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蓮華草

2008/03/16(日) 03:14:21
春が来る。
日に日に温度が上がり、雲雀が長閑な歌声を響かせている。
鶯もやって来た。
下手糞な囀りで、春を謳歌している。
これからどんどん、上手に鳴ける様になるのだろう。

もうすぐ、付近の田圃は蓮華草で埋め尽くされる。
蓮華草を見ると、わたしの心の奥底に封印された出来事が、息を吹き返す。
わたしが、自分が女であることを忌まわしく思う様になった、原初の出来事…。



幼い頃わたしは、西日本の田舎町に住んでいた。
両親と、妹たち。
その隣家に、父方の祖母。
妹たちとは歳が離れていた為、わたしはよく、近所の同じ年頃の男の子たちと野山を駆け巡って遊んでいた。
1人で遊ぶ事も、苦痛ではなかった。

その日わたしは1人で、いつもは行かない蓮華畑で蓮華摘みをしていた。
そこに、会った事のない男の子が現れ、一緒に遊んだ。
おそらく、中学生くらいだったと思う。
どういう会話を交わして、そんな事態になったのか…記憶がない。
わたしは蓮華畑に横たえられ、下半身をむき出しにされていた。
『お医者さんごっこだよ』
手垢に塗れたあまりにも陳腐な理由付けで、わたしはそんな状態にされ、未発達な女陰に蓮華草を飾られていた。
わたしを見下ろす少年の、顔も、表情も、全く憶えていない。
ただ、自分の周囲を埋め尽くす蓮華草を、いつもとは違う角度から見つめていたその情景だけが、わたしの記憶に映像を結ぶ。

その出来事が、何故、大人たちの知るところになったのか。
それも記憶にない。
ただ、わたしの家にたくさんの大人がやって来て大騒ぎになり、母が泣き叫び、祖母と父が怒号を上げていた。
訪ねてきた大人たちの内数人が、玄関先で土下座していた。
一緒に遊んでくれた少年の姿は、なかった。

やがてわたしは、祖母の傍らに呼ばれた。
そしていきなり祖母にパンツを脱がされ、スカートをたくし上げる様に言われた。
大人の女の悲鳴が、響き渡った。
母と、土下座していた女の人だった。
その声でわたしは、下着を脱がされるという事が、とても異常で酷い事なのを悟った。
『しのぶちゃん、言いなさい。
 あんたをこうしたのは誰?
 ここに居る?
 ここをどうされたの?
 言いなさい!』
祖母が言う。
『やめて下さい!
 お願い、もうそんな事、しないで上げて…!』
土下座した女の人が、号泣していた。
わたしも泣いていたと思うが、憶えていない。
『(母の名)さんの娘は怖いねえ。
 こんな子どものうちから、こんな事されて悦んでるなんて。』
『違います!
 こんな子に育てた覚えはありませんっ!
 私のせいじゃありませんっ!』
祖母の、底意地の悪い声と、母の悲鳴。
そんな中、土下座していた女の人が、泣きながらわたしに言った。
『ごめんね。
 しのぶちゃんは、何にも悪くないんだからね。
 うちの子が悪いんだからね。
 気にしちゃ、だめだからね。』
この夜の事態が、どう終わりを告げたのか、それも記憶にない。

それから暫くの間、わたしは少年と会った蓮華畑にこっそり出掛けていた。
少年ではなく、少年の母親に会いたかった。
どうしてわたしは悪くないのか、その理由を教えて欲しかったのだと思う。
勿論、再会などできる筈もなかった。
その出来事から程なくして、一家は引っ越してしまっていたからだ。
それをわたしが知ったのは随分後だったが、わたしが残念そうな顔をしたのだろう、母が憎々しげに言った。
『なに、あんた会いたかったわけ?
 つくづく厭らしい子だねぇ。』



今でも、蓮華草を見ると、思い出す。

あの時の少年は、どんな大人に育ったのだろうか。
それを知りたいと、わたしは今でも思っている。



眼球愛撫

2008/03/16(日) 12:47:49
ソファの上で寛ぐ彼。
その足元に座り込み、涙を流し続けるわたし…。

彼がソファに寝そべり、わたしを抱き寄せる。

  久しぶりに、舐めたい…。

彼が舐めたがるのは、わたしの眼球。
わたしはおとなしく彼の為すがままになり、涙で濡れた眼球を舐められる。


-----


初めて眼球を舐められたのは、何度目の逢瀬の時だったろう。

  他にわたしにしたい事、ある…?

ベッドの上で、彼の腕の中に抱かれながらそう訊いたわたしに、彼は微笑んで、

  ある。

そして、逡巡する様な表情を一瞬浮かべた。

  眼球、舐めたい。

  眼球!?
  …目玉のこと?


  うん。…嫌か?

  いや…コンタクトもしてないし、
  大丈夫だと思う…。


コンタクト。
何という頓珍漢な返答だろう。
そう考えてわたしは少し可笑しくなった。
彼はすぐにわたしの上に圧し掛かり、瞼を指で押し開くと、舌を眼球の上に這わせた。
経験した事のない、不思議な感触…。
舐めながら呼吸が荒くなる彼の体重を受け止めながら、この人の性欲はやっぱり少し変わっているな…と考えた事を思い出す。

あれは、初めて逢った時の出来事だろう。
あの時わたしたちは、これからどんな欲望を実現させたいか、そんな事を話し合っていたから…。

  痛いか…?

  ううん。大丈夫。

  眼球舐められるのって、どんな感じだ?

  …わかんない…初めてだし…不思議な感じ…。

  俺も初めてだ。
  …嬉しいよ。願望を叶えてくれて。
  ありがとう。


  ううん。

  お前は?
  お前は、今まで叶えられなかった願望、何かないか?


  ん…と。

わたしも逡巡する。
壊して欲しい。
完膚なきまでに。
いきなりそんな事を要求して、彼を怯ませはしないだろうか…。
少し考えて、無難かも知れないと思った願望を口にした。

  口の中に出したり…
  顔に出したりして欲しい…。


  それって…顔射か?

  う、うん…。

  変わってんな…。
  普通の女は嫌がるぞ?


  そ、そうなのかな?

何故、普通の女は嫌がるのだろう?
あれこそ、男に完全に征服された証のような行為ではないか。
過去に、そうして欲しいと頼んだ男が居ないでもなかったが、『AVの見過ぎだ』と一蹴され、汚いものを見る様な目つきをされた。
それっきり、その願望をわたしが口にする事は無かった。

けれども彼は、嬉しそうに笑った。

  そうか…お前も変わってるんだ…。

そしてわたしを強く抱き締めた。

  お前も、変わった女なんだ…。

彼が、悦んでくれているのが判った。

  今日は残念ながら出来ないが…
  風邪が治ったら、必ずしてやる。


そう、初めて逢った時、彼は酷い風邪をひいていて…。
強い咳止めの副作用で、前立腺異常を起こしたのか、勃起力を失っていた。
メールのやり取りで、彼はそれを正直に告白し、逢いたい気持ちは強いけれども、わたしを失望させる事になる、と告げて来たのだった。

あの時わたしは、その正直さに、彼の誠意を感じた。
『風邪が治らないから逢わない』
のひと言で、良いではないか。
それをしなかった彼のメールから、わたしを強く求める気持ちと、わたしに対して誠実であろうとする気持ちを感じて…。
逢う前からわたしは、彼を単なる肉欲解消の相手として見る事が、出来なくなっていたのだ。

  元気になったら、お前の穴という穴全てを犯してやる。
  全ての穴に、ぶちまけてやる。
  勿論、顔にもだ。
  楽しみにしていろ。


あの時彼は、とても愛おしそうにわたしを抱き締めて、耳元でそう囁いた…。


-----


彼の舌が、まだわたしの眼球を舐め回している。
彼の加虐願望の強さを知った今では、その行為に一抹の恐怖を感じる。
彼は本当は、わたしの眼球を抉り出し、飴玉の様に口に含みたいのではないだろうか…。
そうされた時、わたしの眼球は、どんな味がするだろうか。
血液以外のどんな味を、彼の舌に届けるだろうか…。

舐められ続けて、わたしの涙が止まる。
眼球から、頬、唇と、彼の舌がその場所を移動する。
唇を離し、わたしの目を覗き込んで、彼が言った。

  舐めろ。

わたしは頷くと、ソファに座り直した彼の膝の間に、身体を滑り込ませた。