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彼との距離

2008/04/28(月) 21:05:54
彼の案内で地元の空港に行き、展望台に上って、段々暮れていく風景を並んで眺めた。

  山があって、海があって、
  住環境は閑静だが、決して田舎ではない。
  何とも贅沢な街だろう?
  ここで生まれ育った訳じゃないが、
  俺は、そんなこの街が好きなんだ。


彼が言う。
風の冷たさを堪えられなくなるまで、彼の好きな風景を、一緒に眺めた。

  そろそろ、また犬を散歩させてやりたいな…。

  よし、じゃ、いい場所に案内してやろう。

海辺に作られた綺麗な公園は、わたしたちの他には誰も居ない。
芝生の上に作られた通路を、犬を連れて、ゆっくり歩く。
犬は、すっかり彼に懐き、彼が名を呼ぶと、真っ直ぐ視線を合わせる様になっていた。
キラキラと輝くその目は、きっとわたしが彼を見る時の目と、そっくりなのに違いない。
親愛の情と、信頼の込められた瞳…。

一巡りした後、ベンチに腰掛ける。
わたしは、彼に寄り掛かって甘え、キスをせがむ。
彼の唇が、舌が、わたしをすっかり蕩けさせる。
周囲は、近隣のスポーツ施設の照明と、所々に設置された街灯で、真っ暗という程にはなっていない。
それに、公園の構造も見通しが良く造られていて、隠れられる様な場所も無い。
ここでは、キス以上のことは出来ない…。

  くそ…お前にぶち込みてえなぁ…。

キスの合い間に漏らす彼の呟きが、彼もわたしと同じ気持ちである事を教えてくれる。

  ま、いい。
  後でもっと暗い処に行って、それから…な。


わたしは、頷いた。


車に戻り、彼の希望で、巨大なインテリアショップに向かう。
いろんなテイストの家具が、モデルルームの様にディスプレイされていて、それを見て歩くだけでも一苦労、といった様相のショップだった。
彼と腕を組んで歩き回りながら、これが素敵、あれが好みと言い合う。

  お前の部屋は、どういうテイストなんだ?

  決まってないなぁ…。
  雑然としてる。


  どうせ、すげー散らかしてるんだろ。

  …うん。

わたしの部屋に残る、絶望の痕跡…。
離婚話が持ち上がった時に、生きる意味を完全に見失い…その結果、荒れ果ててしまった、わたしの部屋。
そこにわたしの先天的な障害が加わって拍車をかけ、ようやく外に出て働く様になり、こうして彼を求めるようになっても尚、収拾をつけることが出来ずにいる部屋…。

彼の部屋は、彼からのメールに時々添付されている写真から、かなりシンプルで物が少なく、整理整頓されていて綺麗なのが推し量れる。
そんな彼に、わたしの部屋を見せたら、きっと愕然とするだろう。

ディスプレイされている家具に並んで座ってみたりしながら、ふと、どこかで彼とこうして暮らす事を夢想したりする。

  俺とお前の距離って、
  このくらいが丁度いいんだろうな。


  え…?

  近過ぎると、ちょっとした時間に無理にでも逢って
  セックスばっかりしてるだろうよ。
  仕事に差し障る程にな。


  ああ…それでも、遠距離って言う程、
  離れてもいないもんね。


  ああ。
  だからいいんだ。
  近過ぎると、きっと俺たちは駄目になる。


唐突に感じたこの話題は、もしかしたら彼も、わたしと暮らす事を想像していたから出たのかも知れない。

それでも、見目良くディスプレイされたお洒落な家具たちは、今までとは違う新しい生活を夢想させる。
いつだったか彼に言われた、『自分の生活を再構築しろ』という言葉も思い出し…一緒に暮らすのでなくても、わたしの手によって整えられた環境で、彼と時を過ごしたいと考えさせるには、充分だった。


やがて、店内に「蛍の光」が流れ出す。
かなりの時間、遊んでいた様だ。
楽しい時の過ぎるのは、あっという間だ…。

  さて…。
  ここを出て…お次は。


ニヤリとする彼。
その表情に、嬉しさと戸惑いと決まり悪さを感じながら、インテリアショップを後にした。