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久しぶりに…

2008/07/02(水) 21:23:22
満たされる時は、案外早く訪れた。

わたしの仕事が休みの日。
市街地に用事で出たわたしは、彼に『逢いたい』とメールを送った。
彼の住む街に近い場所に出掛けると、無性に彼の処に行きたくなってしまう。
その気持ちを伝えるだけのつもりで、送った言葉だった。

  逢ってやってもいいぞ。

彼からの返答は、意外だった。
彼の仕事が終わる時間や移動にかかる時間を考慮し、その後の予定を組み直す。
その日中に終えねばならない用を終えると、一路、彼の住む街を目指して車を走らせた。


  逢うサイクルが、どんどん短くなってるな。

待ち合わせ場所で車に乗り込みながら、彼は微笑んで言う。

そう…。
サイクルが、短くなっている。
のみならず、逢瀬に消費する時間も、短くなっている。
これは、双方が忙しい時であっても、数時間でも時間を確保出来るなら逢っているという事。
以前の様に、一日ホテルでゆっくり寛ぎ、たっぷりセックス出来る時でなければ逢わない…というスタイルが、変化している証左に他ならない。


  どうする?

目的地を確認する。

  ここを出たら左だ。

  はい。

彼の指示通りに、車を走らせる。
このルートは…。

  もしかして…ホテル?

  ああ。
  ヤリたくなった。


彼が、ニヤリと笑った。
わたしの身体を、震えが走る。
最後に彼に貫かれたのは、どのくらい前だったろうか。
今日は久しぶりに、彼の猛りを突き立てられる。
そう思っただけで、わたしの子宮を、鈍痛にも似た疼きが揺さぶり始める…。

わたしは、そっと吐息をつきながら、ハンドルを握り直した。




瞳の色

2008/07/03(木) 23:55:45
ホテルに入り、先ずはシャワーを浴びた。
彼は、わたしに逢う前に入浴を済ませていたので、ソファで寛ぎながら待っていた。

備え付けのローブを羽織って浴室を出、彼の足の間に座る。
膝立ちになって、抱き付いた。
彼の腕もわたしの背中に回り、強く抱き寄せられる。
彼の口から、深い吐息が流れた。

  やっぱりホテルが一番落ち着くな。
  何でかな…?


官能の滲み出た低い声で、彼が囁く。

  二人きりで…
  人目を憚らずに済むからじゃない…?


わたしの囁きも、甘く湿った掠れ声だった。

  そうか…。

彼の掌が、わたしの背中をゆっくりと撫で回す。
二人の呼吸が、大きく、深くなってゆく。
呼気に色が着いていたなら、わたしの吐息は桃色に、彼の吐息は初夏の緑色に染まっていくのが見えた事だろう。
混ざり合って、溶け合って、確かな生命力へと変化してゆく…。

ぴちゃ、ぴちゃ、と、微かな音を立てながら、口づけを繰り返す。
互いの瞳に浮かぶものを確認しながら、唇を重ね、舌を絡み合わせては離し、見つめ合ってまた唇を重ねる。
以前の彼は、口づけの時にこんな瞳をしていただろうか。
もっと感情の窺い知れぬ…酷薄な光を放っていた様な気がする。


少し前に、一緒に食事をしていた時の会話を思い出した。

  しかしお前、本当に変わったな。
  初めて会った頃は、凍えた目つきだったが、
  最近は、力を感じる様になった。


  Tさんだって…変わったよ。

  俺が?
  どういう風に?


  最近、Tさんの表情、柔らかくなった。

  そりゃあ…最初の頃は、
  やっぱり緊張していたからな。


出逢って、半年。
お互い、警戒心めいた緊張感は、感じなくなったという事か。

それにしても…。
この瞳の色は、性処理玩具をみやる目つきではない。
己の欲望のままに、暴虐の限りを尽くそうとしている目つきではない…。
そう、感じる。

柔らかく穏やかな表情。
暖かさの溢れる視線。
彼は、何も言わない。
けれどもその瞳を見ていれば、彼が今この瞬間、わたしの事だけを見つめ、惜しみなく与え、わたしの感じる悦び全てを共有しようとしている事が、解った…。




愛撫

2008/07/04(金) 23:55:21
わたしのローブの前をはだけさせ、彼の手が直接肌の上を滑る。

  どうやら規則正しく
  生活している様だな。
  ちゃんと運動もしている。


  判るの…?

  判るさ。
  肌の状態がいい。
  すべすべだ…。


手触りを楽しむかの様に、両手でわたしの上半身を撫で回し続ける。
深い呼吸を繰り返し、うっとりと身を任せる。
わたしが、猫ならいいのに。
そうすれば今、どんなに気持ちよくて満ち足りた気分でいるのか、喉を鳴らして表現することが出来るのに…。

いきなり、乳房にむしゃぶりつかれた。

  はっ…あ…っあ…

声が、漏れる。
彼の舌が、乳首を転がす。
もう片方の乳房は、優しく捏ね回されている。
わたしの身体の奥深くで熾火となっていた官能が、一気に燃え上がった。
彼の頭を抱きかかえ、背中を波打たせて、彼の愛撫に翻弄される…。

彼が、乳房から唇を離した。
わたしは身体をずらし、彼のジーンズのジッパーを手探りする。
彼の命令なしに、自発的に求めたのは初めてかも知れない。
目で彼に哀願すると、彼は少し微笑み、腰を浮かせてわたしに協力してくれた。

露出させた彼のペニスは、既に硬く猛り勃っていた。
そうっと咥え、手と唇を使って扱く。
もう口の中におさまり切らない。
もっと奥まで、息が詰まるまで、えずきに襲われるまで飲み込みたかった。
けれども今日は、食事をしてしまっている。
未消化の吐瀉物など、彼は見たくないだろう。
軽く喉に詰まる処までで、我慢した。

  ああ…気持ちいい…

彼の呻きは、わたしをも高める。
もうすぐ、これがわたしの中に入ってくる。
これが、わたしに突き入れられ、わたしのヴァギナを、子宮を、そして脳までをも掻き回す…。
早く、欲しかった。
フェラチオの合い間に彼の目を見上げ、まだ?と問いかける。
もう充分に張りつめている。
硬く硬く、熱くなっている。
このまま、口の中に放出されても嬉しいけれど、でも今日は、挿れて、突いて欲しい…。
そんなわたしを彼は、少し陶然とした目つきで見つめている。
相変わらずその表情は、とても優しくて暖かい。

髪を掴まれ、軽く引っ張られた。

  ベッドに行け。

低く囁かれる。
やっと、待ち望んでいた時間が訪れる…。
期待に軽く震えながら、ベッドに上った。
ベッドのへりで四つんばいの姿勢になったわたしの腰に彼が手を当て、そのままで待つ様にと、指の小さな動きだけで指示を出した。
お尻を高く突き出して彼を待ちながらわたしは、先ほど髪を掴んだ彼の手つきが、今までの様な無造作な、まるで野菜か何かを動かす様な動作ではなかった事を、思い出していた…。




交わり

2008/07/05(土) 21:18:28
彼の両手が、わたしの腰を掴む。
ペニスの先端がヴァギナにあてがわれ、ゆっくりと、ゆっくりと、めり込んで来る。

彼は、わたしの濡れ具合になど頓着せずに挿れるから、時にはそこに、きつい抵抗を感じる場合がある。
けれども、一旦彼が突き刺さると、わたしの中はたちどころに溢れる様に濡れそぼる。
この直前の、濡れ始めのわたしの感触が、彼はとても好きだと言っていた。
少し摩擦を感じながら、段々滑りが良くなる過程を、ペニスで愉しんでいるらしい。

この時も彼は、ゆっくり大きく腰を前後させた。
一番奥までぐぐぅっと突き入れられ、ゴリゴリと削られる様に抜かれる。
わたしの激しい呼吸に、悲鳴の様な音が混じる。
彼の、深い息遣いが聞こえる。
繰り返されているうちに、わたしが溢れ出す。
彼の動きが、少しずつ早くなる。
わたしも合わせて腰を動かし、彼をより深くまで導こうとする。
故障している両手首に、激痛が走る。
これがなければ、もっと腕を突っ張って激しく動けるのに…。

肘をついて腰を高く突き出した姿勢で、彼の抽送を受け止める。
自分の喘ぎ声がうるさくて、ふたりの擦れ合う湿った音は、聞こえない。
声を殺そうとしても、止める事が出来ない。

  はあっああっはぁっはっああっ…

他に聞こえるのは、彼の激しい息遣いと、ふたりの身体がぶつかり合うパンパンという音だけ…。

何度か高い処に到達し、わたしの身体から力が抜け始めた。
彼がペニスを抜くと、わたしのお尻を押した。
体位を変えろという事だ。
緩慢な動きでベッドの中央に這っていき、仰向けになる。
わたしの上に覆い被さった彼が、すぐにわたしに突き立てる。

  あぁあっ!

快楽の悲鳴が迸る。
彼の唇が、わたしの口を塞ぐ。
深く深く口づけしながら、わたしを抉り続ける。
達しても達しても、わたしの身体はより深い快楽を求めて蠢き、彼の激しい抽送を悦ぶ。
体位が変わったことで、わたしの耳に、ぐちゅぐちゅという厭らしい音が届く。
まだまだ溢れている。
気持ちいい。
彼のペニスと、彼の唇。
気持ちいい。
気持ち、いい。

相変わらず彼は、真っ直ぐにわたしを見下ろしている。
黒曜石の様な、冷たい観察者の瞳ではない。
彼もまた、快楽に翻弄されている様な光を瞳に湛えていた。

  ああ。

彼が、低い掠れ声で返事をした。
わたしは、無意識に言葉を発していた。

  Tさん…嬉しい…
  欲しかったの…
  これが…欲しかったの…


  ああ。

口づけを繰り返しながら、彼が微妙に突き立てる角度を変える。
その度にわたしは痙攣し、身悶える。
逝って、逝って、朦朧とし始める。

  ああ…Tさん…素敵…Tさん…

うわ言の様に、言葉が零れる。
彼の顔が、苦しげに歪んだ。

  あっ…くそ…

小さく罵った。
次の瞬間、わたしの中で、ペニスがドクンっと脈打った。
彼がぐったりとわたしに圧し掛かる。
わたしは、彼の身体を精一杯力を込めて抱き締める。
ドクンっ…
ドクンっ…
彼がわたしの中に注ぎ込む時間は、とても長く感じた…




変化

2008/07/07(月) 22:34:15
わたしの中に精を迸らせた後、彼はそのままぐったりと弛緩した。

  お前の中が…
  別の生き物みたいに蠢いてた…


息を弾ませながら、言う。
果てる直前の『あっ、くそ…』という小さな罵声は、逝くのがあまり好きではないという彼が、わたしの中の蠢きに降伏した…という証だったのだろうか。

身体を重ねたまま、彼は呼吸を整える。
先ほどまでの猛りが嘘の様に萎んだペニスが、わたしの中からつるりと抜け出る。

  あ…っ…

そう言えば今まで彼は、射精するとすぐにペニスを抜いて、わたしに舐めさせ、飲ませていた。
彼の行動パターンに数々の変化が出てきていて…わたしはそれらに、何か意味があるのだろうか…?と、思案する。

呼吸を整え終えた彼が起き上がり、汗を拭いて水を飲ませてくれる。
わたしの汗も拭いながら言う。

  うん…いい汗だ。
  さらっとした、健康的な汗。
  きちんと運動している成果が、
  もう出ているじゃないか。


  本当?

  ああ。
  新陳代謝も活発になったんだろうな。
  肌がツルツルで、いい手触りだ…。


ベッドの端の方で、足を投げ出して座るわたしの膝に、仰向けになった彼が頭を乗せ、手を伸ばしてわたしの腕や背中を撫でる。
激しいセックスの後の、まるで夕凪の様に静かな時間…。

ふと彼が、我に返った様に言った。

  これ全然SMじゃないな。

  そうね…普通のセックスね。
  少し激し目の…。


  だな。

  そう言えばTさん、最近は
  他の男にわたしを使わせたいって
  言わなくなったね。


  そう言えば、そうだな。

  もうそんな事、考えてないの?

この瞬間、彼から今まで感じた事のない感情の動きが伝わった。
『動揺』だ。
ごく軽いものではあったが、彼がわたしの前では見せた事のない感情だった。
わたしは『おや』と思って、彼をじっと見つめる。
天井を見上げる彼の瞳が、左右に忙しく動いている。
何かを一生懸命に思考しているのだ。
わたしの言葉が切っ掛けになって、彼は、自覚していなかった感情に気付いたのだろう。
そしてその感情を、どう表現しようか…或いはどう解釈しようか、考えている…。

いつもと違う行動パターンを見せてばかりだった彼は…一体、どんな感情を自覚したのだろうか。
その返答が聞きたくて、わたしは無言で、彼の瞳を見つめ続けた。

  ま…俺も色々変わるのさ。

やがて彼は、それだけ言って起き上がり、ベッドの真ん中に移動して、腹這いになった。

  マッサージしてくれ。

  はい。

明確な返答がなかった事に、少しだけ落胆しながらわたしは、彼の太腿の上に跨り、マッサージの体勢をとった。




関係

2008/07/16(水) 21:25:01
彼の漏らす呻き声を道標に、彼が解してほしい箇所を見つけ、マッサージする。
わたしの手の故障があるから、力を入れてツボを刺激することは出来ない。
それでも精一杯の力で、どう指圧すれば彼が満足げな呻きを上げるか、確かめながら、続ける。

  お前の手は、温かい…。
  手を当てられてるだけでも
  気持ちがいい…。


彼が、すっかり寛いだ様子の眠そうな声で言う。

  そう?
  なら良かった。


そうやって手を動かしながら、わたしは考え込んでいた。

さっきの彼は、何を自覚したのだろう…?
段々、生命なき玩具の様にぞんざいに扱われなくなっているのと、関係があるだろうか…?


いつだったかの会話を思い出す。
最近普通のセックスばかりで、責めをしなくなったと言った時、彼は答えた。

  プレイの一環でやるのもいいが…。
  どうせやるなら、力一杯痛めつけてやりたいからな。
  仕置きの時以外にしたいと思わなくなった。
  加減しちまいそうだから。


この時も、わたしは少し驚いたのだ。
わたし相手に、加減するという思考が彼にあったことに、驚いた。


今まで心地よさを感じていた、『自分がモノの様に扱われる』状態。
けれど彼は、少しずつわたしをモノ扱いしなくなってきてはいないか。
そしてもし全くそうしなくなったら…彼とわたしは、どうなるのだろう…?


万が一、彼が先刻自覚した事が、わたしを他の男に使わせたいとは思っていないという気持ち…わたしに対する独占欲なのだとすれば…。
彼とわたしの関係は、限りなく普通の恋愛関係に近づいている様な気がする。

愛だの恋だのという感情が解らない、と言っていた彼だけれど、わたしが大きく変化しているのと同じ様に、彼もどんどん変化しているのだとしたら…。

彼とわたしとの絆は、互いが今までめぐり会うことの出来なかった、歪な性癖を満たせる相手であるという事だったのではなかったか。
それがなくなるという事は、ふたりの絆がひとつ、消えてしまうということなのかも知れない…。

そんな気がして、わたしの胸中に、不安が湧き起こった。

普通に、愛し愛される関係になるなら、それでも良い。
どうして、そう考える事は、出来ないのだろう。
普通の恋愛関係にはなりたくないと…そう思ってしまうのは、何故だろう。

肩から始まり、背中、腰、お尻、太股、ふくらはぎ…と、マッサージする位置を下げていきながら、わたしは考え続ける。
けれども結局、結論の出ないまま、最後の仕上げに彼の土踏まずを踵で踏む。

  はい、おしまい。

言いながらわたしは、彼の背中に覆い被さり、抱きついた。

  ん。すげー気持ち良かった。

姿勢を変えた彼が、腕の中にわたしを抱きすくめる。

ひとつだけ確かなことは…。
こうして彼と共に過ごす時間は、わたしにとってとても幸福なひと時であること…。

この先、ふたりの関係がどう変化しても…いつまでも、互いに互いから幸福感を得られる関係でいたい…。
そう願った。




家......(1)

2008/07/19(土) 10:05:29
  全ての穴を俺に晒したお前が、
  ここまで頑なに拒むのは、
  そこにお前の真実の姿が
  隠されているという事だ。
  ブチ込みてえ。
  暴いてやる。


彼からのメールを読んで、わたしは呆然とする。
わたしの家に行く、という彼に、断りのメールを打った返答だった。



注意欠陥障害であるわたしにとって、『掃除』は、何よりも苦手な作業だ。

それでも、夫と暮らしていた頃は、必死で体裁を整えていた。
『これでも掃除したつもりか』という夫の言葉に打ちのめされながらも、『精一杯、綺麗にしたつもり…』と卑屈な笑みを浮かべていた。

当時の仕事に忙殺される様になると、家事には完全に手が回らなくなった。
夫は、家を出て、別居を始めた。
『田舎過ぎて会社に通うのに不便だし、家も汚いから。』
そう言った。

最初の頃は、週末ごとに帰宅していた。
わたしも、週末前には徹夜で掃除をして、夫を迎えられる様に努力していた。
『相変わらず汚い家だ…』
あれだけ掃除したのに…!という言葉を飲み込み、『そ…そう?頑張ったんだけどな…』と卑屈に笑う。
『努力が足りん』
仏頂面の夫に、これ以上どう努力すればいいの!と叫びたい気持ちを抑え込み、『次はもっと頑張るね』と言っていた。

やがて、わたしの仕事量が殺人的に増え始めた。
毎日の睡眠時間は、3時間とれればマシな方…という状態になった。
注意欠陥障害の二次障害で、うつ病となって通院していたわたしだったが、病院に通う時間すらも、取れなくなり始めた。

家に帰る度、夫は言う。
『汚い。安らげない。主婦失格だな』
主婦業をやって欲しいのなら、わたしの仕事量を何とかして!
そう叫びたかった。
わたしは、夫の会社で働いていたのだ。
『だって…わたしが今凄く忙しいのは、
 あなたも知ってるでしょう?』
『努力すれば、何とかなるだろう?』
『……注意欠陥障害だから、努力だけでは
 どうにもならないって…言わなかったっけ?
 効率的に掃除をするにはっていう、
 回路が脳に無いんだよ…?』
『どうでもいい事には、凄い集中するじゃないか。
 その力を家事に向ければいい。
 そういう努力をすればいい』

だから!
それが出来ていればわたしは、二次障害になど罹らなかった!
自分でも何故、それが出来ないのだろうかと苦しむ事はなかった!

『…お願い、注意欠陥障害について、
 少し学んで欲しい…。
 わたしの持ってる本を、読んで…?』
『そんな時間は俺には無い』
『…それなら、わたしの仕事量を、
 何とかして…?』
『お前の部下を雇おうとしているだろう?
 それまで待て』
『………』

やがて夫は、家に帰ってこなくなった。
『夫の安らげない家なんて、最低だ』
と言いながら。

夫の言う通り、わたしの部下が雇われたが、結果的にわたしの仕事量は、もっと膨れ上がる事になった。
殆ど寝ない生活を、どのくらい続けただろうか。
食事をすれば眠くなる…という理由で、食事もまともに摂らなくなった。
両手を壊したのも、この頃だ。

会社で夫に、自分の窮状を訴える。
『努力しろ』
夫からは、それしか返って来ない。
家の中は、とても人間が住んでいるとは思えない状態に、なっていく。
自分でも、こんな家は嫌だ、と思うが、最早どこから手をつけて片付ければ良いのか判らない。
ハウスキーパーを頼もうともしたが、家の場所が田舎過ぎて、業者が見付からない。

『そんな田舎に住んでるからだ』
夫が嘲笑う。
『そこに家を建てたのは、あなたでしょう?』
そう言うと、
『そこが気に入ったと言ったのは、お前だ』
と言われる。
その通りだった。

『こっちに引っ越せと言ってるだろう?
 そうすれば、少しは楽になる』
『犬や猫が居て、こっちに家なんて見付からないよ』
『犬や猫を欲しがったのはお前。自業自得だ』
反論できない。

こうしてわたしは、どんどん追い詰められていった…。




家......(2)

2008/07/19(土) 13:02:08
『離婚してくれ』

その言葉は、会社で仕事中だったわたしのデスクトップに、突然メッセンジャーを使って送られてきた。
唖然とした。

『どうして?』
『お前は、家庭というものを知らな過ぎる。
 主婦としても完全に失格だ。
 これ以上は我慢できない』

周囲の物音が、すぅっと遠くなり、消え去った。
顔を上げて、夫のデスクを見た。
夫は、目を上げなかった。
無表情で、自分のPCのモニターを見つめ続けていた。



わたしが注意欠陥障害だと判った時、わたしから夫に離婚を申し入れた。
脳の構造上の欠陥である以上、わたしの家事能力は、努力で改善できることではない。
夫の求める家庭を作ることは、わたしには出来ない。
その時、夫は言った。

『家事だけが妻の仕事じゃない。
 仕事で俺を支えてくれればいい』

わたしは、その言葉通り、夫の為に、仕事で貢献してきたつもりだった…。



『あの時、そう言ってくれたのに…』
そう送信した。
『限度というものがある。
 もう限界だ。』


『あんたって本当に嫌な子だね。
 そのうち(夫の名)さんにも嫌われるに決まってる』

母親の声が、雷鳴の様に轟いた。
わたしと電話で言い争いになる度に、彼女が呪文の様に繰り返していた言葉だった。
その通りに、なった…。

わたしの中で、何かが、粉々に砕け散った……。


『話し合いたい』
と申し入れても、夫の返答は
『もう決めた。
 話し合う事はない。
 忙しくてそんな時間もない』
だけ。

こんな状態で、それ以上仕事を頑張れる筈もない。
退社する準備を整えながら、表面上は何事もなかった様に振る舞い続ける。

もう少しの辛抱。
退社さえしてしまえば、自分の本心を隠さなくてもいい。
泣き叫びたいのを堪えて、ニコニコしていなくてもいい。
もう少し。
もう少し…。

『話し合えない?』
隙を見て、夫にメッセンジャーを送る。
『忙しい』
夫は、わたしを一瞥もしない。

わたしは会社を辞めた。
家で、呆然と暮らす日々が始まった。
ここ数年の忙しさで、家の中は既に、人間の居住空間とは思えぬ様相を呈していた。
そんな家の中で、ひたすら眠るだけの生活を送っていた。


暫くして、夫と、もう一人の役員が家にやって来た。
わたしが会社に残していた私物をダンボール箱に詰め、持って来たのだ。
ダンボール箱は、役員の手で玄関前に置かれた。
夫は、車から降りても来なかった。

家の中に、ダンボール箱を運んで、開けた。
わたしの私物が、徹底的と言える程、会社から排除されたのが判った。
馴染みのないものも、いくつか出て来た。
なんだろう、これ…?
眺めているうちに、気付いた。
夫の私物…しかも、壊れたものや、古過ぎるもの。
不用品。
ゴミ。

わたしは、泣いた。




家......(3)

2008/07/19(土) 16:17:35
散らかり果てた家の中で、ひたすら眠り続けた。
時々、以前から参加していたネットゲームに参戦して、現実を忘れ、ゲームの世界に没頭する。
ゲームが終わると、再び眠り続ける。


たまに、夫から携帯にメールが入る。

『いつまで遊んでいるつもりですか。
 そろそろ次の仕事を見つけて、
 自立してくれませんか。
 それまで離婚は待ってあげますから』

夫は、わたしが完全に壊れてしまったのが、判っていないのだろうか…?
それとも、そんな事はどうでも良く、ともかくわたしと縁を切る事しか考えていないのだろうか…?

数ヶ月ぶりに夫から電話があった時、わたしは、声を出そうとしても出ない事に気が付いた。
無理に出そうとすると、悲鳴の様な絶叫が迸りそうになる。
そんな声を出してしまったら、自分が益々取り返しのつかない事になりそうだった。
必死で絶叫を飲み込むと、声も出ない。

『いい加減にしてくれ』

無言のわたしに、夫はうんざりした声で言うと、電話を切った。

メールで夫に、声が出せないと知らせたが、夫からは『早く治して自立しろ』と返事が来ただけだった。


随分長い間、わたしの本能の奥底で呪詛の様に呟かれていた言葉が、日に日に大きくなっていく。
その為に一番、確実な方法は…?
全てが終わった後、誰にも迷惑をかけない方法は…?
ネットで情報を探し求め…結果、誰一人として迷惑をかけない、などという方法は、無い事を知る。
けれども、もうこれ以上、存在しているのは嫌だ…。

家の中のものが、次々に壊れ始めた。
お風呂が。
トイレが。
電化製品が…。
けれどもわたしは、壊れたそれらを眺めているだけだった。
修理しようという意思も、何とかしなければという意思も、湧いて来なかった。

こんな状態の中、今にして思えば幸いだった事は、食事は最低限、摂っていた事だろう。
時々参加していたネットゲームでの思考力を確保する為、参戦している間は、コンビニで調達してきた食料を口にしていたのだ。
もしもこの時、ゲームに参加していなかったら、わたしは食事すら摂らなくなっていたに違いない。
実際、参戦していない時は、食べていなかったのだから。

また、コンビニに行くことで、声が完全に出ない訳ではない事にも気付いた。
『いいえ』『○番ワンカートン』
このふた言だけだったが、店員相手に喋る事は出来ていたのだ。


自分の存在を、消したい。
でも出来ない。
誰かに必ず迷惑をかけてしまうから。
でも、もう存在していたくない…。


そんな思考の堂々巡りの中、死体サイトやグロ動画サイトを巡り、そうなった自分を想像する。
自己の存在さえ消せてしまえば、後の自分がどうなろうが、知った事ではない。
むしろ、静かに腐敗していく死体を、タイムラプスビデオで撮った動画には、とても魅了された。
何をやらせても駄目な子で、夫からも見放される様なわたしは、こうして虫たちの栄養源になった方がずっと有意義だ、と…。
腐っていくのだ。
この家と共に。

それは、とても甘美な結末に思えた。

その一方で…近所の人の事を、思う。
すぐ傍の家でそんな死体が発見されたら、普通の神経の人ならどれだけ不愉快な事だろう。
また、そうなる前に自分に出来る事はなかっただろうか…などと考え、苦しむ人も居るだろう。
やはり、実行なんか出来ない…。


そんな事ばかりを考えながら、声を出さずに涙を流す毎日を、過ごしていた……。




家......(4)

2008/07/23(水) 16:46:44
そんな生活が始まって、1年くらいしたある日。
小包を受け取った。
母親からだった。

中から、じゃがいもや玉ねぎという、どこででも買える様なものが出て来た。
長い手紙には、今の自分の生活が非常に苦しい事、仕事がとても大変な事が繰り返されており、わたしが会社を辞めたと知って驚いていること、心配していることと共に、『これからの足しにして』と、現金1万円が、出て来た。

『お母さんもお金にはとても困っているけど、
 他でもないあなたの為だから、
 爪の先に火を灯す様にして蓄えた中から、
 ほんの少しだけど送ってあげます』

その小包を受け取る少し前に、結婚して子どももいる妹から、母親が孫の為にどれだけお金を使うかという話を聞いたばかりだった。
つい先日も何やらを買って貰ったと言っていた。
わたしはそれを聞いて、そんな高価なものが買える生活なのか…と思ったのだった。

『あんたを助けてあげられるのは
 お母さんだけよ』

獣の咆哮のような音がした。
わたしの、絶叫だった。

『お母さんだけは、何があっても
 あんたの味方だからね』

母親は、わたしの事情をどこまで知っているのだろう?
誰が、知らせたのだろう?

『だから遠慮なく頼りなさい』

文面から立ち上る、母親の、本心。

自分の周囲に不幸に見舞われた人が居ると、母親は、何とかして救いの手を差し伸べようとする。
しかしそれは、純粋にその人を気の毒に思っての行動ではない。
善行によって自己満足を得る為だけでもない。
周囲に、善人であると評価される為だ。
その人物或いはその様子を見ていた周囲から、何らかの見返りが得られることを期待してもいる。
そういう性根の持ち主であることを、わたしは熟知していた。

だから彼女は、不幸な人物を見つけると、表面上は『お気の毒に…』と沈痛な様子をしながらも、自分の出番が来たことを喜んでいる感情が抑えきれず、言動の随所から喜色が臭い立つのだ。

それまで何度、その手の自慢話を聞いてきただろうか。
『あの人ね、可哀想なのよ~』と、喜悦の滲んだ声音で話題にする。
自分がどんな手助けをしたか。
どれだけ自分が、その人に感謝されているか。
その恩返しに、どんな事があったか。
詳細に語り、わたしからまでも『お母さんは偉いね』という賞賛の言葉を、引き出そうとする。
それが、母親という人だった。


だからこの時、彼女にとって今度はわたしが、彼女を満足させる為の美味しい材料にされたのが、判った。
それだけではない。
母親にとっては、わたしは、とても冷たく意地の悪い娘だ。
今まで酷い仕打ちを受けていたけれども、娘に何かあったと知るや、すぐに救いの手を差し伸べる。
私って、なんて慈悲深い母親なんだろう。
あんたもそう思うでしょう?
今までの行いを反省しなさい。
そして私に感謝しなさい。
そう仄めかされてもいた。

母親に、かけられる憐れみ。
母親に、売りつけられる恩。
途轍もない屈辱だった。

一度爆発してしまった激情は、なかなか収められなかった。
わたしは、身を揉んで、号泣した。


数日後、夫から、メッセンジャーを使って連絡が入った。

『近い内に、お前のお母さんが、そっちに行く』
『どうして?何しに?』
『お前の事を心配して、暫く面倒を見たいと言ってる』

母親の耳にわたしの現状が伝わったのは、夫が原因らしかった。

『冗談じゃない。
 わたしとあの女がどういう関係か、
 知らないあなたではないでしょう』
『でも、これ以上、お前を一人で
 置いておけない』

棚の上で寝ていた猫が、ギョっとした様に顔を上げ、わたしを凝視した。
わたしは、不気味な唸り声を上げていたのだ。
再び、感情が爆発してしまった。
制御出来なくなってしまった。

『あの女を絶対にこの家に近付けないで。
 もしも来たら、わたし何するか判らない。
 殺してしまうかも知れない』
『おいおい、何を言い出すんだ』
『いや…あれを殺すより、
 わたしが目の前で死んで見せた方が、
 面白いかも知れない』
『どうしたんだ。
 落ち着け。しっかりしろ』

涙が、止まらなかった。

『あの女を、絶対に来させないで。
 でないと何をするかわからないよ』
『わかった。
 わかったから、落ち着いてくれ』


メッセンジャーを落とした後、わたしは床に伏して号泣した。
長い間、心の奥深くで反響していた願望…。
言霊が宿るのを恐れるかの如く、言語化することを拒んでいたことを、ついに文字にしてしまった事に、打ちのめされた。
更に、自分の要求を通す為に、自らの命を利用したことにも、痛恨の思いがあった。
離婚出来ないなら死んだ方がマシ。
再婚出来ないなら死んだ方がマシ。
そう言ってわたしを翻弄してきたあの女と、今のわたしとは、どこが違うと言うのだろう。
同じだ。
同じレベルまで、堕ちてしまった……。

涙も唸り声も、なかなか止まらなかった。




家......(5)

2008/07/28(月) 11:10:12
朽ち果てたい。
この家で。

一度言語化してしまった願望は、本当に言霊が宿りでもしたかの様に、日に日にその存在感を増してゆく。

けれども、今ここでわたしが自殺などしてしまったら…。
母親は間違いなく、その責任を、夫や夫の家族に擦り付けるだろう。
そしてそれを糾弾する為なら、手段は選ぶまい。
そんな迷惑をかける事は、出来ない。
わたしは、夫やその家族を憎んでいる訳ではないのだから。

それに…。
わたしは、時折入る、妹からのメールを見る。
子どもの成長を報告してくる、能天気なメール。
『またその内、ゆっくり会おうよね』
わたしが自殺してしまったら…少なくともこの妹は、凄まじいショックを受けるに相違ない。
そんな傷を、妹に与えたくない。

けれども…最早呼吸をしているのも、苦しい。
空気が、苦い…。

わたしは、どんどんネットゲームに没頭していった。
ゲームをしていない時は、読書に没頭した。
ともかく思考を現実から切り離し、自身の生死について考えない為、逃避に逃避を重ねた。
そうしながら、生きる為に生産的なことをしようとしない己を軽蔑し、憎悪する。
死んでしまえば良いのにと思う。
でも死ねない……。

思考は、無限ループにはまり込む。

本当に、地獄のような、日々だった。


こんな状態のわたしが、自分の存在する環境に意識を向け、快適に過ごせるよう気を配れる筈もない。
家は、筆舌に尽くしがたい状態となり、とてもではないが人間が生活出来る空間とは言えなくなり、わたしより先に腐り落ちてしまいそうになっていた。


やがてわたしは、夫の手配で、以前通っていた心療内科に再度通院する事となった。
死ぬ訳にいかぬなら、まずはわたしの心を雁字搦めにしている鎖を撤去する作業に入らねばならず、その為には病院に通うしかない。
わたしの中の微かな理性が、通院を承諾させた。

薬を服用し始めた事で、表面的には少し落ち着きを取り戻し、再就職も果たす事が出来た。
けれども、家の惨状は、どうする事も出来なかった。
もともと片付けられない上に、片付ける気など皆無の状態で過ごしていた家だ。
今更片付けようにも、どこからどう手を付ければ良いのかすら判らない。

家の片付けを彼に約束させられたものの、作業は遅々として進まず、現在に至っていたのだった…。





彼の家にて…

2008/07/29(火) 00:12:24
彼が、わたしをその住まいに招待してくれたのは、本当に意外だった。

その理由は、明快だった。
端的に言えば、節約だ。
わたしもそうだが、彼も決して経済力を誇れる生活はしていない。
むしろ、彼の同年代と比較すれば、稼いでいない方と言えるだろう。
それはひとえに、彼には達成したい目標があるからだった。
その為に彼は、経済力よりも、仕事に時間を拘束され過ぎない生活を選択したのだ。

わたしたちが逢う回数は、どんどん増えてゆく。
その都度、ホテルを利用していたのでは、生活が破綻してしまう。
だから彼は、わたしを自分の家に招待し、ホテルの利用回数を少なくしよう、と提案してきた。

わたしは、嬉しかった。
彼が、逢う回数を減らそうと言い出さなかった事が、とても嬉しかった。
彼は、明確な自分の世界を持ち、それを大事にしている人だ。
そんな彼が、家という、自分の一番重要なテリトリーにわたしを入れる選択をしてくれたことも、とても嬉しかった。


彼は、都会の単身者向け住居らしい、こじんまりとした部屋に住んでいた。
室内は綺麗に整頓され、日常的に清潔に保たれているのが、よく判った。
窓からは、彼の住む都会の景色が一望出来る。
それでいて周囲は、とても閑静だった。

  凄い眺めだろう?
  この景色があったから、
  この部屋に決めたんだ。


驚喜しながら窓の外を眺めるわたしに、彼が言った。

シンプルで、機能的で、清潔。
けれども決して無味乾燥な印象ではない。
とても彼らしい部屋だった。


喘ぎ声が近隣に漏れ聞こえぬ様、声を殺して彼に抱かれる。
達し続けると理性が消し飛び、抑えきれぬ声が零れる。

  声を出すな…。

その度に、彼が耳元で低く囁く。
彼から下される命令は、それがどんなに些細な内容であろうと、わたしの脳を従属の快感で燃え上がらせる…。

抱き合い、繋がって快楽を貪り、中断しては寄り添って語り合う。
ふとした瞬間に、彼が微笑んで言う。

  何か…不思議な感じだ。
  俺の部屋に、お前が居る…。


  あなたが、連れて来てくれたのよ…?

わたしも微笑んで言う。

  そうだよな…。
  まさかここまでの関係に、なるとはな…。


わたしとて…ここまで彼に精神までも魅了されるとは、出逢った頃には想像すらしていなかった。


夕暮れ時、灯りをつけずにベッドで寛ぎながら、眼下のネオンが増えていくのを眺める。
彼の体温だけを感じながら、ただただ無言で見つめ続ける。
静かで…。
穏やかで…。

  和む…。

溜息と共に、ぽそっと呟いた。

  ああ…。

彼の返答も、溜息の様だった。




無題

2008/07/30(水) 02:21:54
  どんな気分だ?

訊かれても、答えられない。

予期していない事が起こると、
わたしの感受性は麻痺してしまう。

けれども、涙が出るから、
悲しいと感じているのだろう。




彼の来訪......(1)

2008/07/31(木) 19:05:06
  俺はお前を俺の巣に入れたんだ。
  今度はお前が、俺を入れる番だよなぁ?


彼の家に行けば、当然言われるだろうと判っていた。
けれどもわたしは、お盆休みの間に何とか体裁を取り繕って、それから招待しようと考えていた。
ところが、メールでその辺りのやり取りをしていた時、突然彼が言い出したのだ。

  全ての穴を俺に晒したお前が、
  ここまで頑なに拒むのは、
  そこにお前の真実の姿が
  隠されているという事だ。
  ブチ込みてえ。
  暴いてやる。


そんな論理展開になるとは、予想もしなかった。
そして『ブチ込んでやる』と言い出した彼は、何があろうと必ずそれを強行する人だという事を、わたしはこの半年でしっかり学んでいた。
とんでもない事になった…。
わたしは激しく動揺した。

  嫌です。
  許して下さい。
  人間が住んでいる家の状態じゃないのです。
  見ればきっと嫌われる。
  あなたもわたしを棄てるでしょう。


  ほほう、それがお前のトラウマか。
  尚更興味が湧いて来たぜ。


  あなたが来られるまでに
  少し掃除しようにも…
  月のものが来たので、動けません。
  だから、今回はご勘弁下さい…。


  なるほど、生理痛で苦しむお前を
  眺めることも出来るって訳だ。
  それは益々行かねばならんな。


懇願の言葉全てが、悉く裏目に出る。

  嫌ですお願い。
  今回だけは許して…。
  わたし一体どうすれば…。


わたしは、混乱の極みに達してしまった。

  ゴチャゴチャうるせえ。
  お前は俺に、その真実の姿を晒し、
  ブチ込まれて掻き回されてりゃいいんだ。
  久しぶりに責めてやるよ。
  身体ではなく魂をな。
  愉しみだ。
  興奮するぜ。


もう、駄目だ。
このモードに入った彼は、止められない…。

わたしは、虚ろな瞳で家を見回す。
この家が、わたしの真実の姿…?
普通の生活が困難なほどに散らかり、壊れた物に溢れ、秩序を失い、機能しているのは極々一部…。
言い得て妙だな…と、自嘲が漏れる。
醜い容姿に壊れた精神、辛うじて外で働く事だけは出来ているわたしと、この家は確かによく似ていると思った。

僅かでも掃除を…と思う。
しかし、時に蹲って呻いてしまう程の生理痛に苛まれているわたしは、起き上がる事すら出来ない。
それに、動けたところで、右のものを左に動かし、左のものを右に動かし、結果かえって室内の混迷は増すばかりなのを、嫌と言う程知っていた。
もう、いい…。
どうにでもなれだ…。
この室内を見た彼が、わたしを侮蔑の目で見やり、わたしの縋る手を汚物の様に振り払う様を想像し、涙を零した。


当日の朝。
彼からメールが来る。

  これから向かうぜ。
  股おッ広げて待ってろよ♪


彼が絵文字を使うのを、初めて見た。
かなりご機嫌という事だろう。
わたしは、既に感情が動かなくなっているのを自覚しながら、携帯電話を閉じた。