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邪魔者

2008/12/30(火) 00:06:57
湯船に、のんびりと身体を伸ばす彼。
その足の間に、わたしも身体を滑り込ませる。
他愛もない雑談で、緩やかなひと時を過ごしている時、ふと気付く。
鬱陶しく思いながらも、既に馴染み始めていた感覚が、消えている。
手を、左目の下に当てる。

  …痙攣、とまってる…。

  痙攣?どこが。

  うん、ここ1週間くらい、ずっと瞼がピクピクしてたの。
  もう鬱陶しくてさ。
  それほど目を酷使した訳でもなかったし、
  ダイエットで栄養不足になった所為かとも思ってたけど…
  何かのストレスだったのかも。
  完全に止まってる…。


先ほどの不思議な感覚といい、ストレス過多の兆候が、セックスでおさまるとは…。
わたしは、セックス依存症にでもなりかけているのだろうか。
ふとそんな不安が兆す。

けれど、それでも別に良いではないか。
彼は、貞淑な女など求めてはいない。
本能のままに快楽に溺れる、淫乱な牝犬を、欲している。
そして更に、彼自身の旺盛過ぎる性欲を持て余し、欲望のままに突き入れ、責め立てられる女を求めているのだ。
そんな彼がわたしの傍に居てくれる間は、セックス依存症であっても構わない、と、思う。

湯船の中で、手を使って彼のペニスを弄ぶ。
こうして、完全に寛いでいる彼自身の弾力を愉しむのも、大好きだ。
彼が、腰を浮かせて、ペニスを水面に出す。
わたしは、それを口に含んで、優しく扱く。
亀頭を吸引して、ちゅぽん、と離す。
繰り返す。

  ああ、それ…それが気持ちいい。

  ん…これ?

嬉しくなって、もっと繰り返す。


ふと、以前彼が、三穴制覇したい、と言っていた事を思い出す。

  口と、まんことアナル三箇所で出すんだ。
  1回のセックスで、だぞ、当たり前だろう。
  1回で3発、でなきゃ制覇とは言えん。
  出したら、そこには旗を立てる。
  お子様ランチの旗だ。
  制覇した証だよ。
  アナルの開発もだが、それよりお前、
  フェラチオ特訓しておけよ。
  口で逝かせるには、俺のチンポはしぶといぞ。


口だけで彼を逝かせるには、どれだけ特訓しなければならないか、ぞっとしながら、

  それ、やるんなら、直前1週間くらいは
  オナニーしないでいてよね…


と頼んだ事を、思い出す。


次第に漲って来る彼のペニスを、喉の奥まで飲み込む。
素早く頭を上に動かし、唇を滑らせる。
お湯が、ちゃぷちゃぷと眠たげな音を立てる。
口も、性器なのだと思う。
でなければ、しゃぶっているだけで、こんなに気持ち良くなる筈がない。
昂ぶってくる。
昂ぶりを、唇にそのまま乗せて、頭を激しく上下させる。
首を使って角度を変えながら、夢中で動かす。

また、引っ掛かる様な違和感を覚え、我に返る。

  ごめん、歯が当たった…。

  いや、大丈夫。

  ほんとに…?
  わたし、八重歯があるから…。


過去の男には、よく『お前は歯が当たって痛い』と言われていた。
それから考えると、わたしが『当たった』と認識出来る程の感触にも痛みを感じないなど、彼のペニスはどれだけ頑丈なんだ…と、驚嘆すら覚える。
それと同時に…。
今まで長年付き合ってきて、その存在にはすっかり慣れていた八重歯を、初めて非常に疎ましく感じた。
このままでは、情欲の赴くままにフェラチオが出来ない。
彼ではないけれど、それこそ『気が散る』。
邪魔だ。
…抜いてしまおうか…。
そう思いながらわたしは、八重歯を、舌先でそっと撫でた。




歯...(1)

2008/12/30(火) 00:16:19
わたしの歯並びは、驚異的に、悪い。
何処の歯科医にかかっても、まずはその歯並びの悪さに、必ず驚かれる。
片側の奥歯が全く噛み合っておらず、奥歯としての役割を果たしていないのだ。
ある歯科医に、歯の抜け替わる時期の経験を話すと、それが原因なのではないか、と、言われた。


乳歯から永久歯に抜け替わる年頃。
わたしの奥歯が、ぐらつき始めた。
奥歯が動き始めたのは、それが初めてだった。
母は、わたしを歯医者に連れて行った。
虫歯の時に行くいつもの歯医者ではなく、車に乗って、遠い所の歯医者に出掛けたのが、不思議だった。

ぐらついている奥歯の下から、永久歯が押し上げているレントゲン写真は、見た記憶がある。
『どうせ永久歯が生えてくるんだから、
 このついでに奥歯を全部抜いて欲しい』
母が、言った。
今にして思えば、それを了解する歯医者もどうかしている、と、思う。
『奥歯が抜け替わる度に、
 いちいち歯医者に行くのは面倒ですから』
わざわざいつも通っているのとは違う歯医者に行ったという事は、そういう事を引き受けてくれる歯医者を探して行ったのかも知れない。

この時の記憶は、非常に断片的だ。
憶えているのは、四肢を誰かにがっしりと押さえ付けられていた事。
顎をガクガクと揺さぶられる、恐ろしい感触。
バリバリ、メリメリと、硬い物が砕かれる様な音。
歯医者の『ホラ、泣かないで!』という苛立たしげな声。
自分自身の、獣の咆哮の様な悲鳴と泣き声。
そして…そんなわたしを笑顔で見下ろす、母の顔だ。

歯医者でのわたしの状態を、おそらくは父に報告している時の、
『もう、おっかしいの。
 殺されそうな声上げて、わーわー泣き叫ぶのよぉ』
という喜色に弾んだ口調も、耳に深く残っている。

当時は、小学生だったと思う。
歯に関する次の記憶は、給食の時間に飛ぶからだ。

給食の際は、机を動かし、正面に誰かが向かい合う形にするのが通例だった。
その日、わたしの前で給食を食べていた子が、突然言った。
『しのぶちゃんの食べ方、なんだか変!』
わたしは、何の事を言われているか、判らなかった。
同じグループの子どもたちが、皆でわたしの顔を覗き込んだ。
『わー、ほんとだ。
 うちのおばあちゃんの食べ方だ!』
『あ、そうだそうだ。そんな感じ。
 なんでそんなおばあちゃんみたいなの?』
そこまで言われて、初めて気が付いたのだ。
奥歯が全くないから、おかしな食べ方になっているのだと。
『奥歯を抜いたから、仕方がないの!』
必死で弁解するわたしの声は、離れた席からまでわざわざ覗きに来る子どもたちの嬌声に、無力にかき消される。
『ねー、ねー、見せて見せて』
『ほら、早く口に入れてよ。早くう!』
嫌がって抵抗すると、乱暴な男子が催促しながら頭を叩く。
無理やり口の中にパンを押し込まれ、仕方なく咀嚼すると、わたしを覗き込んでいた子どもたちが、腹を抱えて爆笑する。
『おばあちゃんだ!おばあちゃんだ!』
『お猿さんにも似てる!』
『あ、似てる似てる!』
何時までこの時間が続くのか。
もうクラスの全員は見終わったか。
さっさとわたしの前から立ち去ってくれないものか。
それだけを、考えていた。

家に帰り、その事を報告した。
『どれどれ?』
母親は、わたしに食べ物を与えて、顔を覗き込んだ。
咀嚼する。
母親も、爆笑した。
『ほんと、入れ歯の無いおばあちゃんみたいねぇ!』
わたしは、泣いたと思う。
泣きながら、母親がわたしの奥歯を抜かせた所為だ、と詰ったのだろう。
彼女は、表情を豹変させ、激怒して金切り声で怒鳴りつけた。
『びーびーびーびーうるさいっ!
 そのうち大人の歯が生えてくるんだから、
 それまで我慢しなさいっ!!』


妹たちは、その時期を迎えても、無理やり乳歯を抜く様な目には、遭わされなかった。
そしてわたしは、歯医者に行くと、あの時の診察台で味わった恐怖を思い出し、時には歯医者に笑われてしまう程、異様に緊張する様に、なった。




歯...(2)

2008/12/30(火) 01:37:53
歯に関することで、わたしにとってもうひとつ不幸だったのは、遺伝的に、歯並びの悪くなる要因をも持っていた事だ。

母方に似れば、歯並びは良い代わりに、がっしりとした顎になり、エラが張った顔かたちになった事だろう。
わたしは、エラの張った顔つきには、ならなかった。
父方の、細い顎の骨を、受け継いだのだ。
歯の形状は、母方を受け継ぎながら。
歯の大きさに対して、それを並べる顎の骨が小さい。
だから、自然歯並びは悪くなった。
一番酷かったのは、前歯が1本、完全に歯列の内側に生えている事だった。

母は、わたしの歯を見る度に、眉を顰めて言った。
『汚い歯並び。
 お父さんに似たのねぇ』

この八重歯は、噛み合う歯ではないから、変な場所に生えていても舌を噛むという事は、無い。
完全に内側に生えている為、ぱっと見られただけでは、八重歯があるとも気付かれない。
実害は無いという事で、歯列矯正をする程の事も無い、と言われていた。
『それに、矯正ってすっごくお金かかるしね。
 ものを噛んで食べられるんなら充分よ』
奥歯が片側、全く噛み合わない為、ものを噛んで食べるにも不充分だった事を、母親は、今でもおそらく知らない。
歯医者に対する恐怖心から、徹底的に歯医者を忌避する様になったわたしは、結婚した後になるまで、自分の歯並びについての詳しい説明を受けた事が、無かったからだ。

それでも、時に、虫歯の激痛を堪え切れなくなって駆け込む歯医者では、必ずこの八重歯を抜いてしまおう、と言われた。
放置していればどんな弊害があるか、説明される。
曰く、歯周病になりやすい。
曰く、空気が漏れる事で、言葉の発音が不明瞭になる。
『嫌です。抜きません』
わたしが拒否すると、歯医者たちは揃って、不審げな表情になった。
『どうしてですか?
 残していても、何もいい事ないですよ』
いい事は、ある。
あの時の恐怖をそのまま再現すると思われる、虫歯でも親不知でもない、健康な歯の抜歯。
それを味わわないで済む事それだけで、抜歯しないメリットは、わたしにとって充分だったのだ。
例え、その当時の男たちに、口でされると八重歯が当たる、と、文句を言われていても。


口を開けて、彼に、わたしの八重歯を見せる。

  何だそれ!?
  すげぇとこに歯があるな…。


彼が、吃驚して声を上げる。
わたしも、少し吃驚する。
今まで散々口づけを交わし、わたしの口腔を余すところ無く舌で愛撫しながら、この歯には気付いていなかったのか。

  うん…。
  Tさんのを口ですると、この歯が
  時々当たってしまうのよね。
  邪魔だから、抜いちゃおうかと思うんだけど。


彼は、それに対しては、何もコメントしなかった。


『あなたみたいに怖がられると、こっちも凄く怖いんですよ。
 そこまで緊張されると、痛いところに触れた途端、
 反射的に私の手に噛み付かれるんじゃないかって』

かつて、そうわたしを詰った歯医者が、居た。
歯医者さんにはそんな恐怖があるのか…と驚き、申し訳なく思いながらも、流れ落ちる脂汗と手の震えを、どうにも出来なかった。
そんなわたしが…八重歯の抜歯を検討するなんて。
それも、フェラチオやイラマチオを、思う存分堪能したい、という理由で。

そんなに、彼に溺れたいか。
そこまで、快楽を貪りたいか。

その通りよ。

己の内で生じた疑問の声に、正面切って、返答する。
彼が、わたしの淫乱さを引き出してくれる度に、わたしは、生きているのが楽しくなる。
ならば、なれるところまでとことん淫乱になりたい。
その為の努力を、惜しまない。

わたしの内から、それを非難する声は、響いて来なかった。




一級品

2008/12/30(火) 15:55:14
お風呂から上がった後も、わたしたちは、飽かずに絡み合う。

けれどもその日、彼は、責める為の道具には手を伸ばさなかった。
わたしを縛る為の縄は、持参してくれていたのに。

  その気になんねえ。
  スイッチが入らん。
  …どうしてだろうな。


求めたわたしに、彼が言う。

  他の事に、意識が言っているからじゃない…?
  音楽の事しか、考えてないでしょう?
  後は、仕事の事かな。


  ああ…それはある。
  もうすぐ、またライブだしな。
  仕事もな…暫くは、キツいだろう。


仕事を含む私生活での過渡期を迎えている彼は、己が性癖を満たす事に対する興味が、すっかり薄れているのだ。
反面、わたしの方は今、取り敢えずの小康状態。
色々と不確定かつ不安定な要素はあるものの、力添えをしてくれる存在には恵まれたし、仕事、ひいてはその収入が、余裕は無いけれども、安定はしている。

もっとも、今わたしが歩いているのは、細い細い一本道。
この先のどこかに、強烈な対人地雷が埋まっているのは、確定している。
避けて通れる脇道は、無い。
必ずいつかは、踏み抜かねばならぬ地雷。
それが炸裂した時はわたしにも、責めて欲しいなんて言える口すら、残っていないだろう。

ふと…己の性癖に着目し、その異常性を認識しても尚、それを満たしたいと求める行為は、もしかしたら余裕の産物なのかも知れない…と、思ったりする。
恋愛や性愛以外の部分で、思い悩む必要が無くなったからこそ、直面する悩み苦しみなのかも知れない…と、思う。
これはあくまで、わたし個人の考えなのだけれど。

まずは、生活の基盤を安定させる事。
これが、何ものにも変え難い、最優先かつ最重要事項だ。
ここが揺らいでいる時は、SだのMだの言っている場合じゃない。
そんな時は単純に、原始的な性的欲求が満たされれば、それで事足りる。
少なくとも、彼とわたしは、そうなのだ。

だから今、彼とこうしてホテルに居る事が既に、わたしたちにとっては大変な贅沢であり、それは淫獣モードに陥ったわたしの為であり…この上更に、責めて欲しいと無理強いする事は、わたしには出来なかった。
彼が、道具を用意して来てくれていた。
スイッチを入れる努力は、してくれた。
その事実だけで満足だったし、嬉しかった。

  無理してスイッチ、入れなくてもいいよ。
  Tさんが、やりたい様に、やって…。


彼に抱き付きながら、囁く。

  よし…じゃ、舐めろ。
  勃ったら今度は、後ろから突いてやろう。


耳元で低く囁かれたその声は、微かに嗜虐の色を含んでいて、わたしの背筋をぞくりとさせた。


幸せな時間は、瞬く間に、過ぎ去ってしまう。
ホテルを出る準備を始めねばならぬ時間が来た事を、予め仕掛けてあったアラームが、告げる。
延長料金を取られるなど、冗談ではないから、大急ぎで身支度をする。
準備が整い、あとは部屋を出るだけ…となった時、彼に、声をかけた。

  Tさん。
  今日も、ほんとにありがとうね。
  すごく、気持ち良かった…。


  そりゃあお前。

彼が、ニヤリと笑って続ける。

  俺は、金は無えけどチンポは一級品だからな。

一瞬、絶句した後、思わず爆笑してしまう。

  良かったなぁ、お前。
  こんなチンポが使えてよ。


歌う様に続けながら、部屋を出て行く彼の背中にわたしは、心の中で語りかける。
一級品なのは、貴方だよ。
わたしに、精神的充足感と肉体的満足感を、惜しみなく与えてくれる、貴方自身なんだよ、と。