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初潮の夜

2008/03/21(金) 18:23:00
小学校高学年になった時。

女子だけ集められて受ける、特別授業があった。
そう、生理に関する説明会だ。

その時の衝撃は、忘れられない。


わたしは、生理に関して何の予備知識もなかった。
男女の性差は、おちんちんやおっぱいの有無程度に捉えていて、内臓の構造まで違うなどとは考えた事もなかったのだ。
突然インプットされた、自分の身体に関する重要かつ膨大な情報…。
それを全く知らずにいた事に、まずは激しい衝撃を受けた。

さらにショックだったのは、クラスの女子の殆どは、母親から教えられて、既に知っていたという事実だった。

家に帰り、わたしは母親に、生理について習った事を報告した。
そして、他の女子の事も話し、『どうしてわたしには教えてくれなかったの?』と尋ねた。
『あんたにはまだ早いから。』
母親の返事は、それだけだった。


わたしは、読む本、聴く音楽、観るテレビ番組に至るまで、母親の許可を取らねば見聞きする事を許されない生活を送っていた。
わたしの希望を聞いた母親が、まずは内容をチェックし、不適切と判断されれば、それに触れる機会は失われていた。
そんな状態に、不満がなかった訳ではない。
けれどもその頃わたしは、学校の図書館で小説を読む楽しさに目覚めており、母親も、学校が置いているものなら安心とばかりに、どんなものを読んでいるかまではチェックを入れて来なかった。
わたしはそこで、ホラー小説や推理小説、SF小説に触れ、何とか自分の好奇心を満足させていた。
母親がそういう手段を取っていた理由は、彼女によれば『教育的なものでないなら、知る必要はない』から。
それなのに彼女は、学校の授業で扱われる様な、充分に教育的と思われる…しかも、わたし自身の身体に関する…そんな情報まで、独断で遮断していたのだ…。
そういう風に考えた時に、母親の与えるもののみ甘受するだけの当時の現状には、改めて強い反発と不信感を覚えたものだ。

生理について、尚も詳しく情報を得ようと質問を繰り返すわたしを、彼女は、優しくて物分かりの良い母親を演じる時の、独特のアルカイック・スマイルで見つめていた。

『そんなに興味があるの?
 ませてるのねぇ。』

その目の色を見てわたしは、こういう話をこの人にはあまりするべきではないのだ、と、感じた。




やがてわたしは、中学2年生になった。

その頃には、クラスの女子の殆どに生理があり、わたしは不安な気持ちになっていた。
何故、自分には、女性としての成長の証が訪れないのだろう。
なにかおかしな病気に、冒されているのではないだろうか、と…。

けれども、その日はやって来た。

今まで経験した事のない不快な腹痛に、昼過ぎから悩まされていたわたしは、部活を休んで早めに家に帰り、部屋に寝転がって、読書をしていた。
本に夢中になっている間は、痛みを忘れる事が出来た。
しかし読み終わってしまうと、次第に痛みを増していく、この不思議な腹痛は何だろう、と気になってきた。
トイレに入って下着を下ろし、絶句した。
そこは、赤黒いもので、ぐっしょりと濡れていた。

どのくらい、そのままの姿勢で硬直していただろう。
ようやく、初潮が訪れたことに思い至ったわたしは、とにかくどうすればよいか判らなかったので、母親のもとに飛んで行った。
わたしの報告を聞いた母親は、驚いた顔をした後、言った。

『そう…とうとう来たのね…。』

この時わたしは、自分だけが普通ではない様な心境から解放され、『やっと来た』という安堵感で一杯だった為、彼女の『とうとう』という言い方には、引っ掛かりを感じた。


その夜は、父親が早く帰宅した。
母親から連絡があったのだろう、彼は、チェリータルトのホールケーキを買って帰って来た。
何のお祝いかと無邪気にはしゃぐ妹たち。
『お赤飯は間に合わなかったから、代わりにね。』と、笑顔の母親。

しかしその笑顔を向けられる度に、わたしはひどく落ち着かない気持ちになった。
口元だけは、慈しみ深く見えそうな笑みを浮かべているが、目元は、彼女が表面とは全く違う感情を内包している事を、如実に物語っていた。
父親に、女性独特の身体の変化を知られた、という羞恥心よりも、その笑顔を母親に向けられる事の方が、何故か不快だった。

食事の後片付けをする母親を手伝っていた時、彼女が言った。
『それにしても、お母さんが初めての時は、
 恥ずかしくて恥ずかしくて、
 暫くの間は誰にも言えなかったのに、
 あんたは大喜びですっ飛んできたねぇ。』
『そりゃクラスで一番わたしが遅かったんだもん、』
どこか変なんじゃないかと心配だった…と続けようとしたわたしを、母親が遮った。

『女になったのが、そんなに嬉しいんだね。』

彼女は、わたしの方を向いていなかった。
洗い物をする自分の手元を見ていた。
まるで、犬の汚物を踏んづけたような表情をしていた。

この人は、わたしが女性として成長した事を祝福していない。
それどころか、嫌悪してさえいる…。

その夜わたしは、それを胸に、焼き付けた。