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犬...(1)

2009/11/18(水) 17:35:58
次に引っ越す家を探すに当たり、何よりも障害となったのは、大型犬の存在だった。

周囲の人は皆、里子に出すべきだとアドバイスをくれる。当然だ。
けれども、わたしには、どうしてもその決心をする事が、出来ない。

前の仕事を辞めた後、生ける屍の様になっていたわたし。
犬と猫が居なければ、わたしはここを乗り越える事は、出来なかった。
あの時期、わたしに微笑を浮かべさせてくれていたのは、犬と、猫だった…。

猫も、犬も、もう年寄りだ。
最期は、わたしが看取ってやりたい。
その思いが、強い。
それがわたしの、義務だと思う。


そんなある日、犬の食欲が、激しく減退している事に、気付いた。
普段は、意地汚いといってもいいほど、食欲旺盛な犬だ。
絶対に、おかしい。
何かの病気に罹っている。

脳裏で、何かが、囁く。

  このまま、気付かないフリしていれば…
  このコは死んで、家は見つかるよ…
  猫だけなら、何とかなりそうじゃない…?

  もうそろそろ、突然死んでもおかしくない
  年齢なんだし。この犬もさ…

  犬より、自分のこと考えなくちゃ…

囁き声は、日毎に大きくなる。

  あの時わたしを助けてくれたのに
  あれだけわたしを励ましてくれてたのに
  見殺しにするんだ…?

  見殺しに、するんだ…?

  最低。
  最低。

わたしを非難する声も、聞こえる。

  でも…どうするの…?
  どうするのが一番いいの…?

葛藤の中で、それでも何にも気付いていないフリをして過ごしていたある日。
とうとう、目に見える症状が、出た。
病名に思い当たると同時に、すぐに手術しなければ、犬は間違いなく命を落とすと判った。

明らかに犬の死を望んでいたくせに、それがいよいよ現実味を帯びた途端、わたしは激しく狼狽した。
彼に、メールする。

  (犬の名)が、死にそうです。

  まじか。
  病院に連れて行かんのか。


  だって…次に住む家も見つからないし…
  それにこれ、絶対に手術になります。
  お金がどれだけ飛ぶ事か…


  どのくらいかかるんだ?

わたしは、それまで動物と暮らしてきた経験から、推測される金額を伝える。

  そんなにするのか…

ぐったりと横たわる犬の傍で、檻の中の白熊の様に、ウロウロする。
しゃがみこんで、犬を、そっと撫でる。

  (犬の名)…

低く、呼びかける。
犬は、頭を上げて、カラカラに乾いた鼻をわたしに押し付け、力なく掌を舐める。
どうすればいい?
わたしはどうするべきなのだ?

決まっているだろう…?

心の進路が、一方向に収束し始めた時、彼から、メールが入る。

  病院に連れて行くだけでも、駄目か?
  獣医に事情を正直に説明するってのは?
  後で後悔しない方法を、考えるべきじゃないか?


まさに…わたしが出そうとしていた結論そのものだった。
行動に起こそうとしていたわたしの背を、トンと前に突き飛ばす言葉だった。

  行って、相談してみます。

わたしは勢いよく立ち上がり、動物病院に行く支度をし始めた。






犬...(2)

2009/11/18(水) 22:02:37
動物病院では案の定、わたしが察知した通りの病名を、告げられた。
わたしも、自分の事情を、簡潔に説明する。
そして、手術費用などを、分割払いにして貰えないかとお願いした。

  そういう事だったんだ…。
  ここ数年、しのぶさんを見てて、
  どうも様子がヘンだなと思ってた。
  挙句に全然来なくなったから、
  とても心配してたんだよ。

よく考えれば、この病院とも、もう20年近い付き合いなのだった。

病院から出された提案は、費用を安く抑える代わりに、一括で支払う事。
その代わり、治療等は必要最小限になってしまうから、あとは犬自身の体力に賭ける形になる…と、言う事だった。
金額を聞けば、それが破格の待遇なのは理解できた。
他の患者さんには、口が裂けても言えないほど優遇された金額だった。
涙を堪えながら、「ありがとうございます。お願いします」と頭を下げた。

彼に、状況を報告する。

  よかったじゃないか。
  あとは、(犬の名)の生命力を
  信じるだけだな。


  はい…
  Tさんが、わたしの決断を
  絶妙のタイミングで
  促して下さいました。
  ありがとうございました。
  (犬の名)は、先天的に心臓が悪いので、
  全身麻酔そのものから危険なんですが、
  あとわたしに出来るのは、祈る事だけです…


  ま、大丈夫なんじゃねえの?
  そんなニオイがするぜ。


彼の、こういう言い方は、決してその場限りの気休めではない。
不思議な程に、勘が働く様なのだ。
そして今のところ、彼が感じた「ニオイ」は、外れた事が無い。
だからわたしは、少し安心する事が、出来た。


翌日の手術そのものは、無事に終わった。
手術室から入院室に移された犬の濡れた体を、タオルとドライヤーを使って乾かす。
そうしながら、犬の名を何度も何度も呼びかける。
ここでこのまま目覚めない可能性も高かったから、必死だった。

犬は、意識を取り戻した。
そして、10年一緒に暮らしてきて、今まで一度も聞いた事がない悲痛な鳴き声を、上げた。
痛いのだ。
涙が、溢れる。

  ごめん。ごめん。ごめん。ごめん。

何度も何度も謝りながら、撫で続けた。

  血糖値を上げなきゃならないから、
  大好物を食べさせてあげて。
  欲しがるだけあげていい。

獣医さんに言われる。
用意してきたバナナの皮を剥き、いつもの大きさに折って口に運ぶ。
犬は、バナナを口に含むが、すぐにコロリと出してしまう。

  先生…食べません…。

  大き過ぎ。
  もっともっと小さくしてあげて。

咀嚼する体力すら無いのだ、と気付いて、愕然とする。
親指の爪くらいの大きさに千切って、口に入れてやると、犬はそれを、ようやくという感じで、飲み込んだ。
時間をかけゆっくりとではあるが、犬はバナナを食べ切り、嘔吐もしなかった。
彼に、無事に手術が終わり、意識も取り戻して、落ち着いた事を報告する。

  そうか!
  よかった。


彼もとても気にしていた事が、普段にはない返信の早さに表れていた。

犬を入院させ、帰途に着く。
涙が、再び溢れて来た。
わたしは、生き物の、生き延びようとする本能の凄まじさに、圧倒されていた。




犬...(3)

2009/11/19(木) 01:57:54
他のところはどうか知らないが、わたしが通う動物病院では、患畜が点滴を受ける間は、飼い主がずっと傍に着いていなければならない。
動いて、針が抜けたり機械を倒したりしない様、見ているのだ。

犬の手術のしばらく後、彼と、会う約束があった。
犬は毎日、点滴と、心電図検査、血液検査を受けていたから、その日もわたしは、動物病院に行かなくてはならなかった。

  じゃ、俺も行く。

彼は、あっさりそう言った。

  え…だって、全部終わるのに
  2~3時間はかかりますよ?
  じーっと待ってないといけないですよ?


  構わん。
  (犬の名)を見舞ってやろう。


わたしにとっては、彼に会える上に犬の面倒も見られるのだから、とても嬉しい言葉だった。

  なんだこれ!
  すっげー馬鹿っぽいなぁ。


犬を見るなり、彼が言った。
手術の為、綺麗に剃毛された腹部と前足の状態が、とても間が抜けて見えたらしかった。
病院で待たされて、退屈のあまり不機嫌になったらどうしよう…という私の心配も、杞憂に終わった。
彼は終始機嫌が良く、楽しそうだった。


犬の回復は、とても順調だった。
動物病院のスタッフも驚く生命力を、見せてくれた。
心電図だけが、頻繁な不整脈を示していたけれども、これは先天性のものだから、ある程度以上には治りようが無い。

犬の回復を見守るわたしの中から、「この犬さえ居なければ…」という思考は、完全に、消え去った。
今後の生活がどうなるにしろ、最期の瞬間まで一緒にいよう…という決意を、固めたのだった。

元夫は、離婚の際に、言っていた。

  妻ならば、夫が引っ越すと言ったら
  犬を保健所に持って行ってでも
  着いてくるべきだったのに、
  お前と来たら、なんだ。

この時には、心底、ゾッとした。
元夫が突然、見知らぬ人に、変化した。
どちらかと言えば猫派なわたしに、自分は犬の方が好きだと言い続け、幼い頃に飼っていた犬が、どれだけ賢かったかを自慢していた人の口から出た言葉だとは、到底思えなかった。
この時にわたしは、この人と夫婦でいるのは、もう無理、嫌だ…と決意したのではなかっただろうか。

そう…わたしはあの時、夫と暮らす事よりも、犬や猫と暮らす事の方を、選択したのだ。
その結果が今の状態ならば、わたしは、自分の選択に責任を持たなくてはならない。
たとえこの選択が、一般的な常識からは、かけ離れたものだとしても。


この日の別れ際、彼に、封筒を渡された。
中には、現金が入っていた。
戸惑うわたしに、彼が言う。

  (犬の名)の手術代の足しにしな。

  えっ…
  で…でも…


「わぁありがとう」と受け取れる額ではなかった。

  だ…だって…
  どうしたのこのお金?


  バイトした。

  え…?

  ちょうど臨時のバイトがあったんでな。

  え…いつ?

わたしが、術後の犬の世話で、狂奔している最中だった。

  ええーっ!

いかに破格の優遇だったとは言え、それでも、この先やりくりどうしよう…と、胃痛を感じるだけの金額は、簡単に吹っ飛んでいた。

  い…いいの…?

  ああ。
  こいつの為に、やったんだしな。


思わず、彼に、しがみつく。

  ありがと…ホントに、ありがと…

  おう。
  それから、おい、(犬の名)!


彼は、犬に向かって、びしっと人差し指を突きつけた。
犬が、きょとん、と彼を見上げる。

  てめぇ、今度会う時までに、
  その腕の毛、生やしとけよ!
  わかったな!?


  ちょ…そんな無茶な!

久しぶりに、心から愉快で笑い転げてしまった。
けれどもわたしの視界は、涙で微かに滲んでいた。





強く

2009/11/28(土) 23:34:22
  俺は、お前を映す鏡だ。


彼が、わたしによく言う言葉だ。


  俺に限らず、お前を取り巻く人間は
  全てお前の鏡なんだよ。



彼は、こうも言う。


  お前の元旦那さんは、確かに酷い奴だ。
  だが、旦那さんがそうなったのは、
  お前にも原因があった筈だ。
  お前は旦那さんを、本当に純粋な愛情で
  夫に選んだか?


そう言われると…確かに、あの人を結婚相手として選んだ時、愛情よりも打算が優位であった事を、認めざるを得ない。
当時の会社では、あの人が一番の出世頭だった。
この人と結婚すれば、経済的な苦労はせずに済むだろう。
そういう思考が、本人を判断するのに大きな割合を占めていた事は、否定出来ない。


  Sにしてもそうだ。
  なんで近付けたんだ?
  そういう人間だという事は、
  わからなかったのか?


いや…本気で、『この人駄目。嫌だ』と思った事は、何度もあった。
それでも、付き合いを絶とうとしなかったのは…淋しかったからだろうか…?
この人を否定すれば、この人に頼ってしまった自分をも否定する事に、なるからだろうか…?
その当時の自分の、思慮の無さ、浅ましさを、自覚する事になってしまったからだろうか…?
おそらく、そうなのだろう。


  俺は、お前に対して、
  俺の全てを曝け出している。
  それが出来なくなった時、
  お前との関係は終わると思っている。



それは、判る。
彼は、本当に正直に、わたしに自分の全てを見せてくれていると感じる。
だからわたしは、ここ最近でぶり返してしまった、強烈な対人恐怖症に翻弄されながらも、彼の事だけは、信じていられるのだ。

そして、そこに彼の、途轍もない強さを感じる。

見栄も虚勢も、張らない。
美辞麗句も駆使せず、思った事を言い、思った通りに行動する。
それで相手が自分から離れるなら、それはそれでいい。
俺は、独りでも全然平気だ。
そういう強さ。
けれども実際、彼は独りではない。
友人だって居るし、仕事先でも信頼されている様だ。

彼が、周囲に隠している事は、自分がサディストであるという部分だけ。
そしてわたしは、そんな彼の性癖をも知る人間…。


わたしには、そういう強さが、無い。

わたしの本音を、真実の姿を見せれば、人はわたしから離れていくだろう。
それがわたしには、何よりも怖い事に思える。

  あんたみたいな嫌な子は、
  世の中の誰からも好かれない。
  私しかあんたの味方はいない。

そう母親に言われ続けていた事も、無関係ではないと思う。

だからわたしは心の中とは裏腹に、快活に振る舞い、鷹揚に振る舞い、周囲の人がわたしに抱いているイメージ通りに在ろうとし……最終的に、破綻する。
これを、繰り返している…。

偽りの自分を演じるわたし。
そしてその偽りのわたしを期待している周囲…。

自分に、正直に、生きれば、周囲を取り巻く人間も、変わるだろう。
今のわたしに必要なのは、それで独りになる事を、恐れない強さ。

そしてわたしが、本当に独りになる事は、無い。

何故なら、わたしの全てを曝け出しても尚、彼が傍に居てくれるから…。