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完璧主義...(1)

2008/06/07(土) 12:06:17
『完璧に出来ないのは
 何もしていないのと同じ』

わたしは、そう言われながら育った。

「これを手伝ってくれたら、お小遣いをあげる。」
母親に言われて、小遣いを貰うという習慣のなかったわたしは、俄然張り切る。
しかし、どこかで必ず駄目出しをされ、実際に小遣いを手にすることは、無かった。
完璧に出来ていなかったからだ。
そしてそれは、何もしていないのと同じだからだ。

今なら、それが完璧に出来ているか否かは完全に母親の主観であり、やらせるだけやらされた挙句、主観的にそれを否定されるなんて、とても理不尽だと思う。
もしかしたら母親は、小遣いにホイホイ釣られるわたしを便利に使い、成功報酬を渡す気は全くなかったのかも知れない。
それなのに、今度こそは貰えるかも知れないから…と、母親の言いなりになり続けた当時のわたしは、何て愚鈍なのだろう。

そしてこの論法は、今でも色濃く、わたしに影響を与えている。
ただしわたしは、他人に対して完璧を求めることは、無い…無い筈だ。
何故なら、完璧に仕上げる事の難しさと、どの段階をもって『完璧に出来た』と判断するかには主観が入ることを、よく知っているからだ。
その代わりにわたしは、完璧でないと思うと、自分を責めてしまうのだ。
完璧に出来なくなった原因を、予見出来なかったわたしが悪いのだ、という風に。
そして、自己否定と自己嫌悪に囚われる…。


だから彼が、己を『完璧主義者だ』と評した時、完璧主義と自己否定が表裏一体となっていない彼に、とても不思議なものを感じた。

ベッドで、抱き合って寛いでいる時に、訊いてみた。

  Tさん、完璧主義者だって言ってたけど、
  完璧に出来なかった時は、どうするの?


  完璧に出来るまで、挑戦し続けるさ。

  でも、自分の力の及ばない処で
  どうしても完璧に出来ないことって
  あるでしょう?
  そういう時は、どう折り合いをつけるの?
  わたしは、そういう状況で完璧に出来ない時も、
  凄い自分を責めてしまうの。


  お前は何様だ?

頬に軽く、平手打ち。

  自分の力がどうしても及ばない処まで
  コントロールしようとするのは、
  ただのエゴだ。


  えっ?
  …だって、例えば仕事なんかだと、
  この人に頼んでしまった自分のミスだ、とか
  思ったりしないの?


  そいつが、俺の思う結果を出せなかった場合も
  ちゃんと予測しているからな。
  色んな結果を想定しておいて、
  どれかに当て嵌まったら、
  俺はそこに満足する。


また、わたしには無かった視点を提供された…。
わたしはそのまま、沈思黙考に突入する。
彼が、そんなわたしを、きらきら瞳を輝かせ、興味深げに観察している。
この時わたしは、彼のバイクがパンクした時のことを、思い出していた…。