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彼の言葉

2008/03/15(土) 04:42:27
彼が、空腹だと言うので、ソファに移動した。

  お前、来るのが早すぎ。
  俺、朝飯食う時間なかったぞ。


笑う彼に、途中で調達した食料やおやつを披露する。
食べ始めた彼の足元で、わたしは部屋中に散乱した洗濯ばさみを集めてきて、整理していた。

  どうした?
  上に座らないのか?


  ん…ここがいい。

ひと息ついた後、再び彼が口を開いた。

  俺は、お前の離婚の理由も事情も何も知らない。
  けれど…離婚ってのは、夫婦両方に原因があると思ってる。


わたしは、彼を見上げた。

  それから、俺がおまえを見ていて思うのは、
  おまえはおそらく無意識なんだろうが、
  男の領域に平気で踏み込んだり、
  踏み躙ったりすることがあるんじゃないかと思う。


夫に言われて…その時には理解できなかった事。
それらの言葉が、そういう視点から見たならば理解できる、と思った。

  俺の言う事、事情も知らない癖に、と思うか?

わたしは、首を横に振る。

  思い当たる事が、ある…。

  そうか。

初めて聞く、彼の声色だった。
春の雨の様に、穏やかで、暖かくて、わたしの耳と心に、ゆっくりと沁み込んでくる。

  お前の心象風景を想像すると、
  広い草原の中で、お前は、大きな樹の
  切り株を見て呆然と立ち尽くしている。
  そんな絵が浮かぶ。
  大きな樹は、旦那さんだ。
  今までは、この大木の陰で雨露を凌いで、
  快適に暮らしていたのに、
  突然切り倒されてしまった。
  それでお前は、途方に暮れている。


彼の職業は、クリエイターだ。
その想像力から紡ぎ出される言葉は、わたしの脳裏にも微細な情景を浮かび上がらせる。
いつの間にか、涙が頬を伝っていた。

  お前はとにかく樹の下に逃げ込もうとしている。
  最初は、Sだ。
  Sが駄目なら、俺。
  依存する先を探してるんだ。
  俺を好きになりたいというのは、
  俺に依存したいって事だろう?


彼の大きな手が、わたしの頭を撫でている。

  人は、出逢った以上、必ず別れなければならない。
  どんな形であれ、別れは必ず来る。
  その覚悟はしておかないといけない。
  俺は、お前を失う事も覚悟している。


  もう…?
  逢ったばかりなのに…?


  逢った瞬間から、いつも覚悟してるんだ。

彼を失う事をひたすら恐れているわたしには、到底出来そうもない…。
涙がぽろぽろと零れ落ちる。

  失う度に、次に逃げ込む先を探す様では駄目だ。
  自分自身が大木にならないと。
  その為には、何か、軸になるものを持て。


  …軸…?

  そう、軸。
  軸があってしっかりしていれば、
  多少の事があってもぶれたりしなくなる。


  Tさんの軸は、なに?

  俺か…俺は、バイクかな…。

大好きで、打ち込めるものという意味なのだと理解する。
わたしが打ち込めるものは、何だろう…。
いろんな趣味はあるけれど、その殆どが夫に教えられたものだ。必然的に、夫と危機を迎えている今、足が遠のいてしまっている。

彼を見上げたまま、思考を巡らせる。

以前、打ち込んでいたものは、仕事だった。
けれども今はその仕事も失い、しがない事務員として糊口を凌いでいる有様。
夫に関係なく打ち込んでいることといえば、読む事と、書く事…。

  それから…欲望を、実現させる事かな。

彼の欲望は、性的なもののみならず、多岐に渡る。
そしてそれを実現させる為にどういう努力をしているか、わたしはその一部を垣間見ている…。

  お前の軸になるものを探せ。
  なにものにも依存しない女になれ。
  自立した、かっこいい女になるんだ。


彼が望むなら、そういう女になりたい…。
そう考えてから、打ち消す。
この思考そのものが、既に彼に依存しているではないか。
わたしは、わたしの意志で、そうならなければならない。
彼が求めているのは、そこなのだ。

彼が、ニヤリと笑った。

  そういう女を、俺の下で
  ヒィヒィ言わせるのが愉しいんだから。


わたしは、涙を流しながらも、声を立てて笑った。