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2008/06/21(土) 17:22:26
『これからは、女友達として付き合おうね』
わたしが成人した際に、母親が言った言葉だ。
わたしももう子どもではない。
幼い頃に何をされたかなんて事をいつまでも引き摺って、母親を斜め上から見下ろす様な態度は改めるべきだろう。
そう思って、了承した。
母親も、決して幸せに育ってきた訳ではない。
戦後の混乱期に父親を亡くし、威圧的かつ独善的な兄を父親代わりとして育ち、義父に性的虐待を受け、兄弟姉妹の中で一番成績が悪く、そのエキセントリックさ故に家族の中で孤立していた人だ。
そんな生い立ちを聞きながら、わたしの方もぽつぽつと、親元を離れてから経験した事を語るようになった。
わたしの結婚が決まった際の結納の席で、母親は突然言った。
『ああ良かった。
しのぶの旦那になる人が○○(元夫の名)さんで。
この子ったら、今までのボーイフレンドは
どれもこれも不細工なのばっかりで、
どんな子どもが産まれるんだろうって
心配していたんですよ』
場が、凍り付いた。
『ちょっと…やめてよ』
小声で止めようとしたが、彼女は止まらない。
『あら、本当の事言って何が悪いの?
○○くんは、こーんな顔してたし、
○○くんはチンチクリンで、
○○くんなんか、なよっとしてたじゃない。
あと、誰がいたかしら…ほら、えーとあの…』
『もうやめて』
彼女が名を出した中には、男女の付き合いだった人も居たし、単にちょっと親しい男友達程度の人も居た。
『何慌ててるの、変な子ねぇ』
静まり返った席上に、母親の楽しげな笑い声だけが響いた。
彼女に過去の交友関係を打ち明けた事を、わたしは激しく後悔した。
元夫とその両親が帰った後、わたしは母親のこの言動を非難した。
『悪気はなかったのよぉ』
コロコロと笑う母親。
『じゃあ、どんなつもりであんな話したの』
『どんなつもりって、思った通りを言っただけよ』
『言っていい事と悪い事の区別もつかないの。
その場に相応しい話題かどうかも考えられないの』
『悪気はなかったって言ってるでしょッ!
そんなに慌てるって事は、
あの子たち全員とあんた寝ていたんだねッ?』
逆ギレされて、わたしは言葉を失った。
結婚式の当日。
花嫁の控え室で、母親が突然言った。
『これであんたが処女だったら、
めでたさもひとしおだったのにねぇ…』
わたしは素早く周囲を見回し、その場に家族と式場従業員しか居ない事を確認した。
『そんな事…こんな席で言わないでよ』
『あら、本当の事を言って何が悪いの?
あんたが結婚まできちんと
純潔を守らなかったのが悪いのよ』
この時も、母親の身の上話に同情して、自分の異性関係まで打ち明けてしまったことを、わたしは凄まじく後悔した。
結婚後暫くしてからの事。
元夫の実家から、連絡が来た。
わたしの喫煙習慣を知った義父からの、怒りの電話だった。
わたしの母親が元夫の実家に電話をし、
『○○(夫の名)さんの子どもは
まともに産まれないかも知れません。
しのぶは煙草を吸いますからね。
そんな風に育てていないのに
ごめんなさいねぇ』
と言って来たというのだ。
その場はじきに禁煙するという事で事態を収め、わたしは母親に抗議の電話をした。
母親の返答は、予想通りだった。
『あら、本当の事を言って何が悪いの?
あんたが煙草を吸うのが悪いんでしょ?』
母親のロジックは、明解だ。
本当の事ならば、誰に、何を言っても良い。
それによって不利益を蒙るのは、
そういう事をしている本人が悪いのであって、
自分は何も悪くない。
悪気が無いなら、何をしても良い。
それによって不利益を蒙る人物が居ても、
こちらに悪気が無かった以上、
自分は非難されるべきではない。
と、こういう事なのだ。
わたしは、母親のこれらの所業を見ながら、どう考えてもわたしの結婚を台無しにしようとしている様な気がしてならなかった。
心の奥底で…娘の結婚生活を幸せにしてなるものか…自分が得られなかったものを与えてなるものか…と考えているのではないかと思った。
それに、本当に悪気が全くないままこういう言動を繰り返すのであれば、そちらの方がよっぽどたちが悪い。
自分の言動が巻き起こす結果を想像する事なく、誰に迷惑をかけようが反省の欠片もなく、思うがままに行動し続ける上に、こちらは彼女の言動を全く予測出来ないのである。
この一件以降わたしは、誰に話されても全く問題のない様な、当たり障りのないことしか、母親には話さなくなった。
母親にとってわたしは、女友達だったかも知れないが、わたしにとって母親は、一番恐ろしい敵だった。
それが、とても哀しかった。
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