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歯...(1)

2008/12/30(火) 00:16:19
わたしの歯並びは、驚異的に、悪い。
何処の歯科医にかかっても、まずはその歯並びの悪さに、必ず驚かれる。
片側の奥歯が全く噛み合っておらず、奥歯としての役割を果たしていないのだ。
ある歯科医に、歯の抜け替わる時期の経験を話すと、それが原因なのではないか、と、言われた。


乳歯から永久歯に抜け替わる年頃。
わたしの奥歯が、ぐらつき始めた。
奥歯が動き始めたのは、それが初めてだった。
母は、わたしを歯医者に連れて行った。
虫歯の時に行くいつもの歯医者ではなく、車に乗って、遠い所の歯医者に出掛けたのが、不思議だった。

ぐらついている奥歯の下から、永久歯が押し上げているレントゲン写真は、見た記憶がある。
『どうせ永久歯が生えてくるんだから、
 このついでに奥歯を全部抜いて欲しい』
母が、言った。
今にして思えば、それを了解する歯医者もどうかしている、と、思う。
『奥歯が抜け替わる度に、
 いちいち歯医者に行くのは面倒ですから』
わざわざいつも通っているのとは違う歯医者に行ったという事は、そういう事を引き受けてくれる歯医者を探して行ったのかも知れない。

この時の記憶は、非常に断片的だ。
憶えているのは、四肢を誰かにがっしりと押さえ付けられていた事。
顎をガクガクと揺さぶられる、恐ろしい感触。
バリバリ、メリメリと、硬い物が砕かれる様な音。
歯医者の『ホラ、泣かないで!』という苛立たしげな声。
自分自身の、獣の咆哮の様な悲鳴と泣き声。
そして…そんなわたしを笑顔で見下ろす、母の顔だ。

歯医者でのわたしの状態を、おそらくは父に報告している時の、
『もう、おっかしいの。
 殺されそうな声上げて、わーわー泣き叫ぶのよぉ』
という喜色に弾んだ口調も、耳に深く残っている。

当時は、小学生だったと思う。
歯に関する次の記憶は、給食の時間に飛ぶからだ。

給食の際は、机を動かし、正面に誰かが向かい合う形にするのが通例だった。
その日、わたしの前で給食を食べていた子が、突然言った。
『しのぶちゃんの食べ方、なんだか変!』
わたしは、何の事を言われているか、判らなかった。
同じグループの子どもたちが、皆でわたしの顔を覗き込んだ。
『わー、ほんとだ。
 うちのおばあちゃんの食べ方だ!』
『あ、そうだそうだ。そんな感じ。
 なんでそんなおばあちゃんみたいなの?』
そこまで言われて、初めて気が付いたのだ。
奥歯が全くないから、おかしな食べ方になっているのだと。
『奥歯を抜いたから、仕方がないの!』
必死で弁解するわたしの声は、離れた席からまでわざわざ覗きに来る子どもたちの嬌声に、無力にかき消される。
『ねー、ねー、見せて見せて』
『ほら、早く口に入れてよ。早くう!』
嫌がって抵抗すると、乱暴な男子が催促しながら頭を叩く。
無理やり口の中にパンを押し込まれ、仕方なく咀嚼すると、わたしを覗き込んでいた子どもたちが、腹を抱えて爆笑する。
『おばあちゃんだ!おばあちゃんだ!』
『お猿さんにも似てる!』
『あ、似てる似てる!』
何時までこの時間が続くのか。
もうクラスの全員は見終わったか。
さっさとわたしの前から立ち去ってくれないものか。
それだけを、考えていた。

家に帰り、その事を報告した。
『どれどれ?』
母親は、わたしに食べ物を与えて、顔を覗き込んだ。
咀嚼する。
母親も、爆笑した。
『ほんと、入れ歯の無いおばあちゃんみたいねぇ!』
わたしは、泣いたと思う。
泣きながら、母親がわたしの奥歯を抜かせた所為だ、と詰ったのだろう。
彼女は、表情を豹変させ、激怒して金切り声で怒鳴りつけた。
『びーびーびーびーうるさいっ!
 そのうち大人の歯が生えてくるんだから、
 それまで我慢しなさいっ!!』


妹たちは、その時期を迎えても、無理やり乳歯を抜く様な目には、遭わされなかった。
そしてわたしは、歯医者に行くと、あの時の診察台で味わった恐怖を思い出し、時には歯医者に笑われてしまう程、異様に緊張する様に、なった。




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