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地図を見ながら、次に休憩する場所を決める。
もしも途中ではぐれたら、そこで落ち合うことになる。
そこは、前回の逢瀬の時に、
早とちりしたわたしが彼を待ち侘びていた道の駅だった。
そこまでなら、わたしにとっても走り慣れた道だ。
彼のバイクの後ろを、着いて行く。
彼の走りは、見事だった。
場所柄、ツーリングのバイクにはよく会うし、時々『この下手くそ…』と言いたくなるライダーも居るのだが、彼はそうではなかった。
山道だから、カーブも多いが、彼の走りは終始安定している。
相当、あちこち走っているというキャリアを感じた。
途中、彼が給油すると言っていたガソリンスタンドに立ち寄ったところ、閉まっていた。
日曜日に休むとは…さすが、田舎だけの事はある。
路肩でハザードを出して停まっていたわたしの横に、彼がバイクをつけた。
残量が厳しいんだが…。
仕方がない。
進んで、道の駅に行こう。彼の言葉に、頷いた。
ところが、その道の駅の横に、ガソリンスタンドがあった。
開店している。
わたしはほっと胸を撫で下ろし、先に道の駅に入って待った。
暫くして、彼がやって来る。
よかったね。
開いてるスタンドがあって。 ああ。言いながら彼が、地図を取り出す。
…筆記用具を忘れた…。
お前、持ってるか? うん。ボールペンを受け取ると、彼は地図にスタンドの位置を書き込む。
日付は書かないの? え? さっき見た別のページには、
走った日付が書いてあった。 書くけどな。
なんでお前に指示されなきゃいかんのだ。
大体、調子狂うんだよな。
バイクで出た先に、お前が居るってのが。
だからこの俺が、筆記用具を忘れて来たりするんだ…。変な難癖をつけながら書き込んでいた、彼の手が止まる。
今日は、○日だよ。 おお、そうか。
…ったく、調子が狂う…。そう言いながらも、彼は笑顔だった。
彼がポケットからデジカメを撮り出す。
俺が、何を撮ろうとしてるか判るか? …そこの、緑とタンポポのコントラスト? そうだ。よく判ったな。 だって、綺麗だもん。彼が、何に心を動かされたか見抜けたことに、わたしも満足する。
天気の良い休日、道の駅は賑やかだ。
開いているベンチを見つけ、腰をかける。
彼が、小銭を取り出して言った。
飲み物を買って来い。
今の俺が何を欲してるか…。
考えて、選んで来い。 ええっ。そこで気が付いた。
彼は、わたしの以前のエントリー『
恋人のように』を読んだのだ。
彼がわたしを試すようなことをすると、わたしが緊張すると知り、それを面白がっている。
わたしを怯えさせたり、緊張させたりするのが、大好きなのだ…。
自販機の前で、思案する。
この地域の風は、バイクにはまだかなり寒いだろう。
だから、温かい方が欲しい筈。
以前、一緒に喫茶店に行った時、彼は、コーヒーにミルクも砂糖も使っていた。
だから、ブラックはあまり好きではないと見ていい。
既にここまで走って来ている分、疲れもあるだろうし、甘めの飲み物が欲しいのでは…。
わたしは、カフェオレを選択した。
彼が飲むのを、緊張の眼差しで見つめる。
…うん、美味い。合格だ。ほっとして微笑む。
道の駅の土産物を冷やかした後、次の目的地に進む。
そこで、昼食にする。
二人して、ざる蕎麦を頼んだ。
彼は、山葵を使わない。
え、山葵も駄目なの? うん。わたしは、彼の山葵も貰って使う。
彼は、どうやら辛い物が本格的に苦手らしい…。
インプットした。
彼の方もきっと、わたしがかなりの辛党だとインプットしたことだろう。
…なにしてるんだ? ん?蕎麦湯を作ってるんだよ。 蕎麦湯…?
俺にも作れ。一口飲んで、言う。
美味いじゃないか。 でしょ?
わたしなんて、お蕎麦屋さんで蕎麦湯が出ないと、
もうがっかりしちゃうんだよね。
二度と行かないくらい。これで、彼が食道楽ではないことも判った。
身体の付き合いだけなら、知らないでいたに違いないこと…。
それをどんどん知っていくのは、とても楽しい。
そこは、茅葺屋根の民家が残っているところで、食事の後は観光することにする。
腕を組んで、ゆっくりと散策する。
あ、チューリップがあんなに。
いろんな色があるねぇ。 お前は、花ばっか見てるな。彼が、笑う。
あ、見て、スズランだ。
あれはね、ああ見えて毒があるんだよ。
人も殺せる。
可愛い花なのにね。 …おまけに変な事よく知ってるな…。 そんな本ばっか読んでるからね。 毒があるのは何処だ? えーっとね…。こうして笑顔で寄り添い、仲睦まじげに歩いているわたしたちを見て…誰が、SとMのカップルだと気付くだろうか。
一旦スイッチが入ると、凄まじく冷酷な表情になる彼を、誰が想像できるだろうか…。
不思議な感じだな…。 何が? 俺がバイクで出掛けた先に、お前が居るってのが。 それ、さっきも言ってたね。
ツーリングって、バイク仲間と一緒だったりしないの? そういう時もある。
だが基本は、単独ツーリングだ。
その方が気楽だし、好きな様に動けるからな。不思議なのは、わたしも一緒だ。
ちょうど1年前の今頃…わたしは、荒れ果てた家の中で、今日が何月何日なのかも把握せぬまま、寝て、起きて、時々食べて、また寝て…という生活をしていた。
どうすれば、誰にも迷惑をかける事なく、この世から消えてしまえるだろうか…という事ばかり、考えていた。
それが今は。
こうして陽光の下で、満面の笑顔で、愛しい人の腕に触れている…。
時々、この世から消えたいという発作に襲われる事もあるけれど…その波の来る間隔は、どんどん開いていっている…。
彼の笑顔が、わたしはまだ、ここに居ていいと言ってくれている。
この笑顔を、失いたくない。
ずっと…。
切実に、そう思った。
さて、次、行くぞ。
ここからは、道がどんどん狭くなるからな。
気を付けて着いて来いよ。 うん!わたしは、自分でも可笑しくなるくらい、元気な返事をした。