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2008/04/25(金) 00:50:45
11回目の逢瀬の朝は、目覚めると快晴だった。
彼からのメールは来ていなかった。
もしかしたら、わたしへの連絡などそっちのけでまずは目的地に向かっているかも知れないと考えた。
わたしもこれから向かうとメールしてから、犬と共に車に飛び乗る。

道中、沢山のバイクとすれ違う。
バイクを知らないわたしは、彼がなんというバイクに乗っていたか、以前聞いたのに思い出せなかった。
単独のライダーを見る度に、彼だろうか?などと考えながら、ハンドルを動かす。
携帯をちらちら見るが、彼からの連絡は、無い。
以前、『俺がバイクで死んだりしたら…』と言っていたのを思い出し、不吉なことを考えそうになってしまう…。

彼が行くと言っていた地域の、道の駅に車を入れた。

  わたしは今、○○に居ます。

メールを打つ。
そこで犬を遊ばせながら、彼からの連絡を待とうと考えた。
時刻はお昼…。
道の駅は、食べ物の匂いに溢れているが、わたしの胃袋は反応しない。
空が少し曇り始め、湿った空気が混ざり出したような気がした。

  あなたは今、どこに居るのでしょう…。

人気の少ない場所を見つけて、そこで犬を遊ばせながら、ぼんやりと煙草をふかす。
そこにやっと、彼からのメールが届いた。

  俺が今、何処に居るかって?
  家だよ。
  昨夜は、仕事で遅くなってな。
  今起きたところだ。


『ええぇ?』と、声が出た。
前回の逢瀬の時の様子から、次の休みに晴れたら、何を置いても飛び出しそうだと思っていたから、彼からの連絡も待たずにわたしも飛び出して来たのに…。
がっくりする反面、不吉な想像が実現してしまわなかったことに、大きく安堵する。

  これからそっちに向かうとなると、
  2~3時間というところか…。
  そっちの天気はどうだ?


  曇って来ました。
  降るかもしれません。


さて…これからどうしよう?
このまま帰っても、ドライブしたと思えばそれで済む。
けれども、彼には逢いたい。
待つ事は、苦にならない。
かと言って、珍しく寝過ごす程に疲れている彼に、これから出て来て欲しいとも言えない…。
そう言えば彼は、近いうちに、ちょっと大きなものを買いたいと言っていた。
その時には、わたしの車が必要になるから頼む、と。
そこで、これから自分がそっちに向かうので、その買い物に行かないかと提案してみた。

  そのプランに乗った。
  気を付けて来いよ。
  ○○の公園横で待て。
  まずは犬にちょっかい出したい。


彼に逢えることになり、わたしは俄然元気になる。
犬を急がせて車に乗り込み、いつもとは違うルートで、彼の住む街に向かう。
犬は…わたしの潜在意識の具現者は、彼に対して、どんな反応をするだろうか…。

更に…。

わたしを責める時の、彼の爬虫類の様な視線を思い出す。
人間であるわたしに対して、あんな目を出来る人が、犬をどんな視線で見て、どんな扱いをするのか。
淫乱牝犬ではない本物の犬と、どう接するのだろう…?

興味は尽きない。
逸る気持ちを、そのままアクセルに乗せてしまわぬ様に注意しながら、わたしは車を走らせた。




彼と犬

2008/04/26(土) 19:45:40
待ち合わせ場所に到着した。
わたしは車外に出て、彼を待つ。
彼がやって来た。
わたしは、走りよって抱き付きたい衝動を抑えた。

  バカだな。
  俺の予定も確認せずに…。


開口一番、彼が言う。

  だって…逢いたかったんだもん…。

  こいつがお前の犬か。
  でかいな。
  はは、こっち見てる。


  車、どうしよう?
  ここに停めておくのはマズいよね?


  ああ、停められる場所がある。
  移動した方がいい。


そう言って彼は、助手席のドアを開けた。
そこには、犬が居座っている。

  ほらどけ。
  そこは俺の席だぞ。


彼の口調は、至って冷静だ。
犬は、ちょっと思案して、素直に助手席を彼に明け渡し、後ろに移動した。

よく、犬を見ると、声が1オクターブ高くなったり、真っ先に犬を構おうとしたりする人がいる。
飼い主から見ると、犬が好きなのだとよく解る態度ではあるが、犬にとってはあまりよろしくない。
自分に関心を持たれた事を察した犬が、必要以上にはしゃいで興奮し、手がつけられなくなる事があるからだ。
その点、彼の態度は、犬にとって非常に良かった。
犬が居る事に過剰に反応しないばかりか、犬の居場所を当たり前の様に奪う事で、犬に対する自分の優位性を示したのだ。
助手席に座った彼を、後ろから首を突き出して、遠慮がちに匂っている。

  ○○(犬の名)、この匂い、知ってるでしょ?
  ママからよく匂ってるでしょ?


  ○○って言うのか。
  おい、○○。


犬は、声を掛けた彼を見上げ、尻尾を元気に振って笑顔になる。
その友好的な様子を見て、わたしも安心する。

  あ、そこ。
  そこに停めろ。


  はい。

車を停めて、犬を降ろす。
散歩が出来ると悟った犬は、はしゃぎながら公園に入っていった。
彼が手を出したので、リードを手渡した。

  ん?
  これ、どういう仕組みだ?


伸縮性のリードの使い方を、彼に説明する。

このリードを着けられた犬は、ある程度自由に行動していい事を知っている。
どのくらいの距離、わたしから離れて良いかを把握しているし、いつも人気のない田舎道を散歩するわたしが、それほど厳しく犬を制御しない事も、知っている。
さっさと自分の行きたいところに向かおうとする。
そこで彼が、リードをロックした。
予想外の処で動きを封じられた犬は、後ろを振り返って彼がリードを持っている事に気付き、彼を窺う目つきになった。
行きたい場所に向かう前に、後ろをそっと振り返り、行っても良さそうかどうか、確認し始めた。
振り返る犬に、わたしが声を掛ける。

  ○ちゃん、真っ直ぐ。

  ○ちゃん、そっち違う、右に行って。
  そう、そっち。
  いいコね。


そうやってひとしきり公園の中を散歩した後、わたしたちはベンチに座った。
犬も、わたしたちの傍で地面に座る。

  ○ちゃん。

わたしの真似をした彼が、犬を愛称で呼ぶ。
犬は、彼を上目で見上げた。
その態度には、誰だかは判らないけれど、この人の言う事は聞かないといけないらしい、と言う、少し卑屈な様子が見受けられた。
今まで、わたしの友人たちと接してきた時とは、明らかに違う。
やたらはしゃいで、やんちゃしようとする様子は、全く見せない。
飼い主のわたしよりも優位に立つ人物である事を、犬は、短い時間ですっかり把握したのだ。
わたしと居る時よりも数段行儀のいい犬を見て、わたしは驚いていた。

彼は、本物の牝犬も、あっと言う間に手懐けてしまった。




彼の縄張り

2008/04/27(日) 06:49:14
公園での散歩の後、まずは彼の買い物を先に済ませる事にした。
ホームセンターに行き、目的のものを買って車に積む。
案外大きいものだったので、犬の居場所が制限され、窮屈そうだ。
彼の家に、一旦荷物を置きに戻ることにした。
それほど重くはないから一人で運べると言い、彼は車を降りて行った。
わたしと犬は、車内で彼を待つ。
暫くすると、戻って来た彼が、何だか楽しそうに笑っている。
おもむろにカメラを取り出し、わたしたちを撮った。

  車に戻ったら、そっくりのバカ面した牝犬が2匹、
  俺をこれまたそっくりの顔で見ていて、笑ったぞ。


犬と2人して、『彼が来た!』という喜びの表情をしていたのだろう。

  さて、これからどうする?

  そうだな。
  …茶でも飲みに行くか?


  あ、そうね。
  わたしご飯食べてない。
  おなかすいた。


  それなら、カレーの美味い店行くか?

  うん!カレー大好き。

  よし、それじゃ○○ドライブウェイに行け。

  はい。

そこは、わたしのブログの話をしたドライブウェイだった。
わたしと彼の関係が、大きく変化したあの日の道…。
タイトなコーナーの続く道を、山頂に向かって進む。
彼が、クスクス笑う。

  ○○(犬)が、カーブの度によたよたするのが笑える。

犬は、運転席と助手席の間に立っていた。
足を踏ん張っているが、カーブの度に身体を振られてよたよたしている。
その頭の上には、彼の手がある。

  ○ちゃん、お前、酔わないのか?

  車酔いする犬もいるけど、
  うちの犬は大丈夫だよ。
  小さい頃から、わたしのドライブに
  付き合ってるから慣れてる。


  こんな道ばっか走られてるのか。

  山の中に住んでるからね。

  確かにお前、こういう道慣れてるな。
  俺のツレの誰よりも、運転上手いぞ。


  ほんと?

車の運転は、わたしが人に褒められる数少ないもののひとつだ。
わたしをとことんバカ扱いしていた夫ですら、車の運転だけは褒めてくれていた。

山頂付近に着いた。
彼が指示する道を進み、1軒のレトロな雰囲気の店の傍に、車を停める。
日陰になっているし、犬も車の中で快適に待てるだろう。
窓を少しだけ開けておいて、わたしたちは車を降りた。

店に入ると、その奇抜なインテリアに驚かされた。
処狭しと並べられた、さまざまな置物や玩具…。
マスターと思しき人が、申し訳なさそうに、カレーは売り切れてしまったことを告げる。

  どうする?

  Tさんは、おなかすいてないの?

  小腹が減ったって程度かな。

  わたしだけ食べるのも、何か悪いな…。

  でもお前、何も食ってないんだろ?
  気にしなくてもいいぞ。


結局、ドライカレーを1つだけ頼み、彼と半分こすることにした。
普通、1つのメニューを半分にするというと、嫌がるお店が多いが、このお店は快く承諾し、食器も2人分用意してくれる。
1人前のドライカレーは、中々のボリュームだった。
何となく、2人で食べるということで、少し大目にしてくれたのでは、という気がする。
取り皿まで用意してくれた。

  美味しい…!

  結構辛いな。
  俺はこれくらいが限界だが、
  お前は平気なんじゃないか?


わたしが辛党な事を、彼はきちんと憶えていてくれている。
わたしの方は、いつそんな話をしたのか憶えていないというのに。
彼が、わたしをちゃんと見ていてくれてる…と感じる瞬間だ。

  うん、もう少し辛くても平気かな。

分け合ったドライカレーを美味しく平らげ、食後のコーヒーが出て来た。
店内に、わたしたち以外の客は居ない。
彼とマスターが、おしゃべりを始めた。
その内容を聞いていると、どうやらこのお店は、彼が仕事で関わった事のあるお店らしい。
マスターと彼とは、数年ぶりに再会したという様子で、懐かしげに話を弾ませている。

彼が、自分のテリトリーに連れて来てくれた…。
しかも、ひとつの料理を半分ずつだなんて…これは、2人の関係が親密な事を、お店に知らしめる行為。
わたしと違い、彼は独身だ。
その辺の制約が無いとは言え、仕事で関わった店にわたしを連れて来てくれたなんて…とても嬉しかった。

  お前のこと、ほったらかしだな。

彼がふとわたしを見て笑う。

  わたしは平気。

マスターが遠慮がちに言う。

  彼女には、詰まらない話でしょうね…。

  いいえ、仰りたい事、よく解りますよ。

  こんな話が理解出来たら、変わり者ですよ。

  大丈夫、この人も変わってるんですよ。
  変態ですから。


彼の言葉に、わたしはコーヒーカップを落としそうになる。
そりゃわたしは、鞭で打たれたり蝋を垂らされたりして濡らしている変態だけれど…彼のそういう物の言い方は、料理を半分こしたことより更に明白に、彼とわたしがただならぬ関係だと、マスターに説明しているに等しい。
照れ臭い様な、嬉しい様な、なんとも複雑な心境になった。
彼とマスターは、話を続ける。
どうやら、彼の新しい仕事に繋がる話である様だ。
以前の彼の仕事に、マスターが満足したことが察せられる。
そうでなければ、数年ぶりだというのに彼の事を憶えてはいないだろうし、こうして新しい計画を話したりもしないだろう。
普通の良識ある大人の仮面を被って暮らしている、と、彼は言う。
けれども、中身と余りにも乖離している仮面なら、その歪さは必ず表面に出て来て、他者に薄気味悪さを感じさせる筈だ。
彼は、そうではない。
良識ある大人の部分も、きちんと確立させている人なのだ…。
それを垣間見る事の出来る、静かで、穏やかで、幸せな時間だった。

他の客が入って来たのを潮に、わたしたちは店を出た。
犬は、車の中で大人しく待っていた。

  さて、どこに行こうか…。

彼が、ちょっと思案する。

  お前、○○空港行った事あるか?

  ない。

  んじゃ、行ってみようか。
  海に向かえ。


  はい。

お茶を飲んで、空港で飛行機の離発着を眺める…。
まるで普通のカップルのデートの様。
よく考えれば、陽光の下で彼の姿をこんなに長く見ているのも、初めての経験だ。
セックス抜きのデートでも、彼と一緒に居るのはこんなにも楽しい。
彼も、楽しんでくれているといいけれど…。
わたしは、浮き立つ様な喜びと、不安な気持ちを胸に、車を動かし始めた。




彼との距離

2008/04/28(月) 21:05:54
彼の案内で地元の空港に行き、展望台に上って、段々暮れていく風景を並んで眺めた。

  山があって、海があって、
  住環境は閑静だが、決して田舎ではない。
  何とも贅沢な街だろう?
  ここで生まれ育った訳じゃないが、
  俺は、そんなこの街が好きなんだ。


彼が言う。
風の冷たさを堪えられなくなるまで、彼の好きな風景を、一緒に眺めた。

  そろそろ、また犬を散歩させてやりたいな…。

  よし、じゃ、いい場所に案内してやろう。

海辺に作られた綺麗な公園は、わたしたちの他には誰も居ない。
芝生の上に作られた通路を、犬を連れて、ゆっくり歩く。
犬は、すっかり彼に懐き、彼が名を呼ぶと、真っ直ぐ視線を合わせる様になっていた。
キラキラと輝くその目は、きっとわたしが彼を見る時の目と、そっくりなのに違いない。
親愛の情と、信頼の込められた瞳…。

一巡りした後、ベンチに腰掛ける。
わたしは、彼に寄り掛かって甘え、キスをせがむ。
彼の唇が、舌が、わたしをすっかり蕩けさせる。
周囲は、近隣のスポーツ施設の照明と、所々に設置された街灯で、真っ暗という程にはなっていない。
それに、公園の構造も見通しが良く造られていて、隠れられる様な場所も無い。
ここでは、キス以上のことは出来ない…。

  くそ…お前にぶち込みてえなぁ…。

キスの合い間に漏らす彼の呟きが、彼もわたしと同じ気持ちである事を教えてくれる。

  ま、いい。
  後でもっと暗い処に行って、それから…な。


わたしは、頷いた。


車に戻り、彼の希望で、巨大なインテリアショップに向かう。
いろんなテイストの家具が、モデルルームの様にディスプレイされていて、それを見て歩くだけでも一苦労、といった様相のショップだった。
彼と腕を組んで歩き回りながら、これが素敵、あれが好みと言い合う。

  お前の部屋は、どういうテイストなんだ?

  決まってないなぁ…。
  雑然としてる。


  どうせ、すげー散らかしてるんだろ。

  …うん。

わたしの部屋に残る、絶望の痕跡…。
離婚話が持ち上がった時に、生きる意味を完全に見失い…その結果、荒れ果ててしまった、わたしの部屋。
そこにわたしの先天的な障害が加わって拍車をかけ、ようやく外に出て働く様になり、こうして彼を求めるようになっても尚、収拾をつけることが出来ずにいる部屋…。

彼の部屋は、彼からのメールに時々添付されている写真から、かなりシンプルで物が少なく、整理整頓されていて綺麗なのが推し量れる。
そんな彼に、わたしの部屋を見せたら、きっと愕然とするだろう。

ディスプレイされている家具に並んで座ってみたりしながら、ふと、どこかで彼とこうして暮らす事を夢想したりする。

  俺とお前の距離って、
  このくらいが丁度いいんだろうな。


  え…?

  近過ぎると、ちょっとした時間に無理にでも逢って
  セックスばっかりしてるだろうよ。
  仕事に差し障る程にな。


  ああ…それでも、遠距離って言う程、
  離れてもいないもんね。


  ああ。
  だからいいんだ。
  近過ぎると、きっと俺たちは駄目になる。


唐突に感じたこの話題は、もしかしたら彼も、わたしと暮らす事を想像していたから出たのかも知れない。

それでも、見目良くディスプレイされたお洒落な家具たちは、今までとは違う新しい生活を夢想させる。
いつだったか彼に言われた、『自分の生活を再構築しろ』という言葉も思い出し…一緒に暮らすのでなくても、わたしの手によって整えられた環境で、彼と時を過ごしたいと考えさせるには、充分だった。


やがて、店内に「蛍の光」が流れ出す。
かなりの時間、遊んでいた様だ。
楽しい時の過ぎるのは、あっという間だ…。

  さて…。
  ここを出て…お次は。


ニヤリとする彼。
その表情に、嬉しさと戸惑いと決まり悪さを感じながら、インテリアショップを後にした。





カーセックス

2008/04/29(火) 01:44:11
  その信号を左だ。

彼の言う通りに、車を走らせる。
周囲からはどんどん生活臭が消え、街灯の明かりも消えてゆく。
人気のない暗い場所で…彼は、わたしを使おうと考えている…。

  あれ?
  ここ会社の敷地内だな。


  マズいんじゃない?

  だな。
  …よし、じゃ、Uターンして
  さっきの十字路に戻れ。


  はい。

そんな事を数回繰り返し、やっと、周囲に建物も明かりも無い場所に、車を停める事が出来た。
エンジンを止める。
車内に、静寂が訪れた。

  さぁて…。
  来い…。


彼が、後ろの座席に移動する。
わたしも彼の後を追い、足元に座り込み、膝立ちして抱き付いた。
待ち侘びていた時間の始まりだ…。
しかし今夜は、オマケが居る。
犬だ。
わたしと彼が抱き合い始めると、自分も参加しようとして、鼻を突っ込んで来る。
その度に笑いながら、

  ○○(犬の名)はいい。
  大人しくしとけ。


と、彼がいなす。

彼に抱き締められ、乳房を揉まれ、口付けを繰り返しているうちに、わたしの呼吸が荒くなる。
そこに犬が、大丈夫かと言わんばかりに、わたしの顔を舐めにくる。
思わず、笑ってしまう。
けれども、心を占めていることは、ひとつだ。
暗闇の中手探りで彼のベルトを外し、ズボンと下着を脱がせ、ペニスを口に含んだ。
しゃぶっていると直ぐに、口の中に納まらなくなる。
口に入らない部分は手で扱きながら、頭を上下させる。
彼が、呻き声を上げる。
じゅぷじゅぷと音をさせながらしゃぶっていると、わたしが口にしているものを、犬が一生懸命に覗き込んで、相伴に預かろうとしていた。
わたしだけ、彼から美味しいものを貰っているとでも思ったのだろう。
ある意味、それは正解ではあるのだけれど。
彼が、両手でわたしの髪を掴んで、ぐいっと引っ張った。
ペニスから口が離れ、わたしは喉を仰け反らせる姿勢になる。

  上に乗れ。
  …自分で挿れろ。


犬は、その隙を逃さなかった。
すかさず彼の股間に鼻を突っ込む。

  ちょっ…こらっ!

二人とも笑ってしまう。
わたしがジーパンと下着を脱ぐ間、彼が犬からペニスを守っている。
犬に食べられてしまわぬ内にと、急いで彼の上に跨り、ゆっくり腰を沈めた。

  ふ…あ…っあ…

どれだけわたしが潤っていても、完全に猛り勃った彼のものを挿れる時には、痛みにも似た感覚がそこを襲う。
ルーフに手をついて突っ張り、身体を更に沈み込ませて、彼を根元まで飲み込む。
それだけで、身体に痙攣が走り始める。
頭の中が、真っ白になる。

  動け…。

軽く達してしまったわたしの耳元で、彼が囁く。
白濁した意識の中で、どう動けば彼が気持ち良いだろうか、と、ちらっと考えた。
考えただけだった。
実践するまでには及ばなかった。
わたしの身体が、わたしの意志とは無関係に動く。
考える前に、動いてしまう。
より深い快感を得られる場所に、彼のものが刺さる様に。

  気持ちいい…。

彼が呻く。
わたしも、と答えたが、声になっていたかどうか、判らない。
彼が、下から突き上げ始めた時、思わず大きく仰け反った。
頭がルーフに、ごつんと当たった。




カーセックス...2

2008/05/01(木) 21:32:34
快楽を得る為に自分で動き…。
そこを彼に、下から突き上げられ…。
逝き続けたわたしは、ぐったりと彼にしなだれかかって、息を弾ませる。
彼の手が、わたしの背中から脇腹までを、ゆっくりと撫でている。
まだ彼に貫かれたままなのにも関わらず、そのまま微睡んでしまいそうな心地よさだった。
ゆっくりと動いていた彼の手が、突如わたしの髪を掴んで引っ張った。
ぼやけていた意識が、下されようとしている彼の命令に向けて、束の間、晴れ間を見せた。

  場所を代わって、後ろ向け…。

不自由な狭い空間で、ごそごそと体勢を変える。
シートに膝をつき、欲しがる牝猫のようにお尻を突き出し、ヘッドレストにしがみ付いた。
彼が、ゆっくりと入ってくる。
狭い車内だからか、彼の荒い息遣いもよく聞こえ、それがわたしの官能の火に、更なる油を注ぐ。
いつもの後背位とは違う刺激に、翻弄される。
湿り気を帯びた厭らしい音は、途絶えない。
薄く目を開けると、リアウィンドウが真っ白に曇っているのが見えた。
もしも誰かが通りかかったら、中で何をしているか、一目瞭然だろう。
それでも、わたしの脳には、理性が戻って来ない。
ただひたすら、彼自身の動きに神経を集中させ、浮遊しているような快楽に、そのまま身を浸し続けていた。

  こっち向け。

彼と、向かい合う形になる。
そして彼が、入ってくる…。
わたしは仰け反って、彼を受け入れる。

  動くな…。

彼が、低く囁いた。
返事をしようにも、喘ぐ様な声しか出ない。
小刻みに、こくこくと頷いた。
彼の抽送が始まる。
全身でそれに応えようとした時、

  動くな。

無意識に、腰を動かしていた様だ。
その後は…ジワジワと、炙られているかの様だった。
動いてしまわぬ様に、自分の身体を制御しようとすればする程、意識は彼の動きに占領される。
『動くな』と言われたから、動かない。
そのシチュエーションにも、脳が焼かれる。
官能が増す。
感じて、逝く。
逝き続ける…。

目が暗闇に慣れたのか、周囲の淡い光を受けて、彼の表情が見えた。
いつもの様に、真っ直ぐわたしを見据えている。
わたしの反応を、ひとつも見逃すまいとする瞳で…。

そう言えば、暗い中で交わるのは初めてだと気付く。
身体を重ねるのは、いつもホテルの部屋の中。
初めて逢った時から、照明を落として抱き合った事など無かった。
煌々と点った明かりの下で、愛撫され、縛られ、打たれ、貫かれ、逝かされていた…。

何度目なのか判らない痙攣に、全身を震わせた。
両腕を上げて、ヘッドレストを握り締めた。
上り詰めた高い場所から、ゆっくりと降下してくる。
車内に、二人の荒い呼吸音が満ちる。
彼が、身体を離して隣に座り、携帯電話を取り出した。

  …こんな時間だ。
  そろそろ帰ろう。


  え…。
  Tさん、逝ってない…。


  俺はいい。
  満足したから。


  …ごめんなさい。

  なにがだ?

  …逝って貰えなくて…。

  いいんだ。
  逝こうが逝くまいが、お前を抱くと、
  とても穏やかな気持ちになれる。
  それだけで、俺は満足なんだよ。

そう言う彼の顔は、本当に、穏やかな優しさに満ちた笑みを浮かべていた。
そんな顔で見られる事に、幸せを感じて…嬉しくなって、彼に抱き付く。

  ほら、服を着ろ。
  お前は明日、仕事早いんだろ?


  あ…そうだった。

暗い中、手探りで脱ぎ散らかした衣類を集め、身支度を整える。

そう言えば、途中から犬の事などほったらかしになっていた。
どうしていたのだろう?
見回すと、犬は、助手席に移動し、そこで丸くなって寝ていた。

  ○○(犬の名)…?

声をかけると、『やっと終わりましたか…』とでも言わんばかりの目つきでわたしを見上げ、ふて腐れた溜め息をついた。

  何その態度。

わたしが笑う。

  ○ちゃん、そんな処で拗ねてたのか。

彼も、笑った。




12回目の逢瀬

2008/05/02(金) 23:42:18
この日の朝は、快晴だった。
彼からはメールで、予定通りバイクに乗り、わたしの地元近くまで行く、とあった。
大まかな待ち合わせ場所だけを決め、そろそろ彼が着くかという頃合を見計らって、そこに行く。

  ○○ダムの○○に居ます。

その駐車場に屯しているバイクの中に、彼が居ない事を確認した後、メールを打った。

  俺はもう○○ダムに着いてる。
  何処に居るか…判るな?


彼からの返信があった。
驚いたわたしは、もう一度バイク乗りを確認するが、彼の姿は見えない。
わたしが来て以降、入ってくるバイクの中にも、彼は居なかった。
出入り口がひとつしかないから、この場所で待つ事にしたのだ。
見落としはない筈。
という事は、この駐車場には来ていないということだ。
彼が、好みそうな場所…。
ダムが見渡せる場所だ。
車を動かし、そこに移動した。
案の定そこには、彼の住む街のナンバープレートを着けたバイクが1台、停まっていた。
車を降りて、ダムに向かって歩く。
一人、ダムの上で、濁流を見下ろしている人物が居た。
遠過ぎて判別はつかないが…。
わたしは、歩きながらメールを打つ。

  多分、あなたを見付けました。

その人物は、ポケットを探る様子をして携帯らしきものを取り出し、こちらを見た。
わたしは、歩みを速くした。
間違いない。
彼だ。

  よく判ったな。

  何となく、ここかなっていう気がした。

  お前は何処にいたんだ?

  あそこ。

わたしは、見晴らしの良いダムの上から、そこを指差す。

  ここ、こんな風になってたんだね。
  毎日通ってる場所なのに、知らなかったよ。


  お前の職場は、ここからすぐか?

  うん、近い。

  行ってみてえな。
  誰か居るか?


  いや、今日は誰も居ない筈だよ。

わたしは、来た道を振り返って、ハザードランプを出して停まっている自分の車を見やる。

  あそこ、多分長い間停めてられない。

  そうだな。移動するか。
  お前の職場まで先導しろ。
  誰かの後ろを着いていくのは好みじゃないが、しょうがない。


わたしは頷いて、そっと彼の腕に自分の腕を絡めた。

  おいおい、地元だろう?
  誰かに見られたら、困るんじゃないのか?


  平気…。

わたしと彼との出逢いは、夫から離婚を言い出された後…。
夫婦の関係が、完全に壊れた後だ。
だからわたしは、今後双方に別の相手が出来ても、また、居た事が判明しても、それを離婚の理由に加えたり、それで離婚の条件を変えたりしないことを、夫に約束させている。
それはわたしにも言える事で、離婚を言い出した理由が例え夫の浮気でも、わたしはそれを追及できないということでもある…。

車に乗り込み、彼のバイクを先導する。
バイクを見た時から、スピードを出す事に重きをおいたマシンではない事には、気付いていた。
引き離し過ぎてしまわぬ様、注意しながら、彼を職場に案内した。
職場の通り向かいに、小さな公園がある。
そこに車を停めて、外に出る。

  あそこがお前の職場か…。

  うん。

公園を見渡し、東屋を見つけた彼が、そこに歩を進める。
ベンチに座り、ひと息ついた。
ふと彼が、わたしの手を取って、爪先に目を留める。

  …桜色だな。

わたしは、ピンク色のマニキュアを施していた。
以前のわたしなら、使うことのない色だった。
けれどもこの日、彼と逢う約束をし、わたしの職場を見たがっていた彼の事を想った時、職場から毎日、公園の桜を見ながら、この花を彼と見られたら…と考えていた事を思い出し、この色を選んだのだ。
それを、的確に『桜色』と彼が表現したことが、嬉しかった。
感性を、共有している様な気がした。

  Tさんとお花見できなかったから。
  だから、ね。


  そうか。

彼が、鞄から紙袋を取り出した。
中身を口に運び、わたしにも袋を差し出す。
小さな鯛焼きだった。

  鯛焼き…。

  俺の好物だ。

  すごい久しぶりに食べる気がする…。

わたしも鯛焼きを口に運び、鞄から緑茶のペットボトルを出す。
彼と一緒に、分け合って飲んだ。

わたしの職場は、閑静な農村にあり、周囲には広大な田圃が広がっている。
空高く、雲雀の囀りが聞こえてくる。
長閑で、静かだ。
この中で、ずっと彼と一緒に居たい…。
そう思ったが、叶う訳もない願いだった。
彼が鞄から地図を取り出す。

  今日は、このルートを走ろうと思ってる。
  お前がメット持ってるんだったら、
  後ろに乗っけてやろうと思ってたんだが…。


  持ってない…。
  それに…タンデムなんて、
  20年ぶりくらいだし、怖いよ…。


  お前、これからどうする?

  Tさんの後ろ走って、着いてっていい?

  ああ。
  だが言っておくが、俺は自分の好きな様に走るぞ。
  好きな道に行って、好きな処で停まる。
  それでも良ければ、着いて来い。


  うん!


こうして、12回目の逢瀬は、バイクと車に分かれて走る、ツーリングともドライブともつかぬ、ちょっと不思議なものとなったのだった。




陽光の下で

2008/05/03(土) 04:06:36
地図を見ながら、次に休憩する場所を決める。
もしも途中ではぐれたら、そこで落ち合うことになる。
そこは、前回の逢瀬の時に、早とちりしたわたしが彼を待ち侘びていた道の駅だった。
そこまでなら、わたしにとっても走り慣れた道だ。

彼のバイクの後ろを、着いて行く。
彼の走りは、見事だった。
場所柄、ツーリングのバイクにはよく会うし、時々『この下手くそ…』と言いたくなるライダーも居るのだが、彼はそうではなかった。
山道だから、カーブも多いが、彼の走りは終始安定している。
相当、あちこち走っているというキャリアを感じた。

途中、彼が給油すると言っていたガソリンスタンドに立ち寄ったところ、閉まっていた。
日曜日に休むとは…さすが、田舎だけの事はある。
路肩でハザードを出して停まっていたわたしの横に、彼がバイクをつけた。

  残量が厳しいんだが…。
  仕方がない。
  進んで、道の駅に行こう。


彼の言葉に、頷いた。

ところが、その道の駅の横に、ガソリンスタンドがあった。
開店している。
わたしはほっと胸を撫で下ろし、先に道の駅に入って待った。
暫くして、彼がやって来る。

  よかったね。
  開いてるスタンドがあって。


  ああ。

言いながら彼が、地図を取り出す。

  …筆記用具を忘れた…。
  お前、持ってるか?


  うん。

ボールペンを受け取ると、彼は地図にスタンドの位置を書き込む。

  日付は書かないの?

  え?

  さっき見た別のページには、
  走った日付が書いてあった。


  書くけどな。
  なんでお前に指示されなきゃいかんのだ。
  大体、調子狂うんだよな。
  バイクで出た先に、お前が居るってのが。
  だからこの俺が、筆記用具を忘れて来たりするんだ…。


変な難癖をつけながら書き込んでいた、彼の手が止まる。

  今日は、○日だよ。

  おお、そうか。
  …ったく、調子が狂う…。


そう言いながらも、彼は笑顔だった。

彼がポケットからデジカメを撮り出す。

  俺が、何を撮ろうとしてるか判るか?

  …そこの、緑とタンポポのコントラスト?

  そうだ。よく判ったな。

  だって、綺麗だもん。

彼が、何に心を動かされたか見抜けたことに、わたしも満足する。

天気の良い休日、道の駅は賑やかだ。
開いているベンチを見つけ、腰をかける。
彼が、小銭を取り出して言った。

  飲み物を買って来い。
  今の俺が何を欲してるか…。
  考えて、選んで来い。


  ええっ。

そこで気が付いた。
彼は、わたしの以前のエントリー『恋人のように』を読んだのだ。
彼がわたしを試すようなことをすると、わたしが緊張すると知り、それを面白がっている。
わたしを怯えさせたり、緊張させたりするのが、大好きなのだ…。

自販機の前で、思案する。
この地域の風は、バイクにはまだかなり寒いだろう。
だから、温かい方が欲しい筈。
以前、一緒に喫茶店に行った時、彼は、コーヒーにミルクも砂糖も使っていた。
だから、ブラックはあまり好きではないと見ていい。
既にここまで走って来ている分、疲れもあるだろうし、甘めの飲み物が欲しいのでは…。
わたしは、カフェオレを選択した。
彼が飲むのを、緊張の眼差しで見つめる。

  …うん、美味い。合格だ。

ほっとして微笑む。

道の駅の土産物を冷やかした後、次の目的地に進む。
そこで、昼食にする。
二人して、ざる蕎麦を頼んだ。
彼は、山葵を使わない。

  え、山葵も駄目なの?

  うん。

わたしは、彼の山葵も貰って使う。
彼は、どうやら辛い物が本格的に苦手らしい…。
インプットした。
彼の方もきっと、わたしがかなりの辛党だとインプットしたことだろう。

  …なにしてるんだ?

  ん?蕎麦湯を作ってるんだよ。

  蕎麦湯…?
  俺にも作れ。


一口飲んで、言う。

  美味いじゃないか。

  でしょ?
  わたしなんて、お蕎麦屋さんで蕎麦湯が出ないと、
  もうがっかりしちゃうんだよね。
  二度と行かないくらい。


これで、彼が食道楽ではないことも判った。

身体の付き合いだけなら、知らないでいたに違いないこと…。
それをどんどん知っていくのは、とても楽しい。

そこは、茅葺屋根の民家が残っているところで、食事の後は観光することにする。
腕を組んで、ゆっくりと散策する。

  あ、チューリップがあんなに。
  いろんな色があるねぇ。


  お前は、花ばっか見てるな。

彼が、笑う。

  あ、見て、スズランだ。
  あれはね、ああ見えて毒があるんだよ。
  人も殺せる。
  可愛い花なのにね。


  …おまけに変な事よく知ってるな…。

  そんな本ばっか読んでるからね。

  毒があるのは何処だ?

  えーっとね…。

こうして笑顔で寄り添い、仲睦まじげに歩いているわたしたちを見て…誰が、SとMのカップルだと気付くだろうか。
一旦スイッチが入ると、凄まじく冷酷な表情になる彼を、誰が想像できるだろうか…。

  不思議な感じだな…。

  何が?

  俺がバイクで出掛けた先に、お前が居るってのが。

  それ、さっきも言ってたね。
  ツーリングって、バイク仲間と一緒だったりしないの?


  そういう時もある。
  だが基本は、単独ツーリングだ。
  その方が気楽だし、好きな様に動けるからな。


不思議なのは、わたしも一緒だ。
ちょうど1年前の今頃…わたしは、荒れ果てた家の中で、今日が何月何日なのかも把握せぬまま、寝て、起きて、時々食べて、また寝て…という生活をしていた。
どうすれば、誰にも迷惑をかける事なく、この世から消えてしまえるだろうか…という事ばかり、考えていた。
それが今は。
こうして陽光の下で、満面の笑顔で、愛しい人の腕に触れている…。
時々、この世から消えたいという発作に襲われる事もあるけれど…その波の来る間隔は、どんどん開いていっている…。
彼の笑顔が、わたしはまだ、ここに居ていいと言ってくれている。
この笑顔を、失いたくない。
ずっと…。
切実に、そう思った。

  さて、次、行くぞ。
  ここからは、道がどんどん狭くなるからな。
  気を付けて着いて来いよ。


  うん!

わたしは、自分でも可笑しくなるくらい、元気な返事をした。




共有するもの

2008/05/05(月) 21:55:07
彼の後ろを、着いて走る。
バイクを駆りながら、彼が何かに気を取られて余所見をする。
何に興味を惹かれたのだろうかと、わたしも同じ処に視線を走らせる。
休憩や寄り道で停車した時に、『あの時あそこにあった、あれ…』とか、『あそこから見えた景色が…』などと会話をし、同じものを見ていた事を知る。
それについての感想などを語り合うのは、とても楽しかった。
その場で直ぐに話す事は出来なくても、その瞬間の感動は、きちんと共有している様に感じた。

所々で、彼がバイクを停車させる。
何かに興味を持ち、じっくりと眺める気になったのだ。
殆どの場合、その対象は、神社だった。

  俺は、自分の走りたい様に走る。

そう言っていた彼。
その言葉を証明するかの様に、だんだん道幅が狭くなり、車同士の離合が難しい程の道に入っていき、わたしと対向車が離合に手間取っていても、気にかける事なくさっさと行ってしまう。
それでも、停車する時は、ちゃんとわたしの車も後ろに停まれる場所に、停めてくれていた。

神社の境内に腕を組んで入り、看板を読んだり、聳え立つ巨木を並んで口を開けて見上げたりした。

  神様の前じゃ、不謹慎な事は出来んな。

そう言いながら笑って、神社にお参りする。

意外だったのは、彼がとても外交的だった事だ。
眺めているものが何か判らなくて、二人で『これ何だろう…』などと会話している時に、地元の方が通りかかると、躊躇うことなく『訊いてみようか』と、気軽に声をかけ、とても気さくに会話を始めるのだ。
これは、彼が独自の世界観…それも、加虐嗜好という世界を持つことを知るわたしからは、あまり想像の出来ていない姿だった。
お陰で、思いもよらない事を知ることが出来て、旅路はより楽しいものとなった。

そうして走る内、一度だけ彼が、かなり後ろを気にしていた事があった。
わたしは、ちゃんと彼の後ろに着いているし、特に変わったものも見当たらなかったし、一体何を見ているのだろう、と不思議だった。

  あそこにはな、廃工場があったんだ。
  去年ここを通った時、見つけた。
  今回、更地になってたんで、残念でな。
  あそこでお前をちょっと使おうと思ってたのに。


  そ…そんな処、入れないでしょう?

  いや、去年は入れた。入ってみたからな。
  あぁあ、どこでお前にぶち込もうかな…。


走りながら、そんな事も考えていたのか…と、ちょっと可笑しくなる。

  ま、いいや。
  ○号線あたりで出来るだろ。


ああ、カーセックス再びなのね…と、決まり悪い感情を抱きつつ、○号線で邪魔の入らなさそうな処があったか、わたしも思わず思案してしまう。

バイクを停めて、彼が見入るものは、わたしが見たがるものと一致していた。
趣味が似ていると言って良いと思う程に。
彼には土地勘がある場所で停まり、

  ここからの景色が、大好きでな。

と見せてくれる時、彼の精神世界に触れさせてくれているのだ、と感じて、それもとても嬉しかった。


そうこうしながら進むうち、日が暮れて来た。
この方面に来ると、必ず彼が立ち寄るというドライブインのレストランが、思ったより早く閉店してしまった為、夕食は、その傍の「すき家」で摂ることにした。

  わたし…キムチ食べたいな…。

  出たな、この辛党。

彼が、ぐっと身を乗り出して、低く囁く。

  この後の事を考えろよ?ん?

そして、ニヤリと笑った。
顔が熱くなる様な気がした。
結局、そういう意味では無難なものを注文し、腹拵えをした。

  さあ、後は帰るだけだ。
  これから通る道は、暗くなってから走るのは
  緊張する道でな。
  今日は、お前が居てくれるから心強い。


  わたし、足手まといになってないか、
  心配だったんだけど。


  いや、全然。

彼が、耳元で囁く。

  適当な処で停まるぞ…いいな?

  わたしの車、で…?

  そうだ。

前回のカーセックスの時に味わった快感を、思い出す。
わたしは、早くその場所に着いてくれないだろうか、と考え、一人赤面した。




アクシデント

2008/05/06(火) 01:16:17
帰路について、いくらもいかぬうちに、不意に彼がバイクを停めた。

  どうかしたの?

  パンクした…。

  え…?

タイヤのパンク…。
突発的な出来事に弱いわたしは、それだけで思考停止に陥った。

  バイクは…スペアタイヤ無いから大変だよね…。

挙句、我ながら間の抜けたことを言ってしまう。

このまま進める訳もなく、一旦引き返してともかくガソリンスタンドに行くことにした。
しかし、スタンドの整備工場はもう閉まってしまっていて、対応できない。
空気を入れてくれるが、入れた端から抜けていく。
完全に駄目になっている…。
わたしは、自分の車にバイクが積めるかどうか思案していた。
シートの配置を変えてみたが、どう考えても無理だ…。
彼の方は、バイク屋に連絡を入れ、相談し始めた。

結局、バイク屋が現地まで引き取りに来てくれることになった。
しかし、2時間はかかってしまうという。
それでは、彼もわたしも、翌日の仕事にかなり差し支えてしまう。
スタンドが遅くまで開店しているので、鍵とバイクだけスタンドに預かってもらい、わたしたちは帰らせていただくことになった。
快く預かって貰え、とりあえずは安心して、わたしの車に乗り込む。

  ああ…。
  この俺が、バイクを置いて帰るだなんて…。


落ち込む気持ちは…愛車に名前を付けて可愛がっているわたしにも、よく解る。

  どこでパンクしたんだろう…。

  あそこじゃねえかな。

  ああ、落石がゴロゴロしてたね。
  あれは確かに、ちょっと嫌な石だった。
  砕けると、細かく鋭くなっていて…。


  避けて走ったんだが、
  避けきれてなかったんだろうな。



わたしの脳裏で、過去の亡霊が喚き始める。

『お前の所為だ!』

わたしの母親は、何かと言うと、わたしの所為だと言ってわたしを罵った。
父親の機嫌が悪くなった時や、何か物事が上手くいかなかった時…。
わたしから見ると、明らかに母親自身の失敗である事ですら…わたしが居るから、自分がイラついて失敗してしまった…つまり、わたしの所為だというロジックらしかった。
そんな馬鹿な話があるか、と思っても、反論すればするだけ母親は激昂し、事態がより不愉快なものになる。
だからわたしは、反発を覚えていても、それを口には出さなくなった。

よくよく思い出すと、夫もよく物事をわたしの所為にしていた。
自分で運転していて、何かに車をぶつける。
これは、わたしが話しかけた所為。
どこかに出掛けて、大渋滞に巻き込まれる。
これは、わたしが出がけにモタモタした所為。
夫にまでそう責められると、わたしは本気でしゅんとなってしまって謝るのが常で、そのうち、何もかも自分の所為だと感じる様になってしまった。
冷静になって考えれば、完全な八つ当たりだと思いはするのだけれど…。

彼が、割れ口の鋭い落石を避けきる事が出来なかったのは、わたしが着いて行きたがった所為ではないだろうか…。
実際彼は、いつもと較べて調子が狂うと言っていた…。

  …わたしの所為の様な気がする…。

ぽつりと漏らした。

  何で?

答えた彼の驚いたような語調が、彼は、わたしの所為だとは微塵も考えていない事を教えてくれて、ほっとした。

何処かの駅で降ろしてくれれば、電車で帰る、と彼は言った。
その場所から彼の家まで行くには、一度わたしの家のすぐ横を通り過ぎてしまうからだった。
けれどもわたしは、本当なら、わたしの家の傍のドライブインで別れる筈だったのが、かなり長く一緒に居られる様になったことが嬉しくて、彼を家まで送ることにした。

  正直、助かるよ。
  この礼は、いずれたっぷりと…な。


運転するわたしの肩に、彼が手を置いて、髪をまさぐる。
肩や背中を撫でられ、わたしの背筋にぞくぞくと快感が走る…。

  ちょっと…運転中は、駄目…。

  あ。
  この間○○(私の犬の名)が居た時、
  ずっとこうやって撫でてたもんで、つい。


  ○○か。わたしは犬と同じかっ!

  同じだ。

当たり前のように答えられた。




2008/05/08(木) 20:02:03
わたしの運転する車は、闇に沈む峠道を突き進む。
車中では彼が、相変わらずわたしの髪を弄んでいる。

  この辺、バイクだと真っ暗でな、
  俺一人で走ると、凄ぇ怖えんだ。


  確かに、街灯ひとつ無いねぇ…。
  わたしはこんな道を夜走るの、好きだけど。


  お前な、バイクは生身がむき出しだぞ。

この闇の中で、車のヘッドライトなしで、独りで外に佇むところを想像してみる。

  …それは…確かに、凄く怖いね…。

  だろう?

やがて、わたしも土地勘のある道に入る。
やはり街灯の無い、真っ暗闇の峠道だ。

  真っ暗だけど…今日は、もう…
  やめた方がいいよね…。


  ああ…すっかり遅くなったもんな…。

カーセックスをするならあの辺で…と密かに目星をつけていた場所を、横目で見ながら通過する。

わたしの住む町に入った際には、家の前をゆっくりと通り抜けながら、彼に教えた。

  なるほど…ここがお前の巣か。

  巣…って。

  ここに、バカ面した犬と猫、
  バカ三姉妹で暮らしてるんだな?


  バカ三姉妹…。

どんどん酷い言われ様になっていく。
そのまま、いつも彼に逢いに行く時のルートを使って、彼を送り届ける。

  お前…こんな道を毎回走ってるのか!

  そうだよ。

現地の人間しか通らない様な、車1台がやっとという道幅の峠道だ。
彼が『上手い訳だ…』と呟く。
なんでも、峠道で彼のバイクと同じペースで走れる車は、あまり居ないのだそうだ。
それがわたしの場合、きちんと着いていけるし、対向車との離合に手間取って離れた後も、すぐに彼に追い付ける。

  お陰で、俺の好きな様に走れて、楽しめたぞ。

今まで言われた『運転が上手い』という類の、どんな言葉よりも、嬉しい一言だった。
何においても自分のやる事に自信の持てないわたしが、運転だけは得意だ、と胸を張っても良いのだろうか、と思える言葉だった。



やがて、彼の住む街に入った。
いつもなら、彼もわたしも、仕事に備えてとっくに就寝している時間だ。
それでも、もうすぐ彼と別れるのだと思うと、睡魔よりも淋しさの方が勝ってしまう。

  駄目だ、やりてえ。
  そこを左だ。


突然、彼が言った。

  えっ?

  我慢出来ん。
  15分だけ、お前を使う。


わたしよりも、彼の方が朝は早い。
それが心配だったが、他ならぬ彼自身の命令なら、わたしに否はない。
寧ろ、睡魔をおしてでもわたしを欲して貰えた事が、とても嬉しかった。
人気の無い真っ暗な場所で車を停め、二人ともリアシートに移動する。

  脱げ。

そう言いながら、彼はズボンを脱ぎ捨てた。
わたしもジーパンを脱ぎながら、彼のペニスを口に含む。
今日こそ、口で逝って欲しい…。
そう思いながら、一心不乱にペニスを舐め上げ、舌を絡め、吸い、扱く。
もっと…もっと猛って…。
しかし、彼の両手はわたしの髪を掴み上げ、次の命令が下された。

  乗れ。挿れろ…。

時間をかけられぬ交わりは、わたしには快楽ばかりをもたらす。
それが欲しくもあり、自分だけが…と申し訳なくもある。
前と同じ様に、彼をわたしの深い部分に招き入れ、前と同じ様に、本能のままに動いて逝き狂う…。


彼が、わたしの中から抜いた感触で、我に返った。

  …15分のつもりだったのに、
  40分もやっちまったよ。
  さすがにこれ以上はマズいな。
  帰ろう。


  …はい。

また、彼に逝って貰えなかった…。
淋しさと、無念さと、申し訳なさに襲われた。


いつもの場所まで彼を送り届けると、彼が、自分の住むマンションを教えてくれた。
指を指して、どこの部屋かまで教えてくれる。
これでわたしたちは、双方互いにどこに住んでいるかを、確実に把握する間柄となった。

彼に別れを告げ、自宅に着いて携帯を見ると、別れた直後に送られたと思しきメールが入っていた。

  本当に楽しかった。
  いつか、お前とバイクで
  旅をしたいと思った。


彼だけの世界に、更に深く、誘ってくれている…。
嬉しさの余り、涙が出て来て、メールの文字が、じんわりと滲んだ。




逝くか逝かぬか…

2008/05/12(月) 16:34:01
12回目の逢瀬から2日後…。

彼からメールで、バイク修理が出来たのでこれから取りに行く、と知らせて来た。
バイク屋からの帰りに逢えないか…とメールしてみる。
その日、わたしは仕事だったが、残業もなく帰れそうだった上に、四六時中でも彼に逢いたいという衝動が抑えられなくなったのだ。
返事が来た。
職場の前の公園に寄ってくれると言う。
それからは、終業が待ち遠しくて待ち遠しくて…職場の人からはわたしは、何時になく少し浮かれて見えたかも知れない。

仕事の後、わたしだけ職場に残り、公園で彼を待つ。
今、どの辺を走っているかというメールが彼から送られてくる。
それから判断すると、一旦帰って、着替えて出直すくらいの時間はありそうだった。
しかし、わたしは敢えて、そのまま待つ。
いつだったか彼が、わたしの職場での格好…つまり、制服姿を見たいと言ってたのを思い出したからだった。

周囲が暗くなり出した頃、漸く彼が到着した。
制服姿のわたしを見て、満足げに微笑む。

  着替えに帰ろうかと思ったけど、
  制服姿を見たがってたでしょう?


  ああ。
  制服のまま、仕事の時のテンションが
  残っているお前に、逢いたかった。


場所が場所だけに、いくら人気の絶えた田舎道とは言え、抱きついたり甘えたりは、さすがに出来ない。

  飯でも食うか。
  どっかいい店あるか?


  …んー…。

わたしは、思案する。
田舎故、それからの時間で食事の出来る場所が、かなり限られてしまうのだ。
心当たりはあったが、そこはわたしの家のすぐ近所。
職場の宴会で利用した事もあるお店だった。
けれども、そこ以外で食事の出来る店は、もう無い。
だからと言って、このまま別れるのだけは嫌だった。

結局、その中華料理店に行った。
お店の人間は、わたしの顔を知っている。
けれども、多少噂になったって構うことは無い。
どうせ夫とは、離婚するのだ…。

彼が、注文した炒飯をわたしにも分けようとして、ふと思いとどまる。

  さすがにマズいか。

同じお皿、同じレンゲで、当たり前の様に分け合うのは、確かにちょっと躊躇われる。
それでも、餃子は半分こして食べた。

お店を出た後、少し離れた道の駅まで、彼に伴走した。
バイクを停めると、わたしの車に乗り込み、ぎゅっと手を握られる。

  この辺は、まだ寒いな。
  お前の手、温かい…。


  あ、それじゃこれ、着ていく?

彼に、わたしのジャンパーを貸す。

  俺に着られるか?

  大丈夫でしょう。
  男物だし、わたしには少し大きいし。


  …ふむ、じゃあ借りていく。
  ところで…なあ、しのぶ。


  …はい?

彼が、何だか改まった雰囲気で口を開いた。
わたしは、微かに緊張して、彼の次の言葉を待つ。

  お前のブログやメールを読んでると感じるんだが…。
  お前は、俺とする度に、俺に逝って欲しいと思ってるのか?


  ん…うん…。

  なんでだ?

  だって…それが、玩具の役割だって気がするから…。

  …そうか。

彼が、わたしの肩を抱き寄せて、髪の毛を弄んだり、頭を撫でたりし始めた。

  それはもう考えるな。

  えっ?

  逝くか逝かないかは、俺が決める事だ。
  お前が考える事じゃない。
  お前がそんな風だと、俺は、お前とする度に
  逝かなきゃならん様な気にさせられて、愉しめない。


そう言えば、以前にも彼は、逝くのはあまり好きじゃない、と言っていた事を思い出す。
今までの経験から、男の最終目的は逝く事であると認識していたので、逝くのが好きではない、とか、逝くか逝かないか決めるのは自分、とかいう意見は、わたしにはとても斬新に感じた。
とは言っても、最優先されるべきは、彼がいかに愉しむかという事であり…。
その彼が、逝かなくても愉しいと感じるのであれば、わたしにはそれに対しての意見は無い。
彼から注がれれば注がれるほど、自分が彼の性処理玩具だと実感出来るから…だから、彼に逝って欲しいというのが、わたしの欲求ではあるのだけれど…。

  逝く事は…Tさんにとって、重要じゃないの…?

  重要なのは、俺が好きな様にする事で、
  俺が好きなのは、逝く事じゃない。
  お前が、俺に突かれて乱れに乱れるのを
  見ているのが好きなんだ。


例え逝かなくても、彼が充分わたしで愉しんでいるのであれば、わたしも嬉しいし満足だ…。

  だから、もう俺が逝くかどうかなんか、考えるなよ。

  …はい。

その日は、時間がかなり遅かった事もあって、口づけ以上の事は何ひとつせず、彼と別れる事になった。
家に着いたらメールすると言い残し、彼は道の駅から駆け去った。
その背中を見送りながら、わたしは、身体を合わせなくとも、彼と共に時間を過ごしただけで、大きな安心感に満たされている自分を、感じていた。


噛みついて…

2008/05/13(火) 23:58:00
人目のある場所で、普通のカップルの様に過ごしていると、彼が加虐嗜好者だという事を失念してしまう時がある。
それほどまでに、彼が言う処の彼の『鎧』…自身の本性を隠す為に彼が身に纏っている鎧は、違和感が無いのだ。

けれども、ふとした弾みに、彼の本性を思い知らされる瞬間が、わたしにだけは、訪れる。
鎧の継ぎ目から、残虐で冷酷な本性が、滲み出す瞬間が、あるのだ。


夜、車の中で、彼に甘えていた時だった。
わたしは、彼の腕の中に抱かれ、その顔を見上げる体勢になっていた。
ふと、わたしの心に兆した悪戯心…。
と言うより、突然何の前触れもなく、湧き上がって来た情欲…。
これをわたしは、いつもの方法で、彼に示した。
身体と行動で示したのだ。
彼の首に腕を回し、その顎に噛み付くという方法で…。
力を入れたつもりはなかった。
けれど、不意を突かれたからなのか、彼の反応は敏感だった。

  痛ッ
  てめぇ!


次の瞬間、わたしの髪と乳房が、鷲掴みにされた。
暗い中でも、彼の瞳に一瞬怒りが燃え上がり、ぞっとする様な光を帯びたのが判った。
わたしは、すくみ上がった。
髪は下方に引っ張られ、乳房には彼の指がギリギリと食い込む。

  痛い…っ

  いきなり何しやがる…

  ご、ごめんなさい…
  ちょっと噛みたくなったの…


  はあ?

愛しいものを、噛みたくなる衝動…。
これを、どう説明すれば良いのだろうか。
わたしの猫や犬も、時々突然わたしに噛み付かれ、『何なの!?』という顔で、逃げていく事がある。
被虐者のわたしにも、加虐嗜好が僅かながらも存在しているのだろうか…?

彼が、ニヤリと笑う。

  お前は牝犬だからなぁ。
  噛みたくなるんだろう。
  それに…。


乳房を掴む手の力は緩まない。

  ここんとこ、お前を責めてねえからな…。
  自分からこうやって、次は責めて下さいと
  哀願してるんだな?


  え…ち、違う…。

低く囁く彼の声には、わたしを甚振るネタが出来たという愉悦が滲み出している。
その声に混じる独特の濁りは、わたしを恐怖で震わせると同時に、神経毒を注入されたかの如き、不思議な金縛りと陶酔感をももたらすのだ。
掴まれた髪が、乳房が、痛いのか気持ちいいのか、判らなくなる。

  違わない。
  お前の心は解ってる。
  次を楽しみにしておくんだな。
  たっぷりと責めてやる…。


残忍な笑みと共に彼がそう囁き、やっと髪と乳房から、彼の手が離れたのだった。


咄嗟の反応で、相手の髪や乳房を掴むだなんて…普通はしないのではないだろうか…?
短時間の出来事だったが、この時の彼の行動には、本当に驚いた。
それと同時に…いかに人前では明るくて気さくで優しげであろうと…咄嗟の行動で、隠し持っている残虐性と攻撃性が噴出する彼に対して…彼のこの二面性に対して…改めて、魅了されてしまった。

鎧も、本性も…知れば知る程、わたしは彼に、のめりこんでゆく…。




広がる世界

2008/05/19(月) 11:18:38
彼と一緒に、楽器店へ行った。
買いたい楽器の下調べの様だった。

  楽器店って、行った事あるか?

  ピアノを習ってた頃は、時々行ってた。
  もう大昔の話だけどね。


  楽器店は、面白いぞ。
  色んなヤツらが、自分の世界に入り込んで
  色んなパフォーマンスをしている。
  時々、彼女を連れて来てるヤツもいる。
  彼女の前で、自慢のプレイを披露してるが、
  音楽に興味のない彼女だと、
  すげぇ冷めた態度でつまらなそうにしてたりする。
  そういうのを見るのもまた面白い。
  俺は、楽器店を『動物園』と呼んでいる。


店に向かう車中で、彼が言った。
そのシニカルな表現に、わたしは思わず笑ってしまう。

楽器店に着くと、確かにそこには色んな人々が居た。
電子ピアノやドラムセット、エレキギターやサックス…。
色々な音が、溢れていた。

  ピアノを習ってたんだろう?
  何か弾いてみろ。


彼に言われたが、突然のリクエストに狼狽えたわたしは、『猫踏んじゃった』でお茶を濁した。
鍵盤に向かったのは、25年ぶりだろうか…。
指が、全然思い通りに動かない事に、驚いた。

ギターやドラムを、一心不乱に演奏している人々が居る。
物珍しくて、足を止めて思わずじっと眺めてしまう。

  な?
  面白いだろう?
  動物園だろう?


  うん。

  忘れるなよ?
  俺らもその動物のうちなんだぜ?


その言葉通り、彼も、ドラムを叩いたり電子ピアノを弄ったりしていた。
楽器は一通り出来るとの事だった。
そんな中、ピアノで彼が奏でた曲に、ふと惹かれるものを感じた。
演奏がとまった時、最後まで全部聴きたいと思わせる曲だった。

  それ、なんて曲?

  オリジナル。

  えっ?


今まで、自分で作曲するという人の作品を、聴いた事がない訳ではない。
中には、地元のアマチュアバンドでは、かなり有名だという人もいた。
けれども、そのどれを聴いても『器用ね…』という以上の感想を抱く事はなく、嬉しそうに聴かされ、感想を求められていると感じられても、コメントに窮する事ばかりだった。
しかし、彼が聴かせてくれた曲は、そうではなかった。
何かわたしを、ハっとさせるメロディーを持っていた。


以前、茅葺屋根の民家を見て歩きながら、こんな田舎のこんな家で暮らす事を夢想して語り合った時、彼は行った。

  グランドピアノを置いて、
  創作活動に打ち込みたいなぁ…。


その時わたしは、それまでのオリジナル曲を聴かせて貰った時の、微妙な気持ちを思い出し、曖昧な反応をしたと思う。


電子ピアノが、自動でリズムを刻んだまま放置されている。
彼が、そのリズムに合わせて鍵盤を叩く。

  今の曲は?

  即興。

  えっ!?

半ば呆然としているわたしの前で、彼が他の曲を奏でる。

  それも…オリジナル?

  うん。まだ譜面には起こしてねえけど。

ここまで来ると、わたしは絶句するしかなかった。
どの曲も、印象的なメロディーラインで独特の雰囲気を持ち、もっと聴いていたいと思わせられる曲ばかりだった。

  お前、俺が音楽やるっつっても、
  どうせ大した事ねえって思ってただろ?


彼が、笑いながら言う。
その時は適当に誤魔化したけれども、正直に言うと、その通りだった。
彼は今まで、嘘や見栄で自分を誤魔化した事はない。
それをわたしは、よく知っていた筈なのに…。
けれどもこうして、彼の音楽は、わたしの感性を揺さぶることが判った…。


田舎の山奥の、古びた日本家屋。
彼の奏でるグランドピアノの音を聴きながら、囲炉裏の前や彼の足元で、猫の様に丸くなってうとうとと微睡む…。
そんな、幸せで穏やかな時間を過ごす事を、夢想する。

彼を、知れば知るほど…。
わたしの夢想の世界は、広がってゆく…。




椅子と拘束

2008/05/21(水) 00:20:22
15回目の逢瀬の時…。

彼が選んだホテルの部屋には、今まで見た事もないものがあった。
『ドリームラブチェア』という代物だ。

  何これ!?

と、驚くわたしを尻目に、

  これがあったから、この部屋を選んでみた。
  後で使ってみよう。


と、すまして言う彼。
とても好奇心の旺盛な人なのだ。

暫く、ベッドやソファで時を過ごした後、いよいよこの椅子を使う事にしたのだが…。

まずは、どういう動きをするのかチェックする。
あちこちが稼動するが、想像していた程の騒音は、無い。
男性椅子、女性椅子にそれぞれ座って、行為に臨む。
しかし…。
彼もわたしも、椅子の動きの方に気を取られてしまい、集中出来ないどころか、こみ上げる笑いを堪えられない。
その為に、双方とも、身体がセックスモードにならない。

驚いた事に、アダルトグッズのネットショップNLSさんではこのドリームラブチェアを販売していて、商品紹介の文章を読む限り、好評だったから扱っている様なのだけれど、少なくともわたしたちには、転げ回って爆笑するという以上のご利益は、無かった。

余談だけれど、NLSのサイトで『この商品を買った人は…』というのが出る、という事は…買った方が居るという事なのだ、と、更に驚いてしまったわたし…。
ホテル関係者だろうか…?

閑話休題。
この椅子の上でわたしは、どれだけフェラチオをしても、彼がまったく怒張しないという体験をする羽目になった。
如何に彼が、椅子の操作に気を取られていたかが判るというものである。
頭上から『へ~…』とか『なるほど…』とか降って来る彼の声と、その度に動きを変える椅子が可笑しくて、ペニスを銜えたまま、何度も吹き出してしまう有様…。

  まずは、この動きで笑ってしまわん様に
  ならんと使えんな…。


彼がそう結論を出し、わたしも同意する。

  それじゃ、別の使い方をするか…。

おもむろに、鞄から綿ロープを取り出した。
椅子にわたしを拘束しようというのだ。
そういう使い方を想定していないからだろう、確実に拘束できる箇所が無く、両手両足を縛り付けられた後も、わたしはある程度、身体を動かすことが出来る状態だった。

  使えねぇ。
  とことん使えねぇ椅子だなぁ。


笑いながらぼやく彼に、わたしも笑顔で、どれだけ手足に余裕があるか、動かして見せていた。

しかし、わたしが笑えていたのは、ここまでだった。

口に、ボールギャグがねじ込まれる。
髪の毛が掴まれ、椅子の背に頭を打ちつけられる。
背もたれを倒して寝ている状態のわたしの顔を、彼が逆さにのぞき込んだ。

  今日はちょっと仕置きをする。
  何故されるのか…理由は判っているな?


その声は、さっきまで笑っていたとは思えぬ程、低く濁り、凍てついていた。
表情も一変している。
それまでの笑顔の、欠片も見付けることの出来ぬ顔。
感情がごっそり脱落した、黒曜石の瞳。
微かに口元が歪んでいるのが笑みに見えなくもないが、それは、これからわたしを虐げることが出来るという、黒い愉悦のこもった残忍な笑み…。
彼のあまりの豹変ぶりに、わたしの呼吸が一瞬とまる。
お仕置きの理由…。
思い当たる事が、いくつかあった。

  …ふぁい…。

ボールギャグに阻まれて、ふざけている様な返事になるが、その声は震えているのが、自分でも判った。
こうして、3度目のお仕置きは、突然、何の前触れもなく、始まった…。





お仕置きの理由

2008/05/26(月) 22:26:37
連休中の事。

彼は、バイクでの一泊旅行を計画していた。
わたしも誘ってくれたのだが、車で着いていくのもタンデムで行くのも、色々と無理があるという事で、残念に思いながらも辞退した。

淋しがるわたしに、彼が言った。

  いい機会だから、
  家の掃除でもしたらどうだ。
  休み中も、ちゃんと規則正しく
  生活しておけよ?



わたしに対して、常に真正面から向かい合ってくれる彼。
そんな彼に相応しい玩具になりたい。
だから、規則正しく生活し、内面も外見も磨いて、いつまでも彼に大事にされる様に、努力したい…。
その頃のわたしの心の中に、芽生えていた、そんな気持ち。
実行に移す為には、家を綺麗にして、生活全般を再構築することも不可避だ。
頑張らなくては…。
わたしはそう決意し、彼に逢えぬ連休を掃除で過ごし始め、つい夢中になって明け方まで動き回り、彼が旅立つ日は昼過ぎまで眠ってしまった。

目覚めて携帯を見た時、驚いた。

  おい、起きろ。

彼からのモーニングコールが入っていた。
それも、何度も何度も…。

  使えねえ奴だよ、お前は。

最初のモーニングコールから1時間後、そういうメッセージを最後にメールは暫く途絶え、

  一生寝てやがれ。

正午過ぎに、もう一度メールが来ていた。

慌てたわたしは、急いで謝罪のメールを送る。
そして、再び家事に取り組み始めた。

夕方を過ぎても、彼からの返事は無い。
正午過ぎから一度も休憩を取らずに走っている、という事は考えにくいから、わたしの謝罪を無視していると見ていい。
本当に、怒らせてしまったのだ…。

謝罪メールを、何度も送る。

暗くなってくると、返事がないのはもしかして、何かアクシデントに巻き込まれたからではないか…という考えまで、頭の中を駆け巡り始めた。
不安で不安で、何も手につかなくなる。

彼が無事であるにしても、もしもこのまま、彼からの連絡が途絶えたら…わたしは、どうすれば良いのだろう…?

  何か事故などに巻き込まれてませんよね…?
  大丈夫ですか…?


わたしに出来る事は、メールを送り続けることだけ。

  このクズ野郎。

返事が来た時は、とりあえず最悪の事態になってはいなかった事に安堵し、涙が出て来た。

  お前は『外見も内面も磨く』と言った。
  それがどうだ? この有様は。
  お前の言う『磨く』ってのは、
  そういう生活の事を言うのか?


  ごめんなさい…。

  あの時、俺が何処に居たか、
  教えてやろうか。
  ○○公園だ。
  お前が片付けを頑張っている様だから、
  ちょっと寄って、褒めてやろうと
  思ってたんだよ。



愕然とした。
○○公園とは、わたしの職場の前の公園だった。
1時間半の間、やけにこまめにメールが入っていたのは、そういう事だったのか…。


自分の好きな様に走る事を、何よりも好む彼。
その彼が、わたしの為に寄り道をした上に、長い時間待っていてくれた…。

彼は、このツーリングを、とても楽しみにしていた。
そんなツーリングへの出発点を、不愉快な思いで過ごさせてしまった…。

申し訳なくて、悲しくて…そして何よりも、とても嬉しくて…。
わたしは、声を上げて、泣いた。




始動音

2008/06/04(水) 12:51:17
夕方、彼から帰りのルートを知らせるメールが入った。

  わたしの家の傍を通りますね。
  逢っていただけませんか…?


逢って、伝えたかった。
わたしを1時間半も待ってくれた事が、どんなに嬉しかったか。
彼に不愉快な思いをさせてしまって、どれだけ申し訳なく思っているか。

  いいだろう。
  俺はこれから○○へ行く。
  お前も○○へ向かうといい。


返事が来る。
そこは、以前彼がアクシデントに見舞われた町だった。
あの時、彼が、暗くなってから走るのは緊張する、と言っていたポイントを思い出す。
あそこを伴走出来る様にしよう…。
慌しく出掛ける支度をし、車に飛び乗る。

自分を憐れんで泣きじゃくっていた、24時間前のわたしは、もう居ない。
身体を動かし、家の片付けをしているうちに、どこかへ消えてしまった。
今は、一刻も早く、彼に逢いたい。
そして少しでも長く、彼と共に居たい。
その想いだけを胸に、危険を感じぬ程度に速度を上げる。

すれ違いになっては大変と、途中の道の駅で待機する事にした。
その旨メールを送り、バイクの音に耳を澄ませながら、彼を待つ。

彼のバイクが見えた時、様々な想いが胸を満たした。

無事に帰って来てくれた…。
またこうして、彼に逢う事が出来た…。

  こいつ…。

ヘルメットを脱いだ彼が、微笑む。

  お帰りなさい。
  …ごめんなさい…。


それだけ言うのが、精一杯だった。
言葉の出ないわたしは、思わず彼に抱き付く。

  おいおい、俺のルール、
  忘れてねえか?
  公衆の面前ではイチャつかない、だ。


  誰も居ないもん。

田舎町の道の駅は、静寂と闇に満たされている。
けれどもしも誰か見ている人が居たら、40女が人目も憚らず、若い男に抱き付く様は、さぞかし見苦しい光景だったろう。
(彼は、30歳代後半だけれど、かなり若く見えるのだ。)
イチャつくなと言いながら、彼の手もわたしの背中に回る。

  やっぱりお前は温かいな。
  湯たんぽに最適だ。


わたしの全身に、幸福感が満ち溢れる。
あれだけ怒らせた彼の体温を、再び感じる事が出来た悦びを、しっかりと噛みしめる。

その後わたしたちは、わたしの町のドライブインに移動した。
バイクを降りた彼が、助手席に乗り込んで来て、撮ってきた写真を見せながら、お土産話を聞かせてくれる。

  両手を出せ。

言われた通りにしたわたしの掌に、彼が小石を載せ始めた。
ポケットから次々と、結構たくさん出て来る。

  何これ、綺麗…。

  ここの河原で拾って来た。
  いくつか好きなの、選んでいいぞ。
  やる。


  いくつ?

  2、3個…。4個…。
  …3個。3個だ。


答えが変わる彼の言葉で、その小石たちに対する彼の気持ちが解る。
これは、彼の宝物なのだ。
その中からまずわたしに選ばせて貰える事が、とても嬉しかった。
ぱっと見て気に入った小石をまずは何個か選別し、ひとつひとつ吟味しながら、候補を絞り込む。
色が綺麗で、表面がスベスベとした小石を3個、選び出した。

  これにする。
  ありがと。


失くしてしまわぬ様、いそいそとポーチに仕舞い込んだ。

  お前は、明日も仕事休みか?

  うん。

  それなら…俺がここから帰る時、
  いつも使うルートを教えてやろうか?


彼と居られる時間が延びるのだ。
わたしに否と言える筈が無い。
今までわたしが使った事の無い道を、彼に着いて走っていく。
彼の住む街に着いたら、ラーメンを食べる事になった。

  どうだった、あのルート。

  距離的には、わたしの使ってるルートより長かった。
  走りやすさは段違いにいいけど、
  日中はあちこちポリさんが隠れていそうね。


  お前トバすからなぁ。
  あと、スタートダッシュする癖がある。
  だからあのルートの方が、燃費がいいぞきっと。


ラーメンを啜りながら、そんな会話をする。
彼がぐっと身体を寄せ、わたしの耳元に囁いた。

  ここのラーメン食った翌朝は、
  いつにも増してチンポがギンギンに勃つんだ。
  …残念だな、明日は逢えなくて。


鼻からラーメンを吹き出しそうになった。


ラーメン屋を出た後、彼が『じゃあな』とひと言、バイクの方に立ち去ろうとした。
わたしは、慌てて彼の腕を取る。

  なんだ?

  …もうちょっとだけ…お願い…。

翌日、彼は仕事で朝が早い。
それが判っていながら、我儘を抑えることが、出来なかった。

  …しょうがねえなぁ…。

苦笑する彼だが、その瞳はとても温かく和んでいた。
助手席に乗り込んできた彼にしがみつき、唇を貪る。

  ふふ…。
  お前、辛いヤツの味がする。


わたしだけがラーメンにたっぷり使った、唐辛子の事だ。

  Tさんも…ラーメン味だよ。

密やかにクスクスと笑い合いながら、唇を重ね続ける。
彼の舌が、侵入してきた。
わたしは、短い舌を一生懸命伸ばして、彼の舌に絡み付ける。
背中を這い回る彼の腕に、力がこもる。
『嬉しい』
『幸せ』
脳に浮かぶ思考は、それだけ。
このまま蕩けてしまいそう…。
その感覚に、身を委ね続けたいけれど、彼は明日、仕事がある…。
理性が戻って来た事を、少し恨めしく思いながら、唇を離した。

  今日も逢ってくれて、
  ほんとにありがと…。


  ん。

おやすみの挨拶を交わし、彼が車を降りる。
ドアを閉めようとして、ふと手を止めた。

  しのぶ。

  はい?

  病気に負けるなよ?

  …はい…!

バイクのテールランプが見えなくなるまで、その場で彼を見送る。
キーをひねる。
闇の中、愛車の始動音が、轟いた。



2008/06/30(月) 22:19:42
逢いたい…。

逢う事さえ出来れば、
それだけで満足…と思っていたのに、
逢えば無性に抱かれたくなる。

数時間しか逢えぬ逢瀬。
食事をしながら語り合い、
充実した時を過ごす。

けれども別れの時間が近付き、
彼を家まで送り届ける途中、
彼が欲しくて欲しくて
堪らなくなる。

  ああ…ぶち込みてえなぁ…

彼の呟きが、彼も同じ気持ちであるのを
教えてくれる。

  何でいつも、別れ際になると
  ヤリたくなってくるんだろうな。


彼が、笑う。
ホテルで逢って、散々抱き合った後ですら、
別れ際には再び、互いの身体を求めてしまう。
身体を重ねていない時は、尚更だ。

彼の家の傍で車を停め、
口づけを交わす。
彼の手が、襟元からわたしの
服の中に滑り込み、乳房を掴む。

  っあ…

甘い吐息が漏れる。
身体を一層彼に密着させる。
彼の手が、わたしの手を己の股間に導く。
そこが、硬く硬くいきり勃っているのが、
わたしの掌に伝わってくる。
わたしの中の牝犬が、目を覚ます。
すぐにでもそれを取り出して、
口一杯に頬張りたい。
彼自身を、たっぷりと味わいたい…。

わたしの乳首を摘んでいた彼の手が、
名残惜しそうに引き抜かれる。
わたしも、理性を駆使して、
彼の股間から手を離す。
ここでセックスに縺れ込んでしまったら、
彼の翌日の仕事に障る…。

  今度は、たっぷりと時間取って、
  お前を突きまくってやるからな…。


彼が、囁く。
わたしは微笑んで、頷く。

車を降りて、家に向かう彼の背中を、
見えなくなるまで見送った。


あの時、わたしの中で目覚めた淫乱な牝犬は、
未だにわたしの体内で、欲望の焔に姿を変えて
燃え続けている。

次に彼に逢った時、この感情がどういう風に解放されるのか…。
今度のわたしは、その瞬間を心待ちにしながら、
やはり彼に、焦がれ続ける…。




久しぶりに…

2008/07/02(水) 21:23:22
満たされる時は、案外早く訪れた。

わたしの仕事が休みの日。
市街地に用事で出たわたしは、彼に『逢いたい』とメールを送った。
彼の住む街に近い場所に出掛けると、無性に彼の処に行きたくなってしまう。
その気持ちを伝えるだけのつもりで、送った言葉だった。

  逢ってやってもいいぞ。

彼からの返答は、意外だった。
彼の仕事が終わる時間や移動にかかる時間を考慮し、その後の予定を組み直す。
その日中に終えねばならない用を終えると、一路、彼の住む街を目指して車を走らせた。


  逢うサイクルが、どんどん短くなってるな。

待ち合わせ場所で車に乗り込みながら、彼は微笑んで言う。

そう…。
サイクルが、短くなっている。
のみならず、逢瀬に消費する時間も、短くなっている。
これは、双方が忙しい時であっても、数時間でも時間を確保出来るなら逢っているという事。
以前の様に、一日ホテルでゆっくり寛ぎ、たっぷりセックス出来る時でなければ逢わない…というスタイルが、変化している証左に他ならない。


  どうする?

目的地を確認する。

  ここを出たら左だ。

  はい。

彼の指示通りに、車を走らせる。
このルートは…。

  もしかして…ホテル?

  ああ。
  ヤリたくなった。


彼が、ニヤリと笑った。
わたしの身体を、震えが走る。
最後に彼に貫かれたのは、どのくらい前だったろうか。
今日は久しぶりに、彼の猛りを突き立てられる。
そう思っただけで、わたしの子宮を、鈍痛にも似た疼きが揺さぶり始める…。

わたしは、そっと吐息をつきながら、ハンドルを握り直した。




瞳の色

2008/07/03(木) 23:55:45
ホテルに入り、先ずはシャワーを浴びた。
彼は、わたしに逢う前に入浴を済ませていたので、ソファで寛ぎながら待っていた。

備え付けのローブを羽織って浴室を出、彼の足の間に座る。
膝立ちになって、抱き付いた。
彼の腕もわたしの背中に回り、強く抱き寄せられる。
彼の口から、深い吐息が流れた。

  やっぱりホテルが一番落ち着くな。
  何でかな…?


官能の滲み出た低い声で、彼が囁く。

  二人きりで…
  人目を憚らずに済むからじゃない…?


わたしの囁きも、甘く湿った掠れ声だった。

  そうか…。

彼の掌が、わたしの背中をゆっくりと撫で回す。
二人の呼吸が、大きく、深くなってゆく。
呼気に色が着いていたなら、わたしの吐息は桃色に、彼の吐息は初夏の緑色に染まっていくのが見えた事だろう。
混ざり合って、溶け合って、確かな生命力へと変化してゆく…。

ぴちゃ、ぴちゃ、と、微かな音を立てながら、口づけを繰り返す。
互いの瞳に浮かぶものを確認しながら、唇を重ね、舌を絡み合わせては離し、見つめ合ってまた唇を重ねる。
以前の彼は、口づけの時にこんな瞳をしていただろうか。
もっと感情の窺い知れぬ…酷薄な光を放っていた様な気がする。


少し前に、一緒に食事をしていた時の会話を思い出した。

  しかしお前、本当に変わったな。
  初めて会った頃は、凍えた目つきだったが、
  最近は、力を感じる様になった。


  Tさんだって…変わったよ。

  俺が?
  どういう風に?


  最近、Tさんの表情、柔らかくなった。

  そりゃあ…最初の頃は、
  やっぱり緊張していたからな。


出逢って、半年。
お互い、警戒心めいた緊張感は、感じなくなったという事か。

それにしても…。
この瞳の色は、性処理玩具をみやる目つきではない。
己の欲望のままに、暴虐の限りを尽くそうとしている目つきではない…。
そう、感じる。

柔らかく穏やかな表情。
暖かさの溢れる視線。
彼は、何も言わない。
けれどもその瞳を見ていれば、彼が今この瞬間、わたしの事だけを見つめ、惜しみなく与え、わたしの感じる悦び全てを共有しようとしている事が、解った…。




愛撫

2008/07/04(金) 23:55:21
わたしのローブの前をはだけさせ、彼の手が直接肌の上を滑る。

  どうやら規則正しく
  生活している様だな。
  ちゃんと運動もしている。


  判るの…?

  判るさ。
  肌の状態がいい。
  すべすべだ…。


手触りを楽しむかの様に、両手でわたしの上半身を撫で回し続ける。
深い呼吸を繰り返し、うっとりと身を任せる。
わたしが、猫ならいいのに。
そうすれば今、どんなに気持ちよくて満ち足りた気分でいるのか、喉を鳴らして表現することが出来るのに…。

いきなり、乳房にむしゃぶりつかれた。

  はっ…あ…っあ…

声が、漏れる。
彼の舌が、乳首を転がす。
もう片方の乳房は、優しく捏ね回されている。
わたしの身体の奥深くで熾火となっていた官能が、一気に燃え上がった。
彼の頭を抱きかかえ、背中を波打たせて、彼の愛撫に翻弄される…。

彼が、乳房から唇を離した。
わたしは身体をずらし、彼のジーンズのジッパーを手探りする。
彼の命令なしに、自発的に求めたのは初めてかも知れない。
目で彼に哀願すると、彼は少し微笑み、腰を浮かせてわたしに協力してくれた。

露出させた彼のペニスは、既に硬く猛り勃っていた。
そうっと咥え、手と唇を使って扱く。
もう口の中におさまり切らない。
もっと奥まで、息が詰まるまで、えずきに襲われるまで飲み込みたかった。
けれども今日は、食事をしてしまっている。
未消化の吐瀉物など、彼は見たくないだろう。
軽く喉に詰まる処までで、我慢した。

  ああ…気持ちいい…

彼の呻きは、わたしをも高める。
もうすぐ、これがわたしの中に入ってくる。
これが、わたしに突き入れられ、わたしのヴァギナを、子宮を、そして脳までをも掻き回す…。
早く、欲しかった。
フェラチオの合い間に彼の目を見上げ、まだ?と問いかける。
もう充分に張りつめている。
硬く硬く、熱くなっている。
このまま、口の中に放出されても嬉しいけれど、でも今日は、挿れて、突いて欲しい…。
そんなわたしを彼は、少し陶然とした目つきで見つめている。
相変わらずその表情は、とても優しくて暖かい。

髪を掴まれ、軽く引っ張られた。

  ベッドに行け。

低く囁かれる。
やっと、待ち望んでいた時間が訪れる…。
期待に軽く震えながら、ベッドに上った。
ベッドのへりで四つんばいの姿勢になったわたしの腰に彼が手を当て、そのままで待つ様にと、指の小さな動きだけで指示を出した。
お尻を高く突き出して彼を待ちながらわたしは、先ほど髪を掴んだ彼の手つきが、今までの様な無造作な、まるで野菜か何かを動かす様な動作ではなかった事を、思い出していた…。




交わり

2008/07/05(土) 21:18:28
彼の両手が、わたしの腰を掴む。
ペニスの先端がヴァギナにあてがわれ、ゆっくりと、ゆっくりと、めり込んで来る。

彼は、わたしの濡れ具合になど頓着せずに挿れるから、時にはそこに、きつい抵抗を感じる場合がある。
けれども、一旦彼が突き刺さると、わたしの中はたちどころに溢れる様に濡れそぼる。
この直前の、濡れ始めのわたしの感触が、彼はとても好きだと言っていた。
少し摩擦を感じながら、段々滑りが良くなる過程を、ペニスで愉しんでいるらしい。

この時も彼は、ゆっくり大きく腰を前後させた。
一番奥までぐぐぅっと突き入れられ、ゴリゴリと削られる様に抜かれる。
わたしの激しい呼吸に、悲鳴の様な音が混じる。
彼の、深い息遣いが聞こえる。
繰り返されているうちに、わたしが溢れ出す。
彼の動きが、少しずつ早くなる。
わたしも合わせて腰を動かし、彼をより深くまで導こうとする。
故障している両手首に、激痛が走る。
これがなければ、もっと腕を突っ張って激しく動けるのに…。

肘をついて腰を高く突き出した姿勢で、彼の抽送を受け止める。
自分の喘ぎ声がうるさくて、ふたりの擦れ合う湿った音は、聞こえない。
声を殺そうとしても、止める事が出来ない。

  はあっああっはぁっはっああっ…

他に聞こえるのは、彼の激しい息遣いと、ふたりの身体がぶつかり合うパンパンという音だけ…。

何度か高い処に到達し、わたしの身体から力が抜け始めた。
彼がペニスを抜くと、わたしのお尻を押した。
体位を変えろという事だ。
緩慢な動きでベッドの中央に這っていき、仰向けになる。
わたしの上に覆い被さった彼が、すぐにわたしに突き立てる。

  あぁあっ!

快楽の悲鳴が迸る。
彼の唇が、わたしの口を塞ぐ。
深く深く口づけしながら、わたしを抉り続ける。
達しても達しても、わたしの身体はより深い快楽を求めて蠢き、彼の激しい抽送を悦ぶ。
体位が変わったことで、わたしの耳に、ぐちゅぐちゅという厭らしい音が届く。
まだまだ溢れている。
気持ちいい。
彼のペニスと、彼の唇。
気持ちいい。
気持ち、いい。

相変わらず彼は、真っ直ぐにわたしを見下ろしている。
黒曜石の様な、冷たい観察者の瞳ではない。
彼もまた、快楽に翻弄されている様な光を瞳に湛えていた。

  ああ。

彼が、低い掠れ声で返事をした。
わたしは、無意識に言葉を発していた。

  Tさん…嬉しい…
  欲しかったの…
  これが…欲しかったの…


  ああ。

口づけを繰り返しながら、彼が微妙に突き立てる角度を変える。
その度にわたしは痙攣し、身悶える。
逝って、逝って、朦朧とし始める。

  ああ…Tさん…素敵…Tさん…

うわ言の様に、言葉が零れる。
彼の顔が、苦しげに歪んだ。

  あっ…くそ…

小さく罵った。
次の瞬間、わたしの中で、ペニスがドクンっと脈打った。
彼がぐったりとわたしに圧し掛かる。
わたしは、彼の身体を精一杯力を込めて抱き締める。
ドクンっ…
ドクンっ…
彼がわたしの中に注ぎ込む時間は、とても長く感じた…




変化

2008/07/07(月) 22:34:15
わたしの中に精を迸らせた後、彼はそのままぐったりと弛緩した。

  お前の中が…
  別の生き物みたいに蠢いてた…


息を弾ませながら、言う。
果てる直前の『あっ、くそ…』という小さな罵声は、逝くのがあまり好きではないという彼が、わたしの中の蠢きに降伏した…という証だったのだろうか。

身体を重ねたまま、彼は呼吸を整える。
先ほどまでの猛りが嘘の様に萎んだペニスが、わたしの中からつるりと抜け出る。

  あ…っ…

そう言えば今まで彼は、射精するとすぐにペニスを抜いて、わたしに舐めさせ、飲ませていた。
彼の行動パターンに数々の変化が出てきていて…わたしはそれらに、何か意味があるのだろうか…?と、思案する。

呼吸を整え終えた彼が起き上がり、汗を拭いて水を飲ませてくれる。
わたしの汗も拭いながら言う。

  うん…いい汗だ。
  さらっとした、健康的な汗。
  きちんと運動している成果が、
  もう出ているじゃないか。


  本当?

  ああ。
  新陳代謝も活発になったんだろうな。
  肌がツルツルで、いい手触りだ…。


ベッドの端の方で、足を投げ出して座るわたしの膝に、仰向けになった彼が頭を乗せ、手を伸ばしてわたしの腕や背中を撫でる。
激しいセックスの後の、まるで夕凪の様に静かな時間…。

ふと彼が、我に返った様に言った。

  これ全然SMじゃないな。

  そうね…普通のセックスね。
  少し激し目の…。


  だな。

  そう言えばTさん、最近は
  他の男にわたしを使わせたいって
  言わなくなったね。


  そう言えば、そうだな。

  もうそんな事、考えてないの?

この瞬間、彼から今まで感じた事のない感情の動きが伝わった。
『動揺』だ。
ごく軽いものではあったが、彼がわたしの前では見せた事のない感情だった。
わたしは『おや』と思って、彼をじっと見つめる。
天井を見上げる彼の瞳が、左右に忙しく動いている。
何かを一生懸命に思考しているのだ。
わたしの言葉が切っ掛けになって、彼は、自覚していなかった感情に気付いたのだろう。
そしてその感情を、どう表現しようか…或いはどう解釈しようか、考えている…。

いつもと違う行動パターンを見せてばかりだった彼は…一体、どんな感情を自覚したのだろうか。
その返答が聞きたくて、わたしは無言で、彼の瞳を見つめ続けた。

  ま…俺も色々変わるのさ。

やがて彼は、それだけ言って起き上がり、ベッドの真ん中に移動して、腹這いになった。

  マッサージしてくれ。

  はい。

明確な返答がなかった事に、少しだけ落胆しながらわたしは、彼の太腿の上に跨り、マッサージの体勢をとった。




彼の家にて…

2008/07/29(火) 00:12:24
彼が、わたしをその住まいに招待してくれたのは、本当に意外だった。

その理由は、明快だった。
端的に言えば、節約だ。
わたしもそうだが、彼も決して経済力を誇れる生活はしていない。
むしろ、彼の同年代と比較すれば、稼いでいない方と言えるだろう。
それはひとえに、彼には達成したい目標があるからだった。
その為に彼は、経済力よりも、仕事に時間を拘束され過ぎない生活を選択したのだ。

わたしたちが逢う回数は、どんどん増えてゆく。
その都度、ホテルを利用していたのでは、生活が破綻してしまう。
だから彼は、わたしを自分の家に招待し、ホテルの利用回数を少なくしよう、と提案してきた。

わたしは、嬉しかった。
彼が、逢う回数を減らそうと言い出さなかった事が、とても嬉しかった。
彼は、明確な自分の世界を持ち、それを大事にしている人だ。
そんな彼が、家という、自分の一番重要なテリトリーにわたしを入れる選択をしてくれたことも、とても嬉しかった。


彼は、都会の単身者向け住居らしい、こじんまりとした部屋に住んでいた。
室内は綺麗に整頓され、日常的に清潔に保たれているのが、よく判った。
窓からは、彼の住む都会の景色が一望出来る。
それでいて周囲は、とても閑静だった。

  凄い眺めだろう?
  この景色があったから、
  この部屋に決めたんだ。


驚喜しながら窓の外を眺めるわたしに、彼が言った。

シンプルで、機能的で、清潔。
けれども決して無味乾燥な印象ではない。
とても彼らしい部屋だった。


喘ぎ声が近隣に漏れ聞こえぬ様、声を殺して彼に抱かれる。
達し続けると理性が消し飛び、抑えきれぬ声が零れる。

  声を出すな…。

その度に、彼が耳元で低く囁く。
彼から下される命令は、それがどんなに些細な内容であろうと、わたしの脳を従属の快感で燃え上がらせる…。

抱き合い、繋がって快楽を貪り、中断しては寄り添って語り合う。
ふとした瞬間に、彼が微笑んで言う。

  何か…不思議な感じだ。
  俺の部屋に、お前が居る…。


  あなたが、連れて来てくれたのよ…?

わたしも微笑んで言う。

  そうだよな…。
  まさかここまでの関係に、なるとはな…。


わたしとて…ここまで彼に精神までも魅了されるとは、出逢った頃には想像すらしていなかった。


夕暮れ時、灯りをつけずにベッドで寛ぎながら、眼下のネオンが増えていくのを眺める。
彼の体温だけを感じながら、ただただ無言で見つめ続ける。
静かで…。
穏やかで…。

  和む…。

溜息と共に、ぽそっと呟いた。

  ああ…。

彼の返答も、溜息の様だった。




彼の来訪......(1)

2008/07/31(木) 19:05:06
  俺はお前を俺の巣に入れたんだ。
  今度はお前が、俺を入れる番だよなぁ?


彼の家に行けば、当然言われるだろうと判っていた。
けれどもわたしは、お盆休みの間に何とか体裁を取り繕って、それから招待しようと考えていた。
ところが、メールでその辺りのやり取りをしていた時、突然彼が言い出したのだ。

  全ての穴を俺に晒したお前が、
  ここまで頑なに拒むのは、
  そこにお前の真実の姿が
  隠されているという事だ。
  ブチ込みてえ。
  暴いてやる。


そんな論理展開になるとは、予想もしなかった。
そして『ブチ込んでやる』と言い出した彼は、何があろうと必ずそれを強行する人だという事を、わたしはこの半年でしっかり学んでいた。
とんでもない事になった…。
わたしは激しく動揺した。

  嫌です。
  許して下さい。
  人間が住んでいる家の状態じゃないのです。
  見ればきっと嫌われる。
  あなたもわたしを棄てるでしょう。


  ほほう、それがお前のトラウマか。
  尚更興味が湧いて来たぜ。


  あなたが来られるまでに
  少し掃除しようにも…
  月のものが来たので、動けません。
  だから、今回はご勘弁下さい…。


  なるほど、生理痛で苦しむお前を
  眺めることも出来るって訳だ。
  それは益々行かねばならんな。


懇願の言葉全てが、悉く裏目に出る。

  嫌ですお願い。
  今回だけは許して…。
  わたし一体どうすれば…。


わたしは、混乱の極みに達してしまった。

  ゴチャゴチャうるせえ。
  お前は俺に、その真実の姿を晒し、
  ブチ込まれて掻き回されてりゃいいんだ。
  久しぶりに責めてやるよ。
  身体ではなく魂をな。
  愉しみだ。
  興奮するぜ。


もう、駄目だ。
このモードに入った彼は、止められない…。

わたしは、虚ろな瞳で家を見回す。
この家が、わたしの真実の姿…?
普通の生活が困難なほどに散らかり、壊れた物に溢れ、秩序を失い、機能しているのは極々一部…。
言い得て妙だな…と、自嘲が漏れる。
醜い容姿に壊れた精神、辛うじて外で働く事だけは出来ているわたしと、この家は確かによく似ていると思った。

僅かでも掃除を…と思う。
しかし、時に蹲って呻いてしまう程の生理痛に苛まれているわたしは、起き上がる事すら出来ない。
それに、動けたところで、右のものを左に動かし、左のものを右に動かし、結果かえって室内の混迷は増すばかりなのを、嫌と言う程知っていた。
もう、いい…。
どうにでもなれだ…。
この室内を見た彼が、わたしを侮蔑の目で見やり、わたしの縋る手を汚物の様に振り払う様を想像し、涙を零した。


当日の朝。
彼からメールが来る。

  これから向かうぜ。
  股おッ広げて待ってろよ♪


彼が絵文字を使うのを、初めて見た。
かなりご機嫌という事だろう。
わたしは、既に感情が動かなくなっているのを自覚しながら、携帯電話を閉じた。




彼の来訪......(2)

2008/09/04(木) 11:54:05
彼から、メールが入る。

  今、○○に着いた。
  先っぽが入ったぞ♪


わたしの家から、1時間ほどの所だ。
家に来る事を、セックスに擬えている様子だ。
相当ウキウキしているらしい。
わたしは、沈痛な気持ちのまま、時折疼痛の走る下腹部を抱え、横になっていた。

あと1時間で…彼との関係が終わってしまうかも知れない。
それは、とても深い絶望だった。
彼を失ったら、わたしはこの先どう生きていけば良いのだろう。
せっかく、生きていく事に前向きになれたと言うのに…。

  ○○だ。
  半刺し♪

  ところで、迎えに来てくれるんだろうな?


そのメールを見て、身体を起こした。
あと30分程で到着する。
どこに迎えに行けば良いのだろう。
彼が今居る場所に向かえば、すれ違いになる可能性が高い。
以前から二人で時々利用していた、わたしの家の近所のドライブインで待つ旨メールをし、車に乗り込んだ。

駐輪所の見える場所に車を停め、車内で待つ。
彼のバイクが、入ってきた。
わたしは車を降りて、ゆっくりと彼に向かって歩いた。
彼もすぐにわたしを見付け、ヘルメットを脱いでニヤリと笑った。

  …おはよ。

  何て顔してんだ。
  夕べは眠れたのか?


  …あんまり。

  だろうな。

彼は、実に嬉しそうにククッと笑った。

  …さて。

  行く?

  いや、ちょっと待て。

横のコンビニに入り、アイスクリームを買って戻って来た。
バイクの横で、ゆっくりとアイスを味わい始める。
時々、わたしにも差し出してくれるので、口を開けて食べる。
冷たい…としか、感じない。

食べ終わると、ゴミをゴミ箱に捨てて、伸びをした。

  …さぁて。

  行く?

  いや、昼飯食いに行こうぜ。

  …まだそんな時間じゃないよ。

  そうか。
  じゃ、茶ぁ飲みに行こうぜ。


  ええ?

彼の、ニヤニヤと嬉しそうな表情を見て、気付いた。

  もう…わたしをもっと甚振ろうって腹でしょ?
  刑の執行までわざと時間をかけようとしてるね?!


彼が大笑いする。

  バレたか。

  そりゃバレるよ!
  ここまで来たら、もういいよ!
  さっさと済ませようよ。


  わかったわかった。
  じゃ、行くか。
  先導しろ。


  …はい。

ドライブインを出発した。
いつもと変わらぬ、明るい表情の彼。
わたしの家を見た時、彼はどう変化するのだろう。
想像することが、怖い…。


家には、すぐに着いた。
まず彼が目にしたのは、全く手入れをされておらず、雑草が蔓延った庭だ。

  ほほう…。

彼は、家の周囲を見渡し、庭をゆっくりと観察している。
一体何を考えているのか…。
その表情からは推察できない。

暫く庭を眺めた後、彼は、玄関を顎で差した。

  開けろ。

  …はい。

開錠し、ドアを開ける前に、彼を振り返る。

  …本当に凄いからね。
  病気になっても、知らないからね。


  いいからさっさと開けろ。

  …はい。

大きく深呼吸をし、わたしはゆっくりとドアを開け、彼を招じ入れた。




彼の来訪......(3)

2008/09/05(金) 14:35:53
玄関に入った彼は、物珍しげに周囲を見渡した。

  かなり動物臭いと思うよ。
  すごく埃っぽいし…。


ぐだぐだ言い訳を続けるわたしには、全く反応しない。

  本当は…注意欠陥障害で動物飼うなんて、
  無謀なんだと思うけど…掃除出来ない癖に…
  毛だらけで凄くて…でも…生き物大好きだから…


  このまま上がっていいか。

わたしの言葉を遮った彼が、軽く片足を上げた。
土足のまま上がろうと言うのだ。
そして、普通の神経の人になら、そう言われても文句は言えない程の状態。
それが、わたしの暮らす家だった。

  …うん。

彼は、靴箱の上に置いてあったマグライトを手に取り、眺める。

  そ…それは夜に犬の散歩をするのに使うの。
  この辺、街灯がなくて真っ暗になるから…


  それ何だ?

  バ…バリケン。
  バリケンネルっていうの。
  犬を隔離する時に使うの。
  本当は玄関なんかに置きたくないけど、
  重くて一人では動かせなくて…。


彼は、マグライトを点灯させると、洋画に出てくる闇夜の警察官の様に、肩の辺りに掲げて周囲を照らした。

  …何してんの?

  探検だからな。

  ………。

ゴッ…ゴッ…という靴音をゆっくり響かせながら、彼は家の中に歩を進める。

  あっ、(犬の名)。
  檻に入れられてる…。


  留守にする時、短い時間なら檻に入れるの。
  自由にさせとくと色々悪戯されるから。
  出してやっていい?


  ああ。

犬は、彼の事を憶えていたらしく、檻から飛び出すと彼に駆け寄り、全身で再会の歓びを表現する。

  よしよし(犬の名)。
  後で遊んでやるからな。
  今はおとなしく待ってろ。
  お…猫も出て来た。


その言葉に、わたしは驚いた。
かつて、この家にまだ訪問者が出入りしていた頃、この猫は、来客がある度に二階に隠れ、決して姿を見せなかったものだ。
それが、興味津々といった表情で彼を見つめている上、怯えも警戒もせず、機嫌もかなり良い様子だった。

  …Tさん、凄い…。
  このコが初対面の人に
  こんなに友好的なの、初めてだよ…。


  ほほう、そうか。


それ以降、彼が向かう所全てに、わたしと犬と猫が着いて回る事となった。
彼が目を留めるものに、わたしが様々の言い訳をする。
時折、彼が『あれは何だ』と訊く。
わたしが、説明と言い訳をする。
彼は、衣装箪笥の引き出しまでチェックする。

  ちょっと!
  そんなトコまで…
  ドラクエじゃないんだから…


押さえようとするわたしの手を、彼が振り払う。

  全部見せろと言っている。

  でも…

  うるせえ。
  黙ってろ。


長い時間をかけ、彼はわたしの家を隅々まで見て回った。
その間、一言も感想めいた事は口にしなかった。
やがて彼は居間に移動し、かろうじて人一人座れるスペースを保持していたソファに、どっかりと腰をおろした。




彼の来訪......(4)

2008/09/06(土) 11:29:01
わたしは、彼の前の床に座った。
ホテルでのいつもの状態だ。
彼は薄く微笑み、靴を履いたままの足をわたしの肩に乗せた。

  なんとも言えん表情だな。
  俺が何を考えているか…
  不安で、怯えてて、悲しそうで…。
  …いい顔だ。


黙って、彼を見上げる。
どういう判決を下されるのだろう?
彼の瞳の中の感情を読み取ろうとして、目をこらす。
少なくとも、こんな汚濁の中で生活しているわたしを蔑む光は、浮かんでいないと感じた。
それだけでもわたしは、少し安心する事が出来た。

けれども彼は、表面上は何事もなかった様に振舞いながら、心の中ではお仕置きする事を決定していたりする人だ。
そういう風に見えるからと言って、本当にそう感じているとは限らないのだ…。

彼は、視線を室内に走らせ、何事かを思案している。
判決は中々下らない。
わたしは、段々焦れてきた。

  …それで…判決は…?

遠慮がちに、催促する。

  判決か…?

彼は、足を下ろすと身体を起こし、ぐっとわたしの方に乗り出した。
緊張が、わたしの身体を走り抜ける。

  ………。

  ………。

  ……すっげぇ、楽しい。

  …へ?

予想もしなかった返答だった。
彼は、ニヤーっと笑う。

  この家、俺が好きにしていいんだろ?
  別荘に改造してやる。
  すっげぇ楽しみだ。


わたしは、唖然とする。

  ガキの頃作った秘密基地を思い出すなぁ。
  よし、さっそく始めるぞ。
  まずは、俺が取り敢えず寛げる場所を作る。


彼が勢い良く立ち上がる。
状況がよく飲み込めないまま、わたしもつられて立ち上がる。

  ここいらの本を入れるから、
  箱か袋を用意しろ。
  それから、デカいゴミ袋と雑巾だ。


  あの…それは…。
  わたしは…棄てられないって事…?


  ああ。

  …凄い汚してるって、思わなかった…?

  んー…まぁ想定の範囲内だな。

  …わたしの事、嫌いになってないの…?

  いいや?

別荘にすると言うからには、今後もわたしと関わり続ける気だということだ。
つまり彼は、わたしのこの家を見ても、軽蔑したり嫌悪したりせず…それどころか、一緒に掃除をしようと言ってくれているのだ。
しかも、とても楽しそうに。

ようやく、状況が飲み込めた。

彼は、わたしを、拒絶しなかった。
非難すら、しなかった。
わたしは、彼にしっかりと抱き付いた。

  おいおい。
  行動開始だっつってるだろうが。


彼が、笑う。
何も言うことが、出来なかった。
ただ、抱き締めた腕に、力を込めた。




片付け......(1)

2008/09/16(火) 16:25:38
早速彼は、テキパキと動き始めた。
小さめのダンボール箱や紙袋をわたしに用意させ、

  ここにある書類は、全部これに入れるぞ。

とか、

  これには本を入れていく。
  後でまとめて本の部屋に移す。


とか言いながら、その手を休める事は無い。

最初は、彼の周囲をウロウロしていたわたしだが、生理痛がぶり返して来て、呻きながら蹲ってしまった。
そんなわたしの傍らにしゃがみ込み、無造作に髪を掴んで顔を上げさせる。
わたしの苦痛の表情をざっと観察した後、徐に口を開く。

  痛むのか。

  …うん…。

  どんな痛みなんだ?

  …んー…。
  とっても鈍い痛み…。
  例えるなら…んー…。
  …鈍りまくった刃物で…。
  子宮をグリグリ抉られてる様な…。
  そんな感じ…。


  ほう…。

彼の表情に、じわじわと喜悦の色が広がってゆく。
それを見ながらわたしは、本当にこの人は、わたしが苦痛に苛まれるのを見るのが好きなんだなぁ…と、他人事の様に考える。
突然彼は、子どもが興味を失った玩具を放り出す様に、わたしの髪から手を放して立ち上がった。

  もういい。
  お前はそっちでくたばっとけ。


  え…。

彼がわたしに、横になっていても良いと言っているのだと気付くまでに、少し時間がかかった。
苦しむわたしを見る事を愉しむ彼が、わたしに、楽にしていていいなどと言うとは思わなかったのだ。
とは言え、やせ我慢が出来る程の体調ではなかったので、お言葉に甘えて、床の上に横にならせて貰った。


彼が片付ける物音。
彼に着いて回る犬の、せわしい足音。
彼の鼻歌や、犬に話しかける声…。

下腹部を抱え込み、カブトムシの幼虫の様な姿勢で転がったまま、ぼんやりと耳を傾ける。
ふと、目の前に転がっていた本を手に取り、パラパラとめくる。
そのまま、読書に軽く没頭してしまう。


  てめえ。

突然、彼の声が頭上から飛んで来て、頭を踏まれた。

  俺を働かせておきながら、
  てめえは読書たぁいい度胸だなぁ。
  あ?


  ご…ごめんなさいごめんなさい。
  ついつい手持ち無沙汰で…。


満開の笑顔でわたしの頭を踏みにじり、表情を変えぬまま足をどけると、言う。

  …いいなぁ。
  土足で踏める女。
  愉しい。


言われてみると、彼はまだ靴を履いたままだった。

以前のわたしなら、誰かにふざけて足で突かれただけでも、むっとしていた。
それが、彼になら何をされても、不思議なくらい怒りを感じない。
不快感を得ても我慢するのではなく、不快感すら無いのだ。
これが、彼の全てを受け入れるという事なのだろうか…?

  まあいい。
  お前はそうして好きな事して
  くたばってろ。
  俺も好きにやらせてもらう。


機嫌よく言うと、彼は再び片付けに向かった。
彼の後ろを、犬が、弾む様な足取りで着いて行った。




2008/10/18(土) 11:19:56
  これが、今年最後の遠乗りになるだろう。

そう言って彼は、バイクに乗って出掛けて行った。
わたしの住む地方に程近いところが、目的地だった。

日が暮れ始めてから、メールが入る。

  ○○で、待ち合わせるか?

わたしのお気に入りの観光地。
夜になって、人気がなくなった時の雰囲気が最高だ、と、彼に話していた場所だった。

  これからだと、2時間ちょっと
  かかってしまいますけれど、
  大丈夫ですか?


  俺もゆっくり移動するから、構わん。

急いで身支度し、車に飛び乗る。
日没後の気温は、どんどん下がっていく。
店じまいした後の観光地では、彼が寒さをしのげる場所が、無い。
出来るだけ急いで、待ち合わせ場所に向かった。


  着いた。

彼からメールが来た。
わたしの方は、後30分はかかってしまう。

  ええっ!
  ごめんなさい、急ぎます!


  慌てるな。
  お前の言う通り、いい雰囲気だ。
  のんびり待ってる。


そうは言っても、バイクの移動で、この寒さ…。
アクセルを踏み込む。


シャッターの下りた土産物屋街に、静かに車を入れ、突き当たりでエンジンを止めた。
彼のバイクが、停まっている。
彼は、どこだろう?
車を降りて見回すと、車止めの石の上に座って、微動だにしない人物が居た。
彼だ。
歩み寄る。
遅れた謝罪を言おうと、口を開いた。

  あらっ?

意図しない感嘆の声が出た。

  おう。

彼が、低く応じる。
その膝の上に、面白い模様の猫が、座っていた。

  どしたの、そのコ。
  野良猫?


  たぶんな。

  ごめんね、遅くなって。
  寒かったでしょ?


  いや…こいつのお陰で温かかった。
  俺がここに座ったら、
  こいつ上ってきやがってさ。


  さすが観光地の猫。
  人慣れしてるんだね。


ひそひそ声で、言葉を交わす。

猫は、突然現れたわたしにも動揺せず、彼の膝の上で丸まって香箱を組み、心地良さそうに目を半分閉じている。
彼も、少し背中を丸め、膝を揃えて猫を乗せ、その体温を満喫している。
満月が、白く冷たい月明かりを漂わせる中、彼の微笑みは、静かで穏やかで、温かかった。


そんな彼の事も、途轍もなく愛おしい。

そう、思った。