から見ていて気持ち悪い』

ある人に、言われた。

  全然自立してないじゃないか。

Sさんにも、言われた。


彼との連絡手段は、メールのみ。
だから彼と逢えない間は、彼に触れられぬどころか、その声すらも聞けない。

そうして3週間もすると、発作に襲われる様になる。

何の脈絡もなく、突然、叫び出しそうになる。
何の脈絡もなく、突然、涙が溢れそうになる。


  自立した女になれ。

彼の言葉を、思い出す。

無理。
出来ない。
けれど、そうならなければ。
どうやって…?


彼へのメールに、増えていく言葉。

  逢いたい。
  はやく、逢いたい…。



このまま、彼だけが全てになってはいけない。

でも…彼に魅了され、惹かれ、彼を求める心の回転数は、上がり続ける。
緩める事が、出来ない。

緩めたいと、本気で考えているのかどうかも、わからない……。




乳首責め

2008/05/23(金) 00:02:13
いきなりアイマスクを着けられた。
言葉も視界も奪われ、わたしは為す術なく横たわる。
どんなお仕置きをされるのか、と、不安に全身を緊張させたまま。
耳だけに神経を集中し、彼が何処に居るのか、どの道具を使おうとしているか、その気配を必死に追跡する…。

ビシッ

突然、バラ鞭が振り下ろされた。
悲鳴を上げ、身体を捩じらせる。

この鞭は、こんなに痛かっただろうか。
よく考えると、鞭打たれるのは、最初のお仕置きの時以来。
間が開くと、痛みに対する耐性が薄れるのだろうか。
或いは、視界を奪われている事で鞭がいつ飛んで来るかが判らず、身体が痛みに対して構えられないから、その分激痛になるのだろうか。

鞭は、容赦なくわたしの乳房と太股を打ち据える。
悲鳴を上げて、歯を食いしばる。
わたしの呼吸が荒くなる。
ボールギャグを通した呼吸音がビュウビュウと響き、その所為で彼の気配を聞く事が出来ない。
彼の位置、彼の手にするものを、感知する事が出来ない。

だから、乳首に洗濯ばさみをつけられた時の衝撃は、とても大きかった。
身体に何かが触れる、それだけで、呼吸が一瞬とまり、ビクンと全身が跳ね上がる。
新品の洗濯ばさみが、ギリギリと乳首に食い込む。
跳ね上がった身体を、そのまま絞る様にして、もがく。
喉が張り裂けそうな悲鳴が出る。
暴れると、きちんと拘束できていない上半身は、椅子の上である程度まで起こす事が出来た。
すかさず彼の手が髪の毛を掴み、頭を椅子の背に叩きつけられ、押し付けられる。
バラ鞭が、太股に襲い掛かる。

そこじゃない、
違う、
乳首の方を何とかして、
太股なんか放っておいて。
いや、違う。
痛い。
痛い。
もうやめて。
何とかして。

わたしの悲鳴に、泣き声が混じる。
拘束を解こうとするかの様に、暴れる。
上半身が、椅子から浮き上がる。
髪を掴まれ、椅子に頭を叩き付けられる。
思考が『痛い』という事実だけに占領される。
痛い。
痛い。
それしか考えられない。

バラ鞭が、乳房を襲った。
洗濯ばさみが叩き飛ばされる。
その衝撃に一瞬激しく暴れ、ワンテンポ遅れて、乳首の激痛がジンジンとした熱さに変わっている事に気付く。

全身の力が、ガックリと抜けた。
乳首責めが、終わった…。
わたしは、安堵感に弛緩し、ふいごの様な息をしながら、すすり泣いた。




無題

2008/05/24(土) 00:14:13
わたしは、幸せになってもいいのですか…?
わたしに、幸せになる資格はあるのですか…?

問いかける。

『いいんだよ』という返事を貰い、
安心したいが為だけに。
そうして自分を、
肯定したいが為だけに。

どこまでも
どこまでも
卑怯なわたし。

自分を肯定したいと思いながらも、
そんな自分を否定し、嫌悪する。

この迷路の出口は、何処なのだろう…?





乳房責め

2008/05/24(土) 20:15:06
離れていた彼の気配が、わたしの傍らに戻ってきた。
わたしは必死で呼吸を整え、耳を澄ませる。
乳首責めが終わったと思うのは、まだ早いかも知れない。
これは単なる小休止で、また洗濯ばさみが登場するかも…。

彼が、息を潜めたのか、その気配がすぅっと小さくなる。

来る…。
何か、される…。

乳房に、冷たい尖ったものが触れた。
電流が走った様に、身体が跳ね上がる。

ぶしゅっ…

ボールギャグを通して、わたしの呼吸がおかしな音を立てる。
尖ったものは、わたしの乳房の上をゆっくりと滑り、ふっと離れていった。
弛緩。

ふしゅー…ふしゅー…

室内に、わたしの呼吸音が満ちる。
再び乳房に押し当てられ、一気にわたしは緊張する。

これは、何…?
まさか…

針…と浮かび、直ぐに打ち消す。
そこまで鋭利なものではない様な感触だと思い直す。
いや、でも…一般的な縫い針を連想する。
糸を通す方は、鋭く感じないかも知れないではないか…。
しかし、これだけ感覚が鋭敏になっているなら、糸通しの方のあの形状でも、充分鋭利だと感じるのでは…?

これらの思考が頭の中、凄い速度で流れる。
呼吸が、荒くなる。
この感触は、激痛を与えられるものなのか…そうであればいつ、激痛に変化するのか…緊張感が、わたしの身体を硬直させる。

  お前の乳首に、
  針を貫通させたい。


陶然とした表情で言い切った、彼の言葉を思い出す。
尖ったものが乳房上を這い回り、乳首に近付く度に、恐ろしさで悲鳴が迸りそうになる。


彼の気配が、大きく動いた。
わたしから離れ、鞄をごそごそする音が聞こえてきた。

終わった…?

脳に痺れを感じる程、安堵する。

わたしのデジカメの起動音が聞こえた。
はっとする。
さっき、彼に写真を見せた後、SDカードの入れ替えをしていない。
だから空き容量が無くて、写真は撮れない筈。
彼のデジカメも、今日はメモリーが一杯だと言っていた。
空きのあるSDカードが、何処にあるか説明しようにも、彼が訊ねないという事は、情報を求められていないという事…。

彼の気配が、荒々しく近付いてくる。
いきなり、乳房をバラ鞭で激しく打ち据えられた。
絶叫した。
それは、今まで経験した事が無い、乱打と言ってもいい程の、打擲。

ふっ…ふっ…ふんっ…

鞭を振るう際の、彼の息遣いが聞こえる。
わたしの耳に届く程のその呼吸が、渾身の力で打たれている事を、知らしめる。
先刻までの静かな責めが、嘘のような、激しさ。

叫ぶ。
泣く。
暴れる。
身体が逃げる。
戻される。
打たれる。
叫ぶ。
泣く。
繰り返す…。


突然、アイマスクが外された。
逆さまにわたしを覗き込む、彼の顔が視界に入る。
表情は冷酷なままだが、責めの前の、滾るものを圧縮しているような、危険な色は落ちていた。

  …泣いたか…?

アイマスクが吸ってしまったのだろう、わたしの目元には、微かな涙の痕跡しかなかった。
小刻みに首を縦に振る。
瞳に満足そうな光が一瞬煌き、彼の表情はゆっくりと和んでいく。

  あの目だ…。
  出会った頃の…危なそうな目…。
  その目つきも、やっぱりいいぞ…そそられる…。


必死で助けを求めている目の事だろうか…?
考えているわたしの頬を、彼の掌が、優しく、優しく、撫でる。
その手が後頭部に移動し、ボールギャグが外された。
顎に、ぐきりと嫌な感触が走った。

  約束だ。
  復唱しろ。
  『規則正しい生活』


  きそく、ただしい、せいかつ…。

  『家の掃除』

  おうちの、おそうじ…。

  『卵を減らす』

  たまごを、へらす…。

  守れよ?

  …はい

  よし。
  ったく、お前は…本当に言うことを聞かん。
  そういう奴は、身体に叩き込まんとな。


彼は微笑むと、わたしを拘束しているロープを解き始めた。




2008/05/25(日) 00:04:09
彼の言う『卵』とは、わたしの下腹部の、脂肪のことだ。


  お前…何か、バルクアップしてないか?

いつの事だったか、彼がポツリとそう言った。

  バルクアップ…?って、なに?

彼は無言で、わたしの下腹部をぐいっと掴む。

  きゃー!
  いやぁー!


小娘の様な、ふざけた悲鳴を上げて誤魔化そうとするが、彼の手の力は緩まない。

もともと、口が裂けてもスタイルが良いなどとは言えないわたしだったが、彼と出逢って後も、どうやら体重を増やしてしまったらしい。

あの当時のわたしは、自分に全く関心が無かった。
わたしなんて、どうなってもいいと考えていた。
大体、本性は極めて臆病者のわたしが、出会い系サイトで知り合って、ちょっとメールを交わしただけの相手と、ラブホテルという密室で会うなど…精神が正常に機能している時には、考えられない行動なのである。
それ程、自分の生命に関心が無かったのだ。
生命にすら関心を持てないわたしが、外見になど拘る訳もない。
それ故、彼に指摘されるまでは、体重が増えた事に気付いてもいなかった。

  デブは…嫌い?

  極端にデブでなければ、気にならん。
  俺は、俺のやりたい事が出来る身体が
  傍にあれば、それでいい。
  それにしても…。


彼は、わたしの下腹部をグイグイと揉み続ける。

  何が入ってるんだこれは。
  卵か。何か産む気か。
  物体Xが飛び出してきそうだぞ。


  物体Xは、卵から出てこないよぉ。
  卵から飛び出すのは、エイリアン。


  そうだっけ?
  ま、それはともかく。
  これ以上、卵が増えん様にだけ
  気を付けた方がいいな。


  …はぁい。

この時は、それで済んだ。


それから暫く経って、彼が完全緊縛マニュアル 中級編を観ながら言った。

  この縛り方を試してみたいんだが…。
  今のお前の体格では、
  出来んだろうな…。


それは、両手両足を背後でひとつに纏められ、荷物のように持ち上げられる縛り方だった。

  柔軟性も心配だが、
  それより危なそうなのが、
  この胴体に回す縄だ。
  体重があればあるだけ、
  お前の身体には凄い負担だろう。


  …それに、Tさんが、
  持ち上げられないと思う…。


  ああ。それもある。
  お前、もうちょっと卵を減らせ。


とうとう、ダイエット命令が下された。

  食い物で痩せようとするな。
  運動だ。運動しろ。
  お前のことだ、どうせ普段は、
  仕事が終わったら、
  家でじーっとぼーっとしてるんだろう?


  …う…うん…。

  それと、ブログにあった
  『毎日見ている絶望』っての。
  あれは、家が散らかってるって事だろう?


  …はい。

  片付けろ。
  とにかく何でもいい、
  身体を動かせ。
  判ったな?


  …はい。


そう約束したのは、いつだったか…。
確か、カーセックスをする前だったと思う。

それなのにわたしは、一向にシェイプアップしなかった。
家の片付けも、進まなかった。
相変わらず、自分を憐れんだり憎んだりしながら…そんなわたしでもいい、という言葉だけを求めて、自堕落に生活していた。
そして…その状態は、今回のお仕置きの原因にもなった出来事を、呼び込んでしまう…。



お仕置きの理由

2008/05/26(月) 22:26:37
連休中の事。

彼は、バイクでの一泊旅行を計画していた。
わたしも誘ってくれたのだが、車で着いていくのもタンデムで行くのも、色々と無理があるという事で、残念に思いながらも辞退した。

淋しがるわたしに、彼が言った。

  いい機会だから、
  家の掃除でもしたらどうだ。
  休み中も、ちゃんと規則正しく
  生活しておけよ?



わたしに対して、常に真正面から向かい合ってくれる彼。
そんな彼に相応しい玩具になりたい。
だから、規則正しく生活し、内面も外見も磨いて、いつまでも彼に大事にされる様に、努力したい…。
その頃のわたしの心の中に、芽生えていた、そんな気持ち。
実行に移す為には、家を綺麗にして、生活全般を再構築することも不可避だ。
頑張らなくては…。
わたしはそう決意し、彼に逢えぬ連休を掃除で過ごし始め、つい夢中になって明け方まで動き回り、彼が旅立つ日は昼過ぎまで眠ってしまった。

目覚めて携帯を見た時、驚いた。

  おい、起きろ。

彼からのモーニングコールが入っていた。
それも、何度も何度も…。

  使えねえ奴だよ、お前は。

最初のモーニングコールから1時間後、そういうメッセージを最後にメールは暫く途絶え、

  一生寝てやがれ。

正午過ぎに、もう一度メールが来ていた。

慌てたわたしは、急いで謝罪のメールを送る。
そして、再び家事に取り組み始めた。

夕方を過ぎても、彼からの返事は無い。
正午過ぎから一度も休憩を取らずに走っている、という事は考えにくいから、わたしの謝罪を無視していると見ていい。
本当に、怒らせてしまったのだ…。

謝罪メールを、何度も送る。

暗くなってくると、返事がないのはもしかして、何かアクシデントに巻き込まれたからではないか…という考えまで、頭の中を駆け巡り始めた。
不安で不安で、何も手につかなくなる。

彼が無事であるにしても、もしもこのまま、彼からの連絡が途絶えたら…わたしは、どうすれば良いのだろう…?

  何か事故などに巻き込まれてませんよね…?
  大丈夫ですか…?


わたしに出来る事は、メールを送り続けることだけ。

  このクズ野郎。

返事が来た時は、とりあえず最悪の事態になってはいなかった事に安堵し、涙が出て来た。

  お前は『外見も内面も磨く』と言った。
  それがどうだ? この有様は。
  お前の言う『磨く』ってのは、
  そういう生活の事を言うのか?


  ごめんなさい…。

  あの時、俺が何処に居たか、
  教えてやろうか。
  ○○公園だ。
  お前が片付けを頑張っている様だから、
  ちょっと寄って、褒めてやろうと
  思ってたんだよ。



愕然とした。
○○公園とは、わたしの職場の前の公園だった。
1時間半の間、やけにこまめにメールが入っていたのは、そういう事だったのか…。


自分の好きな様に走る事を、何よりも好む彼。
その彼が、わたしの為に寄り道をした上に、長い時間待っていてくれた…。

彼は、このツーリングを、とても楽しみにしていた。
そんなツーリングへの出発点を、不愉快な思いで過ごさせてしまった…。

申し訳なくて、悲しくて…そして何よりも、とても嬉しくて…。
わたしは、声を上げて、泣いた。




無題

2008/05/29(木) 00:17:33
今、わたしが手に入れようとしているものは

浅ましい欲望を原動力に、
自己の権利のみを主張して、
不当に入手しようとしているのでは、無い。

わたしは、精一杯努力した。
考え得る手段は、全て試みた。
それでも結果が伴わなかったのは、
わたしだけの責任では、無い。

だから。

わたしは、わたしを否定しなくても、いい。
わたしは、わたしを否定しなくても、いいのだ。




無題

2008/05/30(金) 18:52:54
わたしはわたしを否定しなくてもいい。

そう思って進もうとしても
行く手を阻まれてしまう。

諸悪の根源は、やっぱりわたし。
わたし自身。