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家......(4)

2008/07/23(水) 16:46:44
そんな生活が始まって、1年くらいしたある日。
小包を受け取った。
母親からだった。

中から、じゃがいもや玉ねぎという、どこででも買える様なものが出て来た。
長い手紙には、今の自分の生活が非常に苦しい事、仕事がとても大変な事が繰り返されており、わたしが会社を辞めたと知って驚いていること、心配していることと共に、『これからの足しにして』と、現金1万円が、出て来た。

『お母さんもお金にはとても困っているけど、
 他でもないあなたの為だから、
 爪の先に火を灯す様にして蓄えた中から、
 ほんの少しだけど送ってあげます』

その小包を受け取る少し前に、結婚して子どももいる妹から、母親が孫の為にどれだけお金を使うかという話を聞いたばかりだった。
つい先日も何やらを買って貰ったと言っていた。
わたしはそれを聞いて、そんな高価なものが買える生活なのか…と思ったのだった。

『あんたを助けてあげられるのは
 お母さんだけよ』

獣の咆哮のような音がした。
わたしの、絶叫だった。

『お母さんだけは、何があっても
 あんたの味方だからね』

母親は、わたしの事情をどこまで知っているのだろう?
誰が、知らせたのだろう?

『だから遠慮なく頼りなさい』

文面から立ち上る、母親の、本心。

自分の周囲に不幸に見舞われた人が居ると、母親は、何とかして救いの手を差し伸べようとする。
しかしそれは、純粋にその人を気の毒に思っての行動ではない。
善行によって自己満足を得る為だけでもない。
周囲に、善人であると評価される為だ。
その人物或いはその様子を見ていた周囲から、何らかの見返りが得られることを期待してもいる。
そういう性根の持ち主であることを、わたしは熟知していた。

だから彼女は、不幸な人物を見つけると、表面上は『お気の毒に…』と沈痛な様子をしながらも、自分の出番が来たことを喜んでいる感情が抑えきれず、言動の随所から喜色が臭い立つのだ。

それまで何度、その手の自慢話を聞いてきただろうか。
『あの人ね、可哀想なのよ~』と、喜悦の滲んだ声音で話題にする。
自分がどんな手助けをしたか。
どれだけ自分が、その人に感謝されているか。
その恩返しに、どんな事があったか。
詳細に語り、わたしからまでも『お母さんは偉いね』という賞賛の言葉を、引き出そうとする。
それが、母親という人だった。


だからこの時、彼女にとって今度はわたしが、彼女を満足させる為の美味しい材料にされたのが、判った。
それだけではない。
母親にとっては、わたしは、とても冷たく意地の悪い娘だ。
今まで酷い仕打ちを受けていたけれども、娘に何かあったと知るや、すぐに救いの手を差し伸べる。
私って、なんて慈悲深い母親なんだろう。
あんたもそう思うでしょう?
今までの行いを反省しなさい。
そして私に感謝しなさい。
そう仄めかされてもいた。

母親に、かけられる憐れみ。
母親に、売りつけられる恩。
途轍もない屈辱だった。

一度爆発してしまった激情は、なかなか収められなかった。
わたしは、身を揉んで、号泣した。


数日後、夫から、メッセンジャーを使って連絡が入った。

『近い内に、お前のお母さんが、そっちに行く』
『どうして?何しに?』
『お前の事を心配して、暫く面倒を見たいと言ってる』

母親の耳にわたしの現状が伝わったのは、夫が原因らしかった。

『冗談じゃない。
 わたしとあの女がどういう関係か、
 知らないあなたではないでしょう』
『でも、これ以上、お前を一人で
 置いておけない』

棚の上で寝ていた猫が、ギョっとした様に顔を上げ、わたしを凝視した。
わたしは、不気味な唸り声を上げていたのだ。
再び、感情が爆発してしまった。
制御出来なくなってしまった。

『あの女を絶対にこの家に近付けないで。
 もしも来たら、わたし何するか判らない。
 殺してしまうかも知れない』
『おいおい、何を言い出すんだ』
『いや…あれを殺すより、
 わたしが目の前で死んで見せた方が、
 面白いかも知れない』
『どうしたんだ。
 落ち着け。しっかりしろ』

涙が、止まらなかった。

『あの女を、絶対に来させないで。
 でないと何をするかわからないよ』
『わかった。
 わかったから、落ち着いてくれ』


メッセンジャーを落とした後、わたしは床に伏して号泣した。
長い間、心の奥深くで反響していた願望…。
言霊が宿るのを恐れるかの如く、言語化することを拒んでいたことを、ついに文字にしてしまった事に、打ちのめされた。
更に、自分の要求を通す為に、自らの命を利用したことにも、痛恨の思いがあった。
離婚出来ないなら死んだ方がマシ。
再婚出来ないなら死んだ方がマシ。
そう言ってわたしを翻弄してきたあの女と、今のわたしとは、どこが違うと言うのだろう。
同じだ。
同じレベルまで、堕ちてしまった……。

涙も唸り声も、なかなか止まらなかった。




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