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陽光の下で

2008/05/03(土) 04:06:36
地図を見ながら、次に休憩する場所を決める。
もしも途中ではぐれたら、そこで落ち合うことになる。
そこは、前回の逢瀬の時に、早とちりしたわたしが彼を待ち侘びていた道の駅だった。
そこまでなら、わたしにとっても走り慣れた道だ。

彼のバイクの後ろを、着いて行く。
彼の走りは、見事だった。
場所柄、ツーリングのバイクにはよく会うし、時々『この下手くそ…』と言いたくなるライダーも居るのだが、彼はそうではなかった。
山道だから、カーブも多いが、彼の走りは終始安定している。
相当、あちこち走っているというキャリアを感じた。

途中、彼が給油すると言っていたガソリンスタンドに立ち寄ったところ、閉まっていた。
日曜日に休むとは…さすが、田舎だけの事はある。
路肩でハザードを出して停まっていたわたしの横に、彼がバイクをつけた。

  残量が厳しいんだが…。
  仕方がない。
  進んで、道の駅に行こう。


彼の言葉に、頷いた。

ところが、その道の駅の横に、ガソリンスタンドがあった。
開店している。
わたしはほっと胸を撫で下ろし、先に道の駅に入って待った。
暫くして、彼がやって来る。

  よかったね。
  開いてるスタンドがあって。


  ああ。

言いながら彼が、地図を取り出す。

  …筆記用具を忘れた…。
  お前、持ってるか?


  うん。

ボールペンを受け取ると、彼は地図にスタンドの位置を書き込む。

  日付は書かないの?

  え?

  さっき見た別のページには、
  走った日付が書いてあった。


  書くけどな。
  なんでお前に指示されなきゃいかんのだ。
  大体、調子狂うんだよな。
  バイクで出た先に、お前が居るってのが。
  だからこの俺が、筆記用具を忘れて来たりするんだ…。


変な難癖をつけながら書き込んでいた、彼の手が止まる。

  今日は、○日だよ。

  おお、そうか。
  …ったく、調子が狂う…。


そう言いながらも、彼は笑顔だった。

彼がポケットからデジカメを撮り出す。

  俺が、何を撮ろうとしてるか判るか?

  …そこの、緑とタンポポのコントラスト?

  そうだ。よく判ったな。

  だって、綺麗だもん。

彼が、何に心を動かされたか見抜けたことに、わたしも満足する。

天気の良い休日、道の駅は賑やかだ。
開いているベンチを見つけ、腰をかける。
彼が、小銭を取り出して言った。

  飲み物を買って来い。
  今の俺が何を欲してるか…。
  考えて、選んで来い。


  ええっ。

そこで気が付いた。
彼は、わたしの以前のエントリー『恋人のように』を読んだのだ。
彼がわたしを試すようなことをすると、わたしが緊張すると知り、それを面白がっている。
わたしを怯えさせたり、緊張させたりするのが、大好きなのだ…。

自販機の前で、思案する。
この地域の風は、バイクにはまだかなり寒いだろう。
だから、温かい方が欲しい筈。
以前、一緒に喫茶店に行った時、彼は、コーヒーにミルクも砂糖も使っていた。
だから、ブラックはあまり好きではないと見ていい。
既にここまで走って来ている分、疲れもあるだろうし、甘めの飲み物が欲しいのでは…。
わたしは、カフェオレを選択した。
彼が飲むのを、緊張の眼差しで見つめる。

  …うん、美味い。合格だ。

ほっとして微笑む。

道の駅の土産物を冷やかした後、次の目的地に進む。
そこで、昼食にする。
二人して、ざる蕎麦を頼んだ。
彼は、山葵を使わない。

  え、山葵も駄目なの?

  うん。

わたしは、彼の山葵も貰って使う。
彼は、どうやら辛い物が本格的に苦手らしい…。
インプットした。
彼の方もきっと、わたしがかなりの辛党だとインプットしたことだろう。

  …なにしてるんだ?

  ん?蕎麦湯を作ってるんだよ。

  蕎麦湯…?
  俺にも作れ。


一口飲んで、言う。

  美味いじゃないか。

  でしょ?
  わたしなんて、お蕎麦屋さんで蕎麦湯が出ないと、
  もうがっかりしちゃうんだよね。
  二度と行かないくらい。


これで、彼が食道楽ではないことも判った。

身体の付き合いだけなら、知らないでいたに違いないこと…。
それをどんどん知っていくのは、とても楽しい。

そこは、茅葺屋根の民家が残っているところで、食事の後は観光することにする。
腕を組んで、ゆっくりと散策する。

  あ、チューリップがあんなに。
  いろんな色があるねぇ。


  お前は、花ばっか見てるな。

彼が、笑う。

  あ、見て、スズランだ。
  あれはね、ああ見えて毒があるんだよ。
  人も殺せる。
  可愛い花なのにね。


  …おまけに変な事よく知ってるな…。

  そんな本ばっか読んでるからね。

  毒があるのは何処だ?

  えーっとね…。

こうして笑顔で寄り添い、仲睦まじげに歩いているわたしたちを見て…誰が、SとMのカップルだと気付くだろうか。
一旦スイッチが入ると、凄まじく冷酷な表情になる彼を、誰が想像できるだろうか…。

  不思議な感じだな…。

  何が?

  俺がバイクで出掛けた先に、お前が居るってのが。

  それ、さっきも言ってたね。
  ツーリングって、バイク仲間と一緒だったりしないの?


  そういう時もある。
  だが基本は、単独ツーリングだ。
  その方が気楽だし、好きな様に動けるからな。


不思議なのは、わたしも一緒だ。
ちょうど1年前の今頃…わたしは、荒れ果てた家の中で、今日が何月何日なのかも把握せぬまま、寝て、起きて、時々食べて、また寝て…という生活をしていた。
どうすれば、誰にも迷惑をかける事なく、この世から消えてしまえるだろうか…という事ばかり、考えていた。
それが今は。
こうして陽光の下で、満面の笑顔で、愛しい人の腕に触れている…。
時々、この世から消えたいという発作に襲われる事もあるけれど…その波の来る間隔は、どんどん開いていっている…。
彼の笑顔が、わたしはまだ、ここに居ていいと言ってくれている。
この笑顔を、失いたくない。
ずっと…。
切実に、そう思った。

  さて、次、行くぞ。
  ここからは、道がどんどん狭くなるからな。
  気を付けて着いて来いよ。


  うん!

わたしは、自分でも可笑しくなるくらい、元気な返事をした。