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2009/01/27(火) 13:16:06
その日わたしは、部屋の主の居ない彼の家で、眠っていた。
彼の仕事は、朝が早い。
暗いうちから家を出て、数時間働いた後、夜が明ける頃に帰って来る。
彼の家に泊まった時、わたしは、彼が出掛ける支度をする気配で目を覚まして見送った後、もう一度寝直すのが常だった。
やがて、彼が、仕事を終えて帰って来た。
気配で目覚めたわたしは、ベッドを降りて、一目散に彼に駆け寄り抱きつこうとした。
足に激痛が走り、床に倒れ伏した。
あっ…!
馬鹿か、お前は…。
彼の、呆れた様な声が、頭上から降って来る。
わたしの足には、寝る前にわたしが床に置いた置物の尖った部分が、深々と突き刺さっていた。
自分で置いたモンを自分で踏むか普通…。
しかもそんな勢い良く。
あれ危ねえかも、と思ったけど、
声かける暇もありゃしねえ。
彼が帰って来たと思った瞬間、わたしの頭の中には、彼に抱きつく事しかなかったのだ。
他の事は思考から消えているし、足元になど、全く注意を払っていない。
刺さったものを抜きながらそう言うと、彼は益々呆れ果てる。
だからお前は、よくぶつかったり転んだりしてるんだな。
どこまでも馬鹿っぽい奴だ。
ワンテンポ遅れて、傷口から血が滴り落ち始める。
彼が、わたしの傍に座り込み、ティッシュで血を拭いながら傷口を観察する。
うわ~、結構深いな…。
鋭利なモン踏んだ訳じゃねえから、
傷口もギザギザだ…。
言いながら、傷口を指で押したり広げたりする。
痛い、Tさん、痛いよ…。
そりゃ痛いだろう。
これからもっと痛くなるぞ。
今はまだ、お前寝惚けているからな。
はっきり目が覚めたら、もっともっと痛みを感じる…。
言いながら彼は、傷と血を眺めている。
うっすらと微笑んで、とても嬉しそうだ。
今までわたしが知る男性というものは、他人の怪我にも血にも弱かった。
顔を顰めて目を逸らし、早くその傷を見えない様にして欲しいと言わんばかりだった。
こんな風に、まじまじと眺める人は、初めてだ。
今更だけど、やっぱり随分変わった人なんだな…。
そんな事を考えながらわたしは、自分の傷ではなく、彼の表情を見つめていた。
やがて彼は立ち上がり、救急箱を取って来ると、わたしをベッドに座らせ、傷の手当を始める。
お前って、血の味まで馬鹿っぽいな。
えっ、舐めたの?
いつの間に?
馬鹿っぽい血の味ってどんなよ…。
何か…ちょっと薄い味だった。
貧血気味か?
彼は一体、誰の血の味と比較しているのだろう?
丁寧に手当してくれた後、わたしの頬をパチンと叩く。
何で仕事から帰って一発目がお前の手当だ?
ごめんなさい…。
これじゃあ今日は、犬の散歩は無理ね…。
その日は、この後わたしの家に移動して、犬の散歩をしたりゲームをしたりして寛ぐ予定だった。
何を言うか。散歩は行くぞ。
○○(犬の名)も、俺と遊ぶのを
楽しみにしているだろう。
お前もちゃんと着いて来させる。
どれだけ痛かろうが、
足を引き摺ろうが、
楽なんてさせんぞ。
ふふっ…
彼の声は、久しく聞く事のなかった残酷な愉悦を含んで、濁っていた。
わたしの背筋を、ぞくりと冷たいものが走る。
それは決して嫌な感触ではなく、寧ろ甘美にも感じられた。
犬の散歩では、たっぷり1時間半、歩かされた。
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