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一級品

2008/12/30(火) 15:55:14
お風呂から上がった後も、わたしたちは、飽かずに絡み合う。

けれどもその日、彼は、責める為の道具には手を伸ばさなかった。
わたしを縛る為の縄は、持参してくれていたのに。

  その気になんねえ。
  スイッチが入らん。
  …どうしてだろうな。


求めたわたしに、彼が言う。

  他の事に、意識が言っているからじゃない…?
  音楽の事しか、考えてないでしょう?
  後は、仕事の事かな。


  ああ…それはある。
  もうすぐ、またライブだしな。
  仕事もな…暫くは、キツいだろう。


仕事を含む私生活での過渡期を迎えている彼は、己が性癖を満たす事に対する興味が、すっかり薄れているのだ。
反面、わたしの方は今、取り敢えずの小康状態。
色々と不確定かつ不安定な要素はあるものの、力添えをしてくれる存在には恵まれたし、仕事、ひいてはその収入が、余裕は無いけれども、安定はしている。

もっとも、今わたしが歩いているのは、細い細い一本道。
この先のどこかに、強烈な対人地雷が埋まっているのは、確定している。
避けて通れる脇道は、無い。
必ずいつかは、踏み抜かねばならぬ地雷。
それが炸裂した時はわたしにも、責めて欲しいなんて言える口すら、残っていないだろう。

ふと…己の性癖に着目し、その異常性を認識しても尚、それを満たしたいと求める行為は、もしかしたら余裕の産物なのかも知れない…と、思ったりする。
恋愛や性愛以外の部分で、思い悩む必要が無くなったからこそ、直面する悩み苦しみなのかも知れない…と、思う。
これはあくまで、わたし個人の考えなのだけれど。

まずは、生活の基盤を安定させる事。
これが、何ものにも変え難い、最優先かつ最重要事項だ。
ここが揺らいでいる時は、SだのMだの言っている場合じゃない。
そんな時は単純に、原始的な性的欲求が満たされれば、それで事足りる。
少なくとも、彼とわたしは、そうなのだ。

だから今、彼とこうしてホテルに居る事が既に、わたしたちにとっては大変な贅沢であり、それは淫獣モードに陥ったわたしの為であり…この上更に、責めて欲しいと無理強いする事は、わたしには出来なかった。
彼が、道具を用意して来てくれていた。
スイッチを入れる努力は、してくれた。
その事実だけで満足だったし、嬉しかった。

  無理してスイッチ、入れなくてもいいよ。
  Tさんが、やりたい様に、やって…。


彼に抱き付きながら、囁く。

  よし…じゃ、舐めろ。
  勃ったら今度は、後ろから突いてやろう。


耳元で低く囁かれたその声は、微かに嗜虐の色を含んでいて、わたしの背筋をぞくりとさせた。


幸せな時間は、瞬く間に、過ぎ去ってしまう。
ホテルを出る準備を始めねばならぬ時間が来た事を、予め仕掛けてあったアラームが、告げる。
延長料金を取られるなど、冗談ではないから、大急ぎで身支度をする。
準備が整い、あとは部屋を出るだけ…となった時、彼に、声をかけた。

  Tさん。
  今日も、ほんとにありがとうね。
  すごく、気持ち良かった…。


  そりゃあお前。

彼が、ニヤリと笑って続ける。

  俺は、金は無えけどチンポは一級品だからな。

一瞬、絶句した後、思わず爆笑してしまう。

  良かったなぁ、お前。
  こんなチンポが使えてよ。


歌う様に続けながら、部屋を出て行く彼の背中にわたしは、心の中で語りかける。
一級品なのは、貴方だよ。
わたしに、精神的充足感と肉体的満足感を、惜しみなく与えてくれる、貴方自身なんだよ、と。




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