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心に芽生えたもの

2008/03/23(日) 13:16:41
初めてお仕置きをされた日。
わたしの中で、何かが大きく変化した。

彼の隣に、座れなくなった。

それまでは、彼がソファに移動して寛ぎ始めると、わたしも隣に座っていたのだが、この日はどうしても、彼の隣には座れなかった。
彼の足元、床の上に座っていたのだ。
彼の事を、見上げていたかった。
肩を並べて寛ぐなど、自分には相応しくないという気がした。

  どうした?
  座らないのか?


最初、彼は、不思議そうだった。

次にソファに移動した時も、床に座ったわたしに言った。

  なんだ?
  そこが落ち着くのか?


  うん。

頷いたわたしを見下ろす彼の瞳に、なんとも言えない光が一瞬走った。
あれはきっと、端的に表現するなら、満足感…。
自分の行為がもたらした、思いもよらぬ効果を目の当たりにし、悦に入ってほくそ笑む…とでも言う様な…そういう光だった。
その瞳の色を見た時、わたしの心の中で、何かが蠢いた。
けれども…それが何なのか判らなかったし、今でも明白な形を為さずにいて、言語化できぬままでいる…。

彼の太股に寄り掛かって腕を回し、頬を押し当てる。
彼の手が、わたしの髪の中に滑り込む。
髪を梳く様に頭を撫でられ、わたしは、大きな安心感に包まれる。
ついさっきまで、その手に自由を拘束され、髪を引っ張られ、打たれていたというのに。
今、彼に突然スイッチが入れば、その手に何をされるか判らないというのに。
それを不安に感じない自分が、とても不思議だった。


かつてわたしは、どういう切っ掛けでどんな暴力をふるうか判らぬ人々の傍で、身を縮めて生活していた。
その恐怖は、わたしの心と身体に、深く深く刻み込まれている。

成人して結婚もした後、母親と会っていた時のこと、彼女がわたしの横で、突然身体を動かした事がある。
その瞬間、わたしの身体が母親から逃げ、わたしは頭を抱えて縮こまった。
母親は呆気にとられた顔をした後、笑った。

『何よ、それ。
 しょっちゅう叩かれてた子みたいに。』

わたしも、自分の無意識の反応に、驚いていた。
しょっちゅう叩いていたではないか。
でなければ、こんなパブロフの犬の様な、反射的行動が出るものか。
そう言いたかったが、その場では言ってもしょうがなかったので、言葉を飲み込んで、掌に吹き出した汗を握り締めた。


それほど暴力に怯えていたわたしが、今は彼の足元で、すっかり安心しきって寛いでいる…。
この差は一体、何なのだろう…。


ぼんやりと眺めていたTVの画面が、消えた。
思考に没頭していたわたしも、我に返る。

  さて…舐めて貰おうか。

頭上から降ってくる、彼の静かな声。

ひとつだけ、はっきりしていることがある。
それは、今後、こうして彼と二人きりの場では、決してわたしは彼と肩を並べて座ろうとは考えないだろう、という事。
わたしの心に芽生えた、自分の立場を弁える気持ち…。

わたしは彼を見上げ、微笑しながら頷いて、彼の命令に従った。