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夕方、彼から帰りのルートを知らせるメールが入った。
わたしの家の傍を通りますね。
逢っていただけませんか…?逢って、伝えたかった。
わたしを1時間半も待ってくれた事が、どんなに嬉しかったか。
彼に不愉快な思いをさせてしまって、どれだけ申し訳なく思っているか。
いいだろう。
俺はこれから○○へ行く。
お前も○○へ向かうといい。返事が来る。
そこは、以前彼が
アクシデントに見舞われた町だった。
あの時、彼が、暗くなってから走るのは緊張する、と言っていたポイントを思い出す。
あそこを伴走出来る様にしよう…。
慌しく出掛ける支度をし、車に飛び乗る。
自分を憐れんで泣きじゃくっていた、24時間前のわたしは、もう居ない。
身体を動かし、家の片付けをしているうちに、どこかへ消えてしまった。
今は、一刻も早く、彼に逢いたい。
そして少しでも長く、彼と共に居たい。
その想いだけを胸に、危険を感じぬ程度に速度を上げる。
すれ違いになっては大変と、途中の道の駅で待機する事にした。
その旨メールを送り、バイクの音に耳を澄ませながら、彼を待つ。
彼のバイクが見えた時、様々な想いが胸を満たした。
無事に帰って来てくれた…。
またこうして、彼に逢う事が出来た…。
こいつ…。ヘルメットを脱いだ彼が、微笑む。
お帰りなさい。
…ごめんなさい…。それだけ言うのが、精一杯だった。
言葉の出ないわたしは、思わず彼に抱き付く。
おいおい、俺のルール、
忘れてねえか?
公衆の面前ではイチャつかない、だ。 誰も居ないもん。田舎町の道の駅は、静寂と闇に満たされている。
けれどもしも誰か見ている人が居たら、40女が人目も憚らず、若い男に抱き付く様は、さぞかし見苦しい光景だったろう。
(彼は、30歳代後半だけれど、かなり若く見えるのだ。)
イチャつくなと言いながら、彼の手もわたしの背中に回る。
やっぱりお前は温かいな。
湯たんぽに最適だ。わたしの全身に、幸福感が満ち溢れる。
あれだけ怒らせた彼の体温を、再び感じる事が出来た悦びを、しっかりと噛みしめる。
その後わたしたちは、わたしの町のドライブインに移動した。
バイクを降りた彼が、助手席に乗り込んで来て、撮ってきた写真を見せながら、お土産話を聞かせてくれる。
両手を出せ。言われた通りにしたわたしの掌に、彼が小石を載せ始めた。
ポケットから次々と、結構たくさん出て来る。
何これ、綺麗…。 ここの河原で拾って来た。
いくつか好きなの、選んでいいぞ。
やる。 いくつ? 2、3個…。4個…。
…3個。3個だ。答えが変わる彼の言葉で、その小石たちに対する彼の気持ちが解る。
これは、彼の宝物なのだ。
その中からまずわたしに選ばせて貰える事が、とても嬉しかった。
ぱっと見て気に入った小石をまずは何個か選別し、ひとつひとつ吟味しながら、候補を絞り込む。
色が綺麗で、表面がスベスベとした小石を3個、選び出した。
これにする。
ありがと。失くしてしまわぬ様、いそいそとポーチに仕舞い込んだ。
お前は、明日も仕事休みか? うん。 それなら…俺がここから帰る時、
いつも使うルートを教えてやろうか?彼と居られる時間が延びるのだ。
わたしに否と言える筈が無い。
今までわたしが使った事の無い道を、彼に着いて走っていく。
彼の住む街に着いたら、ラーメンを食べる事になった。
どうだった、あのルート。 距離的には、わたしの使ってるルートより長かった。
走りやすさは段違いにいいけど、
日中はあちこちポリさんが隠れていそうね。 お前トバすからなぁ。
あと、スタートダッシュする癖がある。
だからあのルートの方が、燃費がいいぞきっと。ラーメンを啜りながら、そんな会話をする。
彼がぐっと身体を寄せ、わたしの耳元に囁いた。
ここのラーメン食った翌朝は、
いつにも増してチンポがギンギンに勃つんだ。
…残念だな、明日は逢えなくて。鼻からラーメンを吹き出しそうになった。
ラーメン屋を出た後、彼が『じゃあな』とひと言、バイクの方に立ち去ろうとした。
わたしは、慌てて彼の腕を取る。
なんだ? …もうちょっとだけ…お願い…。翌日、彼は仕事で朝が早い。
それが判っていながら、我儘を抑えることが、出来なかった。
…しょうがねえなぁ…。苦笑する彼だが、その瞳はとても温かく和んでいた。
助手席に乗り込んできた彼にしがみつき、唇を貪る。
ふふ…。
お前、辛いヤツの味がする。わたしだけがラーメンにたっぷり使った、唐辛子の事だ。
Tさんも…ラーメン味だよ。密やかにクスクスと笑い合いながら、唇を重ね続ける。
彼の舌が、侵入してきた。
わたしは、短い舌を一生懸命伸ばして、彼の舌に絡み付ける。
背中を這い回る彼の腕に、力がこもる。
『嬉しい』
『幸せ』
脳に浮かぶ思考は、それだけ。
このまま蕩けてしまいそう…。
その感覚に、身を委ね続けたいけれど、彼は明日、仕事がある…。
理性が戻って来た事を、少し恨めしく思いながら、唇を離した。
今日も逢ってくれて、
ほんとにありがと…。 ん。おやすみの挨拶を交わし、彼が車を降りる。
ドアを閉めようとして、ふと手を止めた。
しのぶ。 はい? 病気に負けるなよ? …はい…!バイクのテールランプが見えなくなるまで、その場で彼を見送る。
キーをひねる。
闇の中、愛車の始動音が、轟いた。